スライムの魔石が欲しいアンリ
「いやいやいや!なんで森に行くねん!採取と討伐の依頼受けられへんで!」
「個人なら平気」
確かにハロルドはそう言った。
しかし、死ぬのは自己責任とも言った。
つまり、個人で行く分には問題ないのは建前で、見習いは行くなと言いたいのだ。
「ちゃうやん!それは建前やん!森は危ないよー、近づくなよーを言い換えてるだけやん!」
「エルは平気」
確かに平気だ。
少なくともアームベアまでは問題ない。
アンリと行って倒せるのかは不明だけど、襲われながらも逃げることができるし、執拗につま先を狙えば避けられることもわかっている。
「平気やけども!周りの目とかあるやん!そもそもなんで森に行かなあかんの?」
「スライムの魔石」
「魔石がどしたん」
「欲しい」
アンリの右目がキラキラしている。
そんなに欲しいなら、さっき買い取ってもらった物が5個あるはずなので、それを今から買えばいい。
「さっき買い取ってもらったで」
「父の予約で押さえられた」
「え?そうなん?」
詳しく聞くと、今後買取があった場合、10個までは優先的に押さえられるよう、購入費に色を付けて先払いされているらしい。
それさえなければアンリが全部買い占めるつもりだったようで、最初の3個を買い占めたサージェと親子なのがわかる。
「だから森へ訓練に行く」
「行っていいん?」
だからの意味は置いといて、買取をしてくれたおじさんに聞いてみた。
理由はウチに近かったから。
すでに森の異変と見習いの依頼制限について情報が回っているので、目の前でこんなやり取りをされたら何を聞きたいのかわかるはずだ。
「あー……ハロルドさんに聞いてみてくれ」
結果、丸投げされた。
「ダメだ」
「やっぱり」
「そんな」
ハロルドは即答だった。
右目を大きく開いて驚いているアンリには悪いけど、どう考えてもハロルドの立場でいいと言えるわけがない。
「個人で行く分には何も言わないと言っただろう。俺に聞かずに行けばよかったんだ。だが、聞かれた以上許可できない。そもそもエルは見習いになったばかりだ。討伐は草原で十分な上に依頼は雑事をこなせばいい。急いで森に入る理由はない」
「確かに」
スライムの魔石が欲しいのはアンリなので、ウチとしては基礎を固めたいし、色々な仕事をしてみたい。
討伐は草原ウサギで十分だ。
なんせウサギ狩りと呼ばれているぐらいだし。
まぁ、他の魔物と戦うのも経験としては必要だろうけど。
「スライムの魔石……」
「お前といい、サージェといい、魔法絡みになると頑固だな。せめて森の異変が落ち着いてからだ。諦めろ」
「……はい」
ハロルドの勝ち。
というわけで、ウチは森へ行くことはなくなった。
訓練も終了したので、あとは宿へ帰るだけだ。
お土産の森ウサギ肉は軽量袋に入っているので、夕食に焼いてもらおう。
「エル。明日からはどうする?」
「うーん。特にどうするとは決めてないけど?」
「じゃあ雑事を受けて、戦闘は草原ウサギを狩る。これでいい?」
「ええけど。どうしたん?」
「わたしも森の調査に参加する」
やる気に満ちた顔で言われた。
森の調査は明日から有志の請負人が参加することになっていて、パーティで参加する者もいれば、ソロで参加して現地でパーティを組む者もいる。
アンリは後者になる。
「ウチの指導は?」
「森に行かない以上、教えたことを体に覚えさせるだけでいい」
固有魔法を使って相手の隙を作り、そこを逃さず攻撃する。
ウチの戦法を言葉にすればこれだけだ。
あとは雑事でウチにあった仕事を探すぐらいか。
「そこまでして森に行きたいんやな」
「否定はしない」
「わかった。それでええよ」
「ありがとう」
どうしてもスライムの魔石が欲しいらしい。
先に言ってくれれば買取に出さず、直接売ることもできたけど、森の異変が予想外すぎて言うタイミングがなかったんだろう。
草原にもスライムは出るので、少し遠出して探してあげてもいいかもしれない。
「それじゃあ、無理はしないで」
「うん。アンリさんも」
宿へ送ってもらい、アンリと別れた。
明日からしばらくは1人で雑事の依頼を受け、1人で草原に行くことになる。
組合では他の組合員宛に伝言を頼むことができ、依頼を受けた時の組合証確認で対象の人物だと判断されれば、受付を通して伝言を受け取れる。
何かあればこの方法で連絡を取ることを約束している。
「疲れた〜」
「エルちゃん大丈夫?!」
「ん?どしたんポコナ」
宿に入って鍵を受け取るために受付へと向かっていると、ポコナが飛び出して来て、ウチのことを上から下へと何度も確認してきた。
果てには腕やお腹などを手で触る始末。
一体どうしたのか。
「他のお客さんから森の魔物がいつもと違うって聞いたの。今日採取訓練って聞いてたから心配して……それで……」
「確かにたくさん魔物は出たけど、請負人もいっぱいおったから大丈夫やったで!」
「そっか。良かった〜」
わざわざアームベアと戦ったなんて言う必要はない。
安心したポコナから鍵を受け取り、部屋へと戻った。
「あ。これどないしよ」
身を清めて、使った布袋を畳んだりなど、軽量袋の整理をしていたら、まだ中身の入った袋が出てきた。
その中にはカチカチのパンと干し肉が入っている。
昼食としてウサギ肉バーガーを出した代わりに受け取った物だ。
「これで何かできへんかな?」
手の甲で叩くとコンコンと鳴るパン。
ウチの持ってる物を出して見比べてると、ビビッとくる物があった。
「パン粉?そうや!パン粉作れるやん!あとは卵があれば揚げ物ができる!」
思いついたのはカチカチパンを削って粉にし、卵を通して油で揚げる料理だ。
ウサギ肉は夕食の時に出す予定だったけど、それは明日に回してカツにしてみよう。
・・・問題は調理できるかどうかやけども。ウチがやるには身長が足らん!




