ハンマーの練習
塩漬け肉バーガーで盛り上がる食堂を後にして、請負人組合に向かう。
女将さんが急ぎ作ったバーガーを食べたレルヒッポ達の「美味ぇ!!」という声が聞こえた。
「ミューズさん、おはようございます」
「エルちゃん、おはようございます。アンリさんはもう訓練エリアに来ていますよ」
「おおきに!ウチも向かうわ!」
「頑張ってください」
ミューズに挨拶をした後、組合の裏手にある訓練エリアに向かう。
腰に下げたハンマーの存在も、1日経てば慣れたもので、歩いたりする分には問題ない。
物が多い場所では柄が邪魔になるので、宿の食堂では注意が必要になるけど。
「アンリさん、おはようございます」
「おはよう。軽く走って体を動かしたらハンマーの使い方を教える」
「わかった!」
ハンマーとバーガーが入った袋を置いて、訓練エリアを2週走り、息切れを整えながら体を動かす。
関節を意識して動かすように言われ、アンリと一緒に運動していると、体の柔らかさに驚かれた。
戦う上で重要なことだと褒められる。
「それじゃあハンマーの練習をする」
「はい!」
「まずは持ち方。間を少し空けて両手で持ち手を握る。そのまま振り上げて下ろすか、横や斜めに振る」
「こう?」
「そう」
両手をくっつけて持った時とも比べてみた。
間を空けた方が持ちやすく、振り回しやすい。
「できれば振り上げる時にも攻撃できれば良いけど、今のエルでは厳しい。振り下ろしと振り回しだけに注力する」
振り上げる時に押し込めば、下からの攻撃もできるようになるけど、持ち上げることに意識を集中している今のウチには、腕力が足りなすぎる。
一度やってみたけど、奥に向かって振ることを意識しすぎたせいでバランスを崩した。
アンリの言う通り振り下ろしと振り回しだけにしよう。
「次はもっと近い時の方法。左手はそのまま。右手で柄の中ほどから上を持って小さく振る」
「こうや!」
「そう。威力は落ちるけど素早く叩ける」
コンパクトに振り回せるので、相手との距離が近い時に小突くように叩く。
連続で叩かれたら流石に痛みに耐えられそうにない。
先端が尖っていれば、止めとして急所に差し込むこともできるらしい。
「最後は突き。ヘッドを相手に押し込むようにする。手は短い方でいい」
「こうやな」
「そう。距離を作りたい時に押して、開いたら振り回せばいい。押し込みながら持ち手を変えるのがポイント」
短い距離を叩く時の持ち方のまま前に突き出し、添えるだけにした右手を持ちてのところに移動。
そのまま自分を回転させて横に振ったり、相手に当てた反動を利用して持ち上げ、振り下ろすことができるのが理想だ。
「次はあの藁が巻かれた丸太を叩く」
「わかった!」
アンリに示された訓練用の的に向かう。
的の中で一番小さい物の前に立ったけど、それでもウチより大きい。
・・・見習いになれる最低年齢が6歳やから、ウチが小さいのはわかってたけど、もしかして普通より小さいのかもしれん。パーティで移動する時とか足並み揃えるの面倒そうやわ。
「いくでぇ!」
最初は、短く持って連続して叩く。
ぼすぼすと音を出し、藁が飛び散りながら叩いた場所が凹んでいく。
次に、長く持って横に振り抜いた。
ヘッドがガスッと的にめり込んだけど、ウチの手に感触はあれども痛みはない。
振り下ろしも試してみたけど結果は同じで、ただひたすらハンマーを振り回して的を叩いた。
途中、距離を見誤って柄の部分で叩いたけれど、ウチの手に痛みはなく、それどころかヘッドの重みもあってしっかりめり込んでいた。
どうやら叩いた反動なんかも固有魔法で対応できるようだ。
「毎日軽く振り回して早く慣れること」
「はい!」
「じゃあ次は街の外で実戦」
「え?!何で?!もっと繰り返し練習するんちゃうん?!」
何度も繰り返し練習して、自信がついたり教官の許可が出た時に初めて実戦のはずだ。
的に当てる分にはたまに失敗するけど、何とかなっている。
でも、素振りをするとハンマーに振り回されることの方が多い今の状態で、実践は無茶だと思う。
「普通はそう。でも、固有魔法で傷つかないなら、実戦の方が成長する」
「そうかもしれんけど……」
「戦うのが嫌い?」
煮え切らない態度のウチに問いかけるアンリ。
好きか嫌いかで言えるほどの経験はない。
なので、返答はこうなる。
