いろいろデカい
狩りの依頼をこなした村以降は、門番で評判の良い宿を教えてもらうことで平穏に過ごせた。
その分かかる費用も嵩んだけれど、イライラしないで済むのだから問題ない。
貴族が使うような高級宿ではないので、数軒の依頼で十分なほどの必要経費だ。
そうして次の村で魔道具の確認と修理、さらにその次の村で狩りを無事に済ませ、次は大迷宮都市というところまで来た。
ここまで来ると道の整備もしっかりされていて、馬車がすれ違う時に道から外れる必要もなく、今までの村の近くにあった森から離れて見晴らしのいい草原になっている。
魔物の姿を発見しやすいからか、草原で訓練をしている人や、草花を採取している人をポツポツと見かけるようになった。
「草原で良いもん取れるんかな?」
「肉はどこでも取れるわ。訓練しているのも見習いや見習い上がりが多いはずよ」
「大きく離れてないから野草も取れるっすよ。森から出てきた動物や魔物の毛にくっついた種が草原で育つっす」
「なるほどなぁ」
「慣れてきたら森にも行くのは、エルも経験しているでしょう?」
「せやなー。色々あったわ」
同じ見習いになぜか絡まれたり、実習中に強い魔物に襲われたり、よくわからない魔力を吸い取る黒い何かに襲われたりだ。
この付近にいる人たちが同じ目に遭うとは思えないけど、指導担当の人たちには十分注意してほしいと思う。
やけに見習いのよう子どもと、その教官らしき人が多いので杞憂かもしれないけれど。
これも迷宮が広がった影響なのかとキュークスたちと話していると、大きな畑といくつかの小屋が見えてきた。
「あれ?もう農村ないんちゃうん?」
「これは大迷宮都市用らしいわよ。さすがに食料全てを迷宮で賄えるわけもないし、周囲の農村から買い付けるにしても近い方が便利なのよきっと」
「遠いよりは近い方がええやろな」
採れたて野菜が食べられるのはいいことだ。
畑が近くにない場合、日が上る前に収穫して、開門と同時に街に入る。
契約している食事処に持って行った後は、市場で残りを売って昼前には帰るような生活をしていると、農村の人から聞いた。
ウチにはとても真似できない生活だ。
楽しくなさそうなので。
「お?畑の向こうに何か見えてきたな。あれ何?」
「街を囲む石壁よ。足や登ることに自信のある獣人が強化した脚力をもって跳躍したり登坂しても、半ば程度までしか到達できないほど高いと聞いているわ」
「めっちゃ高いやん。やりすぎやろ……」
獣人が全力で跳躍すれば、大人が見上げるほど大きな木でも楽々枝に乗れる。
種族によっては天辺まで幹を駆け上がることができるほどだ。
猫系や猿系など。
そんな獣人ですら半分まで到達できないほどの壁を建てたのだから、まだまだ畑や小屋が広がっていても遠目に見えたのだろう。
壁が必要になる理由を、風景から考えることはできなかったけれど。
「大迷宮都市は、昔王都だったっす。だから壁が高いんすよ」
「え?元王都?迷宮あるのに?」
「迷宮があるからっす。わたしたちが生まれるもっと前から迷宮があって、最初は今の大迷宮だけだったんすよ。そこを攻略したら迷宮が広がった上に今の中迷宮ができて、さらに進めると小迷宮が発生したっす」
「へー」
そのままシルヴィアの話をウチとミミで詳しく聞く。
迷宮の起こりは諸説あれど、どの話も天変地異から始まる。
迷宮がある場所から遠いところほど被害が少なく、なんとか生き延びた人たちが世界を旅した結果魔物を生み出す迷宮を発見。
時間をかけて地上の魔物を倒した後、内部を調査するための村を作り、やがて町になる。
人が増えたことで争いが起きたり、新天地を求めて海に出た人や迷宮に向かわなかった人たちが起こした国から戦争を仕掛けられたりと色々あって、対抗して国を作る。
幾度かの戦争を経て安定してきた頃に、魔物が溢れることで王族が犠牲になることがあった。
それを機に王都を遷都し、大迷宮都市の北側に新たに王城を建てて王都にした。
その結果、元王城が大迷宮伯の居城となっている。
「じゃあ大迷宮伯は王族なん?」
「元王族っすね。王家から関係強化のために王族の輿入れとかあるみたいっすけど、迷宮伯の関係者になった時点で王族ではなくなるはずっす」
「ふーん。ややこしいな」
戦争の話では、さまざまな国から仕掛けられた結果、迷宮の管理が疎かになって魔物が溢れたり、迷宮王国側が負けて占有されそうになった時にも溢れたりと、たびたび氾濫が起きたらしい。
