生き残りの少女
「うーん……」
「お?起きたか」
背中の下がガタガタと揺れている。
ゆっくり目を開き、ぼやけた視界がはっきりしてくると目の前には……狼がいた。
「ぎゃああああああ!!狼ぃぃぃぃ?!」
あまり動かない手足をジタバタとさせながらも距離を取る。
すると、何かにぶつかった感触もないのに後ろへ進まなくなった。
「おいおい。大丈夫か?」
「熊ぁぁぁぁぁぁ?!あふぅ……」
「おい!」
今度は頭上にクマが現れた。
どうやら熊のお腹めがけて下がっていたようだ。
狼と熊が協力して獲物を襲うのはおかしいと思うけど、そんなことを考えた瞬間ウチは意識を失った。
「うぅ〜ん。夢?」
「残念ながら夢じゃないわよ」
「うぇっ?!」
今度は何かと思ったら、狐だった。
ウチは喋る狐に膝枕されている状態だけど、狼や熊と比べると驚きは少ないし、女性の声なので取り乱すことはなかった。
・・・喋る動物ってことは獣人か!父上と母上から話は聞いてたけど初めて見たな〜。
狐のお姉さんは内側が白く、外側が薄らと金色に近い茶色で、毛の長さが綺麗に整っている。
尻尾は仰向けになっているウチからは見えないけど、ふわふわしてそうなので機会があれば触らせてもらえると嬉しい。
「落ち着いたみたいね。1人で座れるかしら?」
「一気に動かしたら痛いけど、なんとか……」
ゆっくりと体を起こして床に座り、少しすると落ち着いたのもあって周りを確認する余裕ができた。
どうやら今いる場所は幌のない馬車で、進行方向には御者と2頭の馬。
毛布や食べ物らしき荷物と狐のお姉さんがいて、後ろの方には落ち込んでいる狼と熊の獣人が座り込んでいる。
その先には幌のある馬車があって、どうやらその先にも何台か続いているみたいだ。
「狼さんと熊さんが落ち込んでるのは……ウチのせいやんな?」
「えぇそうよ。獣人の中でも恐い顔の2人はよく子供に驚かれるの。それでもあなたみたいに気を失うほど驚かれたのは初めてだから、よほどショックだったみたいね」
「寝起きにアレはあかんて……」
狐のお姉さんはクスクスと笑いながら答えた。
2人は普通の顔で声を発したウチを見ていたらしい。
・・・だからといって狼と熊はあかんやろ。食われる以外思いつかんやん。
「とりあえず自己紹介をしようか。わたしは狐の獣人でキュークス。あっちの熊はベアロ、狼はガドルフ。どちらも男よ」
「ウチはエル!6つの女の子やで!」
「ふふっ。女の子なのは見た目でわかるわ。6歳にしては少し小さいわね。でも、とても可愛いから将来美人になるわ。きっとね」
性別は自己紹介の内容につられてしまった。
年齢は自己紹介する時によく聞かれてたはずなので言ったが、誰に聞かれたのかが全然思い出せない。
キュークスが性別まで言ったのは、獣人は性別がわかりやすい服を着ていなければ、見ただけではわからないことが多いので、他者を通じて紹介する場合は性別も含めることになっているらしい。
ベアロは半袖の上下にお腹を守るような鎧と手脚に金属製の装備。
ガドルフも半袖の上下に皮の鎧と足に金属製の装備。
キュークスは長袖の上下に胸や手足の一部だけ金属の装備で、全員靴は革製なので、パッと見ただけでは性別はわからない。
話せば声から分かるだろうけどね。
・・・体型からは……ちょっとわからんなぁ。キュークスの起伏は……ないし、熊とか狼を見ただけで性別を判断できるわけないわ。
「それで、エルちゃんに何があったのか教えてもらってもいい?」
「ん?何がって……そうや!ウチの父上と母上は?!というか何でウチは荷馬車に乗せられてんの?!」
「それは俺から話そう」
ウチとキュークスのやりとりを落ち込みながら聞いていたガドルフが近づいてきた。
どうやらウチを見つけた本人なのと、この3人のリーダーとして説明を担当する事がよくあるらしい。
・・・こうして正面から落ち着いて見てみると、怖さはあんまりないな。流石に牙を剥かれたりしたら怖いやろうけど、今はへにょってなってる耳とか触ってみたいわ。
ウチが聞く体勢を整えるとガドルフが話してくれた。
