森での採取禁止令
森オオカミと森ウサギ、ランスディアにアームベアと、沢山の魔物の死体を一箇所に集め、どこまで素材を得るのか話し合っていると、森から勢いよく何かが飛び出してきた。
「なんや?!」
「全員無事か?!」
「ハロルドさん!斥候より先に行かないでくださいよ!」
また魔物かとびっくりしたけど、出てきたのは男の子2人を両脇に抱えたハロルドと、女の子1人を背中に背負った請負人だった。
さらに遅れてアンリと、もう1人女の子を背負った請負人も森から出てきた。
背負われた女の子達は元気そうだけど、ハロルドに抱えられた男の子達はぐったりしている。
もしかして魔物にやられたのかと、嫌な予感が脳裏をよぎる。
「うぷっ……」
「ついたなら……降ろして……ください……」
「おぉ。そうだな!」
抱えられた2人は生きていた。
どうやら運ばれている間に酔ったようで、降ろされた後はふらふらとして、青い顔で地面に倒れこんだ。
「それで、状況は誰に聞けばいい?」
「俺が説明します」
馬が逃げた壊れた馬車と、山になった魔物を見ながらハロルドが問う。
それに対して、最初からアームベアと対峙していた請負人が答える。
一通りの説明が済むと、今度はハロルド側の説明を受けた。
それによると、向こうも森ウサギの大群に遭遇して笛を吹き、森オオカミの群れが森ウサギと見習いに襲い掛かってきたので、救援の笛を吹いた。
見習いを木の上に逃して時間を稼いでいると、先に向かった請負人が合流。
何とか森オオカミと戦っているとビッグボアとホーンスネークなる魔物が現れたそうだ。
さらにランスディアも群れで現れたところで、アンリとハロルドが合流。
そこでこっちの救援の笛が鳴った。
急いで見習いを担いで、戻ってきたというわけだった。
魔物はお互いに獲物の取り合いをしていたので、追われることなく逃げ切れている。
「それぞれがパーティで挑んでいたら問題ない相手なんだがな」
「今回は休暇中のパーティの中から声をかけてもらったんで、うまくはいかないですよ」
「想定外のことだからなぁ……」
請負人全員がアームベアの死体を見ていた。
今回の護衛は、休暇中の請負人に声をかけていて、普段通りのメンバーではない。
そのため、うまく連携が取れないし、戦力のバランスも悪かった。
相手の注意を引く壁役もいなければ、全体を見て状況を把握する指示役もいない。
1パーティに頼んでも見習いごとに分散されるので、斥候と護衛という必要なタイプに絞って依頼を出している。
そもそも普段はこんなに魔物と遭遇しない初心者向けの森なのだ。
「とりあえず見習いを送り返して、馬車を追加で持ってきてもらうか。できるだけ素材を手に入れて調査費用に充てる」
「了解!」
残った馬車で見習いを運び、追加の馬車を連れてここまで戻り、倒した魔物の素材を持ち帰ることに決まった。
なぜこんなことが起きたのか、森の中を調査する必要があり、その費用を捻出しなければならない。
領主からも費用は出るはずだけれど、その場合領主側で調査を行う可能性もある。
請負人が求める情報と領主が求める情報は一致している部分もあれば、異なる部分もあるため、独自の調査が必要になる。
その時用の費用を今の時点で確保するようだ。
「エル。よく頑張った」
「ウチもそう思う!」
「ゆっくり休んで」
「そうするわ〜。ふわぁぁぁ……」
2台に分かれて乗せられるウチら。
乗る時にアンリから声をかけられ、恐る恐る頭を撫でながら褒められた。
見習い達は組合で休憩して、ハロルド達の帰りを待つ。
その後に訓練の総評と精算を行うことになっている。
・・・ウチは馬車で寝るし、足りんかったら組合のどこかで寝かせてもらおう。訓練場の片隅とかで寝れるやろ。たぶん。
馬車が動き出して早々、ウチは寝た。
起きたら知らない天井が目に入る。
「ここどこ?」
