魔道具コレクター・ナーシャ
大迷宮都市に滞在すること3日目の夕方。
宿にガドルフ宛の手紙が届いていた。
毎日夕食を案内人に教えてもらったところで食べているし、日中はそれぞれ好きなことをしているから不在なため、宿の人が受け取ってくれていた。
目指せ全メニュー制覇と意気込んでいるけれど、用事が済めば帰る予定なので、恐らく叶わないだろう。
大迷宮には草原、山、森、海、砂漠や岩池といった複数のエリアがあるせいで、素材が豊富すぎるからだ。
「2日後、2の鐘の後に団の拠点に来てくれと連絡が来た。手土産は予定通りエルが考えた料理のレシピとウルダー中迷宮の素材をいくつかだ。変更はない」
「べアロ、明日は夜に飲むのは控えなさい」
「おう。明日は軽く体を動かしてくるわ!」
「迷宮に行くのかしら?」
「いや、宿の庭で素振り程度だな!」
「そう。なら問題ないわね」
キュークスが心配しているようなことは起きそうにないようで安心していた。
こちらから訪問すると伝えておるのに、酒臭いまま行くのは恥ずかしい。
万が一起きて来なかったら置いていくことになるけれど、それは自業自得だ。
「それでは、明日はあまり夜更かししないように」
ガドルフの号令で解散となった。
ウチはシルヴィアとミミが同室なので、お湯をもらってから部屋に戻り、協力して体を拭いた。
お風呂付きの宿は高級宿だし、お湯の魔道具と樽を使ってお風呂に入ったら他の人も使わせてくれと言ってきそうだから自重した。
不満だけど。
そして翌日はミミと屋台を巡ったり、広場でのんびりして過ごし、訪問する日を迎えた。
「土産は持ったな!行くで!」
「行こう」
「あまり興奮しすぎるな。下手に触って壊れたら困るぞ」
「せやな。頑張って落ち着くわ」
ウチの号令にアンリが続き、ガドルフが注意した。
ワクワクしすぎて早く目が覚め、興奮しているからかあまり朝食が入らず、昼まで持たないだろうとキュークスに無理やり詰め込まれた。
子ども用の少なめだから食べ切れたけれど、残しそうならベアロが食べてくれるはずだ。
だからといって食材を無駄にしたくないので、頑張って食べ切る。
食休みを挟んで宿を出て、迷宮街の中にある白孔雀の輝き団へと向かう。
アンデッド迷宮でウチをムチで振り回さなかったナーシャが所属する団で、大迷宮都市にある団の中でも大規模らしい。
規模の判定は所属する請負人の人数で決まり、施設を維持する人が請負人でなければ人数に含まないそうだ。
請負人の人数だけだと見習い上がりを片っ端から迎え入れたらすぐに大規模になるけれど、中規模より上の団の場合、組合から調査や氾濫時の防衛などの依頼を受けることになるため、無駄に膨れ上がることは少ないようだ。
昔に人数だけ多くした団が防衛に出たけれど、実力不足で何箇所も抜けられて街に被害が出てから、急激に規模を拡大する団については組合から監査が入るようになったとか。
向かっている白孔雀の輝き団はどうかというと、何代も前から大規模な団で、人の受け入れもしているけれど、若手を育てているらしく問題はないそうだ。
「迷宮街っちゅうても、あんま変わらんな。武具屋とか鍛冶屋が増えてるのと、請負人が武器引っ提げてうろちょろしてるぐらいやわ」
「街の中の街だからな。逆に大きく変わっている方が面倒だろう」
「それもそうか。至るところで魔物の素材加工してるとか、素材が山積みになってるのを想像してたわ」
「素材は売り物だ。そんな雑に扱っていたら評判が落ちる」
「せやな。良い物作るんやったらしっかり管理せんとな」
ぞろぞろと連れ立って入った迷宮街は、外側とほとんど変わらなかった。
堀と跳ね橋を通って防壁を潜るだけだから当然だけど、いきなり魔物に遭遇することもなければ、請負人に絡まれることもない。
道は広くて食事処や酒場、武器や防具の店に鍛冶屋、木工屋、石屋など様々な店がある。
歩いている人は請負人登録している人だけで、ウチらも橋を渡る前に確認されている。
いざという時死ぬ可能性があるため、請負人が同意書扱いになっているからだ。
一応、手続きをすれば一般の人も入れるけれど、わざわざ魔物が出る可能性のある場所に観光で入る人もいないし、街に住んでいる人も迷宮に用事はない。
他領の商人が直接素材を買い付けたり、請負人に引き抜きの声をかける程度にしか使われていない制度だ。
「子どももぎょうさんおるな。見習いか」
「街が広いとその分人が増えて、子どもも増えるのよ。仕事があればいいけれど、子沢山の下の方は請負人になるしかないの」
「全員で畑作ったりして食べ物増やすとかせえへんの?」
「村を作るには時間とお金と資材が必要よ。それに、魔物に対抗できる戦力もいるわ。広くなればなるほど守る範囲が増えるから、食糧や家も増えて、それを守るために戦力が必要になり……。と、堂々巡りなのよ」