定期的な物資の運搬に護衛としてついてきた事、ひとつ前の村では何も言われなかったのに着いたら開拓村が壊滅していた事、村の端にある家の地下からウチが見つかった事、周囲を探索した結果他に生存者はおろか遺体や物がなかった事、開拓村の荒れ具合から何かが起きてから数十日は経っている事、これ以上の調査は開拓村を支援している領主が行うので来た道を戻っている事を聞いた。
「汚れていたエルちゃんの服を着替えさせたのは私よ」
キュークスにそう言われて着ている服を見ると、ウチが着ていたワンピースではなく、長袖の上下になっていた。
・・・地下におったし、その……粗相もしたから仕方ないな。
「それで、エルちゃんはどうして地下室にいたの?」
「えっとな、夜に寝てるところを起こされて、母上からネックレスをもらって……あれ?!ネックレスない!」
「首紐が邪魔にならないように外していたのよ。はいこれ」
「ありがと〜!」
貰ったはずのネックレスが無かったことに驚いたけど、キュークスが預かっていたようだ。
たぶん、着替えさせた時に外してくれたんだと思う。
布に包んで丁寧に保管されていたネックレスは、母上から受け取った時のままで、通しのついた菱形の台座に頂点が四角になるようにカットされた宝石がはまっている。
この宝石は光の角度で色が変わるものだ。
ずっと母上がつけていた物だけど、地下室に入る時に渡された。
「えっと、ネックレスを渡した母上が外に行って、少ししたら父上に念のためここに隠た方がええって入れられてん」
「お母さんが外に出た理由はわからないの?」
「山から強い魔物が来たんやと思う。地下室に入れられたのと、ネックレス渡されたのは初めてやけど……」
今までも父上と母上のどちらかが魔物を倒しに行くことはあった。
猟師として生き物を狩りに行くこともあれば、魔物の数を減らすために村の人と森や山に行くこともあると追加で伝えてみた。
「なるほど。ご両親は猟師で魔物を狩っていたのか。それで、地下室に入った後は?」
「えっと、ネックレスを握りながら待ってると、少ししたら扉の開く音がしたな。それで、ちょっとしたら遠くでドーンとかバーンとか色んな音が鳴った。ほんで静かになってから……どれくらい経ったかわからんけど、急に体に力が入らなくなったところまでしか覚えてないわ……」
思い出すと体が震え出す。
それを見たキュークスがウチの横に来て、ギュッと抱きしめてくれたけど、怖いものは怖い。
真っ暗な地下室で母上のネックレスを握ってると、急に寒気がして息苦しくなった。
うずくまって耐えてると徐々に力が入らなくなり、体から何かが抜けていくような感覚がして、そのまま意識がなくなったはずだ。
その時に恥ずかしながら、粗相をしてしまった。力が入らなくて勝手に出ていったから仕方ないのは分かっているが、できれば思い出したくない。
「母親が出てから後を追うように父親も出て行ったのか。あの戦闘跡があった場所で戦った?そして、その後家に魔物が向かってこの子を?その時点では家が壊されていない?両親は何か分かっていてネックレスを?」
ガドルフがブツブツと呟きながらウチのネックレスを見た。
キュークスもネックレスを見て、何かを悟ったらしい。
ウチはまだ分かってないけど?
「エルちゃんのお母さんはこうなる事を分かってたってこと?」
「生かすための物なのかは分からないが、少なくとも勝てると思って挑んではないだろうな……」
・・・母上は勝てないと分かったからネックレスを渡したってこと?そして父上はそんな母上を助けるために一緒に戦った?3人で逃げられへんかったんかな……。
ガドルフとキュークスが見つめるネックレスを手に取ると、もう会えない父上と母上の顔が頭に浮かんできた。
ネックレスを渡してくれた時に何て言ってたか、地下室に入れる時に何て語り掛けてたかが思い出せない。
それでも、もう会えないことを理解したからか急に涙が溢れてきた。
キュークスは更に強く抱きしめてくれたけど、涙は一向に止まらない。
しばらく泣き続けた後、ウチは疲れて眠りについた。