その時は迷宮王国側が非協力的になせいで戦勝国が大きな被害を受けて撤退。
他国は迷宮王国に圧力をかけるものの小競り合い程度で収め、自分たちの欲しい素材を融通させるように言ってくるぐらいで落ち着いている。
その分迷宮のない国との戦争が行われ、長い時間をかけて今の国になったそうだ。
「何のために戦争するんやろな?」
「大抵領土ね。自分の領地よりも栄えていたり、食料が多く作れる土地を欲してよ。他には仲がこじれている貴族同士が面子のためとかかしら」
「結婚を申し込んだら断られたとかで宣戦布告した貴族もいるらしいっすよ」
「そんなことするから結婚できへんねん。ちなみにその貴族どうなったん?」
「負けに負けて領地返上したらしいっすよ」
「自業自得やな」
さらに詳しく聞くと、戦争をふっかけた理由を聞いた騎士や兵士の士気が思いっきり下がった状態で開戦し、3合ほど打ち合うと武器を離して投降。
領主寄りだった騎士団長などの高位の人たちが叱責しても止まらず、逆に捕縛された。
領主は一部の騎士を率いて館に立て籠り、包囲された後に引き摺り出されて捕まるという、3流のお芝居のような結末だった。
重税で苦しんでいた領民は、解放されて喜ぶことになるところがハッピーエンドだろう。
その後に領主となった人の評判まではわからなかったけれど、多分大丈夫。
・・・知らんけど。
「おー!壁めっちゃでかいやん!絶対必要ないって!誰に対する壁やねん!動く城でもあるんか!」
「酷い言い草っすね。あと、動く城のような魔物がいたらすでに人間は滅んでるっす」
だいぶ近づいて来て見えた壁は、まさに巨壁としか言いようがなかった。
村や町では物見櫓として建っているはずの塔が何本もあり、その塔と塔を繋ぐように巨大な壁がある。
壁の上部は万が一登られないようにするためか、あるいは壁の上を移動しやすくするためか太くなっていて、遠くから見ても少し突き出しているのがわかる。
仮に壁に貼り付けたとしても、せり出した部分で進めなくなるだろう。
天井を這うことができるなら別だが。
「ちなみに、王都の壁はこれの半分を超えるぐらいっす。それでも十分獣人対策にはなっているっすよ。同じように天辺付近が出っ張っているらしいっす」
「新しく作った方が低いんや」
「最初にこの壁を作った人たちが何を考えてあの高さにしたのかわからないっすけど、そこまでの物を作るお金や材料が足りなかったとかじゃないっすかね」
「あるいは無駄に気づいたとか?」
「それもありそうっす」
高い壁を作る理由がなければ他に回せる。
王都を新しく作るということは城や建物、道の整備にも材料が必要となるから、必要な大きさの壁で十分なのかもしれない。
迷宮がなければ中から外に出ないようにする壁もいらないし。
そんな壁を遠目に見つつ、時折畑で働いている人の様子も確認しながら進んでいると、やがて門が近づいてきた。
「門もでかいな。あと、なんで何個もあるん」
「大きな門が1つと、中くらいの門が2つ、小さな門が2つっすね」
「用途別の門かしら。小さな門には人が並んでいるわ。中くらいの門は馬車専用ね。大きな門は閉まっているからわからないけど、おそらく騎士団みたいな大人数が出入りする時用かもしれないわ」
「おー。なるほど」
キュークスに言われてもう一度見ると、確かに人の背丈の倍ほどの門には徒歩の人と馬を連れた人だけが並んでいる。
馬車2台が余裕ですれ違えるほどの幅で、これまた馬車2台を重ねても問題なく通れるほど大きな中くらいの門には馬車が列を作っていて、門近くの広場では積荷の確認もされていた。
そんな人用の門と馬車用の門が、この2つよりも縦にも横にも大きな門を挟んで一つずつ、それぞれ2つある。
出口と入口で分けているようだけど、出てくる数が少ないからか、もう片方の門から出てくる列は一つだけで、入る列は2つと1つの全部で3つになっている。
真ん中にある大きな門は、中くらいの門2つよりも高く、横幅は馬車5台が並べるほど大きい。
キュークスの推測通り何か催しがある時しか開けないのかもしれないけれど、開け閉めが大変そうとしか思えないほど大きい。
この都市は壁といい門といい無駄が多い気がする。
「入るまで時間かかりそうやな」
「そうね。積荷の確認だけど結構しっかり調べているようだわ」
