掃除専門もありなんちゃう?身長足りんけど
アンリに案内された先は市場へ続く大通りにあるお店の裏側エリアにあった。
裏で商品を作り、大通りのお店で売っていて、制作と販売の持ちつ持たれつという関係になっている。
「こんにちはー!壺を洗う依頼を受けた見習いでーす!」
「おや、今日出したのにもう来たのかい。ふむ。小さいお嬢さんだけど、洗う分には問題ないだろう。そっちの子は?」
「わたしは見守り」
「そうかい。なんだったた手伝ってくれてもいいんだよ!」
「いざという時は」
助けてくれるらしい。
商品の取りまとめをしているおばさんに連れられて、お店の奥に移動する。
そこには50を超える壺が置いてあり、油や塩にまみれていた。
「塩漬けと油漬けだった壺だよ。昨日団体さんが時期外れの砂漠越えをするってんで一気に売れたのさ。私らは漬ける物の仕込みがあるから、誰かが洗ってくれればと依頼を出したんだ。水はあの大樽から、洗うためのワシの実は大樽の隣に、拭く布はその隣にあるから好きなように使っとくれ。できる範囲でいいからむりはしないようにね」
一気に言い終えるとおばさんは厨房があるところへ向かった。
取り残されたウチは指示されたウチが入れる大きさの大樽を確認する。
大樽の内側の側面に青い魔石が嵌め込まれていることから、魔法で生み出された水だということがわかる。
その隣には毛むくじゃらの球体であるワシの実が置いてある。
これは汚れを落とす液を出す木の実で、洗い物に使われる。
その隣にある布は薄汚れているけど、水気を拭くには十分だ。
「まずは塩漬けの壺からするわ」
「がんばって」
まだ始める前なので助けはない。
ウチは集められた壺から一つを選んで大樽の近くに運ぶ。
壺の大きさがウチの頭ほどで、中身がない分軽くて持ち運べる。
移動を終えたら蓋を取って中を確認だ。
「うわぁ……。塩めっちゃこびり付いてるやん。おぉ?」
蓋と壺の内側にこびり付いた塩を指先でツンツンしたところ、指先が当たった付近の塩が塊になってポロポロと崩れた。
そして、ウチの指先には何もついていない。
・・・ウチの固有魔法塩にも影響するん?ドレッシングの時は問題なく摘めたのに。あ、汚れやから害になるのか。それやったら洗う必要ないんちゃう?
「えい」
壺の中に手を突っ込み、内側をなぞるようにグルグルと回す。
すると予想通り内側の壁面にこびり付いていた塩がとれて、底に塩の山を作り出していた。
この状態で逆さまにして山を床に捨て、底にこびり付いている分を手で擦ると……あら不思議。
とても中が綺麗な壺が出来上がり。
・・・塩漬けに使ってたとは思われへんぐらい綺麗になっとる。ウチの手に付かないように移動した結果やな。
中をツルツルピカピカにしたら、次は外側と蓋だ。
これも全体を撫でるようにするだけで塩が落ちて綺麗になる。
終わったら大樽付近の空いているスペースに置いて、次の壷を取りに……。
「はい」
「ありがとう?」
アンリが次の壺を持ってきてくれた。
お礼は言えたけど疑問が勝ってしまい、思わず首を傾げながらになった。
「なぜ疑問?」
「まだ困ってないのに助けてくれたから?」
「問題ない。それよりも作業を見せてほしい」
「別にええけど……」
アンリは、この固有魔法による特殊な洗い方?に興味深々なようだ。
左目につけた眼帯の魔石がほのかに光っていることから、何か魔法を使っているんだと思う。
「それじゃあ、やるで」
「いつでも」
アンリに見られながらも、先ほどと同じように手で塩を落としていく。
そして、1つめを洗った際の塩山に2つ目の塩を追加していく。
徐々に大きくなる山を見て満足げに頷くウチ。
アンリはそんなウチ見てため息をついた。
「変わった使い方」
「まぁ、せやな」
「手に集まった魔力が塩を押し出していた。手の表面にも魔力があるから手には付かないし、服にも流れてるから服も汚れていない。さすが固有魔法」
