初めての指名依頼
屋敷の掃除依頼を受注して数日、ようやく全体の掃除が終わった。
確認のために組合の人がやってきたけど、この短期間でここまで綺麗になっていることにとても驚かれた。
「じゃあなエル!」
「また依頼で一緒になったらよろしくお願いします」
「2人も気をつけてな!」
依頼人が見積もった日数より、大幅に短い期間で完了したので、報酬を1日あたりに考えると見習いとしては破格になった。
そもそも1日仕事のため報酬が高く、長期間だったのだ。
カインとネーナはとてもいい笑顔で去って行った。
「今日は市場に寄ってから帰って、のんびりしよう」
カイン達と別れた組合を出て、市場へ向かう。
そして、ハニービーのハチミツを1壺購入してから宿へ戻った。
甘いものが欲しくなった時に、市場で購入した分がもうすぐなくなるのだ。
パンに付けて食べたり、時にはスプーンで掬ってそのまま食べていたせいで減りが早い。
ハニービーのハチミツは、普通の蜂より巣が大きいので量が取れる分安い。
しかし、蜜蜂が魔力で魔物化したことで体が大きくなり、小さい花から蜜が取れなくなって色々な花から取ることで大味になっている。
ようは花の風味がめちゃくちゃなのだ。
そのため、あまり大人には人気がない分、子供のおやつには丁度いいと、請負人組合でハチミツを仕入れて売る人がいる。
「おはようミューズさん」
「おはようございます、エルちゃん」
「なんかいいの入ってる?」
「実はですね、エルちゃんに指名依頼が入りました」
「へー」
「へーって、あまり嬉しそうじゃないですね」
「凄いことなん?」
「そうですね。エルちゃんの働きが認められて、エルちゃんにお願いしたいという依頼なので、見習いで指名を貰えるのは特に凄いことです」
「ほうほう」
依頼をこなした結果にとても満足してもらえ、もう一度お願いしたい時や、懇意にしている請負人を確実に確保したい時に使われる指名制度。
採取であればその人しか行けない場所の物を取ってきてほしいなどで、護衛であれば仲の良い人を指名するなどになる。
見習いはそこまで尖った能力がないことが普通なので、指名をもらうことはミューズの記憶にはないほど稀だそうだ。
今回の依頼は屋敷の掃除を依頼した商会で、内容は管理している食事処の厨房と食堂を綺麗にしてほしいというものだった。
その数なんと10店舗。
おじさんは意外とやり手だった。
「確認した組合担当者から聞きましたが、とても綺麗になっていたそうです。食事処は汚れやすいので、同じように綺麗にすることで話題になり、集客を狙うと依頼を出す際におっしゃってましたよ」
「たしかに綺麗な場所で美味しいもん食べたいわな。わかった!その依頼を受けるわ!」
「はい。お願いします」
指名依頼となっているが、受ける受けないは指名された側で判断できる。
そして、受けない場合に依頼を誰でも受けるようにするか、または取り下げるかは依頼を出す時点で決められている。
今回は取り下げだったことから、ウチにしか頼みたくないということだ。
「食事処なので、お客さんのいない朝食後、昼食後が厨房を掃除できる時間です。食堂部分は誰も座っていなければいつでも可能なようですね」
「机と椅子と床、余裕があれば壁ってなってるし、食事中じゃなければ掃除してもええな」
依頼書に書かれている注意事項を読んだミューズ。
さすがに食事している机を拭いたり、壁を拭くのは嫌すぎる。
汚れが食べ物に入ったらたまったものではない。
「じゃあ行ってくる!」
「はい。お気をつけて」
組合を後にして、道行く人に道を尋ねつつ依頼書に書かれているお店に着いた。
事前に通達をしていて、依頼書を見せたらすぐに掃除させてくれる。
しかも、回る順番も決められているようで、終わったら次の店まで案内するとまで言われた。
「終わったぁ!」
「お嬢ちゃんすごいねぇ。じゃあ見習いに次のお店まで案内させるよ」
朝食後なので余裕のある厨房を掃除し、お客さんがいなくなった食堂部分を端から掃除した。
昼食を知らせる3の鐘が鳴る前に終わったので、次の店に移動してから昼食のウサギ肉バーガーを食べる。
そして、4の鐘までにもう1つ終わらせることができたので、単純計算で後4日かかることになる。
それでも、同じぐらい綺麗にするには専門の人達で3、4日かかるそうなので、十分早い。
「これで最後やぁ!」
「おぉ!とても綺麗になりましたな!」
予想通り4日かけて10店舗の掃除が終わった。
最後のお店に至っては、依頼人の商会長であるおじさん直々に視察されたけど、満足いく結果だったようで、とても良い笑顔だ。
話を聞くと、すでに掃除し終わった9店舗の客入りも良くなり、綺麗になった厨房で料理する人達もやる気が上がったそうで、以前より活気のある良いお店になっているそうだ。
おじさんの狙い通りになっている。
「また何かあれば依頼しますね!」
「はーい!よろしく!」
おじさんに手を振って組合へ向かう。
10店舗回る間に、中心付近の地理はだいぶ理解できた。
今も大通りを避けて、歩きやすい道を進んでいる。
そして、この道を抜ければ組合に近い大通りへ出ることができるのだ。
「ミューズさん終わったで!」
「もう終わったんですか?10店舗が?さすが固有魔法ですね」
対象の店舗数を知っているが故に驚きを隠せないミューズは、目をぱちくりと何度も瞬きをしていた。
それでも、ウチが固有魔法持ちなのを思い出して、自ら納得させている。
「はい。これで完了になります。こちらが報酬です」
「おおきに!」
完了証明が書かれた依頼書を渡し、依頼料を受け取る。
それを腰のポーチに入れた瞬間。
「エル」
「うわっ!びっくりしたー。アンリさんやん。久しぶりやな〜」
「森へ行こう」
「へ?」
・・・なんで?前もこんなことしたな。もう行けるようになったんか?




