大迷宮都市に向けて移動開始
刻印の関係で一回迷宮に入って沼地エリアの休憩所にある魔道具に焼き入れ、ついでに沼地ガニを獲って帰り、屋台を盛り上げてから、大迷宮都市へと向かう準備を本格的に始めた。
借りている家の更新を行わず、保存食の仕入れや道中の治安確認、武具の手入れに馬車の手配。
屋台の面倒をエリカの孤児院を運営している商会にお願いしたりとやることが多かったけれど、ほとんどガドルフたちが行い、ウチは屋台に出たり市場で面白いものがないか探したりと、別の忙しさがあった。
準備では特に片付けに時間を使い、生活する上で増えていった物を捨てたり木箱に詰めたりとなかなかに面倒で、もっとこまめに整理しようと皆んなで約束するほどだ。
主にアンリの素材だったけれど。
「どれくらいで着くん?」
「途中でこなす依頼をいくつか受けているから、おおよそ10日ぐらいね。何もしなければ6日で着くはずだけど、迷宮都市に請負人が増えることで農村の依頼が溜まり始めているみたいだから、移動する時に可能な限り依頼を受けてくれって言われているのよ」
「あー、稼げる方がいいし、移動は面倒いもんな」
うんうんと頷きながら答える。
今日の朝、屋台の準備をするエリカたちに挨拶をして、大迷宮都市へと出発した。
もう昼を過ぎていて、変わり映えのしない草原を眺めながら昼食を食べ終えて、のんびりしているところ。
目的は魔道具の受け取りだけど、まだどれを貰うか決めておらず、現物を見てピンときた物にしようということになっている。
何々をする魔道具と手紙には書かれていたが、大きさや形はわからず、手紙のやり取りで受け取ったら想像していた物と違うなんてことがあるかもしれない。
他にも用途不明の魔道具がいくつもあると書かれていたから、掘り出し物が見つかるかもと期待している。
ちなみにウチが欲しかったのは空が飛べるような魔道具で、次はウチでも身体強化できる魔道具、その次に美味しい料理が作れる魔道具だったけれど、どれもなかった。
「受けた依頼は何なん?」
「わたしとガドルフ、ベアロは狩りね。アンリが魔道具の確認と可能なら修理、エルとシルヴィアは依頼なしよ」
「えー」
「やっぱりそうっすよね」
抗議の声を上げたウチと違って、シルヴィアはのほほんとしている。
みんな働くのに、ウチらは仕事なしと言われても納得しているようだ。
「エル。考えてみるっす。身体強化できないエルと、武具に魔力を流せないわたしっす。魔道具を修理する能力もないっすね。逆に村でわたしたちができることってあるっすか?」
「え?んー……料理教えるとか?」
「それはミミに頼めば良いっすね」
「じゃあ、収穫の手伝いは?」
「それは村人の仕事っすね。収穫期に依頼が出ることもあるのは、想定よりも豊作だった時か、畑が広くてお金に余裕のある豪農のところっす。そもそも収穫して終わりじゃないから、魔物化して暴れていない限り請負人が収穫することは稀っすね」
「うーん……じゃあウチを背負ったシルビアさんが村の周りを見回るとか?」
「それならできるっすね。ただ、非常時でもない限り依頼にはならないっす。暇ならやってもいいすけど、馬車移動で固まった体をほぐす程度に休憩する方がいいんじゃないっすか?」
「せやな。そうするわ」
つまり、ウチやシルヴィアができることでは村のためにならないということだ。
魔物が村の近くに出没したなら戦闘に秀でた請負人を呼ぶし、収穫なら身体強化ができる人であれば良い。
ウチとシルヴィアでできそうな偵察も問題が起きていないのにすることではなく、せいぜい子どもの遊び相手にしかなれそうにない。
というわけでウチとシルヴィアは他のみんなが依頼にでている間、村の市場で新鮮な野菜や加工品を買い付けて村にお金を落としていくことになった。
むしろシルヴィアはガドルフたちと一緒に狩りに出て偵察が行えるのに、何かやらかさないか注意するためにウチのお守りだった。
