状態異常の森へ
エリザが待ち構えていたのはナーシャが原因だった。
準備期間にお茶会なる優雅な催しを行い、今後の活動の話をする際にウチの名前を出した。
迷宮から帰ったらエリザを含めて食事でもしたいとナーシャに伝えていたけれど効果はなく、むしろ迷宮に行くなら力になってあげるとばかりに参加したいと言い出したけれど、ナーシャは行き先が森だからと却下している。
一旦は納得したエリザだったが、時間が経つとどうしても行きたいという気持ちが湧いてきて、結果迷惑をかけないように自分のパーティだけで押しかけてきた。
そしてナーシャはどうするかウチに決めろと丸投げしてくる始末。
「うーん。ウチは別にどっちでもええねんけど……。ナーシャさんは来ん方がええって考えなんやろ?」
「森が燃えたら魔物が活発化するから、火を使うエリザと相性が悪いんだ。僕ならせいぜい森の入り口までってところかな」
「それぐらいかなぁ。なんでエリザさんはウチと一緒に迷宮に行きたいん?」
ウチの質問にツンと顔を背けるエリザは、見た目よりも子どもっぽく見えた。
ミミですらそんな仕草はしない。
「ナーシャだけ一緒に挑むのはずるいですわ。それに、エルの固有魔法だと状態異常の森を突破できそうですもの。何か起きるかもしれませんわ。例えば、大型のエリア主との戦闘になったりとか」
「……それを言われるとエリザの戦闘力は欲しくなるね」
「じゃあ森の中では戦わんかったらええんちゃう?燃えへんかったらええんやろ?」
「まぁ、エリザも森の中で戦ったことはあるし、問題ないかな」
「えぇ!お任せくださいまし!延焼しないようにきっちり燃やして差し上げますわ!」
「燃やさんでええねん」
話し合った結果、エリザたちも一緒に森へと向かうことになった。
迷宮内用の頑丈な馬車に荷物を乗せて、いくつかのパーティごとに分かれて乗車。
護衛役の人たちが馬に乗って馬車を守る形で進んだ。
野営でエリザが小手や鞭から炎を出して焚き火に火を付けたぐらいしか面白いことは起きず、誰も脱落することなく結構な日数をかけて目的地へと辿り着いた。
護衛役のパーティは交代で働いてくれていたため、今からウチらが帰ってくるまで休憩となる。
とはいっても迷宮だから魔物もやってくるので、変わらず交代しながらになるけれど、移動がない分休めるそうだ。
「さて、これから森に入っていくよ。ただ、状態異常の森と言っても入ってすぐに痺れたりするわけじゃないんだ」
「半日ほど進んだところからになりますわ。まずは少し痒くなったり息苦しくなり、それでも進むと体が痺れ、さらに進むと吐血したりと言った具合ですわ」
「そりゃ大変ですわ」
「えぇ。そうですわ」
「んぐっ」
エリザのですわにウチのですわで対抗する。
移動中に何度もやったことだけど、ナーシャは笑いの沸点が低いようで毎回頬をぴくぴくさせて堪えている。
最初はムキになって声を大きくしていたエリザも、今ではお互いの発音を交換することで崩壊させられるほど余裕ができていた。
むしろ積極的に笑いをとりに行く節がある。
「ほんで、こっからどうするん?」
「軽い状態異常は薬や身体強化でどうとでもなるから、素材を取りつつ進むよ。そして、痺れるところぐらいから慎重に進んで、吐血するところからエルとウチの斥候に進んでもらうつもり」
「ほうほう。ガドルフとかはどうしたらええん?」
「他のパーティと一緒にエルを守りつつ素材集めや魔物を倒してもらうつもりだよ。素材が多いに越したことはないからね。キャンプ地は状態異常が発生する手前に少し開けた場所があるから、そこでだね」
「それじゃさっさと行きますわよ」
なぜかエリザが先導する形で進んだ。