「ふーん。じゃあ今は人手不足なん?ここまでくる時の村と村の間も空いてるし、畑はいっぱいあったけど、もっと広げても良さそうやん」
「さぁ?何が足りずに広げられないのかまでは知らないわ。戦力が足りていないのか、畑を耕す人が少ないのか、稼ぎたい人は村から出て行ってるのかもしれないわね」
請負人見習いらしき子どもの集団を見ながらキュークスと話しながら進む。
見習いの集団はいくつもあり、荷運びや道の清掃、屋台の下拵えを手伝っていたり、店の陳列や食事処の案内など、たくさん仕事があるようだ。
迷宮街も大迷宮都市と同じような作りで、中央にある迷宮入口と迷宮前広場に向けて、とうざいなんぼくから大きな道が続いている。
流石に壁の外と比べると狭くなっているけれど、それでも馬車が3台は並んで走れるほど大きい。
大通りには大きな店が立っている壁の外とは違い、迷宮街は一つ一つの店が同じくらいの規模で、横よりも縦に長い。
1階を店舗、2階以上を住居にしているようだ。
大通りから何本も道が伸びていくつかの店の集まりが作られ、その先に宿屋と酒場が密集、さらに奥にいくつかの団があり、その奥に居住区がある。
居住区と壁の間には内側の堀りがあるけれど、奥まったところはお金のない請負人や、宿に留まらずテントで生活している請負人、あまり素行の良くない集団などもいるらしく、ガドルフから近づくなと注意を受けた。
「ここがナーシャさんの団か」
「白孔雀の輝き団ね」
「白い石で作った孔雀の石像が出迎えるなんてオシャレっすね」
「羽のところ掃除面倒そうやな」
「どこ見てるんすか」
事前に調べてくれていたガドルフの案内で、迷うことなくナーシャが所属する白孔雀の輝き団に着いた。
天井まで壁がある街やお城の入り口とは違い、格子状の鉄製門を挟むように石の壁があり、その壁の上に翼と尾根を広げた白い孔雀の石像が乗せられている。
今にも飛び立ちそうな姿だけど、羽を広げているせいで場所を取っていて、その分石壁が横に広い。
孔雀部分を超えた石壁は大人の腰ほどの高さになり、鉄柵が果てている形だ。
鉄柵の上は外に向けて反り返っていて、先の方がトゲトゲしているため乗り越えるのには苦労する。
身体強化した獣人なら飛び越えられそうだから、対人ではなく対魔物用の設備だと思われる。
門の奥には大きな屋敷が建っていて、周囲の庭は綺麗に整えられている。
請負人が訓練をするからか余り木や生垣などの障害物になりそうなものはなく、屋敷を彩るように壁際と門からの視線を遮るための植物しかない。
そして、誰かを呼ぶための鐘のようなものもない。
レシピを渡していた貴族の館の場合、門番がいたり大きなベルがあったのだが。
「どうしたらいいん?なんか叫ぶ?頼もうー!とか?」
「やめろ。もう少ししたら鐘が鳴るから、誰か出てくるはずだ」
「警備とかいらんのやろか」
「さぁな。常に見張るほどではないのかもしれん」
「街中だし、貴族の家じゃないわ。ほとんどが戦える請負人の拠点を襲うなんて命知らず、早々居ないわよ」
「あー、せやな」
仮にウチらが盗賊だとしても、わざわざ請負人を襲うことはないだろう。
襲うとしたらお金を持ってそうな商人や、貴重品のある工房、しっかり下調べをした上で貴族の家を狙うはずだ。
拠点を維持する人以外戦える請負人の拠点なんて、襲っても成果以上に被害が出そう。
そんなことを考えていると鐘が鳴る前に屋敷の扉が開き、ナーシャが駆け出してきた。
アンデッド迷宮で会った時は白いコートを着ていたけれど、今日は戦う必要がないからか着ていない。
それでも白は譲れないのかワンピースにいくつかの装飾品だった。
「やぁやぁ!よく来てくれたね!まずは軽くお茶にするかい?それとも魔道具を見るかい?」
「え?魔道具でええけど……。ええよね?」
「いいぞ。あまり長時間邪魔するつもりはないからな」
「そっか。じゃあ早速保管庫へ向かおう」
ガドルフに確認したけれど、お茶を飲む必要はなかったようだ。
ライテ組合長のベルデローナからは、本題に入る前に簡単な世間話をするべきだと教わっていたけれど、それはそもそも着席してからの話しで、お茶を勧められた時の判断方法は教えてもらっていない。
ウチ1人なら受けてもいいかもしれないが、王都での半獣の扱いをわかっていないから、ミミを連れている時は早めに帰るようにしている。
食事をする時にジロジロ見られることもあったので、少し警戒している。
流石にナーシャが何かしてくるとは思っていないけれど、団の人がどうなのかはわからないからだ。
「ちょっと遠回りになるけど、屋敷の外をぐるっと回るよ」
