森から溢れた魔物
「なんで一つの馬車に入れられるんだよ」
「守る対象を一箇所に集めるためだと言われたでしょう」
「俺たちだって森ウサギや森オオカミ相手なら戦えるのに」
いちゃもん君たちのパーティも、ウチのいる馬車に乗ってきた。
守るためだと説明はされていても、戦力外だと言われることがプライドを傷つけているのだろうか。
強さにこだわっているような、どこか焦っているいちゃもん君。
触れずに放置しておくことにした。
絡まれたら面倒なので。
「エルはこの後も一人で依頼をこなすのか?」
馬車の中ですりおろし器の新しい使い方を考えていると、カインから話しかけられた。
隣にはカインと同様に真剣な表情をしたネーナもいる。
ひとまずアンリから合格が出るまでは、基本的に1人で依頼をこなしたり、戦闘すると決めている。
アンリの戦力をあてにされたら、合格が出て離れる時に困るからだ。
「しばらくはそのつもりやな。なんで?」
「よかったらパーティに誘おうと思ったんだ」
「なるほどね〜。パーティの目標は何なん?例えば迷宮に行きたいとか、名を売ってどこかに雇われたいとか」
ウチは自由に色々なところに行きたい。
だから、どこかのお抱えになるのが目標だと合わない。
目標が一致しないなら、最初からパーティは組まない方がいい。
雇いたいと言ってくる相手がウチを評価していたら、話がややこしくなるからだ。
「そういうのはまだねぇな。ひとまず早く力をつけて見習いを卒業したいのと、信頼できる仲間を増やしたいってところ」
「エルちゃんとは一緒に戦った仲なので、パーティを組めたら嬉しいと思ったんです」
「それはおおきに。でも、今は答えられへんわ。それより、子供でも見習い卒業できるん?」
断りつつ、カインの話を聞いて気になったことを聞いた。
子供のうちは雑事と訓練をする見習いで、成人の15歳ではなく、10歳で見習いがとれると思っていた。
「はっ、そんなんも知らねぇのかよ。実力が認められたら10歳にならなくても見習いを卒業できるし、逆に10歳になっても実力がなければ見習いのままなんだよ。見習いを卒業できたらいろんなパーティから勧誘が来るからできることが増えて、さらに稼げるんだ!」
「あんたには聞いてへんねん。これはホンマなん?」
いちゃもん君が急に割って入ってきたのを、キッと睨んでからカインに事実確認をする。
嘘を言ってるとは思わないけれど、その知識が合っているとも限らない。
ウチより見習いについて知っているのは確かだけれど、いちゃもんを付けてくる間は信用できるわけがないのだ。
「大体は合ってるぞ。有力な見習いを卒業させて、色々な依頼を受けれるようにするのは当然だ。逆に実力がなければ、合格が出るまで見習いのままだな」
「それはそうやな」
実力が伴っていなければ危ないだけだ。
どの程度の実力かはわからないけど、少なくともウチはまだまだや。
素材は見落とすし、森の中を先導なしで行ったり来たりできる気がしない。
もっと経験を積まないといけない。
「卒業したら、先輩請負人が作った団に入れるようになるんだ」
「団?」
「そう。軍団とか集団の団。同じ目的の請負人達が集まっていて、例えば傭兵団、遺跡調査団、迷宮攻略団って感じ。そこの新入りになって、団の雑用をしつつ色々教えてもらって、時にはパーティを組んで活動するんだ。ベテランのいるパーティに入ることになるから、依頼の報酬も上がるし、勉強にもなる」
「はー。請負人の見習いが終わったら、団の見習いってわけか」
「団の見習いか。たしかに。もちろん、絶対に入らないといけないわけじゃないし、自分で団を作ってもいいんだけどな」
「ふむふむ」
・・・見ず知らずの人のところに入るのは嫌やな。知ってる人がおっても、あまりに人数が多いと面倒も増えそうでいやや。少人数のところか、いっそのこと作るのもありやな。いろんなところに行きたいし、旅行団とか冒険団やろか。
「森ウサギが集団で来るぞ!見習いは馬車で大人しくしてろよ!」
馬車の護衛を担当している請負人が森と馬車の間に陣取る。
馬車3台に御者兼馬車の護衛と各、パーティの担当+ハロルドでここまでやってきた。
担当とハロルドは森の中にいるので、今は3人の請負人が戦う。
跳ね上げ式の木窓を少し開けて様子を見ると、10羽以上の森ウサギが飛び出してきていて、それは更に続いている。
しかし、見習いではない請負人にとって、森ウサギは敵ではないのか、一振りで難なく倒していく。
むしろ、死体が邪魔になりそうな勢いだ。
「すげぇ……」
「これが本当の請負人か」
いちゃもん君とカインが戦闘を見ながら呟く。
残りの人達も木板を上げてじっと見入っている。
ウチはキュークス達と旅をしながら色々な戦いを見てきたので、場所をみんなに譲った。
全員槍で薙ぎ払いながら戦っていて、近づかれたら腰に下げた剣を抜くのだろうけど、森ウサギ相手にそんなことにはならないで終わった。
「全部で23羽か」
「奥にある生息地からほとんど逃げ出してるのか?ここまで来るのは一部だけだろうし」
一部で23羽も飛び出してきているので、森の中ではもっと多くの森ウサギが移動していると予想される。
