大迷宮への誘い
ウチを除け者にした訓練が終わり、団の食堂で夕食をとった。
メニューは1種類しかなく、体を動かすことが多い請負人ばかりだからか、野菜よりも肉が多く味付けは濃いめ。
正直、ミミと一緒に作った料理の方が美味しい。
お酒は提供しておらず、個人の持ち込みで飲むしかないが、団には見習いもいることから食堂以外で飲むことが推奨されている。
あくまでも推奨なので、メニューによっては酒に合うから飲む人もいる。
現に端っこの席で料理をつまみながら酒を飲んでいる人が数人固まっていた。
ベアロはそれを羨ましそうに見ているけれど、さすがに要求することはなかった。
「団の食事はどうだい?これでも結構美味しい方なんだけど」
「うーん。なんちゅうか、大味?美味しいんやけど濃すぎるかなぁ」
「俺は好きだぞ!酒が進みそうだ!」
「俺も肉の味がはっきりしていて好きだな」
「わたしもよ」
「毎日これだと飽きそうっすね」
獣人組には好評だった。
逆にシルヴィアには不評で、アンリは同意するように頷いていた。
ちなみにミミは半獣だからか、ガドルフたちの意見もわかるし、キュークスの感想もわかるという複雑な状態だった。
その分、ウチらの中で一番味の調整がうまく、獣人と人のどちらも満足できるように味付けを変えてくれる。
体が小さいから大量に作ろうとすると時間がかかり、疲労も溜まるのがウチも含めて今後の課題だ。
「食事もひと段落したところで相談なんだけど、一緒に迷宮潜らない?」
「迷宮?大迷宮か?」
「そうそう。さっきの実験中に聞いたけど、まだ潜ってないんだって?今なら僕たちのパーティが案内するよ?」
食堂から出て客室に案内されている途中でナーシャが話しかけてきた。
それに対して答えるのはリーダーのガドルフだ。
大まかなスケジュールを決めたり、物資の量を管理しているから、何かがあって滞在が伸びた場合の判断をする必要がある。
資金に余裕があるとはいえ、何も考えずに迷宮に入れるわけではない。
どんな場所があって、何が出現して、どれが高く売れるかを調べないといけない。
それをナーシャに丸投げできるのは楽だけれど、万が一騙されていたとしたら困るので、情報収集は必要だ。
「ありがたい話だが、どうしてそんな提案を?俺たちほどの実力なら団にもいるだろう?」
「そうだね。実力だけで考えれば団の中堅に手が届くかどうか。でも、それは装備で底上げされたものに加えて訓練や経験の差だ。君たちも大迷宮で取れる素材で防具を作ったり、探索を補助する魔道具を使えばある程度は潜れるようになるよ。ただ、僕が欲しているのはエルの固有魔法さ。大迷宮は各地の中迷宮が合わさったような迷宮で、その分すごく広い。探索が追いついていないところもあれば、環境や魔物によって探索できていない場所もある。そういった場所は大きな団に探索するよう恒久的な依頼が出ているんだけど……」
「思うように進んでないのか」
「だね。海や高い山、深い森が難しいんだ。数回固有魔法持ちを集めて挑んだことがあるんだけど、協調性が無くて断念したぐらいなんだ。もちろん、能力の相性でゴタゴタしたんだけどね。さて、着いたから続きは座ってからだね」
話している間に客室に着いたから、座って詳しく聞いた。
近づかないと効果を発揮できないもの、広範囲に影響を及ぼすけれど味方にも被害が出るもの、戦闘にしか使えないもの、採取にしか使えないもの、様々な固有魔法持ちを集めた結果、互いの魔法が邪魔しあって進みが悪い。
さらに固有魔法を取得するに至った何かがあるせいで性格に難がある人が多く、自分のパーティ以外と協調できないなどの問題も起きた。
その結果、少しの被害を出したもののまずまずの成果を上げることになった。
それならばもう一度という話も出たけれど、当の固有魔法持ちのほとんどが拒否。
やれ、あいつがムカつくだの、獲物を横取りされただの、素材をダメにされたといった、それぞれにとって邪魔ばかりだったとのこと。
それでも得られた成果からもう一度という声が大きく、別の固有魔法持ちを集めて2回目を実行。