「屋敷……めっちゃデカいな。何人ぐらい住んでるん?」
「屋敷の維持をする人や料理人を含めたら200人ぐらいだね。請負人は120人を超えたぐらいだよ」
「めっちゃおるやん」
「エリザのところなんて僕のところの倍はいるよ。あっちは戦闘重視だから複数パーティ合同で動くことが多いし、大迷宮伯とも血が近いからね」
「血が近い?親戚ってこと?」
「親戚ってほどではない……のかな?いや、広義の意味では親戚かもしれないけどね」
「ようわからんわ」
そうだよねと苦笑しながらナーシャが教えてくれた。
迷宮街にある団のほとんどが、何台も前に大迷宮伯の血筋の人が起こした団で、エリザの団は3代前の大迷宮伯から婿を迎えていた。
ナーシャの団はというと、歴史こそあるものの余り迷宮伯と距離は近くなく、あくまで仕事仲間程度だそうだ。
迷宮街にある他の団もナーシャたちと同じようなもので、それぞれ遠いけれど大迷宮伯と何らかの関わりがあり、その血を辿ればどこかの大迷宮伯に繋がる。
だから、本当に万が一大迷宮伯家が何らかの理由で崩壊したり忽然と消えたりしたとしても、どこかしらの団が継ぐことができるようになっている。
ただ、そうなったとしてもどこかの団ではなく、大迷宮伯家から王家や上位貴族へと嫁いだ人たちが出てきて、迷宮街の団をまとめることになるそうだ。
団の運営はできても街の運営はできないし、請負人組合の管理も行わないといけないから、どの団もやりたがらず、迷宮伯ではない貴族たちが利権のために出張ってくるだろうと笑いながら言われた。
あまりにも理不尽なことを言われたら、団を解散したり他の迷宮に行けばいいらしい。
こんなやりとりをしている後ろでは、アンリやキュークスがナーシャの団の人と色々話して盛り上がっていた。
ミミは念のためうちの後ろを静かに着いてきてもらい、シルヴィアが護衛している。
「ここだよ!」
「いや、倉庫ちゃうやんこれ!もう一個の屋敷やん!」
屋敷を大きくぐるりと回って見えたのは、もう一つの屋敷だった。
保管庫に案内すると言われたのに。
居住用の屋敷と比べると半分ほどの横幅で、奥行きもそこまでないけれど、ウチら7人なら余裕で泊まれるし、泊まっている宿よりも大きいかもしれない。
「あはは。見た目は屋敷だけど、本当に保管庫なんだよ。管理人と清掃の人がいるけれど、食堂や客室は無いし、寝泊まりできるのは管理人室だけ。魔道具は高価なものだから、使えないとしても飾れるものもあるから」
「ふーん。そういうもんか」
「エル、騙されてはダメよ。魔道具を保管しておきたいなら普通の倉庫で警備をしっかりすれば十分なの。わざわざ屋敷にする必要はないわ」
「そうっすよ。屋敷ということは複数の部屋があるってことっす。無駄っすよ」
「ふふふ。そうだね。普通に考えたら無駄の方が多いよ。だけど、僕たち白孔雀の輝き団は魔道具収集と研究を目的にしている団なんだ。だから、見つけた物を保管するだけの人もいれば、飾り付ける人も居たわけさ。過去の団長にね。だから、せっかく作られたのだから、僕や父上も有効活用しているに過ぎないんだよ」
「ふーん。でも、満更でもなさそうやけど?」
「それはそうさ!例えば調理器具のような魔道具があったとして、それを壁と棚しかない場所に置いておくより、炊事場に近い作りの場所に置いた方が見栄えがいいだろう?鎧を立てるにしても石壁よりもしっかりと壁紙が貼られて絨毯が敷かれた廊下にある方がいいのさ!明かりの魔道具を随所に置いて起動すると綺麗に見えるように工夫するのも必要だね!使い道がわからなくて無造作に置くなんて勿体無いよ!ちゃんと形から大まかな使い道を予想して、似た物でまとめたりしないと!」
「そ、そうか。ウチは最後しかわからんかったわ」
グッと拳を握って捲し立ててきたナーシャ。
一歩下がった時にミミとぶつかりそうになってシルヴィアに助けてもらった。
ウチの魔力を溜め込んだ魔石を欲しがって、売ってくれというぐらい魔道具が好きなのだろう。
アンデッド迷宮帰りに大剣や腕輪にウチの魔石を入れて研究してた時は、今と比べて冷静に分析していたのだが、抑えていたのかもしれない。
「こほん。とりあえず中に入ろう。色々見てもらわないといけないからね」
団の人に肩を叩かれて元に戻ったナーシャ。
管理人に外から声をかけて扉を開けてもらい、中へと入っていき、ウチらと団の人も後に続く。
ここからの団の人たちは、ウチらが不用意に魔道具を触らないように監視するのが仕事になるそうだ。
触る前に言えば問題ないと言われた。
・・・なんかいい物あるとええな!食べ物おいしくする皿とか、一瞬で煮込みが完了する鍋とか!自動でひっくり返る鉄板とかでもええかも!物冷やして保存できる箱とかも欲しいわ!




