迷宮へ向かう前準備
ガドルフ達が帰ってきた後は、迷宮実習が始まるまでいつものように過ごしていた。
掃除の依頼を受けたり、掃除の指名依頼を貰ったり、草原ウサギや草原ニワトリを狩ってカツを食べ、アンリとサージェに誘われて森でスライムの魔石を集めたりだ。
ガドルフやサージェ、アンリにもカツが好評で、宿の近くといくつかの大きな食堂で売られるようになった。
そのおかげで客が捌けるようになったため、他に何かないかと女将さんから目で訴えられている気がする。
・・・飲み物に食べ物。結構出した気がするねんけど、商売人にとって売れるものはいくつあってもええもんやしな。何か思いついたら作ってもらおう。
そんな日々を過ごしていると、買取所で肉を受け取った時に伝言があるから受付へ行けと言われた。
いつもの通りミューズのいる受付に向かうと、すぐにハロルドと、仕事終わりに一杯楽しんでいたアンリが呼ばれた。
少し前から宿まで送られることは無くなったので、ウチが今日は終わりと宣言した時点でアンリの仕事が終わるのである。
「おう。2人で最後なんだが、3日後に小迷宮に向かう。迷宮実習だ」
「おー。ついにか」
「了解」
「あんまり嬉しそうじゃねえな」
「待つのが長かったからかなぁ」
「まぁ、お前さんからするとそうなるな」
ウチ以外の同時期に見習いになった子供達は、全員もう一度採取訓練を受けた。
その後も技術力を高めるためそれぞれ先輩請負人や組合の人に師事して訓練と依頼に明け暮れていた。
それがひと段落するまで迷宮には行かないと言われていたので、ウチからすればようやくといったところである。
「必要な物は何なん?」
「いつもの装備とメンテナンス品があればそれを。食料や迷宮で必要な道具は現地で用意している」
「至れり尽くせりやな」
「むしろこちらで必要な物を用意したのに失敗するなら、まだ早かったと諦めてほしいぐらいだ」
ハロルドがやれやれと肩を上げた。
食料や各種道具を用意しても、毎回無茶をする見習いがいるようで、同行する請負人負担が大きくなるらしい。
初めて入る迷宮に興奮した結果、調子に乗って魔物に突っ込んだり、警戒が疎かになるので注意するように言われた。
「それで、前日までにウサギ狩りに依頼がある」
「ハロルドさんもウチをそう呼ぶんやな」
「せっかくの二つ名だからな」
ハロルドに笑いながら言われた。
二つ名は悪いものもあるが、ウチのは良い方らしい。
見習いにとっては通過点で、見習いを卒業した請負人にとっては邪魔なだけな草原ウサギを、休みの日以外は毎日狩る変わった見習いとして認知されている。
毎日狩るおかげで肉の供給が増え、屋台の値段が下がったり、住人の食事の質が上がるなどの効果も出ているそうだ。
その結果、いい意味での二つ名がついている。
最近は余裕ができたので、1日2回狩りに出ているのも大きい。
「そういうもんか。それで、ウチへの依頼って?」
「ウサギ狩りと呼んだんだからわかるだろ?」
ニヤニヤとからかい半分の笑顔だ。
わざわざ呼んだということは、それに関すること。
つまり、ウチの場合は文字通りの意味になる。
「草原ウサギを狩るん?」
「そうだ。小迷宮都市まで馬車で3日。迷宮都市で5日ほど。帰りで3日。さぁ合計何日だ?」
「11日やな」
「正解だ。計算も早いから事務仕事も請け負えそうだな。んで、11日も肉の供給が減るだろ?よく買いにくる屋台と宿の奴に伝えたら、それなら今のうちにって依頼が出たんだよ」
「ウチ指名?」
「そう。いつもの事をいつもより多くやるだけだ」
「別にええけど、ウチがやらんでもある程度入ってくるんちゃうん?」
「おいおい、1日に10羽以上狩ってくる奴が他にいるとでも思っているのか?二つ名が付くっていうのは他とは違うからなんだぞ?」
しみじみと諭すように言われた。
ウチが外に出るたびに草原ウサギを5、6羽と草原ニワトリを2、3羽狩っている。
森へ行く時も角ウサギを狩るほどだ。
軽量袋のおかげで大量のウサギを持って帰れるため、倒したウサギは全部組合に持ち込んでいるけど、それがそこまで異常だとは思っていなかった。