前回よりも進めたけれど、固有魔法持ち以外が壊滅的な被害を受け、それを守るために固有魔法持ちが2人死亡という結果になった。
そこからは無理に集めずに固有魔法持ちを援護する形で、ゆっくりと攻略しているらしい。
「固有魔法で対処できへん魔物が出たのか?」
「そういう場所もあるね。だけど、甚大な被害が出たのは魔物に加えて毒や麻痺、意識の混濁や混乱といった状態異常だよ。そういった効果のある魔法攻撃やら粉やらを受けて同士討ち。そこに魔物まで襲ってきたらどうしようもないだろう?」
「そうだな」
「混乱しているところに魔物ね。撤退もできず、守ろうとした人からも攻撃されて壊滅するのは仕方ないわ」
「襲ってきた味方を殺せとは言えんな!俺が襲われたら刃のない方で昏倒させるぐらいか!」
「わたしは逃げるっすね。木の上とか」
ウチだと丸まってどうにか時間を稼ぐか、1人で逃げるかだ。
仲間が攻撃してくるのは、複数の魔物と同時に戦うより厄介で、言葉を交わしたことがある人を相手に戦うのは、どうしても躊躇してしまう。
そこに魔物が突っ込んでくるのだから、壊滅的被害を受けるのも仕方がない。
「そこでエルか」
「そう。できれば優秀な斥候に背負わせて、可能な範囲まで探索。できるだけ素材を集めて期間して薬を作って対策できたらいいなってところさ。どう?」
「俺たちは必要なさそうだが……」
「いやいや。素材採取に木の伐採、魔力が見えるだけでも色々できるさ。固有魔法持ちの件があってから、その方面へ向かう請負人が減っているんだ。だから魔物を倒してくれるだけでも非常に助かるし、装備の更新もできるよ。君たちには防具の性能が不足しているように見えるから、大迷宮の素材はちょうどいいはずさ」
言われたガドルフたちは、それぞれの装備を見比べた。
ガドルフの武器は魔力を込めると斬撃を飛ばせる迷宮からたまに出てくる剣。
ベアロは重さを変えられる両刃の斧で、以前にも数本迷宮から出てきている。
キュークスの棍はアンデッドドラゴンの骨を削り出した逸品だから、2つとして同じ物はないけれど特殊効果はなくて、ただただ頑丈。
その頑丈さは防御に徹することでベアロの斧すら止められる程だった。
めちゃくちゃメシメシいってたけれど、杖も斧も無事だった。
魔力強化はすごい。
そんなガドルフたちだけど、防具の方は良い素材が手に入れば買い替える程度で、防具を作るために特定の魔物を狩りに行くようなことをしない。
部分部分でカニの甲殻を使ったりと変更しているけれど、中迷宮であれば今までの物で問題なかったからだ。
中迷宮を攻略するのに中迷宮で取れる素材でできた防具を使うなら、大迷宮を探索する時は大迷宮の素材を使うべきという考えは納得できる。
ウチが1人で何度も頷いていると、ナーシャが詳しい理由を話し始めた。
「物理的な防御力なら、大迷宮途中迷宮はそんなに変わらないし、どちらにも出現する魔物もいる。むしろ甲殻を狙うなら中迷宮の方が種類が絞られていて取りやすかったりもするよ。大迷宮だと生息域に着いたら別のエリアからやってきた魔物が暴れてるなんてこともあるからね」
「エリアというと林や沼地か?」
「いや、草原と山みたいな、中迷宮同士のぶつかり合いを想像してみてほしい。大迷宮は5つの中迷宮を合わせたような作りだからね。草原、山、海、森、洞窟。そのエリアの魔物が餌を求めた時や溢れた時に別のエリアに出てくることがあるんだ」
「それは……危なくないか?」
「危ないよ。だから物理に強いだけの装備だけじゃなく、火に強かったり泥を弾く装備だったりが必要になるんだ。敵に合わせてマントを着たり外したり、使う盾や武器を変えたり、道具を使ったりするのさ」
ウチは聞いてもよくわからなかったけれど、ナーシャは簡単にどんな魔物がどういった特性を持っていて、対策として何を使うかなど説明してくれた。
ミミと2人で夕食の中で、どれが作りやすそうか話しているといつの間にか話が終わっていて、アンリが書いた魔物素材についての羊皮紙が机の上にあった。
