強い個体
ボフッと粉煙が立ち上り、周囲を染め上げた。
ウチは固有魔法のおかげで粉を被ることなく済んだ。
しかし、目の前で痺れ薬を浴びたアームベアは体の前半分を、粉で黄色く染められている。
「うわっ!」
少しすれば動けなくなると思って様子を見ていると、体をぶるぶると振って粉を振り払った。
そして怒ったのか、長い両腕をウチに叩きつけてきた。
だけど、固有魔法で防がれた影響でダメージを受けて後ろに下がり、懲りずにまた攻撃してくる。
・・・ダメージがないんか?いや、腕から血が出てるし爪も数本折れとる。我慢して攻撃してきてるんか。一体何がそうさせるんや……。
「少し動きが遅なったけど、動けなくならんのは何でや?」
「個体差。痺れへの耐性や攻撃への耐久力、魔力による強化具合など色々違う」
「アンリさん!なんで木の上におるん?」
「エルのせい。今降りたらわたしも痺れる。そこの子のように」
木の上からアームベアが痺れて動けなくならない理由を教えてくれた。
そして、指を刺した先にはいちゃもん君が倒れていた。
どうやら風下にいたせいで痺れ薬を浴びてしまったようだ。
痺れからかピクピクとしながらウチを睨んでいる。
・・・ほんまごめん。
動きが遅くなったアームベアの後ろ足を執拗に狙ってハンマーを当て続けていると、鼻と口を布で覆い、右目を瞑ったアンリが降りてきた。
左目の眼帯に嵌め込まれた魔石が光っているので、魔力を見て動いているようだ。
・・・動くことで舞う粉が目に入らんようにしてるんやな。
「エル。できるだけ両足に攻撃。体勢が崩れたらわたしが喉を切る」
「了解や!」
ずっと右足を攻撃していたので、今度は左足だ。
離れるときに右足の状態を確認したけど、爪が砕けて肉が一部潰れていた。
ウチがやったことだけど、ちょっと引いてしまった。
それでも痛みに耐えて動くアームベアには、恐れを通り越して敬意を抱きそうだ。
・・・何がアームベアをこうさせるんや。
「がぁぁぁ!」
「くっ!」
「アンリさん?!」
「防いだ!問題ない!」
長い腕を振るった攻撃は、何とかナイフで受けたけれど、大きく距離が開いてしまう。
身体強化がなければ怪我をしそうな勢いだったけど、ひとまず問題ないようだ。
そして、アームベアはウチの攻撃を耐えるつもりで受けて、アンリだけを狙うことにしたみたい。
やはり時間が経つとウチの固有魔法は無視されてしまう。
攻撃の向かう方向に先回りできるといいんだけど、アームベアを挟んでいるせいで間に合わない。
いっそのことウチが正面に回ればいいかもしれないが、そうすると攻撃する場所がよく動く顔か前足になるので当てられない。
「このぉ!」
「ごぁ!」
そんなイライラをハンマーにこめて叩きつけると、嫌な手応えと音がした。
左脚が折れたようだ。
これにはアームベアも堪らなかったようで、無意味だとわかりつつもウチに向かって攻撃する。
もちろん弾かれるんだけど、踏ん張るための足が限界に来ていて倒れ込んでしまう。
「さすがエル」
薄らと右目を開けたアンリがアームベアの首元に飛びかかり、全体重を乗せてナイフを突き立てる。
ずぶりと沈んだナイフを抜き取りながら大きく後退して、暴れる手の範囲から逃れて様子を伺う。
「ここはウチの出番やな!」
仰向けになったまま無造作に腕を振るっているので、ウチから腕にあたりに行くことができ、そのダメージで徐々に動かなくなっていく。
やがて、血を流しすぎた結果アームベアは絶命した。
その時の腕はウチにぶつけすぎて折れ曲がっていたけど、死を前にしたら暴れずにはいられなかったのだと思う。
「無事?」
「無事やな」
2人していちゃもん君を見る。
まだ痺れ薬の効果が残っているので、喋ることも動くこともできないけれど、その目は驚きに満ちてウチを見ている。