まだ何もしていないから無罪なのに。
「ようやく着いたなぁ。もう日が暮れるし、明日は依頼?」
「いえ、この村は街に近いから依頼を受けていないわ。あと2つ先の村近くで魔物の数を減らし、3つ先の村で魔道具の確認ね。その次でまた狩りよ」
「ふーん。じゃあこの村では?」
「泊まるだけよ。夕食の後は軽く体を拭いてから寝て、朝食を食べたら出発ね」
「ういー。じゃあウチはミミとブラブラしてるわ」
「シルヴィア。着いて行ってくれる?」
「任せるっす」
「何もせんのに」
「エルが何もしなくても、向こうが仕掛けてくることもあるかもしれないっすよ」
シルヴィアいわく、子どもだけでふらふらしていると村の子どもから絡まれたり、半獣のミミを排斥しようと仕掛けてくることが考えられるらしい。
帰りにも寄るから、できるだけ揉め事は避けてほしいと言われた。
できるだけなのは、どうしても我慢できなくなったら舐められる前にやってよしと請負人基準の判断だ。
しかし、シルヴィアがウチらの後ろにいたおかげか、野菜や木彫りの何かを見ている時に絡まれることはなかった。
遠くから見てくる子どもは多く、大人の一部は嫌そうに見てきたけれど。
そして翌朝何も起きることなく出発でき、2つ目の村も同じように泊まるだけで終わり、3つ目の村では近くの森で見かけるようになった魔物の狩りをガドルフたちが、絡まれたら面倒ということでシルヴィアに助けてもらいながらウチとミミで野草の採取をした。
アンリは宿に残って馬車の番と魔道具いじりをしている。
「こんなに採ってどうするん?」
ウチとミミが一日かけて採取した野草やキノコは、背負いカゴや皮袋にたくさん入っていて、移動する時の昼食ではとても消費しきれない量になっていた。
朝昼夕に食事を作れば使い切れるかもしれないけれど、移動しながらの料理は準備や片付けが面倒な上、便利な鉄板や大きな鍋は屋台に置いてきているし、そもそも3食野菜ばかりは嫌だ。
獣人組とウチとミミは、せめて夕食には肉を欲する。
使い道としては、朝と夕食付きの宿泊をしているから、宿に持ち込んで調理してもらうべきだろうか。
「宿もいいっすけど、せっかくなら村の人に売るっすよ」
「売れるん?」
「売れるはずっす。魔物が増えたせいで狩りや採取がうまくいってないっす。そこに野草や肉を持ち帰ったら欲しくなるっすよね?」
「せやな。久々の肉とか珍しいキノコや木の実は欲しなるわ」
「だから売れるっす。ちなみに宿屋に調理を頼むと割り引いてくれるかもしれないっすけど、逆に調理代を求めてくるところもあるっすね。村や経営状態が悪いほど求めてくるっすよ」
「その感じやと今泊まってる宿は……」
「求めてくるほうっすね。見た感じっすけど」
言われて宿の人を思い出す。
宿泊の手続きはガドルフが行い、ウチらは食事の時に配膳で見かける程度だったけれど、あんまり印象は良くない。
部屋はひとまずの掃除がされているだけで角に埃が溜まり、藁に布を被せたベッドも藁が古いのか寝心地が悪かった。
料理は塩で味付けしたスープと肉でどちらも大味。
パンもボソボソしていて美味しくなかった上に、料理の運び方が雑過ぎてスープがこぼれるほど。
宿の人の表情もどこかムスッとしていて、あまり楽しくない食事だった。
この宿に食材を渡して料理してもらうぐらいなら、ウチらで食事を作りたいところだけど場所がない。
村入り口を守る兵士に宿について聞いた時は、可もなく不可もない平凡な宿と紹介されたけれど、獣人嫌いか半獣嫌い、あるいは子ども嫌いといったところだろう。
他の客には表情こそ変わらないものの、スープをこぼさず配膳するのだから。
とりあえず野草などは村の市場で売ることにして、狩りを終えたガドルフたちが迎えにくるまで休憩を挟みつつ採取し、合流後に帰りに今回の宿を使わないことも宣言した。