・・・めっちゃ喋るやん!過去1喋るやん!しかも、右目が若干潤んでるから興奮してるのがわかる!もしかして魔法めっちゃ好きなん?お父さんがサージェさんやから、魔法について英才教育受けてるやろうし、そこからこうなったんかな。
「ん?手に集まった魔力見えるん?使ってるウチにも見えへんのに?」
「魔力を見る魔法が使える。でも、すぐ疲れるからあまり使わない」
そんな魔法を使ってまで見たかったようだ。
「あと、術者は視覚で魔力を感知しない。漠然とした感覚でわかる。一説では魔力はもう1人の自分のような物だと言われていて、放出し切るまでは繋がっていると考えられている」
「そうなんや」
ウチが攻撃に対して大丈夫と思うのも、そういう繋がりのおかげ何だろう。
そして、やっぱり魔法のことについてはよく喋る。
「試したいことがある」
「ええで」
「内容を聞いてから了承するべき」
「まぁ、せやな」
・・・アンリがウチに無茶なこと要求するとは思われへんからやってんけどな。でも、魔法に関しては無茶を言ってくるかも知れへん。こういう自分の好きなものがはっきりしとる人は、妥協しない何かがあるかも知れへんし。
「わたしの手に付いた塩をエルに付けてもいい?あと、もう片手の塩をエルの手で払ってほしい」
「ようわからんけどわかった」
「どっち」
「まぁまぁ。とりあえずやろう」
やることはわかったけど、それで何を知りたいのかはわからないということだ。
結果、ウチにはアンリの右手に付いた塩は付かず、パラパラと地面に落ちる。
ウチがアンリの左手に付いた塩に触れると、場所がずれて手の上に残ったり、少し落ちたりした。
「これでええ?」
「ありがとう。どちらもエルが視覚で認識する前に魔力が集まってるから、不意打ちも効かないと思われる」
アンリの説明では、ウチが近づいてくる塩にまみれた手を見る前から、魔力が集まって体を覆い、膜のように防ごうとしていたそうだ。
ウチから触れる方も同じく、直前ではなくだいぶ前から防げる状態だった。
「満足した。じゃあ壺持ってくる」
「お、おおきに」
1人納得したアンリ。
何に納得したのかよくわからないけど、とりあえず壺を洗うというかなんというか、綺麗にするのが先だ。
塩まみれの壺を終えたら、次は油まみれの壺だけど、これも塩と同じように手で触れようとするだけで底に溜まり、捨てるだけで終わった。
追加でアンリの手を触って油を落としたぐらいだ。
「終わったー!」
「お疲れ様。店の人呼んでくる」
一つにかかる時間はそこまでではないけど、数が多いのと油を捨てたり、壺を運んだりしていると結構な時間になった。
もう少しで仕事終わりの4の鐘がなる頃らしい。
「あの量を今日中に終えるとは思ってなかったよ。しかも、すごい綺麗になってるじゃないか!これはいいね。次に何を詰めてもいいから作業が楽だよ」
おばさん曰く、塩は綺麗に洗えるかも知れないけど、油は少し残るはずなので、次も油漬けに使うしかない。
でも、ウチが作業した結果、塩も油も全くないので、前に何を入れていたのか気にせず使える。
作業する手間が一つなくなったのだ。
「とてもいい仕事してくれて悪いんだけど、報酬は変わらないんだ。元から数日かかると思って1日毎に依頼しているからね。だけど、それじゃあ悪いから塩漬け肉をあげようじゃないか。調理してもらいな」
「おおきに!」
仕事に見合った報酬じゃないことを気にしたおばさんから塩漬け肉をもらった。
保存用の草で包まれた肉を袋に入れ、依頼人の完了サインが入った依頼書を受け取る。
「後は組合に提出するだけ」
「楽しかった!」
汚れがスルスルと取れるところが特に。
そして築かれる塩の山と油の川が、見ていて達成感があった。
「ウチ、掃除向いてるかも知れへん」
「身長があれば」
・・・高いところに手が届かへんもんな。




