固有魔法
起きたら馬車は止まっていた。
どうやら休憩しているようで、道に沿った草原の一部に馬車が集まっている。
・・・泣き疲れて寝たけど、起きたらスッキリしたなぁ。父上と母上が居なくなったのはむっちゃ寂しい。やけど、泣いてても何も変わらんし、父上の言ってた「辛い時こそ前を向く」を実践するときや!ウチは頑張るで!
気を抜いたら沈みそうな気持ちを気合いで押しのけて周囲を見回すと、御者が忙しく動き回っていた。
馬を馬車から離して樽に入れた水を飲ませたり、草原の草を食べさせたり、馬にマッサージをしている。
御者以外はそれぞれのグループごとに固まって、周囲を警戒しつつも休んでいるようだ。
ガドルフ達はウチの乗る馬車が見える場所に固まっていた。
・・・こんなに人も馬もおったんか。先頭の馬車やったから分からんかったわ。
「エルちゃん起きたのね。わたしが下ろすわ」
「ありがとう!」
「しっかりお礼が言えて偉いわ」
起き上がって周囲を見回していると、キュークスに抱き下ろされた。
1人で降りられる高さではないので助かる。
お礼を言ったら、頭を撫でながら褒めてくれた。
・・・お礼は大事やって父上と母上が何度も言ってたからな!
「ようエル!こうして見ると思った以上にちっさいな!」
「子供やからな!ベアロはめっちゃ大きいな!」
「熊だからな!力も凄いんだぞ!ほれ!」
「おぉ!すごい!」
馬車の近くにいたベアロは、ウチのお腹に手を当てると、ゆっくりと上に持ち上げた。
空中に腹這いのような体勢には驚いたけど、空を飛んでいるような感じもあって楽しい。
動いてくれるともっと楽しいと思った時には、ベアロが動いてくれた。
怖がられやすいベアロが子供と仲良くなるために編み出した技だそうだ。
「よし!そろそろ着地だ!草が長くて歩きづらいが、我慢してくれよ!」
「はーい!」
「よっと……ん?エルの足元だけ草が変になったな。ガドルフ!これを見てくれ!」
ベアロを軸にくるくると回りながら高度を落とし、草原に降り立つ。
休憩場所は手入れが行われているわけではないので、ウチの膝ぐらいまである草が生えている。
その草が、何故かウチの足を避けるように左右に分かれて降りる場所を空けてくれた。
根っこに近い部分は動かせないので完全に草がなくなるわけではないけれど、邪魔にならないので立ちやすい。
見た目はウチを中心に外側に向かって草が倒れてるから何となく不気味だけど。
「なんだこれは……。エル、ちょっと歩いてくれないか?」
「ええで!」
「草が避けていくわね……」
ウチが一歩踏み出すと、足が通る先から草が避けていく。
足が離れたところは元に戻ろうとしているので、ウチの行動を邪魔しないように動いていることがわかった。
そのまま近くをぐるぐると歩いてみても、草は邪魔することなく道を作ってくれるので、とても歩きやすいし、見た目にも慣れることができた。
「エル。こっちで休憩しながら話そう」
「わかったー!」
ガドルフに呼ばれて馬車に近いところまで戻る。
3人とも草原に座りこちらを注視しながら、木でできたコップに入れた水を飲んでいる。
ウチも草原に座ろうとしたら、歩いた時と同じように場所を空けるように草が広がった。
「エルの邪魔をしないように動いているな」
「勝手に避けてくれるのは助かるが、周りに人が居たらそっちにいくんじゃないか?」
「あぁ。それも含めてある程度把握しておきたい。報告する時にも役立つからな」
ガドルフとベアロがウチの周りで勝手に倒れてる草を見ながら話している。
開拓村が崩壊したことを商人と一緒に依頼主である領主に報告する必要があるそうだ。
貴族と話すのは心労があるとぼやいていたが、何が起きたのか、なぜウチだけが生き残ったのかを把握しておくことで、報告がしやすくなるため色々話しを聞かせてほしいと言われている。
ちなみに既に踏まれている草の方へ足を出しても動くことはなかったが、隣に人がいる場合はそちらに流れるため、並んで歩くとちょっと邪魔になると評価された。
