なんでおるん?
ナーシャの所属する白孔雀の輝き団を後にして、大迷宮へと挑む準備に4日費やした。
食糧や野営道具などは向こうが用意すると言ってくれたけれど、いざという時のために保存食は必要だし、ウチはお風呂用の樽を持ち込みたいからベアロに運んでもらう。
その樽に色々入れれば容量の節約にもなって良いし、ベアロも鍛錬になると喜んでいた。
ミミはナーシャの団に預けて、厨房で下拵えの手伝いをすることになっている。
料理をさせず下拵えだけなのは、ナーシャの団にいる半獣を蔑む人たちから攻撃される口実を当てないためで、かといって預けずに宿で1人でいると他の半獣嫌いに何をされるかわからない。
結果として、多少何か言われてもナーシャの力が及ぶ団に任せることになった。
半獣に忌避感のない人を指導につけてもらえたし。
「準備はできてるね?それじゃあ出発だ」
まだ門が開いていない早朝、集合した人たちがナーシャの号令で馬車に乗る。
ウチはガドルフたちと一緒の馬車に乗ったけれど、それ以外に4台の馬車が迷宮街に向かって進む。
3台に5パーティが乗り、残り1台が物資満載の馬車だ。
積み込まれた物資のほとんどが食料で、テントや寝具に食器なども積み込まれているけれど、それには予備はない。
できるだけ無駄を減らした結果だが、道中で破損させた場合、補修できなければ無しになってしまうため気をつけて使う必要がある。
テントであれば破れたところを縫うことで使えるし、最悪木に縛って頭上と周囲を覆うことができれば寝られる。
しかし、寝具となる毛布がダメになったら、地面の冷たさで体温が奪われて寝れなくなってしまう。
見張りの時にも使うから、できるだけ大切にしないといけない。
「馬車で行くって聞いた時は大袈裟やと思ったけど、この人数がゾロゾロと武器持って歩くのもアレやしな」
「アレが何を指すかわからんが、請負人が集団で迷宮街に向かうのは普通のことだ。2パーティぐらいなら普通だし、そこにも3パーティぐらいの人数で歩いているのが見えるだろう?」
ガドルフに言われて板のはまっていないはめ込み式の窓から外を見た。
白孔雀の輝き団を出てから迷宮街へと向かう大きな道を進んでいるからか、馬車道の横にある徒歩用の道にはたくさんの人が歩いている。
普通の人たちの姿はあまりなく、ほとんどの人が武装していて迷宮を目指していて、そんな人たちに籠を背負ったり袋を持っている人たちがしきりに話しかけ、物の売買をしているのも目に入る。
大抵がパーティ単位で移動するため、塊と塊の間に微妙な隙間ができていて、請負人を狙って物を売り込む人たちがそこを素早く移動している。
慣れた動きはウチよりも素早く、人によっては身体強化しているんじゃないかと疑うほど多くの荷物を売り捌いていた。
そんな中、3パーティ以上の集まりは結構な大所帯なので当然目立っていて、問題を起こさないようにするためか、1パーティ単位と比べると隙間が大きい。
そして、なぜか誰も売り込みに行かない。
「なんで大人数のところには売りに行かへんの?」
「人数が多いと事前準備をしっかりするからだろう。少なければ必要物を行くまでに買えばいいと考えるのもわかるにはわかるが、やる気持ちが理解できん。欲しい物が買えない時はどうするのか」
「すぐ買えるやつを当日用意するんちゃうん?あるいは新鮮じゃないとあかんやつとか」
「新鮮さなら理解できるが、事前に準備をしっかりしておくべきだろう。それでも迷宮では何が起きるのかわからないから、行った先で持ち込めばよかったと後悔することも多いのに……」
ガドルフは皺を寄せて狼特有の怖い顔で唸っている。
慣れていなければこの後襲い掛かられそうと思うほどだし、ミミがこの顔を初めて見た時は後ずさっていた。
