ハンス金物店
思わぬタイミングで軽量袋を手に入れることができた。
もっと時間をかけて探して、その間にお金を貯めるつもりだったけれど、レシピ代で払えたのも嬉しい。
「お。リンゴある。おじさん3つ頂戴!」
「あいよ。大銅貨1枚と銅貨5枚だ。丁度だな。またきてくれよ!」
金物店へ行く前に、どういう風にしたいかを説明するための実物として、市場でリンゴを3つ購入した。
軽量袋に入れるために一度下ろすと、その時点で魔法が切れるので、荷物が多くなった時にどうするかは考え物だ。
・・・買い物やったら入れて貰えばええけど、魔物の場合は自分で入れなあかんからなぁ。座った状態で背負って、そのまま立ち上がれるか試さんとな。
そんなことを考えているうちに金物屋らしき場所へと着いた。
看板に板とハンマー、そして名前のようなものが彫られているけど読めない。
近くを通った人に聞いたところ、ハンス金物屋で間違いないようだ。
「お邪魔しまーす」
「らっしゃい!」
金物屋に入ると、背は少し低めで腕が丸太のように太いおじさんに迎えられた。
この人がハンスだろうか。
「随分幼いお客さんだが、お使いか?」
「ちゃうで。ひとまずこれを……あった!はい、ベランさんからの紹介状!」
「ベランさんの店から?!」
おじさんは、ウチが出した羊皮紙を食い入るように読み始めた。
その間に周囲を見回していると、なんとなくだけどここがどういうお店かわかってきた。
棚には金属製の鍋や箱、半球の容器に金属飾り、ハンマーやヤスリに木を掘るための彫刻刀。
受付付近には包丁や、ベランのところで見た削り棒などがある。
金属を使った商品を売る店で、おじさん自身も何かを加工していたのか、受付の裏にはハンマー釘がある。
「なるほどなぁ。変わった物を欲しがってるのか」
「変わってるかな?」
「そいつは聞いてみないとわからなねぇな」
ということで、すりおろし器の説明をした後、チーズ削り棒を出してもらってリンゴの試しずりをした。
もちろん許可を得てだ。
その結果できたリンゴの削りは大ぶりでとても荒く、果汁も回収できないほどに飛び散っている。
おじさんが布を用意していなければ大変な状態になったはずだ。
「やりたいことはわかった。だが、どうすればいいのかはわからねぇな。案はあるか?」
「あるで!」
ビビッときた案があるので、それを伝える。
錆びにくい金属でできた長方形の板の短辺に持ち手を付ける。
板の左右を盛り上げて、左右からこぼれないようにする。
盛り上がった部分の内側に溝を作って液体の逃げ道を作る。
板の裏から尖った物を叩きつけるかして、板の表面に小さな突起をいくつも作る。
その突起に果物や野菜を引っ掛けて削り、チーズ削り棒よりも小さな果肉を擦り出す。
これがウチの頭に浮かんだすりおろし器だ。
「なるほどな。イメージは伝わった。大事なのは突起だよな?」
「そうやで」
「じゃあ、その部分のサンプルを作るからちょっと待っててくれ」
そう言うとハンスは小さな黒い金属の板を持って、受付からずれた。
そこにはハンマーや釘、他にも名前のわからない沢山の道具がある。
その中でハンマーと先の尖った針より太い棒を手に取り、板に打ち付け始めるおじさん。
しばらくすると、板の表面に大小さまざまな突起ができた。
「どのぐらいが良いかわからんからな。差を作ってみた。何かで試せると良いんだが……」
「ウチが試すわ」
「試すって削る物あるのか?」
「あるで。だから、削った物入れるコップ貸して」
「わかった。ちょっと待ってろ」
おじさんが受付の裏へと向かう。
恐らく奥に生活空間があるのだろう。
その間にウチはリンゴを1つ取り出し、サンプルのすりおろし器を見る。
左右から溢れさせないための盛り上がりや、液体を流す溝はないけれど、大小で5段階の突起がある。
一番大きな突起は大きすぎるので使えない。
その次は削れそうだけど大ぶりになりそうだ。
試すのは小さい方から3つで十分だと思う。
