またアームベア
「ようやく10個や!はいこれ」
「ありがとう」
スライムから抜き取った魔石をアンリに渡す。
森に入ればすぐに見つかるかと思っていたけど、昼食を挟んでようやく終わった。
魔力の溜まっている場所や薬草とキノコが生えている場所は結構見つかったけど、そこにスライムがいなかったのだ。
確実にいるわけではないので仕方がないことだけど、探すためにずいぶん奥まで来てしまった。
「馬車間に合う?」
「まだ余裕がある。どうする?」
「まだいけるんなら、組合に納品する分もいくつか取っときたいな」
「じゃあ探そう」
どうせ父に渡るだけとぼそっと呟いたのが聞こえた。
親子の仲が悪いわけではないけど、魔法に関する物の取り合いが発生した時だけ、極端にぶつかり合う。
魔石の数から素材の量まで、今まで口論になったのは数え切れないと教えてくれた。
ほとんどの場合父親権限で取られるらしい。
「んー。見つからんなー」
「そろそろ戻り始めてもいい頃」
「そっか。じゃあ帰ろう」
「うん……まって。何か近づいてくる」
「ん?」
踵を返したウチを止めて、森の奥を見るアンリ。
同じ方向を見ても何もなく、耳に手を当てて音をよく聞こうとしたら、微かに何か聞こえてくる程度だ。
風に揺れる葉っぱの音や、魔物化していない鳥の鳴き声の方が大きい。
なぜアンリが気づいたのか全然わからない。
「何で聞こえるん?」
「身体強化」
魔力で体を強化するのが身体強化。
強化したい部位に魔力をたくさん集めたら、その部分が強く強化されるらしい。
目で視力、耳で聴力などだ。
魔力を集中させるために精神的にも肉体的にも負担があり、使用後には痺れが発生してしばらく使えなくなるなどもある。
周囲を警戒するために使う程度では、反動は発生しない。
「奥から少しずれたあっちの方へ向かって人が走っている」
「何かに追われてるんやろか?」
「そこまではわからない。どうする?」
「追われてたらウチが壁になれるやろうし、行く!」
「わかった。こっち」
アンリの先導で少し進む。
すると、ウチにも聞こえるほどガサガサと葉っぱの擦れる音が響いてきた。
ハンマーを構えるウチと、ナイフを構えるアンリ。
アンリが前に立たずウチの後ろに立つのは教官としてどうかと思ったけど、ウチの能力を知ってたらそうなるかと一人納得していると、目の前の茂みが揺れた。
「人やん!」
「うわぁ!」
出てきたのは男の子を背負った女の子だった。
その子は身構えたウチに驚き、咄嗟にぶつからないように身を捻ったけど間に合わず、ウチの腕に当たって反動で倒れてしまった。
ごめん。
「うぅ……」
「あ!ホロン大丈夫?!」
地面に落ちた背負われていた子を女の子が心配する。
背中から落ちたので、苦しそうな声を上げている。
「ん?いちゃもん君のとこの女の子と男の子やん」
「え?いちゃもん?あ!レオンが推薦状で絡んでた女の子!あの時はごめんなさい!って、そうじゃない!今はホロン!」
「応急処置はこちらでする」
ウチが声をかけたことで、女の子がウチのことに気づいた。
咄嗟に謝ってくれたけど、悪いのはいちゃもん君なので、女の子に謝ってもらう必要はない。
そして、男の子が苦しそうな声を出していたのは背中を打ったからではなく、怪我をしていたからだった。
いち早く気づいたアンリが素早く確認を行い、ポーチから包帯と傷薬を取り出して対応を始める。
「何があった?」
「え?あ、えっと、前の訓練で馬車を襲った熊の魔物に襲われて、ホロン……その子が怪我をしました。それで、わたしたちを逃すためにレオンが、一人残って……お願いします!レオンを助けてください!」
男の子、ホロンを治療するアンリに問われて、女の子が事情を説明してくれた。
それによると魔物が少ないことから奥へと進み続け、運悪くアームベアに遭遇。
逃げようとしたけれど間に合わずホロンが負傷。
女の子が身体強化を使ってホロンを背負って逃げ出し、いちゃもん君が足止めしていると。
・・・いちゃもん君の名前はレオンらしいな。名前だけは格好いいやん。まぁ、ありふれた名前やけどな。
「エル。真っ直ぐ進むと少ししたら戦闘音が聞こえるはず。先行できる?」
「木に傷つけながらなら何とか。アンリさんは治療が終わったら来るん?」
「そう。幸い裂傷と強い打身だから応急処置すれば死にはしない」
「その2人はどうするん?」
先行するのは問題ない。
ウチが時間を稼いでいる間にアンリが来るなら倒すこともできるはずだ。
でも、残された2人が心配になる。