「嫌いというか怖い……。ウチと同じぐらいの大きさのウサギが襲いかかってくるねんで。怖いやん。それに、生き物を殴ったり刺したりするのに抵抗があるねん……」
「尚更早く慣れるべき。雑事だけで食べていくのは難しい。特にエルは」
詳しく聞くとこうだ。
昨日の雑事で得られた報酬は銅貨5枚なので、パン5個分。
安い宿だと大銅貨3枚で素泊まりできるけど、あと5回洗い物をしないと泊まれない。
あの作業量を5回分するのに1日では無理だし、仮にできても食事代を稼がなければならない。
高額な雑事もあるが、それには一定以上の能力を要求されるため、今のウチにはできない。
掃除に特化してると言いたいけれど、高いところにが届かないので言えない。
つまり、生きるためには魔物や獣を狩り、肉や魔石を売らないといけないということだ。
スライムの件も話したけど、スライムを探している間に遭遇する魔物はどうするのかと聞かれたら、答えられなかった。
「生きるために必要な狩りをするだけ。狩った獲物はできるだけ有効利用すればいい。持てない時は仕方ないと諦めるのも大事」
「わかった……」
「どうしても無理なら商人や職人になればいい」
「せやな」
アンリの言うことももっともなので、逃げずにやってみることにした。
無理だったら掃除専門で働けばいいし、何か料理を思いついたらレシピを売ってお金を稼げばいい。
「いざという時は助ける」
「よろしく!」
街の外にある草原へとやってきた。
ウチが街に来る時に通った街道が見えるぐらいの距離を空け、草原の中を街から離れるようにしばらく進むと、草原ウサギがポツポツと見え始める。
アンリは少し離れたところから観察していて、どうにもならない状態になったら助けに来てくれることになっている。
せっかくなので、助けなしに終えたいところである。
「いくでぇ!」
ハンマーの持ち手をしっかりと握り、肩に担いで草原ウサギとの距離を詰める。
うちの掛け声か、あるいは草を踏む音に気づいたようで、草原ウサギは耳をコチラに向けていた。
「やぁ!」
肩を前に突き出すようにハンマーを振り下ろす。
駆け寄っていた勢いも相まって、練習していた時よりも早く振り下ろせている。
気持ちの整理がついたとは言えないウチの勢い任せの攻撃は、草原ウサギに見切られてサッと横に避けられる。
「よっと、やっ!」
勢いよく地面を叩いたハンマーをもう一度持ち上げるには力と時間がいる。
なので右手を前のずらし、短く持ち直して横に振る。
だけど、これも難なく避けられる。
ウチより草原ウサギの方が運動能力は高いので、持ち方や振り方を確かめながらでは追いつかない。
「わわっ!」
何度かハンマーを振ったけど、当たる気配はない。
それどころか、大きく振った後に反撃を受けるようになった。
ウチぐらいの大きなウサギが、赤い目を怪しく光らせながら体当たりしてくることに驚き、その場で動けなくなってしまう。
しかし、固有魔法のおかげでウチには何の影響もなく、体当たりをしたは草原ウサギだけが衝突のダメージを受けている。
「突き!」
「うぇい!」
いきなりのアンリの声にビックリしたけど、体勢を大きく崩した草原ウサギに突きを当てることに成功した。
そして、体当たりの衝撃でふらついていたところに突きを受けた草原ウサギは、地面にゴロリと転がり立ち上がれない。
「ここか!」
長めに持ち直し、大きく振り上げて、降ろした。
「ぴぎゅ!」
草原ウサギの悲鳴のような鳴き声を聞き、思わず顔を顰めてしまう。
ハンマーで殴られた草原ウサギは死んでおらず、ピクピクと痙攣しながらも、目はウチから離さない。
・・・もう一回叩くべきや……。トドメを刺さないとあかん。せやけど、手は震えるし力は入りにくい。気合いや!気合いやでウチ!
「やぁー!!」
ゴッという音が聞こえた。
不思議と叩いた感触はないのに、草原ウサギの首が折れている。
どうやら固有魔法が働いたみたいで、ウチにとって嫌な感触を伝えないようにしたみたい。
「お疲れ様」
「うん……」
「捌くのは組合に任せる。今日は終わり」
思っていたより近くにいたアンリが草原ウサギを掴み、街へと続く街道に向かう。
ウチがトドメをさせなかった時のために近くにいてくれたようだ。
いざという場合には替われるように。
・・・思った以上に疲れた。でも、ウチの立ち回りはわかったわ。固有魔法をしっかり意識して使って隙を生み出し、そこを叩く。確かにウチじゃないとできない実戦練習やったな。




