森、ふたたび
「お。エル!こっちに来てくれ」
アンリと森へ行くため、開門の2の鐘の前に組合へ来ると、解体依頼や買取などを行うカウンターにいたおじさんから声がかかった。
普段はウチが持ち込んだ物を渡す時ぐらいしか話さないので、とても珍しいことだ。
「どしたん?」
「今日はアンリと森へ行くんだろう。前の訓練の時に持ち帰ってもらったように、いろいろなキノコを採ってきてくれないか?」
「ええけど。なんで?」
「あの中には、普通に採取すると変化して使い物にならなくなるキノコもあったんだ。だけど、それは特殊な方法で採る時と同じようになってた。つまり、エルの固有魔法のおかげでいい状態で採れたってことだ」
そのキノコは普通に採取すると、胞子が燃えてキノコ自体が消し炭になる物だった。
取り方は周囲を囲い、水で満たして少し待ち、水面に胞子が浮かんだらその部分を捨てる。
それを何度か繰り返して胞子の量が少なくなったら、根本から切り離す。
そうするとキノコが活動を止めるのか、胞子が勝手に燃えることはなくなる。
そのキノコ自体も素材になるけど、胞子も素材なので水に浮かんだ胞子も回収しなければならないけど、燃えるものが水に濡れているので質が落ちるのは仕方がないものだった。
それをウチの場合は胞子が発火することを防いでいるので、新鮮な胞子が手に入るため、素材としての価値が高くなったそうだ。
ちなにみ熟練者なら、発火する前にキノコを切ることができるので、そういった依頼も出されているらしい。
「ふーん。どれかわからんけど、見つけたキノコを集めたらいいんやな」
「そうだ。無理に探してもらう必要はない。他のキノコも使い道はあったからな。もちろん報酬は払う」
訓練の時のように絵を出してもいいけど、そうすると他のキノコを見逃す可能性が出てくる。
そうさせないために、見つけたキノコは出来るだけ採取することになった。
「ええで!ウチに任せとき!」
「あぁ!よろしく!」
急だけど組合から依頼を受けることになった。
この事をアンリに伝えないといけない。
そう考えながらおじさんに見送られてカウンターを離れると、ちょうどアンリが組合に入ってくるところだった。
「おはよう。エル」
「おはようアンリさん」
「じゃあ行こう」
入ってすぐに踵を返して出ていくアンリを追いかける。
向かうのは乗合馬車が出る場所で、同じく森へ向かう請負人達で、何台もの馬車が出発を待っていた。
その中には4人組の見習いや、いちゃもん君達、ウチらより早く見習いになったであろう子供達のグループもいくつかあった。
ちなみにカインとネーナはいなかった。
「狭いからエルはわたしの上」
「軽量袋は前にくるようにするわ」
まだ何も入っていないので、背中に触れていなくても持つことができる。
ハンマーはアンリが持ってくれたし、この間の訓練でもらった丸薬や傷薬の軟膏は腰のポーチに入っているからだ。
「帰りはどうなるん?」
「4の鐘に間に合うように馬車が来る」
森へ行く場合は往復で1回になる。
帰りの馬車に間に合わない場合は、徒歩で帰ることになり、閉門である5の鐘には確実に間に合わないので、通用門から入ることになる。
その時は門番に事情説明が必要なので、馬車代が半分無駄になるだけでなく、色々な手間が増えるようだ。
「じゃあ早速行く」
「頑張るで!」
アンリの膝に乗りながら馬車について話した後は、組合からの依頼も説明した。
その結果、アンリも素材探索に協力してくれることになった。
・・・スライムがおる場所の時点で、要望のキノコもある可能性が高くなるから、探すのが簡単らしいわ。魔力が見えるのはすごいなぁ。
「魔物の移動でスライムは移動したん?」
「スライムは魔力のある場所に向かって移動するから、強い魔物が弱い魔物を狩った後の食べ残し目当てに移動しているはず」
森を歩きながらスライムについて聞くと、思った以上に答えが返ってきた。
どうやら興味のあることだったようで、他にも一定量の魔力を得たら分裂することや、他の魔物からは基本的に狙われないし、積極的に狙いもしないこと。
たまたま移動時にスライムを踏みつけることで、敵認定されて取り込まれることがあるそうだ。
万が一取り込まれても、急いで逃げれば軽い火傷で済むが、転けるなどして動きを止めてしまうと悲惨なことになる。
逃げれたとしても、ある程度距離を稼がないと溶解液が飛んでくるから、間違えても踏みたくない相手らしい。
たまに魔物の体を溶解液が貫通している死体を見かけることもあるそうだ。
・・・ウチは平気やけど、みんなはスライムホンマに苦手なんやな。
アンリの嫌そうな顔が物語っていた。
もしかしたら踏んだ経験があるのかもしれない。
「なんか森が荒れてる?草とか折れてるし、木に爪痕みたいなのが入ってるのもあるで」
「それは剣の跡。この辺りでも戦闘があったから」
「森の中で戦うのって大変やな」
「そうでもない。木を盾に使えるし、登れば上から攻撃できる」
「使い方次第かー」
この辺りの木は、枝が上のほうにあるからウチでは登れそうにない。
低くても登れるかはわからないけど。
「スライム」
「了解や!」
「近くに発火茸も」
「これ?あー、たしかに何個か採った覚えがあるわ。これそんなに採取難いん?」
スライムの核を素早く抜き取り、キノコの方へ向かう。
そこには赤い傘に薄らと光る胞子が乗ったキノコが生えていた。
固有魔法が反応して大丈夫と感じているので、普通の人には危ないものだとわかる。
「難しい。水の準備が手間。一気に刈り取るのはわたしにはできない」
「アンリさんでもできへんのかー」
発火茸は魔力で育っているので、ある意味魔物に近い存在になっている。
剣やナイフで刈る場合、核となる魔石部分を一撃で砕かないといけない。
それをミスれば胞子が発火して、キノコと共に周囲が燃えるそうだ。
「ん?魔力で育つと魔石ができるん?」
「そう」
「じゃあ、ウチの宿で出てくる魔力で育った野菜にも?」
「魔石はある。もっと成長すれば動き出して襲い掛かってくる」
「なるほど。じゃあ、このキノコも放っといたら……」
「動き出して自ら燃やしにかかってくる」
「怖っ!」
自爆しようとするキノコとか怖すぎる。
そこまでになると大きさもウチぐらいになるらしく、石を投げるだけで胞子が発火して倒せるようになる。
もちろん火力も上がっているので、倒す時に注意する必要はあるけれど、延焼するほどの火力はないそうだ。
・・・せっかく成長してもすぐ倒されるんか。むしろ大きくなった分倒されやすくなるのは、なんか可哀想やな。
そんな事を考えながら、発火茸を根こそぎ摘み取る。
その周辺にある別のキノコも、前回と同じように固有魔法が反応するものとしないもので分けて入れた。
この後もゆっくりと奥に進みつつ、スライムを倒しながらキノコや薬草を集めた。
他にもキラキラした石なんかも素材になるらしく、アンリに教えてもらいながら拾っていく。
「全然魔物に会わへんな」
「今は数が減ってる。少しすれば戻る」
強い魔物に弱い魔物が追い立てられて、請負人に狩られた影響だ。
アンリがいなかったら、1人寂しく静かな森にいることになる。
・・・想像しただけで怖くなってきた。薄暗いし、一人で森は嫌やな。