それだけ多くの森ウサギがいるのは、ウチらが進んでいた先のさらに奥。
森ウサギの生息地になる。
「今度は森オオカミか。森ウサギより多いだろうな」
「群れで狩りをするからな。いくぞ!」
「おぉ!」
森ウサギの飛び出しが終わり、1人が警戒して、残りの2人が倒した森ウサギを一箇所に集めていると、今度は赤い目を光らせた森オオカミの集団がやってきた。
護衛を足止めする森オオカミと、森ウサギの死体に向かう森オオカミに分かれて襲いかかってきたので、戦闘範囲が広がった。
「この数大丈夫か?」
「でも、俺たちが出ても負担になるだけだぞ」
「馬車まできたら、上から攻撃するぐらいしかできないね」
「自衛だから許されるはずだもんね。出なければいいだけだし」
「そうですね」
カインの疑問にいちゃもん君達のパーティが続く。
ネーナも同意しているので、馬車までやってきたら、自衛として馬車から攻撃することになった。
槍と剣で突くぐらいしかできないけれど。
ウチのハンマーは振るスペースがないので、万が一乗り込まれた場合に、短剣で刺すぐらいしかできない。
怖いけど、いざとなればちゃんと刺せるはずだ。
「おい!次が来るぞ!」
「オオカミ共と……別のやつがオオカミを蹴散らしながら来るぞ」
「あれはランスディア!こんな場所に出てくるやつじゃねぇだろ!もっと西の奥のはずだ!」
森オオカミの集団が出てきたかと思ったら、その森オオカミを角で尺貫いたり、跳ね上げながら魔物が出てきた。
他の魔物同様瞳は赤く輝いた、鋭い槍のようなツノが2本に枝分かれした鹿だった。
左右に1本ずつ生えたツノだけど、枝分かれしているせいで、刺さるほど鋭い部分は4本ある。
体が小さければ、ツノの間に挟まって、勢いよく放り投げられてしまう。
そして、落ちてきたところを尖った槍部分で貫かれる。
「お前達は絶対に出てくるなよ!」
「痺れ薬を撒くぞ!」
「口布はしっかりな!」
3人が一斉に口に布を当て、更に黄色い球体を森側へ投げた。
地面に当たった球体はボフンッと破裂すると、黄色い煙幕のように広がる。
煙の範囲にいた森オオカミは地面に倒れ込んで動かなくなり、ランスディアは動きが鈍くなった。
どうやら効き方が違うようだ。
「俺がディアを抑える。お前らでオオカミを倒してくれ!」
「おう!」
「わかった!」
1人がランスディアに、残りの2人が痺れ薬の範囲外にいた動ける森オオカミに向かう。
途中で痺れた森オオカミにとどめを刺していくあたり、この戦法になれているのだろう。
「はぁ!」
剣とランスディアのツノがぶつかり合う。
硬いものがぶつかる甲高い音が一瞬鳴った後、ガリガリと何かを削るような音が響く。
ランスディアのツノの周囲に螺旋状の風があり、ツノまで剣の刃が到達していない。
「あいつ風の魔法を使えるのか?!」
カインが驚きの声を上げる。
魔力で魔物化するため、魔力の質によって使える魔法が変わる。
草原ウサギや森オオカミなどは属性を持たないので、身体強化しか使えず、稀に発生する放出できる個体の場合は、身体強化に加えて魔力を放ってくる。
ランスディアは風の属性を持っているようで、ツノの周りに風を生み出して貫通力をあげているようだ。
当然身体強化も使えるので、森オオカミより体格がいい分運動能力も高い。
「おそらく、あの風で痺れ薬がそこまでととかなかったんじゃないか」
「何もない森オオカミが痺れて動けなくなっているし、耐性以外にも魔法の影響があるのかもな」
カインといちゃもん君が話している。
同性だからか話しやすいようで、ネーナもいちゃもん君のパーティにいる女の子と話しながら、外の様子を伺っている。
「ランスディアが追加でくるぞ!」
「あぁもう!森オオカミもいるってのに!」
「俺が行く!」
ランスディアが追加で1頭出てきた。
森オオカミを倒していたうちの1人がランスディアに向かう。
しかし、痺れ薬を使っていない万全なランスディアには、振り下ろされた剣は拮抗することなく弾かれ、追撃の突進をギリギリで避けることになった。
「まずい!」
「馬車に向かうぞ!」
ランスディアは突進の先にあったウチらの馬車めがけて、ツノを突き出して走ってくる。
今更馬車を降りることはできないので、全員車内で伏せたり、手すりや壁に手をついて衝撃に備えた。
揺れる馬車。
バキッという音と何かが倒れる音。
恐る恐る目を開けたが、馬車が揺れているだけで、壁は元のままだった。
「とどめを刺しておく!」
声の方向の窓板を上げて外を見ると、4本の鋭いツノと首の骨が折れたランスディアが倒れていて、首を裂かれるところだった。
思わず板を閉じたけど、どうやらキュークスの言っていたウチの魔力のおかげで耐えれたようだ。
馬車が揺れたのは、完全に守れていないからだと思う。
「とりあえず無……うわっ!」
「なんだ?!」
いちゃもん君が立ち上がりながら声をかけてきた瞬間、馬車が大きく揺れた。
目の前に迫る壁、転がるみんなと積まれている道具。
幌が回転しているのか、ウチが回転しているのかわからない。
・・・何が起きたんや?!




