森に響く笛の音
「ん?何の音?鳥の鳴き声?」
「違う。笛の音」
響いてきた甲高い音は鳥の鳴き声じゃなく笛の音だった。
なぜ森の中で笛の音が響いているのか、すぐには理解できなかった。
「え?!笛の音って何か起きたってことやん!」
「今分かったのか?!」
「何かあったら笛で合図する決まりですよ!」
「ウチが笛を持ってるわけじゃないから……」
・・・持ってたら忘れてないはずや。恐らく。きっと。
「それで、何が起きたん?」
「笛の音は1回だった。警戒の意味」
なる音の回数で意味が変わるそうだ。
1回は警戒、2回は大量の魔物、3回は強い魔物、4回は救援求む、5回が全員撤退。
救援の回数は少ない方がいいと思ったんだけど、段階を踏めない時点で助けることは不可能だから、即撤退になる。
「音は奥から」
「俺たちはどうすれば?」
「警戒しながら撤退」
そう言ってアンリが進み始めたので、ウチらもついて行く。
するとまた笛の音が聞こえた。
「今度は2回やな」
「大量の魔物が奥から来るってことか?」
「大丈夫でしょうか……」
ネーナは笛を吹いている人たちを心配していた。
大量の魔物を判断できるということは、その近くにいることになる。
もしかすると笛の音で引きつけてしまったのかもしれない。
「後ろから何か来る」
アンリが歩きながら振り返って後ろを見た。
ウチらも見たけど、特に変わりのない景色が広がっている。
気にしながらも森から出るために進んでいると、少しして後ろから何か聞こえ始めた。
カインとネーナも聞こえたようで、後ろを何度も振り返る。
「後少しだ!走れ走れ!」
「ぜぇ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
「ひぃ……ひぃ……」
茂みを掻き分けて現れたのは、大柄な大人の男に追い立てられながら走るいちゃもん君たちだった。
その後ろに大量の魔物がいるわけでもないのに、一体どういう状況なんだろうか。
あの男の人はいちゃもん君たちのパーティ担当だった気がするけど。
「よし休憩だ!」
「ぶはっ!」
「くはっ」
「モウムリ……」
いちゃもん君ともう1人の男の子は地面に膝を突き、女の子はポツリと言うと、全身を投げ出して仰向けに倒れた。
3人とも息切れが酷いけど、追いかけていた男の人は特に何ともない。
「どういう状況なん?」
「後ろからは何もきてないぞ……」
男の人に尋ねるウチと、後ろを覗き込むカイン。
ネーナは息を切らしている3人に水を配っている。
「いや、なに。警戒の笛が鳴っただろ?だから、逃げる訓練をしようと思ったんだ。なかなかそういった機会はないからね。幸い素材は集まっていたから」
「おじさんが魔物役をしてたのか?」
「そうだよ。お兄さんが魔物役さ」
目の笑っていない笑顔で応えるお兄さん。
見た目は30歳ぐらいに見えるけど、まだ20歳らしい。
おじさんと呼ばれるのは絶対に嫌だと目が物語っていて、カインが何度も「お兄さん」と呼ばされている。
「君達は戻る途中だね。だったらこの子達も一緒に連れて行ってほしい」
「お兄さんはどうするん?」
「様子を見に奥へ向かうよ。見習い4人を守りながらはキツイだろうから。それじゃあよろしくね」
お兄さんは手を上げて奥へと走っていった。
その速度はさっきとは比べものにならないほど早く、あっという間に見えなくなった。
ちなみに、アンリは要請に対して頷いて了承を返していた。
「息が整ったら森を抜ける。3人は間に入って。エルは後ろに」
「了解や!」
ネーナの隣へ移動する。
いちゃもん君たちのパーティは、いちゃもん君、男の子、女の子の順で移動していたようで、アンリとカインの後ろに並んだ。
流石に今の状態でウチにいちゃもんを付けてくる余裕はないようで、カインの後ろ姿をじっと見ている。
もしかすると、ウチを見ないようにしてるかもしれない。
・・・ウチらが走らされてないのはアンリさんの判断やから、文句を言う相手はウチちゃうで。担当になったのはウチがおるからやけども……。
全員で移動し始めてからは早かった。
ウチらだけとは違うので、アンリによる採取の指導もなく、森を出ることだけに集中したからだ。
途中で何回かキノコや薬草を見かけたけど、ネーナと2人で見つけたことを、言葉を話さずにやりとりした。
「戻ったか!」
「2パーティ分だ。じゃあ4人のパーティがまだ中にいるのか」
森から出てきたウチらをハロルドと馬車の護衛が迎えてくれた。
アンリはハロルドから事情を聞かれ、見習い達は馬車に乗せられていく。
守る対象を一箇所に集めたいそうだ。
「先にウチらだけ出発するん?」
「いや、今のところその予定はないぞ。一部を逃すのはいざって時だけだ。じゃないと助かった奴らが見捨てられたと思うだろ?お前たちは、戻ってきた見習いを大変な目にあったなと励ますのが仕事だ」
護衛の請負人が、ウチを馬車に乗せながら答えてくれた。
見捨てるわけでもないのに、一部を移動させるのは悪印象を植え付けてしまう。
見捨てるなら潔く、そうじゃないなら信じて待つのが請負人だそうだ。
・・・命あってのことやから、逃げてもええと思うけど、置いてかれる側からしたら悲しくなるわな。今のウチらに危険があるわけやないし、落ち着いて待つか。
「エル」
「アンリさん。どうしたん?」
「わたしも森へ入ることになった」
「そうなん。気をつけてな」
「うん。それで、エルにお願いがある」
「ウチに?」
「エルが馬車に乗ってる間、薄らと魔力が覆ってる。恐らくエルほど強固に守られるわけじゃないと思うけど、多少は影響があるはず。だから、本当に危ない時以外は乗っていてほしい」
「わかった」
「よろしく」
ウチが乗っているだけで、馬車も固有魔法の対象になっているそうだ。
ただし、ウチよりは弱い守りだと。
ウアームの街へ行くための旅では、馬車が襲われるようなことはなかったので、その効果がどれだけなのかはわからない。
わからずに済む方がいいので、森から魔物が出てこないことを祈っておこう。
「また鳴ったで!」
「今度は4回。急ぐぞアンリ!」
「行ってくる」
森の中で聞いたよりは小さな笛の音が4回鳴った。
4回は救援求む。
前の笛は沢山の魔物がいるという内容だったので、合わせると沢山の魔物に襲われているから助けが必要ということになるそうだ。
・・・先に向かったいちゃもん君たちの引率していたお兄さんは大丈夫やろか。




