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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ウルダー中迷宮

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293/305

大迷宮都市観光-迷宮付近と劇場-

 

「昼食は遅めが良いっす」

「せやな。のんびり散歩しよか」

「そうっすね。とりあえずぐるりと回るっすよ」


 朝食からあまり時間が経っていないのに、敵情視察として食べたせいで膨らんだお腹をさすりつつ、屋台街を後にしてぶらぶらする。

 道中見かける人は武器どころか革鎧などの防具すら付けておらず、一目見て請負人だとわかる人はあまり居ない。

 斧が似合いそうな筋骨隆々のおじさんでも、鍛冶屋だったり建築をしているかもしれないから、判断しづらい。

 獣人も見かけるけれど、圧倒的に普通の人の方が多く、半獣は1人も見かけなかった。

 そうして歩いているうちに、第迷宮都市を囲む壁よりは低いけれど、ウルダー中迷宮都市を囲む壁より高い壁にぶち当たった。


「また高い壁やなぁ」

「これは迷宮街を囲む壁みたいっすね」

「迷宮外?迷宮の外?迷宮が地上に広がってるん?」

「違うっす。迷宮を囲む街っすね。街の中に街っていうのもおかしい気がするっすけど、そういうものらしいっす。他に呼ぶとしたら迷宮特区っすかね?」

「んー、わからん。でも、とりあえず迷宮に特化した場所なんやな」

「そうらしいっす。なんでも迷宮の入り口付近は他と同じで屋台と広場があって、それを壁で囲って請負人用の武具屋や宿、団の拠点がいくつもあるらしいっす。それをさらに囲った壁が目の前のやつっすね」

「ほーん。じゃあ大迷宮都市自体で考えると3つ壁があるんやな。迷宮前広場を囲む壁、迷宮街を囲む壁、大迷宮都市を囲む壁」

「そうっすね。それとは別で城を囲む城壁や、貴族が住む場所を囲む壁もあるらしいっす」

「壁ばっかりやん。地上の方が迷宮みたいやな」

「仕方ないっす。溢れた時の備えっすよ」

「まぁ、せやな」


 アンデッド迷宮で魔物が溢れた時も、迷宮入り口を囲んでいた壁で抑こんで対処していた。

 アンデッド迷宮から帰る時に見た状態から考えると、出てくる魔物によっては壁がなくても対処できるかもしれない。

 でも、それは小迷宮だからかもしれないし、大迷宮となれば広さや出てくる魔物も凄いことになるはずだ。

 そのために壁を二重にし、内側には請負人の拠点となるべき建物や利用する店を集中させたのだろう。

 そうすることで都市で生活する人と請負人が分かれるから、万が一の揉めることも少なくなるはずだ。

 請負人たちの争いは好きにすれば良い。


「迷宮街行くっす?」

「行かないっす。迷宮入ることになった時でええやり」

「そうっすね」


 シルヴィアと一緒に迷宮街の壁に沿って北に向かう。

 迷宮街の壁際は堀になっていて、水は流れていないもののとても深く、ウチなどの子どもが落ちないように木の柵で囲まれている。

 それでも覗くことができる底には、剥き出しの地面ではなく苔むした石畳が見えることから、定期的に整備された場所だということがわかる。

 苔や草はたまに降る雨から水分をとっているのか、あまり元気があるようには見えない。

 ウチやミミだけでなく、大人でも落ちたら簡単には戻れないところを見下ろすのは危ないとのことで、シルヴィアに柵から離れるよう注意された。


「なんか建物大きなったな。あと全体的に綺麗や」

「裕福な人たちの住まいっすかね。大きい商会もあるみたいっす。屋台が減ってお店が増えてるっすね」

「そのお店からめっちゃ良い匂いするやん。屋台と比べると結構高いけど、帰るまでにどこかの店には行きたいな」

「そうっすね。もちろん言い出したエルの奢りっすよね?」

「ええで。普段使わんし」

「いや、冗談っすよ。まさか許可されるとは思ってなかったっす……」


 ・・・相手が()えって言うてんねんから、黙って奢られてればええのに。ミミ以外のみんな拒否するねんなぁ。一番溜め込んでるのウチのはずやのに。みんな武具の整備やら遠征やらでお金かかってるけど、ウチたまに服買うか食べ物買うぐらいやし。まぁ、ミミの分もウチが出すっちゅうのが奴隷を扱う決まりやから2人分やけど、子どもやしな。