あれだけアームベアに攻撃されて無傷なのだから、そうなるのも仕方がない。
ウチでも目の前で魔物に襲われた子供が無傷だったら驚く。
「とりあえずこれを飲んで」
「んぶっ?!…………あぇ?うぉける」
「治るのに少しかかる」
アンリがポーチから出した小瓶の液体を飲ませたら、ピクピクしていた手足がゆっくりながらも動き始めた。
口の麻痺も少し解れたようで、舌足らずながらも話すことができた。
ひとまずは。
「ごめんやで。まさかかかるとは思ってなかったわ」
「エルは解毒薬を買うべき」
「せやな。この戦法は使えるし」
薬と一緒に解毒薬を渡さなかったのは、解毒薬の方が高いからで、見習いには離れて投げるよう教育しているからだ。
でも、ウチのやり方では一緒に戦ってる人が被害を受けるから、解毒薬は持っていた方がいい。
次に外へ出るまでに買いに行こう。
眠り薬の解毒薬?があるかは知らないけど、痺れ薬の解毒薬は絶対に用意する。
「色んな意味で大変な目にあった……」
「お疲れさん」
「半分!いや、1/3はお前のせいだ!でも、助けてくれてありがとよ!ちくしょう!」
「お、おぅ……」
ようやく喋れるようになったいちゃもん君から、すごい投げやりなお礼をもらった。
1/3担当としては何も言えない。
残りの2/3が何なのか聞いたところ、見習いだけでアームベアに遭遇したことと、ホロンが怪我をして逃さないといけなくなったことだった。
その2つは一緒でいいと思ったけど、怪我を受けたことは別カウントにしないと、反省を忘れると言われた。
遭遇するまでにできることはなかったのか考えるのと、格上と戦った時の怪我について考えるのは別だと説明されたら納得できた。
・・・案外真面目なんやな。いきなり絡んできたからそんな印象なかったわ。ちなみに、ウチの痺れ薬については離れる以外答えが出ないらしいわ。
「動けるようになったなら移動する」
「わかった……それ持って帰るん?」
「売れる」
「アンリさんが運ぶならええけど……」
アームベアを背中に担いだアンリの指示で、ホロンのいる場所へと移動する。
動けるようになったとはいえ、いちゃもん君は戦力にならないので、魔物に遭遇した場合はアームベアを投げ捨てて戦うそうだ。
・・・いちゃもん君の痺れが完全に抜けても傷だらけやし、戦力にはならんやろな。
幸い魔物に遭遇することなく、女の子とホロンが避難している木まで戻ることができた。
ウチらを見つけた女の子がスルスルと木から降りてきて、いちゃもん君の無事を確かめる。
「レオン!無事だったのね!それに、逃げたんじゃなくて倒したんだ……」
「2人がな」
いちゃもん君がウチとアンリを親指で示しながら返事をした。
女の子がアームベアの死体を恐々と触っている間に、アンリが木に登ってホロンを担いで降りてくる。
流石に女の子だけでは下ろせないのだ。
「エル。帰りの戦闘は任せる」
「ホロンはそっちの子が背負うしかないもんな」
ウチではホロンを背負えない。
軽量袋に入れることも考えたけど、いくら袋に入れてるとはいえ、肉やキノコと一緒に運ぶのは可哀想だ。
強い魔物が出るなら別だけど、オオカミとウサギならウチとアンリで対応できる。
「ベル」
「ん?」
「わたしの名前。ベルって言うの。あなたは?」
「ウチはエル!」
「一文字違いね!よろしくねエル!」
「よろしく!」
ベルとウチのやりとりをいちゃもん君がじっと見ていた。
名前はベルから聞いているけど、名乗られるまではウチの中でいちゃもん君と呼ぶことは決めている。
「ほな行くで!」
ベルがホロンを背負い、アンリがアームベアを背負う。
ウチが先頭で森の外へと向かって歩きだす。
・・・警戒はアンリさんがしてくれてるし、後は帰るだけや!