「まず見習いで軽量袋を持ってる時点で普通じゃない。それに加えて仇のように毎日ウサギを持ち込んだら噂にもなるし、大きさ的にも市場への影響は出るに決まってるだろ」
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
ウサギの大きさはウチより大きい。
そして、ウサギ1羽で20人分ぐらいの肉が取れる。
つまり、200人分の肉を毎日持ち込んでいたというわけで、そんな事をすれば肉の価格が下がる。
その結果、屋台や宿が市場を通さず直接買いに来ることで仲介手数料を減らして儲けを上げる結果になっている。
・・・ウチは出会ったウサギを倒してるだけなんやけど、普通は狩る対象じゃなければ逃げるか一当てして追い払うらしいわ。別の目的があれば戦うだけ時間の無駄やもんな。持って帰られへんのは勿体無いし。
「つーわけで、供給が止まるならそれより前に多めに仕入れたい屋台と宿からの依頼だ。全員で依頼料を出せば仲介料より安いからな」
「わかった。2日間で草原ニワトリを狩りながらウサギも狩るわ」
「頼んだぞ〜。ミューズのところで受付してくれ」
「りょうか〜い」
ハロルドが歩きながら手を振って離れていったので、ミューズの受付へ行って依頼の受諾処理をする。
2日間でどれだけ狩れるかわからないけど、出会ったウサギを逃さなければ良いだけだ。
ウチとしてはニワカツにハマっているので、草原ニワトリを1羽狩れればいい。
むしろ狩ったニワトリの1割も食べれていないので、ウサギだけを狩っても良いかもしれない。
宿には毎日肉を持って行きすぎて、しばらくは大丈夫と言われたところなので。
「エルちゃん迷宮に行くの?!大丈夫?!」
「たぶん?行ったことないしわからん!」
「あれだけ肉を取ってこれるのは戦える証拠だ。それでも気をつけるんだよ」
「おおきに!ちゃんと言うこと聞いて挑む!」
宿に帰ってポコナと女将さんに迷宮へ向かう事を伝えた。
ポコナは驚いて尻尾がピンとなっていたけど、女将さんは激励してくれた。
実習なので問題が起きなければ安全なはずだ。
固有魔法もあるからきっと大丈夫。
「俺たちが護衛の依頼を受けたぞ」
「他にも何組か受けてるから、移動中の警戒は任せなさい」
「迷宮楽しみだなエル!」
ガドルフ達にも報告したら、すでに移動中の護衛依頼を受けることで知っていた。
ベアロは迷宮で戦える事が楽しみらしいけれど、見習いを連れて行く迷宮で満足できるのだろうか。
そもそも迷宮を知らないので、考えようがない。
どこかで説明してくれるだろうし、着いたらはっきりすることを考えるのはやめた。
ウチは明日からのウサギ狩りのために早く寝ないと、体力の限界なのだ。
「こんなもんでいい?」
「十分だ。まさか30羽も取ってくるとはな……」
「だって狩ってもすぐ出てくるねんもん。どこにおるんやろな」
翌日から2日間狩りをした結果、両日とも2回に分けて15羽ずつ倒した。
倒しても少ししたらやってくるので、結果的にこの数になっただけだ。
前日に倒した場所でも、翌日にはウサギがいるのだ。
流石に生息しすぎだと思う。
「魔力によって普通のウサギが魔物化した段階で巨大化するし、生殖率も上がるんだ。それに、倒したことで草原ウサギが消費していた魔力が余るだろ。それで新しく生まれるらしい」
「じゃあ全部倒そうと思ったら、草原を焼き払うぐらいしなあかんの?」
「そうなるな。厄介な魔物が生まれる場所は、その場所ごと破壊して出現しないようにすることもあるぞ」
「へー」
毒沼の近くに生息している毒持ちの生き物が魔物化した場合、甚大な被害が出てしまう。
その時は毒沼そのものを埋め立てて新しく生まれなくし、周囲の魔物と生物を根絶やしにすることもあるそうだ。
魔物についてまた一つ賢くなった翌日、迷宮のある都市に向かって出発する日になった。
・・・ウチに迷宮が向いてるらしいから、楽しみやわ!スライムいっぱいおるんやろか?




