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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
請負人見習い

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43/305

アームベア

 

 横倒しになっていく馬車の中、乗ってるみんなが転がっていくのが見える。

 背中を強く打ついちゃもん君。

 頭からいちゃもん君の足に落ちる、いちゃもん君パーティの男の子。

 その上に落ちるいちゃもん君パーティの女の子。

 一回転して逆さまになったカインと、カインに庇われたおかげで無傷のネーナ。

 ウチはコロコロと転がるように、下になった幌の上を転がった。


「ぐっ」

「あ、ごめんやで」


 ウチの転がりはカインにぶつかって止まった。

 何が起きたのかわからないまま、即座に体勢を立て直したウチとネーナ。

 他のみんなは重なったり、破れた幌が絡まったりしている。


「エルちゃん後ろ!」

「え?」


 起き上がったウチの背後から、黒みがかった茶色い毛に覆われた太い腕が、幌を突き破って伸びてきていた。

 腕の太さはウチの胴よりもあって、鋭い爪が伸びている。

 腕が幌の中を探るように動いたせいで、ウチに当たったように見えたけど、服は傷つくことなくそこにある。

 固有魔法の感覚でも、この腕からの攻撃は大丈夫だと確信がある。


「逃げる……のは無理やな。しゃーない。時間稼ぐで!」

「エルちゃん?!」

「エル?!」


 ニーナとカインの声を背後に、腕が空けた穴から飛び出した。

 すぐにハンマーを振れるように短く持っていたけど、相手の大きさに戸惑ってしまった。


「腕がめっちゃ長い熊やん!」

「なんで出てきた!アームベア相手に見習いができることはない!逃げろ!」


 長く丸太のように発達した腕を、左右に広げて威嚇してくる熊はアームベアというらしい。

 足先以上まで届くほど長い腕は、剣しか持っていない護衛には攻めづらいようで、近づいても先に攻撃されて防戦一報になっている。


「逃げろいうたかてどこにやねん!見習いは中で絡まって動かれへんねん!」

「だからってこっちはないだろ!オオカミ側に行け!」

「こっちはダメだ!更にオオカミが増えた!痺れ薬を使いつつ近づけさせないので精一杯だ!」


 倒れた馬車の向こうからの報告だ。

 向こうは森オオカミが増えて、数に押されているらしい。


「ということや。逃げられへんし、どうにかするしかないで」

「お嬢ちゃんに何ができる。下がってろ」

「大丈夫や。どうやらアームベアの攻撃でウチは傷つかんらしいわ」

「ハロルドさんが言ってた固有魔法持ちの子だったのか」


 アームベアに対峙しながら、チラリとこちらを見る請負人のお兄さん。

 その表情には、ウチをどこまで信じていいかわからないという迷いがあるようにみえた。


「百聞は一見になんとやらや!」

「おい!」


 ハンマーを担いでアームベアに迫る。

 ウチではなくお兄さんを警戒していたアームベアは、ウチを払い除けるように長い腕を軽く振った。

 しかし、その腕はウチに当たる寸前で、ピタリと止まる。

 それほど勢いがなかったので、動かないものに手を打ったダメージはほとんどないみたいだけど、アームベアの視線がウチに移るぐらいには驚いているようだ。


「ここや!」


 ウチなりに全力で振り下ろしたつもりやけど、硬い毛に覆われた太い腕には、全くと言って良いほど手応えがなかった。

 おそらく小石が当たった程度のダメージしか与えられてないと思う。


「あーくそ!!お嬢ちゃん!防御と注意を引くことだけに専念しろ!こいつレベルになると身体強化も強くなってる!お嬢ちゃんの攻撃じゃろくなダメージを与えられねぇ!」

「了解や!」


 葛藤していたお兄さんが、叫んだ後ウチの方へと走ってきた。

 その勢いのまま腕を切り付けると、ウチとは違って少しの傷が付いていた。

 草原ウサギも魔力があるので身体強化を使っている。

 突進を受けた見習いが骨折するなんて話もあるぐらいだけど、このアームベアは草原ウサギとは比べ物にならないほどの強化具合らしい。

 元の強さに身体強化が加わるので、それなりの腕がないと傷付けることすらままならない。


「お嬢ちゃんは痺れ薬の効果を受けるのか?」

「薬見せて!」

「これだ」

「大丈夫!ウチには効かへん!」

「そいつはすげぇな。おらぁ!」


 ウチは他の護衛の人と違って、口を覆う布がない。

 そのせいで使うかどうか迷っているようだ。

 痺れキノコが大丈夫だったので、多分問題ないはずだけど、念のため見せてもらう。

 やはり固有魔法を通して問題ないことが感覚でわかる。

 お兄さんはウチの返事に驚きつつも、痺れ薬の球体をアームベアに向かって投げた。


「ガァ!」

「なっ?!」

「腕の一振りで払うなんてすごいんやな」

「感心してる場合じゃねぇぞお嬢ちゃん……」


 ボフッと舞った痺れ薬の粉を、腕の一振りで払ったアームベア。

 その一撃をモロに受けたら、人間なんて簡単に吹っ飛ぶことがわかる勢いだ。


「とりあえずこっちも笛を吹くか」

「なら注意を引くわ。やー!」


 苦い顔で笛を取り出し、3回と4回に分けて吹いていた。

 強敵出現と応援求むの合図だ。

 その音を聞きながら突っ込み、どこでもいいのでハンマーを当てる。

 ダメージを与えられないなら、狙いは気にしない。


 ・・・正直めっちゃ怖い!縦も横もベアロよりあるし、何より纏ってる雰囲気がちゃうもん!でも、ウチが注意を引かんとまた馬車に襲いかかるかも知れへんし、そうなったらカインやネーナ、あといちゃもん君達が危ない。やるしかないんや!