・・・とは言われても子供のウチはあまり覚えてることがないし、地下室に入れられるよりも前のことは靄がかかったかのようにぼんやりしてるんやけどな。
「草がエルを避ける理由は固有魔法だと思う。詳しくは子爵領にある治療院で調べてもらう必要があるが、まず間違い無いだろう」
「固有魔法って?」
「個人が追い詰められた時や強い想いで発動する魔法だ。他にも限界魔法やら色々な呼び方があるが、固有魔法が1番知られている呼び方だ」
「へ〜」
「はっはっは!これはわかってないな!」
せっかくガドルフに教えてもらったけど、ウチにしか使えない魔法だとしか理解できなかった。
普通の魔法について知らないのだから、どれだけ変わっているか比べようがないし。
「とりあえず危機を感じた時に何を考えたかだけでもわからないか?」
追い詰められた時と考えれば地下室に入って怖い思いをしたことだろう。
・・・あの時何を考えてたっけ……。なんか白い静かな部屋で……色々考えてたような気がする……。最後に考えてたのは……。
「痛いのは嫌だとか、苦しいのは嫌だって考えてたような気がせんでもない……。あんまりはっきりと覚えてへんわ……」
「そうか。痛みや苦しみを避ける魔法になったのかもしれないな。あるいは自分にとって悪影響を及ぼすものを避ける魔法か?」
「草を押しのけることを考えると悪影響の方が近いかもね。試してみよう」
そう言ってキュークスは地面に落ちていた指先サイズの石を拾い、それをウチの足めがけて放った。
ふわっとした放物線を描きながら近づいてくる石に対して、なぜかウチは大丈夫と感じている。
そしてその石は、ウチに当たる前の何もないところで弾かれて、地面に落ちた。
・・・大丈夫やとわかっても、いざ目の当たりにするとビックリするな。どこまで大丈夫なのか色々気になってくるわ。
「なるほど……。エル、その魔法は自分の意志で発動しないようにできるはずなんだが、可能か?」
「う〜ん……。やり方がわからへんわ……」
固有魔法を発動している自覚もないので、それを消す方法はわからない。
頑張って念じたりしてみたけど、石をウチに向けて放っても大丈夫という感じは消えないし、しっかりと弾かれる。
「話しに聞いた固有魔法は自分で制御できるはずなんだがな。それも調べてもらうまではわからないか」
「ネックレスが魔道具ということはない?」
キュークスに言われて外してみたけど、変わらず石を弾いたので、少なくともネックレスがこの魔法を発動していないことはわかった。
ウチは他に魔道具らしき物は持ってないらしいので、固有魔法ということでひとまず落ち着いた。
この魔法のおかげで開拓村を襲った魔物にやられる事なく、長い時間地下室に居ることもできたんじゃないかということだ。
あいにく、地下室に入れられたのがいつだったかも覚えていないというか、日付について母上達に教えてもらっていないので今と比べることも出来なかった。
「ん〜?……おぉ!エルのこの魔法が原因か!ようやくスッキリしたぜ!」
「どうしたベアロ?」
「いやな、エルが1回目に起きた時、俺を見てまた気を失っただろ?あの時のことで何か引っ掛かってたんだよ。それが俺の防具に当たったはずなのに衝撃も金属音もなかったことだったわ!いや〜ずっと引っ掛かってたんだがスッキリしたぜ!」
「できればそういった違和感は早めに教えてもらえると助かる……」
「あの時は気を失ったエルに気を取られてたからな!できるだけ気をつけるわ!はっはっは!」
ベアロは自分の中にあった違和感を解消できてスッキリしたようだ。
ウチがガドルフに驚いて後ろに下がった時、ベアロの防具に頭が当たったはずなのに、衝撃や金属に打ち付けた音が響かなかったことが気になっていたらしい。
・・・目の前で気を失われたら小さな違和感は吹っ飛んでも仕方ないな。驚いた時にさっきまで考えてたこととか忘れるなんてこともあるし。
とりあえず、ベアロは力任せで大雑把だから注意しろとガドルフとキュークスから言われて休憩時間が終わった。