何事にも慎重なガドルフを放置して外に視線を戻すと、パンを売っている人から購入しているパーティが目に入った。
どうするのか見ていたら、いくつかを袋に入れて、残った物をそれぞれ口にし始める。
もちろんパンだけだと喉が渇くから、皮袋から水を飲んでいた。
水生みの魔道具を持っていれば、迷宮に入る前から水を消費しても問題ないだろうけど、朝食すら食べて行かないぐらいなので、あまり慣れた人たちではないのだと思う。
同じようにパンや野菜、干し肉を買ったりいているのは全体的に若い人たちばかりだから、駆け出しはお店や屋台よりもここで買う流れがあるのかもしれない。
「ここで売ってるやつって、店より安いとかあるんかな?」
「パンは焼きたてじゃなくて昨日の残りのようね。少しは安いかもしれないわ」
「野菜もあまり新鮮には見えないっすね」
「酒はねぇな」
つまり、基本は売れ残りや訳あり品を安く売ろうとしているのだろう。
それを買う側が若いのも、駆け出しだからあまりお金がないからだと思う。
見習いたちの食事はパンとスープと干し肉で、水生みの魔道具の代わりに皮袋に入れた水を持って迷宮に入るのが普通だし、経済状況によってはスープすらない場合もある。
見習い上がりなら実力を認められているからある程度稼げても、新鮮な野菜や焼きたてパンを人数分揃えるよりも、節約してお金を貯めて装備を整えたいのだろう。
見たところ武器にお金をかけていて、防具が少しボロいパーティが多いように感じる。
重要なのは命を守る防具の方だとナーシャたちが言っていた。
どうしても武器にお金をかけたくなる気持ちもわかるらしく、話をしていたガドルフたちの尻尾が下がっていたのを覚えている。
武器より防具の方が数が多くてお金がかかるし、適切な素材を用意するのが面倒だからだ。
さらに、獣人は人とは異な理頑丈な上に身体能力である程度カバーできるため、おざなりになりやすい。
色々なことを思い出しながら外を見ていると、一度止まって請負人証の確認が行われた。
「もう迷宮街なん?」
「正確にはその入り口にあたる門前にある跳ね橋だな。ここで請負人だと明かさないと入れないのは、小迷宮や中迷宮と同じだ」
ガドルフの説明どおり、今は迷宮街を囲っている壁から堀りへとかかる木の橋の前だった。
何人もの人が馬車や通ろうとしている人から請負人証を受け取り、人数が合っているか確認している。
持っていない人が中に入って怪我をしたり亡くなったら問題だが、請負人であれば自己責任となるからだ。
確認はすぐに済んでゆっくりと馬車が動き出す。
跳ね橋の先にある門を潜った後、目に入ったのは今までと同じような街並み。
「門を通ったのに全然変わらんやん。つまらんな」
「何を期待していたんだ?」
「もっと請負人でごった返してると思ってたんや。でも、歩いてる人は普通……全員漏れなく武器持ってるから普通ちゃうか。街並みは普通やけど」
「場所ごとに建築方法を変えていたら、管理する貴族が大変になるわよ。こういうのは外観や庭先で違いを出すものよ」
「そうなんか」
「そうだぞ!俺たち獣人は狩った獲物の素材で飾りつけたり、わざと爪痕を壁に付けてアピールするんだ!まぁ、人間には不評だがな!」
見える建物の壁はどこも綺麗だと、ベアロが大きく笑った。
他愛のない話をしながらしばらく馬車に乗っていると、大きな建物の前で止まり全員下ろされた。
請負人組合大迷宮前支部だ。
支部と名がついているけれど、中迷宮都市の請負人組合より大きく、解体場所や訓練場も併設されている。
大迷宮に関わる請負人が多いため、迷宮街の外にある請負人組合よりも活気があった。