「そこだ!」

「ガァ!」

「ぐっ!」


 ウチを狙っている横からお兄さんが切り付けるも、振り払う腕で大きく弾かれる。

 どうにかしてもっとダメージを与えたいけど、ウチが攻撃できる場所は伸びてきた腕か、足元しかない。


 ・・・そうや。足元や。流石に痛いやろ。


 懐に潜り込むように走る。

 近づくウチに向かって腕を振り下ろすアームベア。

 ガンッと音がしたと思ったら、自分の腕を庇うように少し下がっていた。

 ウチを殴った反動で腕にダメージを受けたようだ。

 その隙に足元まで近づくことができたけど、やはりウチでは顔を狙うことはできない。

 なので、狙うはつま先である。


「やぁ!」

「ギャン!」


 つま先めがけて全力で振り下ろした。

 流石にそこまで毛で覆われていない部分なので、通用したようだ。

 少し後ろに下がりながら腕を振るも、ウチに当たる直前に弾かれて自分がダメージを受けている。

 それなのに攻撃を繰り出してくるので、よほどつま先を攻撃されたのが頭にきているのだろう。

 心なしか赤い目がさっきより強く光っている気もする。


「見習い達無事か?!」

「はい!何とか全員出れました!森オオカミなら戦えますよ!」

「痺れ薬で動きが鈍くなっているやつを2人ずつで対応しろ!1人は状況把握だ!」

「はい!」


 後ろから聞こえた声に振り向くと、ネーナの先導で見習いが馬車から出てきていた。

 ある程度森オオカミを片づけた反対側の護衛から声をかけられ、残りの森オオカミを倒しに向かっていく。

 それが終われば護衛の2人がこっちにきてくれるはずなので、もう少しの辛抱である。


「がぁぁぁぁ!」

「ひぃっ!」


 ウチが挑発して、護衛のお兄さんが攻撃するのを数度繰り返していたら、痺れを切らしたアームベアがウチに噛み付いてきた。

 これも大丈夫なのだけど、目の前に迫る熊の大きな口はとても怖い。


「ギャ!がぁっ!!」


 噛む力がそのまま返ったので、顎に大ダメージが入った。

 顔と一緒に腕を振り回しながら暴れるアームベア。

 流石に今は近づけないので、様子を見るしかない。


「3人いれば仕留められる。後少しの辛抱だ」

「わかった!」


 思うようにいかないことへの怒りからか、地面を叩いたり、腕を振って威嚇してくる。

 このアームベア相手に3人いれば倒せるというのもすごいことだと思う。

 少なくとも、ウチではつま先を執拗に狙い、嫌になって逃げてもらうぐらいしか思いつかない。


「待たせた!」

「向こうは片付いた!」


 何度もつま先を狙って注意を引き、ウチを狙っている間に攻撃するということをしていると、森オオカミを片付けた護衛2人が合流した。

 もっとも、つま先を攻撃できたのは最初だけで、以降はウチが懐に潜り込もうとするたびに距離を取られ、ついにはウチに攻撃してくることがなくなった。

 攻撃されなくてもウチは攻撃できるので、注意を引くことは問題なくできる。