 たくさんのお店を表から覗きつつ、その中から行きたいお店を話しながら進むと、周囲の何かを売っている店とは形の違う、数店舗合わせたような大きな建物が現れた。

 入り口に門番のような人がいたり、入っていく人も身なりが綺麗だったりと他と違うのが一目でわかる。


「何あれ。高級店かなんか?」

「あれは……劇場っすね。上の方に看板がかかってるっす」

「お。ほんまや。建物デカすぎて気付かんかったわ。なになに……アンチオ・バルファ大劇場?」

「アンツィオ・バルファっすね」

「言えてたやろ?」

「言えてないっす。アンチオって言ってたっす。エルはまだヴィも苦戦中だから仕方ないっすね」

「ヴィ言えるようになったし」

「じゃあシルヴィアって言ってみるっす」

「シルビア……シルビア……ヴィア……シルビ……シルヴィア……シルビア」

「たまに言えるんすよね。あとちょっとっす」

「頑張るわ」


 ウチとしては言えてるけれど、周りの判定ではほとんどダメだった。

 それだけなら言えるのに、繋げて言うと舌がうまく回らない。

 練習あるのみと気合いを入れ直し、もう一度劇場を見ると、入り口横にいくつかの絵が飾られていることに気がついた。


「なんか絵が飾られとるな。商会とか貴族の家の壁に飾られてたやつよりごちゃごちゃしてるわ」

「エルが見たことあるのは風景画や人物画っす。あれは劇の内容を描いた宣伝画っす。あと、どの迷宮都市にも大なり小なり1つはあるっすよ」

「ふーん」

「興味ないっすか?」

「あんまりないな。見ても綺麗やなーとは思うけど、美味しくないし」

「食べ物じゃないっすから」

「まぁ、屋台の横に料理の絵を飾れたらええかもとは思っとるで」

「おー。それは良い考えっすね」


 話しながら劇場に近づいていく。

 警備している数人がウチらを見てきたけれど、止められることはなかった。

 ただし、入り口への道を塞ぐような形で移動された。

 恐らくウチらの服装では入れないのだろう。

 来る人は皆んな貴族ばりに着飾っていて、すぐに皮鎧を付けられそうな普段着のウチらとは全く違う。

 案内絵を見るだけなら問題ないけれど、入ろうとすると止められるはずだ。

 試しに入り口に近づいたら、さりげなく塞ぐように移動される。

 全然こっちを見ていないのにするりと動く姿は洗礼されていた。


「今やってるのは直近の大迷宮エリア主を倒したやつらしいっすね。大迷宮泊に悲しいことが起こって、その怒りを胸にエリア主へ突撃。倒すところまでらしいっす」

「なんか、暴れん坊な印象受けるわそれ。魔物がストレス発散の相手って……」

「請負人を率いてるんで暴れん坊でも仕方ないんじゃないっすかね」

「あー、請負人組合の総責任者でもあるんやっけ大迷宮泊は」


 請負人組合の管理はそれぞれの組合長が行なっているけれど、その上に大迷宮泊が存在する。

 迷宮に対する組合が発端だから、大迷宮泊になったら組合の責任者にもならなければならない。

 大迷宮と請負人組合という2つの大きなものを管理することを考えただけでげんなりする。


「他には有名な冒険譚の劇と、迷宮泊の子に生まれて迷宮に挑むも上手くいかなかった女性の話、アンデッド迷宮の氾濫の話があるっすね」

「最後のはどう伝わったか気になるけど……」

「観てみるっすか?」

「嫌や。ウチのことでたら恥ずかしいし……もう行こ。早くここから離れよ」

「わかったっす」


 劇を観た人がウチのことだとわかるはずはないけれど、なんとなく居た堪れないから離れた。

 警備をしている人のウチを見る目が、不審者に警戒しておるのではなく、アンデッド迷宮絡みに感じてしまいそうになるからだ。

 ウチが勝手にそう思っているだけだが、こういうのは受け取り手の認識で変わってしまう。

 そしてそれが原因で揉め事のなるのだから、さっさと離れる方がいい。

 嫌なことには近づかないのが正解だ。


「おー。いろんな店あるなぁ。なんというか、飾り方に品があるというか……」

「この辺りは展示品を直接買うんじゃなくて、展示品を参考にオーダーメイドする店もあるらしいっす」

「ふーん。まぁ、自分に合った(もん)作ってもらうのがええやろな。お?ここにも劇場あるやん」

「ここまで大きいといくつもあるっす。ウルダー中迷宮都市でも劇場は3つあったっす」

「そんなに?!シルビアさんも行ったことあるん?」

「設営と小道具作成の依頼で入ったことはあるっすけど、ちゃんと観たことはないっすね」

「へぇ〜。そんな依頼もあるんやな。どっちも専門の人に頼んだ方がよくない?」

「注文すると高くなるからっすね。大きな劇場だったらちゃんとした物作ってもらった方がいいっすけど、そういう場所は人気の劇団が講演するっす。あんまり大きくない劇団なら、節約できるところを削らないとダメっす。まぁ、これは請負人でも同じっすけどね」