「それで、エルを連れて行きたい場所は?」
「森林エリアのうちの一つ、状態異常の森だね。入った場所から徒歩で10日以上かかる場所にあるから、複数のパーティで周囲を守りつつ消耗を抑えながら荷運びもするよ。だから、ある程度人数が必要になる。うちの団から複数パーティ出すことになるけど、人は多いに越したことないね」
話を聞いたガドルフが腕を組んで考え始めた。
どうやら迷宮の中でも遠いところに向かうようで、拠点建設用の資材と様々な支援物資も運ぶことになっていた。
ウチらが参加しなくてもナーシャたちが荷物を運ぶことに変わりはなく、ついでに来るぐらいの気持ちで行こうと誘ってくる。
ニコニコと笑いながら提案してくるナーシャは、まるで断れることがない確信しているかのようだ。
そのために団から出せる支援の内容を追加で話すぐらいだし、この準備の良さは元から迷宮に誘うつもりだったことがわかる。
「エルを背負って探索に出る奴の実力は?」
「僕のパーティで斥候をしている人を出すよ。請負人証は後で見せるけど、探索が6だから実力は十分だと思う」
「それは凄いな」
「凄いんや。ウチは最大で2やし、5がどれくらい凄いんかわからんわ」
「そうだな……。俺たちは最大のものが3だが、これでも十分迷宮を探索できる。しかし、街の外にある深い森や険しい山、過酷な砂漠の奥地に生息する魔物の依頼を受けるには不足している。だが、5あれば依頼として張り出されている依頼は全て受けられる。張り出されていない依頼がないか聞いても受付が答えてくれるだろう」
「ふーん。ウチも名指しで依頼されたことあるで。アンデッドのやつ」
「固有魔法持ちは別だ。あと、エルがどれだけ指名依頼を受けても、子どものうちはそう簡単に上げてもらえないだろう。1人で迷宮を広げるような快挙を成せば別だが。あー、迷宮を広げるには大迷宮でまだ倒されていない主を倒すことだ。あの迷宮の揺れの原因だな」
「んー……それは無理やな。1人やったら移動が大変やもん。まだ倒されてへん主って迷宮の奥の方におるんやろ?近かったら他の人が倒してるはずや」
「そうだね。今のところ2、30日移動しないと遭遇できないし、とても強かったり固かったり逃げ足がすごかったりどれだ傷つけてもすぐに回復したりと色々あって攻略できてないんだ」
ナーシャの情報で絶対に無理だとわかった。
ウチ1人だと何日かかるかわからないし、少なくともお腹が空いて動けなくのが先だろう。
移動だけをシルヴィアに手伝ってもらっても、食料の運搬も必要だから現実的じゃないし、階層主みたいな強い魔物はうちのハリセンから逃げるから追いかけられない。
そう考えると団結成して、複数パーティで動くのは効率が良いように思えてきた。
戦闘するパーティと食糧や野営道具を運ぶパーティ、それを護衛するパーティに周囲を警戒するパーティ、団に戻れば拠点を管理清掃する人たちに料理人、団を運営する費用を計算する人などたくさんの人が関わっていると、ナーシャが教えてくれた。
「じゃあ、ウチはナーシャさんのパーティの人に背負われて、森の探索?調査?に行けばええんやね?」
「そうだね。そして、状態異常を起こす様々な素材を採取してきてもらいたいな。その素材を使って対抗する薬を使って、他の人たちが探索できるように対策するつもりなんだよ」
「ふーん。あ、大迷宮やし、エリザさんも来るんですわ?」
「ぶふっ……。いや、ですわなエリザは来ないよ。というか連れていけないね」
「え?何でなん?仲悪なったん?」
ウチの質問にナーシャが手をパタパタと振って否定した。
「違う違う。エリザは火の魔法や魔道具を好んで使うから、森が燃えるのを避けるために連れていけないんだ。森を燃やすとね……住んでる魔物が怒り狂って数が少なくても溢れてしまうんだ」
「それは怖いな」
普通に溢れるだけでも怖いのに、それが怒り狂っているなんて尚更だ。
ガドルフたちがナーシャと色々擦り合わせた結果、ウチらは協力することになった。
エリザにも会うかもと思っていたけれど、会わずに迷宮へ入ることになりそうだ。




