綺麗すぎる家具
ウサギ肉バーガーを人数分用意して、組合に向かう。
寮住まいのネーナはいたけど、実家住まいのカインはまだ来ていなかった。
ネーナから街の事を聞きつつ、借りられるお掃除セットを軽量袋に入れていると、カインがやってきた。
「カイン君たち、ちょっとこちらへ来てください」
「なんだ?」
「なんかあったんやろか」
屋敷へ向かおうとしたらミューズから呼ばれた。
昨日の依頼でミスはしていないはずだけど、何かあったのだろうか。
少し不安になりながら受付に向かうと、いつも通りの笑顔でミューズが出迎えてくれる。
どうやら悪い知らせではないようだ。
「昨日はお疲れ様でした。依頼人から家具の移動について連絡があります。こちらです」
渡された羊皮紙には、どの部屋の家具を外に出すか、出さない部屋は家具を移動させて床や壁を掃除すること。
外に出す家具は依頼人が用意した幌付きの馬車に積み込み、そこで綺麗にすること。
幌付きの馬車は毎日4の鐘までに、依頼人の商会員が受け取りに行くので、誰かが残っておくことなど、作業の仕方について色々指示があった。
依頼が受注された事を商会に報告したら、昨日のうちに作業状況を確認しに行って、草むしりが終わった庭を見て慌てて用意したそうだ。
「雨が降ったらどうしようかと思っていたけど、幌付きの馬車が来るなら問題ないな」
「せやな」
「わたしとカインで運んで、エルちゃんが拭くのでいいですか?」
「ええけど、届くかな?」
「足場も借りて行こうぜ」
見習いは子供なので、身長が届かない時用の足場も用意されている。
殆どがただの木箱だけど、階段状になっている物もいくつかあったので、その中で一番段数がある物を借りて、カインが運んでくれることになった。
・・・軽量袋を広げたら入るけど、街中やからあまり大きいと邪魔になるからなぁ。
屋敷に着いたら幌付きの馬車が止まっていた。
御者がおらず、荷台には後ろから積めるように広めの足場が置かれている。
これならカインとネーナが左右から持って、同時に上がれると思う。
それに、ウチが乗り降りするのも楽だ。
「それじゃあ外に出す家具を運んでくるから、エルは家具を拭く準備しててくれ」
「わかった。井戸で水汲んでくるわ」
近くの井戸で水瓶を満たし、馬車横に準備する。
持ってきたお掃除セットから布巾を取り出して濡らす。
後は家具が運ばれてきたら拭くだけだ。
ちなみに水は害じゃない思っているからか、しっかり布巾を濡らすことができた。
飛び跳ねた水は服に染みる事なく地面に落ちたけど。
「まずはこれを頼む」
「お願いします」
「任せとき!」
2人が持ってきたのは椅子だった。
片手で1つずつ持ち、2人で4脚運んできたのだが、ウチだと一つを持ち上げるので限界なほど重厚な木の椅子だ。
その椅子を布巾で拭くと、埃や汚れがいつも通り布巾に押されるように移動する。
3脚がピカピカになったけど、4脚目には染み込んだ汚れがあり、これは取れない汚れのようで移動しない。
水をかけても滲まないので、取る方法はないようだ。
・・・ウチに付くかどうかが判断基準なんやな。布巾も固有魔法の効果範囲に入ってるし、全く汚れへん。せやけど、拭くことで取れへん汚れについてはどうしようもないと。
どこまで綺麗にできるかが分かれば、作業がより早くなった。
一回拭けば、拭いたところの汚れが移動するので、その汚れが拭き終わった場所に戻らないよう注意して布巾を動かせばいいのだ。
何度も擦らなくていいので、拭き方を工夫するだけでどんどん綺麗になる。
他の人が何度も吹いて取る汚れが、一拭きで取れるのだから当然だけど。
「早いな」
「これが汚れの塊なんですね」
「せやで!めっちゃ黒いねん」
2人が持ってくるテーブルやベッドの枠などを、どんどん拭いていく。
するとできるのが汚れの集まった黒い塊で、最後に捨てるだけのそれを、興味深く見る2人。
「部屋が空になったから、次は中を拭いてもらえるか。俺たちは外に出さない部屋の家具を、別の部屋に移動して拭きやすくするから」