宿の1人部屋のようなベッドがあるだけの部屋で、片隅にウチの軽量袋とハンマーが置かれている。
宿だったら、これに1人用の椅子と机もあるので、少なくとも宿ではないことがわかる。
「とりあえず出よか」
荷物を背負って扉から出ると、同じような扉が等間隔で並ぶ廊下に出た。
右奥は行き止まりになっているので、左へ進むと曲がり角があり、そこ曲がって少し進むと、大きなドアがあるホールに出た。
ホール正面には上り階段しかないので、おそらくここは1階のはずだ。
ホールの扉から出て振り返ると、扉の横に『請負人組合寮』と彫られた木の板がかかっていた。
「ここが寮なんか」
請負人用の寮は組合敷地内の、訓練エリアの隣に併設されていると聞いている。
つまり、誰かが寝ていたウチのことを寮まで運んでくれたということだ。
「ミューズさん」
「エルちゃん起きたんですね」
「うん。よく寝たわ〜。誰が運んでくれたん?」
「馬車の御者と護衛をしていたバーンさんです。すでに訓練地へ戻りました」
「あの人か。後でお礼言わんと」
「そうですね」
受付まで戻れたので、ミューズさんに話しかけた。
教えてもらったバーンは、ウチと一緒に最初からアームベアと戦った、報告をハロルドにした人だ。
今後の方針を聞いて、馬車で戻った組の1人でもある。
そのバーンは、他の馬車を引き連れて素材の回収に向かっている。
「大変でしたね」
「せやな。色々すごかったわ」
「向こうでカインくんとネーナちゃんもいるので、ハロルドさん達が戻るまで休憩していてください」
「はーい」
ミューズが示したのは、併設されている食事処だ。
そこで、椅子に座ってぼんやりしているカインとネーナが見えた。
「お疲れさん」
「ん?起きたんだ」
「うん。2人は?」
「寝れなかったからここでぼーっとしてた」
声をかけたけど、返事をしたのはカインだけだった。
どうやらネーナは話せないほど疲れているようだ。
カインも疲れていて、2人とも組合に着いた時に寝てもいいと言われたけれど、戦闘の興奮と恐怖が原因で眠れない。
いちゃもん君のパーティはそれぞれの部屋に戻っているけど、彼らもおそらく眠れていないだろうとカインは言う。
4人組も同様だそうだ。
・・・ウチだけ寝てるとか、神経が図太い感じするやん。
「エルは大丈夫なのか?」
「何が?怪我はないで」
「怪我じゃなくて気持ちの方だな。俺たちより怖い思いしたんじゃないのか?」
カイン達は数十頭にも及ぶ森オオカミと対峙した。
かくいうウチはアームベア1頭だけ。
数で言えばカイン達の方が大変そうだけど、魔物の強さでは、比べるまでもなくアームベアの方が強い。
森オオカミは痺れ薬で動けなかったり、動きが鈍かったのもあるだろう。
もしかしたらカイン達が一番怖い思いをしたのは、馬車が横転した時かもしれない。
「うーん。アームベアは確かに怖かったけど、戦わんくて皆んなが死ぬ方が嫌やからなぁ」
「そうか。エルは心も強いんだな」
「体の方は固有魔法のおかげやけどな。それに、体力とか腕力はないから、アームベアにダメージ与えるのにも苦労したし」
「俺たちじゃあ向かっていくのも無理だ」
「固有魔法なかったらウチも無理やで。今は無理でも成長すれば戦えるようになるやろうし、今は生きて帰ってこれたことを喜べばええやん」
「そうだな」
カインは納得したように頷いた。
少ししてネーナも顔をあげて、今回の件について色々話し始めた。
一番年下のウチに負担がかかっていたことに申し訳ないとか、アームベアと戦う自分が想像できないとか、色々悪い方に考えがいってしまっていたらしく、それは話すことで落ち着いた。
向いてないと思ったら、請負人を辞めることも考えなければならないけれど、さすがにそれを今判断するのは早すぎる。
依頼を受けていれば今回のようなトラブルにも遭遇するかもしれないけど、トラブル前提で考えていたら何もできないのだ。