ここで馬車の荷物を荷車に積み替える人たちと、ウチを含めてまだ請負人組合に移動の連絡を出していない人や丁度いい依頼がないか確認する人たちで組合へと入る人に分かれ、少し並んで移動届が終わった頃には依頼の物色も終わっていた。
ちなみにウチとシルヴィアとキュークスが移動届を出さずに街をぶらぶらしていた側で、ガドルフとアンリは情報収集のため、ベアロは訓練場を使うため、ミミは屋台を出すことになった時のためにと空き時間に出していた。
やることを終えて請負人組合を出たところで、入ってくる揃いの鎧を着けた集団とすれ違う。
その中で先頭を歩いていた人が急に足を止めた。
「お!エルじゃねぇか!大迷宮都市に来てたのか!」
「ん?あー!セーラさん!なんでここおるん?」
ウチに声をかけてきたのは、ライテ小迷宮で騎士見習いとの模擬戦を依頼してきた、迷宮騎士のセーラだった。
前にも見た副官の人以外にも、たくさんの騎士を連れているけれど、見習いは連れていないようだ。
「あたしは大迷宮都市所属の迷宮騎士だからだ。エルは大迷宮に挑戦か?」
「せやで!今日初めて入るねん!ナーシャさんたちと一緒やけど」
「そうか!エルなら未踏破域でも動ける可能性があるな。新しい発見を期待してるぜ。何か困ったことがあったら、迷宮騎士団の詰め所であたしの名前を出しな。助けられそうなら助けてやるぜ」
「おおきに。でも、ウチは助けてもらうことがないよう慎重に行動するつもりやで」
「そうだな!その考えは重要だ!気をつけて行けよ!」
セーラは騎士を連れて請負人組合へと入って行った。
気を取り直して皆んなと合流したら、ナーシャが近づいてきた。
「エルはセーラ様と知り合いなのかい?」
「せやで。ライテにおる時に知り合ってん。依頼で見習い騎士と模擬戦させられたんや」
「そうなんだね。セーラ様はちょっと粗暴なところがあるけれど、実力は確かだから縁を大事にした方がいいよ」
「わかった。それにしても様付けで呼ぶ方がええん?」
「ぼくはセーラ様と知り合いじゃないからね。迷宮騎士には様付けで接する方がいいよ。向こうは準貴族とはいえ貴族だから」
「気をつけるわ」
迷宮の入り口に向かいながらセーラについて話を聞くと、迷宮騎士の家に生まれた人で、魔力を炎に変えて戦うことができるらしい。
魔石を使わずに水や炎を使える人は稀に存在するらしく、そういった人は髪や瞳の色が、他の人に比べて赤かったり青かったりする。
かといって赤髪なら全員が火を放てるわけではなく、ウチを鞭で振り回したエリザも赤い髪だけど火を直接放つことはできていなかった。
エリザに関しては火を出す魔道具が好きらしいけれど。
・・・そういえばウルダーで別れたエリカもエリザと同じで髪赤かったし、名前も似とるな。顔立ちは全然ちゃうから血の繋がりとかはないやろうけど……。エリカも火加減上手かったし、髪赤いと火を上手く使えるとかあるんやろか?
ウチの周りにいる人の髪の色を見ながら考えても、特段思い当たるようなことはなかった。
ウチは金色の髪に碧の目だから、何に縁があるのかよくわからない。
ウチの考えを皆んなに話しても、そういうこともあるかもしれないと推測の域をでなかった。
そうこうしている間に迷宮の入り口を囲む最後の門前へと辿り着き、緊急時以外開け放たれている門を潜った。
「お待ちしておりましたわ!」
そこには真っ赤な髪に赤いドレスを身の纏ったエリザが仁王立ちで待っていて、パーティメンバーが後ろに控えていた。
道が広いから迷惑にはなっていなけれど、別の集団はエリザたちを避けるように端を歩いていた。
・・・やっぱちょっと邪魔やな。ちゅうか、なんでここにおるん?
エリザを見て首を傾げるウチとは別に、ナーシャは額に手を当てて空を仰いでいた。