ナーシャが心配していたような、火で片っ端から燃やすような凶暴性はなく、むしろ落ち着いて現れる魔物を鞭で縛り、空中に振り上げてから一気に高火力で燃やすぐらい冷静だった。
ただ、そのやり方だと魔石以外の素材が燃え尽きているため、儲けにはつながらない。
魔物から採取した毒をあれこれして薬を作るため、素材がなくなるのは問題だということで、エリザが後ろに下げられた。
しょんぼりしていたから野営の火を期待しているとだけ伝えておいた。
さらに肩が落ちたけれど。
そうして痒くなったり息苦しくなると言われていた場所を問題なく進んだ。
全員請負人として鍛えられているから、この程度なら問題ないそうだ。
もちろんウチも問題なし。
「止まって。ここから先が痺れるところだから注意」
「なんでわかるん?」
「あそこに傘の表面が黄色いキノコがあるでしょう?あれの胞子が麻痺に繋がるんだよ。近づいたら放ってくるとかじゃないけれど、手が届く範囲だと付着する可能性があるんだ。そしてこのエリアにはあんな感じの植物や木の実なんかもあって、それを魔物が食べているのかはわからないけれど、比較的麻痺毒を持った魔物が多いんだ。僕も昔痺れて動けなくなったことがある」
「えー危ないやん。その時どうしたん?パーティの皆んなが助けてくれたよ」
「まぁ、せやんな。だから生きてるんやろうし」
「違いないね。間に合ってなかったら体からキノコを生やして死んでたかもね」
話しているウチらの周りでも、ナーシャやエリザのパーティメンバーからガドルフたちへと説明が行われている。
キノコや草、花に木の花粉、蔦から滴る液体など、麻痺毒はたくさんあって、素材採取はその全てが対象となる。
幸い似たような毒性らしく、どの素材でもある程度効く薬が作れるらしい。
体内のどの部分に効果がある毒かを詳しく説明されたけれど、あんまり理解できなかった。
ウチには難しすぎる。
「エル」
「ん?どしたんアンリさん」
「胞子や花粉などが漂っていて、それが魔力を帯びている。魔力量が低かったり、強化が甘いと負けて痺れることになる」
「あー、そういう感じなんや。ウチは大丈夫やで」
「アンデッドドラゴンの攻撃より遥かに弱いから心配してない」
「心配してくれてもええんやで?」
くすりと笑われた。
ウチが逆の立場だったらイジると思うので、優しい反応だろう。
アンリのように魔力が見れる人は稀だから、ナーシャたちも色々質問し始めた。
魔力の濃い場所、風を出せば魔力が散るのかなど色々だ。
ここに来るまでは漂っている魔力も薄く、若干他より濃いかも程度で、その魔力が人の発している魔力に触れると、じっと目を凝らさないとわからないぐらいほんの少しだけ光って消えたらしい。
それが攻撃のような扱いで、痒みなどに繋がっているのだと推測されたし、目の前の毒も同様だ。
こういったことの検証のために魔力を感じ取れる人は探せば見つかるそうだが、そういった人をここに連れてきても魔力が漂っていることに意識が向いてしまい、よほど集中しなければ濃い薄いを感知できない。
目に見えないものを感覚で判断しなければならないから難しいのだろう。
少なくともウチは無理だ。
垂れ流している魔力すらわからないのだから。
「この辺りなら身体強化していれば大丈夫だけど、話す時は口に布を当てること。自信がないなら鼻と口を布で覆っておくと良いよ。魔力を温存するのにも使えるから僕は着けるけど」
そういってナーシャは水色の布を鼻と口を覆うように巻いた。
エリザも真っ赤な布を巻いていて、その姿はナーシャと比べるとどこか気品というか艶があるようにも見える。
たぶん色のせいだ。
そして周りを見ると、ウチ以外の全員が布を巻いていた。