「2人で腕を抑える。その間に首か頭だ」

「おう!」

「了解!」

「お嬢ちゃんは注意をひいてくれると助かる」

「ウチに任せとき!」


 それしかできないのだから全力でやるだけだ。

 作戦は単純で、ウチが懐に向かって走り、左右から剣で切り付けにかかる。

 その間に後ろへ回った3人目が、全力で頭か首を狙う。

 立っている時は狙いづらいので、切り付けた2人のどちらかが腕の攻撃で狙われるのがポイントになる。

 ウチはもう攻撃では狙われないので最初だけだ。


「行くでぇ!」

「「「おぅ!」」」


 スタートはウチから。

 真っ直ぐ向かっていくと、嫌がって横に逃げられる。

 そこには既に1人が待ち構えていて、剣で切り付けることに成功する。


 ・・・これが体格の違いからくる足の速さか!


 軽い傷しか与えられないがダメージはある。

 そして、剣を受けていない腕で攻撃するところを、もう1人が切り付ける。

 腕力なのか、身体強化の質の違いかはわからないけど、1人目より深い傷を付けることができている。

 これにはたまらずアームベアも怯んで後ろに下がる。

 注意が2人目に向いたところを、ウチが横から姿を見せるだけで、どちらを狙えばいいかわからなくなり、そこに1人目がもう一度攻撃することで、怒りが頂点に達したようだ。


「がぁぁぁぁ!!!」


 両腕を大きく上げて、護衛の2人を叩き潰そうとしてくる。

 大ぶりなのでしっかり見極めて避けたけれど、巻き上がった土や石で体勢が崩れる。

 それをチャンスと見たのか、1人目に向かって横に腕を振るアームベア。

 崩れた体勢のまま剣と盾で防御して地面を転がっていくお兄さん。


「がっ」


 追撃されるとまずい状態だった。

 だけど、そのために移動する前に、攻撃したことで体勢が低いアームベアの首筋へと、勢いよく突っ込んだ3人目の剣が突き刺さる。

 そのままビクビクと震えたかと思うと、だらりと力が抜け、大きな音を立てて地面に倒れた。


 ・・・何が起きたのかよくわからんまま戦い始めたけど、何とかなった……。


「お疲れお嬢ちゃん」

「むっちゃ疲れたわ……」


 思わず座り込んだウチに、吹っ飛ばされたお兄さんが声をかけてきた。

 うまく衝撃を逃した上に、自分で後ろへ跳んだので、大きなダメージはないそうだ。


「お嬢ちゃんがいなかったらもっとボロボロになってたはずだ。助かった」

「へへっ。役に立ってよかったわ」


 森から追加で魔物が出てくる様子もないので、少し休憩をした後、周囲の片付けを行うことになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 戦わないことを選択できる人間ならともかく、本能で襲いかかるだけの獣相手なら文字通り無敵やな。
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