「開けられる物は全部開けているみたいっすね」
「開けられへんやつはどうするんやろ」
「目録を記録しているみたいよ。何かあった時に追跡できるように。あるいは後日納入の確認に誰かが向かうのかもしれないわね。同じようなことはライテやウルダーでもしていたのよ。ここまで厳しくなかったけれど、運んでいる物の一覧は提出する必要があるわ」
「へー。ウチら何回か出入りしてたけど調べられたっけ?」
「用意はわたしとガドルフ、あとはアンリがしていたわ。わたしとガドルフが主に食糧の計算、アンリは魔道具に使う素材の管理をしていたからよ」
「おー。なるほどな」
「他にも商人の護衛依頼なんかで何度もやり取りしていたのよ」
「知らんかったわ」
ウチがシルヴィアと迷宮に入っていたり、屋台で働いている間にガドルフたちは街の外の依頼も受けていた。
その時に指定された魔物狩ったり護衛をしている。
帰ってきた時にどんな依頼を受けたのか聞くことはあったけれど、こういった細かい話までは聞いていなかった。
他にも依頼中の話を聞きながら待っていると、ようやくウチらの番がやってきた。
「全員請負人証を出してくれ」
「ほーい」
御者をしているガドルフから声がかかり、馬車内の請負人証を集めて渡す。
石壁があるような他の街でも何度かあったから、手間取ることなく渡せた。
確認がある時とない時の違いはよくわかっていないけれど、基本的に初めて入る時は確認される。
手早く済ませるためか、顔馴染みになれば請負人証の確認が省略されることもある。
積荷の確認までは無理だけど。
「次は積荷の確認だ。中を改めるぞ」
「どうぞ」
外からかけられた声に、一番近かったアンリが応える。
幌を捲って入ってきたのは、金属鎧を着た兵士が2人。
片方はガドルフが渡した荷物の一覧を手にしていて、もう1人が確認した物と突き合わせを行なっていく。
必要に応じて木箱を開けたり、アンリが作ったよくわからない魔道具の説明をしたりと、門兵の仕事もなかなかに忙しいようだ。
途中でウチの宝箱の中身を見て兵士が息を呑んだり片方がミミを見て顔を顰めたりと小さなことはあったけれど、確認は問題なく終わって馬車を動かすことができた。
荷物が少ない馬車はウチらよりも後に来て先に出発していたり、何か揉めている馬車があったりと中々に大変な職場を後ろに見ながら、ようやく大迷宮都市の門を通った。
大きな石壁は奥行きも長く、まだ太陽が高いところにあるにもかかわらず、道中は暗い。
壁に設置された灯りの魔道具がなければ事故が起きてもおかしくはないだろう。
そんな石壁を抜けて街に入ったウチの目には、もちろん馬車2台が余裕ですれ違える今の道が続いていて、その道に沿うように歩行者用の道が敷かれ、様々なお店が軒を連ねていた。
「壁も道もデカいから、もしかしたら家や店もデカいんじゃないかと思ってたけど、普通でよかったわ」
「一つ一つの大きさは広めっすけどね」
「縦にも大きいわよ。それに、閉まっていた一番大きな門の道はこれ以上に広いはずよ」
「あー……そうなるんか。この道ですらウルダーの中央通りぐらい広いのに……。それよりも倍以上広いんやろ?何すんねん。遊び放題やん」
「流石に遊び放題ではないっすよ。いや、冗談なのは分かってるっすけど」
念のため指摘したということだ。
話に出た通り、馬車2台がすれ違えるほど大きな道は大通りではない。
大通りは閉まっている門から続く道だが、今進んでいる道も活気はウルダー中迷宮の大通りぐらいか、それ以上にある。
ガドルフは門兵から聞いた請負人組合に向けて真っ直ぐ走らせているけれど、途中で見た曲がり角全てが同じ道幅でとても整備されていた。
この道を曲がると大通りに出ることもできるけれど、今日のところは組合で宿を聞き、ゆっくり休む予定だ。
探索するのは明日以降となる。
魔道具を見せてもらうのにも、先ぶれを出して予定を合わせなければならないため、時間潰しに観光するつもりだ。
大迷宮には今のところ入る予定はない。
・・・ずっと先に見えてる壁が、迷宮から魔物が溢れへんようにする内壁やろな。内壁もデカすぎるやろ。どんなデカい魔物がおんねん。デカすぎたらハリセン効くかわからんし、情報得るまで迷宮に入りたくないな。エルだけに得るまでは……。
ニヤリと笑ったところをシルヴィアとキュークスに見られてしまい、怪訝な顔をされた。