これも2人に話したら、憑き物が落ちたような、晴れやかな笑顔を浮かべるようになった。
「戻ったぞ!誰か見習いを空いている部屋に集めてくれ!あぁ、採取した素材も一緒に持ってくるよう伝えてくれ」
「わたしが行きます」
ハロルドが戻ってきた。
受付の奥にいた人が寮の方へ向かったので、ウチらは席を降りてハロルドの元へと向かう。
採取物は軽量袋に入ったままなので、背負うだけだ。
「お前達はここにいたのか。勉強に使っていた部屋に集合だ」
空いていた部屋は、ウチらが使っていた部屋だったので、迷わず向かう。
少しすると元気のない残りの見習いがやってきた。
ハロルドもどこか疲れた雰囲気が隠せてないので、元気いっぱいなのはウチだけかもしれない。
「色々あったが、まずは採取物を出してくれ。報酬と交換だ」
痺れキノコは、護衛が投げて使っていた煙を撒き散らす球体の痺れ薬と交換。
眠りキノコも同じく、球体の眠り薬と交換。
薬草は軟膏にした物と交換になった。
ウチらは3人なので、それぞれ3つずつ分けて、残りの1つずつをリーダーとして頑張ったカインに渡した。
「これはなんだ?色々なキノコが入っているな。ふむ。後で買取に持って行くといい」
「はーい」
ハロルドはウチが確認のために出した布袋を開き、中身を見て言った。
固有魔法が反応しなかった物は食べたり薬の材料になり、搬送した物も薬や魔物に向けて使う毒物になるそうだ。
これに加えて森ウサギもあるので、後で買い取ってもらって報酬を分けないといけない。
「お前達に残念な知らせがある。しばらくの間、見習いは採取と討伐の依頼を受けられないよう制限する。ただし、依頼を受けずに個人で行動する分には制限しない。死んでも自己責任だがな」
最後は睨みながら言った。
依頼を受けられないということは、買取分の報酬しかない。
同じ魔物を狩ったとしても、買取よりも依頼の方が報酬を得られる。
つまり、お金を稼ぐ方法が減ったということだ。
「補償として寮に住んでいる者は、禁止期間の間宿泊費を無料にする。家にすんでいる者には関係ないがな」
「他に補償はないん?雑事の報酬アップとか」
「ないな。それをした場合、見習いじゃない者との差が生まれる。あくまで底上げをするだけだ」
「わかった」
依頼を受けられなくなったことで、生活に困る人を助ける。
元から生活できる人には、特に保証する必要はない。
どうしても補償を受けたければ寮に入ればいいだけということだ。
「制限は森の調査が終わり、安全が確認できるまで続く。しばらくは雑事と草原の狩りで金を稼いでくれ。以上だ」
そう言ってハロルドが出て行った。
急いでいたので、恐らくこれからどうするか会議でもあるのだろう。
話を聞いたみんなは、疲れているのか納得したのかはわからないけど、とても静かだった。
ウチは仕方ないと納得できているし、草原でウサギを狩るぐらいしかしていなかったので問題ない。
「カインとネーナに制限の影響あるん?」
「いや、草原しか行ってないから影響ないぞ」
「そもそも採取とかするのは、この訓練を終えてからが普通なんですよ」
「なるほどー。
つまり、解禁されるはずのものを解禁しないということだ。
影響が全くないわけではないけど、そこまで大きくもない。
そんな話をしつつ席を立ち、色々な素材を買い取ってもらったお金を3人で分けた。
森ウサギの分はともかく、キノコやスライムの魔石代は受け取れないと言われたけど、守ってもらうのも仕事だと伝えて受け取ってもらった。
・・・パーティ組むときは事前に報酬のこと決めておいた方がええな。ウチのせいで普段とは違う物が取れるから、報酬割るの面倒やわ。
「エル」
「あ。アンリさん」
解散するのを待っていたかのようなタイミングだった。
「森に行こう」
「なんで?」
・・・なんで?