負傷者を背負って森から出るのは、魔物と遭遇したら困ることになるし、そもそも道を確かめながら行けるかわからない。
一緒に来てもらったら、守りながら戦うことになるので、負担が増える。
「木の上で待っていてもらう」
「それならウチはええで」
怪我したホロンには登ってもらうのがきついだろうけど、安全に待てるならウチが先行する分には問題ない。
「わかった。この方向から音が聞こえてくる。真っ直ぐ進む時は、木に傷をつけつつ地面に線を描くといい」
「わかった。行ってくる!」
戻る時用の印を木につけながら、ハンマーの柄で地面に線を引きつつ、アンリに示された方向へ走る。
線は木の根や草で曲がったり途切れたりするけど、概ね真っ直ぐに引けていると思う。
どうせ誰かが踏むと消える線なので、大まかに分かればいいのだ。
そして、少し苦戦しながらも急いで進むと、アームベアの唸り声と、何かが地面を滑るような音が聞こえてきた。
音が聞こえる範囲に来たので速度を重視して、木に簡単な線を引くだけにして走る。
「くっ!体勢が!」
「がぁぁぁ!」
「とぉっ!」
「がっ!」
「間に合ったようやな!」
茂みを抜けると膝をついたいちゃもん君に、アームベアが右手を叩きつけるところだった。
走るのは間に合わないと思い、全力で飛び込んだところ、ギリギリ軽量袋が腕の先にきたことで、攻撃を弾くことに成功した。
ウチ自身は腹這いで地面に倒れ込んだような姿勢だけど、固有魔法のおかげで痛みも汚れもなく無傷。
ニヤリと笑いながらいちゃもん君を見たけど、側から見たらだいぶ間抜けな体勢だ。
「な、なんでお前がここに?!」
「ホロンと女の子に会った!ウチなら倒せなくとも時間は稼げるから救援や!」
簡単に事情を話してアームベアに向き直る。
あいにく飛び込むときにハンマーを手放しているので、今のウチにはナイフしかない。
それでも、接近できれば突き刺すことはできるはずなので、鞘から抜いて両手で持った。
「ぐるるる……」
アームベアは右腕を気にしながらも、急に現れたウチを警戒しているようで、一定の距離を空けて様子を伺ってくる。
いつもの戦法ならウチから攻めるのだが、いちゃもん君が背後にいるためそれはできない。
致命傷こそないものの傷だらけ、さらに盾は割れて槍は中程から折れている。
そして、疲労の限界がきたのか、うまく立ち上がれないようで、尻餅をついている。
「うーん。どないしよ」
「見習いには倒せないだろ!俺のことは放って逃げろよ!」
「逃げるつもりならはなから助けに来んわ!喋る余裕があるなら少しでも回復せぇ!」
「ぐっ」
アームベアを警戒しながら言い返すと、言葉に詰まったようで返答はなかった。
後ろが静かになったのはいいけど、打開策がないことに変わりはない。
このまま時間が過ぎればアンリが来てくれるので
なんとかなると考えたけど、そう上手くはいかないようだ」
「がぁっ!!」
「なんの!」
「なっ?!なぜ無傷なんだ!」
長い腕で地面を勢いよく叩き、そのままウチに向かって突進してきたのを、正面から受け止める。
反動でふらついたところにナイフを振るつもりで、今度はこちらから近づきつつ、いちゃもん君に返答する。
「それが!ウチの!固有!魔法!や!」
ナイフではほとんど傷が入らず、毛を少し切る程度だった。
痛みもないのか、すぐに距離を取られて忌々しそうに唸っている。
「今や!」
離れてくれたことで、ハンマーを拾う余裕ができた。
サッと柄を掴み、引っ張り上げていつでも振れるように担ぐ。
それから少し様子見の時間があったけど、ウチが動かないことに痺れを切らしたのか、アームベアが腕を振り上げて向かってきた。
「よいしょぉ!」
「がっ!」
腕を受け止め、反動の痛みで動きが止まったところにハンマーを振り下ろす。
上手く後ろ足に直撃して怯んだけど、採取訓練の時に襲い掛かってきた個体と違って逃げる気配がなく、少しするとまた向かってきた。
「こうなったら……」
「ダメだ!痺れ薬は知られているみたいで避けられる!」
ポーチから痺れ薬を取り出して、いつでも投げれるようにしたところでいちゃもん君から声がかかった。
過去にこのアームベアと戦った人が使ったのか、他の魔物が受けたところを見たのかはわからないけど、取り出した時点で間合いを詰めてきたので、普通なら使えなくなっているはずだ。
「ウチにしかできへんやり方があるんや!」
ウチからもアームベアに近づき、お互い攻撃できる距離になった。
そして、足元に向けて痺れ薬を叩きつけた。