「了解や!」
一通り家具を拭き終わると、運び出したことで空っぽになった部屋の掃除だ。
お掃除セットの中に、割いた布を挟んだ木の棒がある。
それを使って天井の埃や蜘蛛の巣を落とし、足場を使って壁を拭き、最後に床を拭く。
そうしている間に別の部屋が空いたので、同じように拭き掃除をしていく。
「馬車を受け取りに来た」
「よろしく!」
お昼を挟んで更に掃除し、水を汲みに外へ出ると、依頼人の商会から馬車を動かす人がきた。
依頼書に書かれていた商会紋と同じ紋様の板を出してきて、間違いない事を確認する。
そして、馬車を移動させるということは、もう少しすれば仕事終了の4の鐘が鳴るということだ。
「そろそろ終わるか」
「明日は戻ってきた馬車に、また家具を運ぶところからですね」
「ウチは綺麗にした部屋に置かれていた家具の拭き掃除からやな」
馬車が商会へ向かったと伝えたら、キリのいいところで片付けを始める。
今日は家具を外に出した部屋が完了して、家具を移動させた部屋を綺麗にしたところだ。
2つ目の部屋に置かれていた家具は綺麗にできていないので、明日は家具からになる。
2人は馬車に家具を積み込むところからだ。
「おぉ!君達が担当してくれているのか!まだ若いのにとてもいい仕事をしてくれる!」
翌日屋敷に来たら、昨日馬車を動かした人に加えて、ふくよかな体つきのおじさんがいた。
おじさんはこちらに気がつくと、両手を広げて勢いよく褒めてくれた。
おじさんは依頼人の商会長だと名乗り、商会紋を見せてきた。
「えっと……ありがとうございます?」
とりあえずウチらを代表してカインが返答したけど、おじさんの勢いに負けている。
「屋敷の中も見ましたが、とても綺麗になっている部屋が2部屋!まだ2日目なのに実に素晴らしい!一体どういう方法で掃除をしているのか気になったもので、思わず駆けつけてきました!」
「そうなんですか……」
そう返したカインはウチを見る。
ネーナもウチを見たので、釣られたおじさんもウチを見た。
朝からウチらより元気なおじさんの目がキラリと光った気がする。
「もしや一番小さいお嬢さんが?」
・・・小さいのは言わんでええんちゃう?
「ウチの固有魔法のおかげやな」
「なんと!固有魔法持ちでしたか!いやいや!それなら納得です!ぜひ、作業風景を見せていただきたいものです!」
「別にええけど……」
そもそもこの人の物件なので、確認と言われたらウチらに断る術はない。
であれば、最初から許可したほうが面倒がなくていい。
「今日は家具からやるねん。部屋は2人が家具を馬車に運び込んでから」
「1人で家具や部屋を掃除しているのですか?」
「そうやで。2人でやっても、ウチみたいにならへんし。役割分担やな」
身体強化が使えないことを伝える必要はない。
この人が気になっている綺麗にする方法には関係ないので。
「やることは拭くだけやで」
「なんと!では、どのような理由で綺麗になるので?」
サッと吹いただけで一気に綺麗になる家具。
驚いたおじさんに、固有魔法のおかげで拭き掃除でとれる汚れが一気に移動することや、染み込んで拭いても取れない物もあると説明。
その後は汚れの酷い厨房を拭いて、とても綺麗になることを見て満足したようだ。
「とてもいいものを見させていただきました!このペースならとても早く終わりそうですな!」
そう言っておじさんは帰って行った。
ウチがおじさんの相手をしている間に家具を運び終わったようで、今度は馬車の中に運ばれた家具を拭く。
その間に、おじさんに見られながら拭いた家具を、元の部屋に戻していくカイン達。
たしかにおじさんの言う通り、作業ペースは恐ろしく早い。
ウチがいなければ全員で家具を拭いたり、部屋の掃除をしなければならず、それでも今ほど綺麗にはならないのだ。
拭き掃除する程度の道具しかなく、薬剤などもないので。
・・・やっぱり掃除はウチに合ってるな!




