塩漬け肉バーガー
組合に戻り、ミューズに依頼書を渡して大銅貨1枚を報酬にもらった。
そして、今日の依頼は終了なので、アンリとは解散である。
「宿まで送る」
と言われたので、獣のしっぽ亭までアンリと向かった。
後は夕食をとって、体を清めたら就寝となり、明日はハンマーの訓練をする。
「それじゃあ明日、2の鐘で組合の訓練エリアで」
「おやすみなさーい!」
アンリはこの街に家があるので、ウチを送ってから帰宅する。
宿に入る直前に後ろを確認したら、小走りに去っていくアンリが見えた。
・・・今日だけでも壺移動してもろたり、色々お世話になったからなんかお礼したいなぁ。ウチが用意できる物で考えると、ドレッシングのプレゼントと……塩漬け肉使ってなんか作る?でも、何を作ればええやろか。
「どうした嬢ちゃん、難しい顔して。ドレッシングは好調だぞ」
「レルヒッポさん。それはええことやな。儲かりまっか?」
「何だその言い方。なかなか順調だ」
ぼちぼちではなかった。
それでも、ウチから買ったドレッシングのレシピは順調に売れているらしく、この宿にも問い合わせが来たので、ポコナが対応したそうだ。
噂が広まるのは思ったより早く、宿屋街では数店舗だけだが、取り入れているお店もあるとか。
「で?何を悩んでいるんだ?」
「ウチに教官が付いてんけど、今日もお世話になったし、これからもなるから、何かお礼と挨拶を兼ねたものを送りたいねん。でも、ドレッシングぐらいしかないし」
「ふむ。請負人だったら酒を奢るのが礼になるが、エルの場合は昼食か?そこでドレッシングを渡すだけでも十分だと思うが」
「それだと普通すぎてつまらんというか……」
「お礼と挨拶に何を求めてるんだ……」
レルヒッポは苦笑している。
カバの眉間に皺が寄るとちょっと怖いな。
それにしても、昼食をご馳走することがお礼になるのであれば、何か作って渡せたら良いと思う。
そうなると何を作るかになるが……。
「レルヒッポさん。宿の食事はいつも丸いパンとサラダ、野菜スープに焼いたお肉なん?」
「そうだぞ。宿や店によって野菜の種類や切り方、味付けが違うが基本こんな感じだ。少し高い店に行けば牛乳や卵も出るな」
「なるほど。パンはこのパンしかないん?」
ウチは大人の両手に乗るサイズの少し硬い丸いパンを指差しながら聞いた。
焼きたてであれば少し柔らかいけど、基本的に噛みちぎるか、千切ってスープに浸してからじゃないと食べられない。
獣人にとっては良い歯応えなのかもしれないけど。
「そうだな。パンといえばこれだ。他の形と言えば大きさが違うくらいだ」
「パンを使った料理はある?」
「パンを料理に使うのか?パン自体が調理だろ。捏ねて焼いて手間のかかるもんだ」
パンを材料にした料理はないらしい。
詳しく聞くとパンはパン屋、肉は肉屋、野菜は野菜屋とはっきり分かれているので、肉屋がパンと肉を使った何かを売り出すことはない。
もしも売り出すのであれば、パン屋と肉屋の2つと、多く買うので安く仕入れさせてくれ契約を結ぶしかない。
そうまでして売れなければ大赤字なので、いきなり出店することもない。
できても通常の値段で仕入れて、屋台で売るぐらいになる。
そうなると単価が高くなるので、更に売れるかわからなくなるという悪循環になる。
「新しい食べ物とか出てこんの?」
「エルがドレッシング出したじゃねぇか。こういう風に人伝に広まって、売れると判断したやつが店を出すんだ。油が高いからなかなかドレッシングの店は作れないし、家で作ろうと思えば作れる物だから店で売れるかわからねぇな」
レシピが売れるのは自分で作るためだ。
それを手に入れた人が店を出すかどうかは、その人の判断に任せられる。
なので、仮に店ができてもまずは屋台からになり、うまくいけば店舗を構えることができる。
なので、今日食べたハーブを使った鳥の串焼きも、誰かがレシピで売った物かもしれないし、店主がハーブの配合を考えた物かもしれない。
「よし!ウチがお昼ご飯作って渡すで!」
「ほう。何か料理を思いついたのか?」
「簡単なやつやけどな」
「そうか。悩みが解決してよかったな」
そう言ってレルヒッポは席を立った。
ありがたいことに、わざわざウチの話を聞くために来てくれたようだ。
そして作る物について考えながら夕食を食べる。
流石に市場へ買いに行く時間はないから、ウチが持っている物とポコナにお願いして野菜を買って作りたい。
そうと決まれば早くご飯を食べて、ポコナに話を持っていく。
「ポコナポコナ〜!」
「どうしたのエルちゃん」
「明日の朝に料理手伝ってー!今度は野菜と火も使う!」