 達観したセリフだけど、シルヴィアは身体強化が自身にしか流せず、武器を強化できないことであまり戦闘できないせいで苦労した気持ちがこもっていた。

 ウチもハリセンで叩くと魔力を散らせてしまうせいで、あまり戦闘には貢献できていないから少しだけ気持ちはわかる。

 そんなやりとりをしつつ劇場の前を通ると、またもやアンデッド迷宮の氾濫に関する絵が出ていた。

 さっき見た絵とは描かれている人が違うけれど、劇の題名やあらすじは一緒だった。

 そのため、足早に劇場を後にした。

 シルヴィアが「どうして早歩きなんすかー?」とか色々言ってきたけれど無視だ。

 さっきは気づかなかったけれど、アンデッド迷宮の氾濫を題材にした絵には、ウチっぽい子どもも描かれていたことに気付いたのもある。

 あまり周りを気にせずずんずんと進み、ふと顔を上げると劇場があった場所とは反対に、人通りがまばらになっていた。

 歩いている人のほとんどが籠を手に持っていたり、荷物を肩に担いでいたりと忙しそうにしているのに、請負人がうろちょろする場所で見かける使い古した服ではなく、真新しく綺麗な服装の人ばかりだった。


「なんか人減ったな」

「お金持ちの住んでるところが近くなったからっすね。その家の人たちは馬車で移動するから、歩いている人は使用人や騎士になるんすよ。わたし達もウロウロしてたら問いただされることになるんで、大通りに出るっすよ」

「大通りならええん?」

「用もないのに家の人しか通らない道を進むよりかはいいっすね。わたし達と同じようにお城を見に行く人もいるっす」

「まぁ、せっかくやし見ときたいわな」


 シルヴィアに連れられて少しだけ来た道を戻り、劇場を迂回するように大通りへと進んだ。

 初めての街なのにすいすい進めることが不思議だったから聞いてみると、所々にある街の案内板を見て覚えたらしい。

 言われて気付いた案内板をウチも見たけれど、目印になる建物と大きな道が描かれていて、細い道は何本あるかを数字で表しているだけの簡単なものだった。

 何々通りなど名前がつけられているところもあれば、その通りにあるお店の名前だけ書かれていたりと分かりづらく、地図としては不十分だろう。

 これを見てすぐに現在位置と進む方向を判断できるシルヴィアは、斥候としてとても優秀なのかもしれない。

 少なくともウチには同じことはできない。

 ギリギリ大通りに沿って進むぐらいだ。

 ちなみにミミは初めての道だと迷うけれど臭いで覚えられるらしく、大抵一度通ると次は迷わなくなる。

 さすが犬の半獣だ。

 ただし、雨が降ると少し自信がなくなり、その状態で案内を頼むと目がうるうるしたり、不安そうに手を繋いでくるところが可愛い。

 その時のウチはわかっていれば案内するけれど、分かっていない場合は開き直ってミミを見ているし、ちょっとボケて意地悪したりもする。

 泣かさない程度に。


「やっと大通りか……。広すぎんねんこの街……」

「中迷宮都市4つ分以上広いんで仕方ないっすよ」

「うげぇ……。中迷宮都市でも街中に乗合馬車走ってたのに、それが4つも?そんな人集めんといろんな場所に散らした方がええやろ」

「それだけ大迷宮から得られる素材やらが良いんじゃないっすか?後は大きいとそれだけ襲われづらくなるというか、防御を固めるから安全に暮らせるっす」

「村は木の柵やけど、街は石壁みたいなこと?」

「そうっすね。広い分見回りの兵士も必要っす。そうしたら食べるものもたくさん用意しなきゃいけないんで色々活発になるっす。人が増えたら酒やら劇やらも盛り上がんで稼ぎやすくなるっすよ」

「まぁ、チャンスは多くなるんやろうけど、掴もうとする人も多なるやろ?」

「チャンスがない場所で燻っているよりはマシっすよ。きっと」

「まぁ、何もせんよりはな」


 昼食に時間がだいぶ過ぎてから、ようやく大通りに戻ってきた。

 大通りといっても大迷宮を囲む壁を南から北までぐるりと回ってくることになり、身体強化ができないウチはそろそろ休みたい。

 城を見に行く前に、軽くお茶を飲んでからにした。


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