「待たせたな。ほらコップ。それで何を削る……ってリンゴか!果物は高価なんだぞ!」
「うちが買ってきたんや!知ってるで!パン5個分や!」
リンゴ1個でパンが5個買える。
それだけ高級ということで、削るために袋から取り出していたリンゴを見たおじさんは、目を大きく開いて驚いている。
そんなおじさんの反応をよそに、ウチはリンゴを掴んですりおろし始める。
「おぉ……。細かい果肉ができてるな」
「せやろ。これが欲しかってん」
「ワインはブドウの果汁で作っているが、果肉は入ってないからな。俺は作り方も知らねぇ」
「飲めたら良いもんな」
「違いない」
その通りだと笑うおじさん。
ウチはドレッシングの味付けを大きく変えるために果肉が欲しい。
そのためのすりおろし器だ。
果汁だけなら獣人にお願いすれば搾れる。
「うーん。こことここがすりおろしやすいなー」
「真ん中とひとつ小さいのか。大きいのはダメなのか?」
「引っかかるねん。それに、果肉が大きいわ」
「そうか。それじゃあその2つを基準に作るのでいいか?」
おじさんがすりおろし器を眺めながら、突起の大きさを確認する。
後はどのぐらい突起を付けるかだけど、同じ大きさで集めて、擦りおろせる大きさを変えられるようにお願いした。
両面に1種類ずつ突起を付けることは可能かも聞いたけど、それをするなら突起ごとに作ったほうがいいと言われた。
わざわざ両面にするために板をつなぎ合わせる必要はないからだ。
・・・片面に突起を作った時点で裏面に凹みができるもんな。なんとなく一つで色々できる方がいいと考えてしまったんや。突起の中心に穴を開けて、削ったものが下にくっつけた器に落ちるとか色々。でも、やりたいのはすりおろしやから、そういった改造は後回しや!
「材料は端材で何とかなるな。作業も単純だ。……よし、銀貨1枚でどうだ。売れるとわかればしっかり値を付けるが、今は試作品だからな」
「ウチはええで」
「わかった。じゃあ今からちゃちゃっと作るわ」
そう言っておじさんは作業を始めた。
ウチとしてはそこまで急ぎじゃなくてもよかったんだけど、今日できるなら待っていよう。
帰ったらポコナにもリンゴをすりおろしてあげるんや。
「ところで、その果肉と果汁はどうするんだ?」
「そのまま飲んでもええし、水で薄めて飲んでもええやつやで」
「そうか。じゃあ水とコップを追加で取ってくる」
少し待つとおじさんが水とコップを持ってきてくれた。
分量はわからないので、直感で薄めたものを2つ作った。
どちらか足りなければ追加で入れればいい。
「んまっ!」
「美味いな。なんというか果汁を薄めた物より味がしっかりしてるというか、風味が強い。果肉が喉を通る感じも気持ちいい。果物が高くなければ売れるんだがなぁ。これだけだとちょっと難しいな」
「薄める量にもよるんちゃう?1杯銅貨1枚で売っても、5杯売れば元は取れるやん。6杯売れたら利益やで」
「そうだな。果実水が売れるようになれば、すりおろし器?も売れるから、頼んだぞお嬢ちゃん!」
「ぼちぼち頑張るわ〜」
・・・果実水売るために作ったんやないねん。まぁ、ありかなしかで言うとめっちゃありやけども。ただ、果実水売りは請負人の仕事ではないわ。
「そういえば」
「ん?」
「ウチはエル」
「あぁ、名乗ってなかったな。俺はビンスだ。よろしく!」
「よろしく!ハンスやないんやね」
「ハンスは8代前の創業者の名だ」
「そうなんや」
おじさんの名前がビンスだとわかった。
それ以降は会話もなくリンゴ水を楽しみ、ビンスは試作品の作成へと戻った。
ウチは展示されている商品を眺めていたけど、それほど待たずにイメージ通りのすりおろし器が完成した。
それを使って、残っていたリンゴをすりおろしたけど、最初よりもずいぶん無駄なく集まったので、薄めても利益が得られるぐらいリンゴ水を作れることもわかった。
・・・どうせ果実水売るなら食べ物も売りたいな。屋台では肉や野菜が多かったし、バーガーとリンゴ水のセットやったら売れそうや。