「わかった。わたしだけだと危ないかも知れないから、お母さんにも声かけておくね。野菜は朝食で使う分から少し分けるね」
「おおきに!」
ウチ用の量が少ない夕食を取ったら、部屋に戻りポコナが運んでくれた水を使って体を清める。
さっぱりした後は1人で少し寂しい部屋で就寝だ。
・・・キュークス達は大丈夫やろか……みんな強いし、魔法が使えるサージェもおるから大丈夫やな。どういう魔法が使えるのかは知らんけど。
言い聞かせるように考えているうちに眠ってしまったようで、気づいたら朝になっていて、スッキリとした目覚めだった。
1の鐘と共に支度をして朝食を取り、2の鐘までまだ余裕があることを確認してポコナにパンと野菜の準備をお願いした。
ウチが出すのは、昨日貰った塩漬け肉とドレッシングだ。
「ポコナにはこの塩漬け肉を薄く切って、美味しく焼いてほしいねん」
「それはお母さんの方が良いと思う。お母さんお願いして良い?」
「あいよ。薄くってどれくらいだい?」
「普通の人でも噛み切れるぐらいかな」
「だったら指の第一関節ぐらいだね。わかった。枚数は?」
「4枚!残りはパンと野菜代ってことでいい?」
「いいよ。任せときな」
女将さんが腕まくりをして塩漬け肉を持って厨房へ行った。
塩漬け肉はブロック状なので、ウチが持つと両手が必要だけど、女将さんは片手で鷲掴みにしていた。
タヌキの獣人が肉を掴んで歩く姿はなかなかにワイルドだった。
「じゃあパンを横に切って、そこに千切ったレタスとスライスしたトマトを乗せて、ドレッシングを少しかけるで」
「切るのは任せて。エルちゃんはレタスを千切っててね」
「了解や!」
子供用の包丁でパンとトマトを切っていくポコナ。
その隣で一枚ずつレタスを千切り、さらにパンに乗るように千切るウチ。
それを見守るレルヒッポ含めた数人のお客さん。
その誰もがウチからドレッシングのレシピを買った人達だった。
・・・じっと待っててもあげへんで。というか、美味しそうならレシピを買うとか言い出しそうやな。
「できたよお嬢ちゃん」
女将さんが焼いた肉を皿に乗せて運んできてきれた。
そのまま食べても十分美味しそうな出来で、どこからかお腹の音のようなものが聞こえたけど気にしない。
見学者含めここにいる全員、朝食は食べているはずなのだ。
「待ってましたー!じゃあこれをこうして、こう!」
ポコナが切ったパンに、ウチが千切ったレタスを乗せて、トマトを乗せたらドレッシングをこぼれないように回しかける。
その上に肉を置いて、油を吸わないようレタスを置いて、蓋をするようにパンを置く。
これで塩漬け肉バーガーの完成だ。
「できたで!」
「わたしも!」
ウチとポコナで2つずつ作り、4つできた。
「これは何になるんだい?」
「塩漬け肉バーガー!お肉を変えたり、野菜を変えて色々な味が楽しめるで!」
「昼に食べるものが一つになってていいな。クリアの葉で包めば持ち運びやすいし、痛みづらいだろ」
「クリアの葉?」
「塩漬け肉が包まれていた葉だ。食べ物の保存に使えるんだ。味はめちゃくちゃスースーするから葉は食うなよ」
「はーい」
保存用の葉はクリアという木の葉っぱで、森に行けば手に入るそうだ。
包めば食べ物が痛みづらくなり、葉も硬めなので一時的な容器としても使える。
ただし、断面や樹液に触れたり口にすると、しばらくの間スースーして苦しむ。
毒ではないけど薬としても使えない微妙な特性を持っていて、もっぱら屋台や保存食の持ち運びで使う。
「どうやって持っていくつもりだったの?」
「あ。考えてへんかった」
「じゃあうちにあるクリアの葉を使いな。これだよ」
ポコナの質問に答えられないウチ。
作ることしか考えていなかったので当然である。
そこに、女将さんがクリアの葉を持ってきてくれた。
机の上に持ち運ぶものがないので、必要だとわかったんだと思う。
「おおきに!」
「いいよいいよ。うちにとっても良い商品になりそうだしね。あんたらもレシピ代出すんだろ?良い大人が作るところを見ていて金払わないなんてケチくさい真似しないだろ?」
「おう!とは言っても、今回のは合わせただけだからそこまで高くはないだろ?」
「そうさ。ドレッシングを知らなけりゃ、それを含めて高くできるけどね」
女将さんはバーガーを宿で売りたいらしい。
そして、周囲で見ていた人たちも作って食べたいようで、全員快くレシピ代として大銅貨2枚を払ってくれた。
・・・まさか、こんなに早く別のレシピを売ることになるとは思わんかったわ。それにしても、頭に浮かんだバーガーってなんやろか。ドレッシングの時と同じようにビビッときたけど。