この迷宮の森に生息する蜘蛛の魔物から取れる糸を使った、スパイダーシルクと呼ばれる魔力を通しやすくて強化しやすい布らしい。
長丁場になるから魔力を温存するためだろう。
一応ウチの分も用意してもらっているけれど、着けたら少し息苦しいので、すぐに外した。
「やっぱりエルの固有魔法は便利っすね」
「せやろ。みんなはなんか怪しい集団やわ。夜道で遭遇したら強盗としか思えへんわ。特に男連中はガタイがええし、か弱いウチは攫われそうやわ」
「エルは持って逃げやすそうよね」
「キュークスはなんやろ……。どことなく色っぽい気がするわ……」
狐の口を布で覆うだけなのに、どこか神秘的な雰囲気を感じる。
ただ、これはウチだけのようで、他の人たちは何も感じていなかった。
ナーシャとエリザには感性が独特だと言われた。
そうして布を巻いた集団と一緒に素材を採取したり、毒を持った魔物を倒しながら徘徊していると、ガドルフが近寄ってきた。
「結構魔力を消耗したから、そろそろ戻りたいんだが……」
「わたしもね」
「俺もだ!」
「こっちの獣人組も同じ感じだね。採取や伐採では強力だけど、こことは相性が悪いかもね」
ガドルフだけでなく、キュークスとベアロ、さらにはナーシャの段にいる獣人までも、魔力切れについて懸念を示した。
エリザのところは獣人がいないため、ウチやアンリなどと一緒にまだ平気そう。
アンリと一緒に魔力について話し合う集団ができるぐらいには元気だった。
「今日のところは様子見だから戻ろう。明日はパーティを素材採取と探索に分けるよ」
「そうですわね。もう数日慣れるために様子見した方がいいかもしれませんわ」
ナーシャとエリザの判断で撤退することになった。
獣人組を中央にして囲み、戦闘は他の人たちに任せる布陣で進んだ。
それでも獣人の嗅覚を魔力で強化した察知能力は優秀で、風下にいれば魔物接近にも気付けていた。
帰りとはいえ行きとルートを変えることで素材採取も行い、時間をかけて戻った時には日が落ち始めている。
補助するパーティがテントや食事の準備をしてくれていなければ、今から行う必要があったはずで、それを考えるとげんなりする。
食事を終えたらお湯の魔道具と大きな樽でお風呂に入った。
もちろんナーシャやエリザたちも入りたがったので、自前の魔石を使ってもらうのと、集めた素材を持ち帰る人たちが物資を持って戻ってくる時に、追加の樽を持ってきてもらうことで合意した。
「それじゃあまた明日」
「ほな、おやすみ〜」
ナーシャの団の人たちが交代で警戒してくれるから、ゆっくりと休むことができた。
そして翌日はガドルフたち獣人組が素材採取と魔物討伐、ウチとアンリとシルヴィアにエリザとナーシャたちで同じ道を通って奥へと進んだ。
吐血毒などがある場所に入ると、他の人たちも魔力の消費が激しくなったから、日を追うごとに奥へと進む人が減っていく。
最終的にウチとアンリ、ナーシャとエリザのパーティ、さらに数人だけになってしまった。
シルヴィアは毒に負けたわけではなく、装備にまで魔力を流していなかったため、体より先に服がダメになってしまい離脱した。
毒に負けた服が触るとポロポロと崩れるぐらいボロボロになったからだ。
・・・防具あってよかったな。胸当てとかは丈夫やからまだ保ってたけど、その下の服が破れてもうてたし。無理して進んだら見せられへん格好になるところやったわ。
数日の探索を行った結果、ようやく現在探索されている限界までたどり着くことができた。
相変わらず毒が蔓延しているらしく、魔物や草花が毒々しく、とても目に悪い森が広がっている。
ウチの固有魔法はそれを見ても問題ないと伝えてきたけど。




