魔道具文化
エリカが連れてきた孤児院を運営する商会の人を連れて、屋台から離れた。
ミミやエリカたちには屋台の開店準備を進めてもらい、やたらツヤツヤしたおじさんと食事スペースで向き合う。
何度かエリカの暮らす孤児院に行ったことはあるけれど、ちらっと見かけた覚えのある程度で実質知らない人だ。
「初めまして、でいいだろうか?エリカたちと話しているところや、孤児院へ行くために商会前を通った時に会釈したことがあるんだが」
「そうなん?ウチはなんか見たことあるなってぐらいや。だから、初めましてでええんちゃう?」
「そうか。じゃあ改めて、商会で新商品の開発と販売を任されているガディルだ」
「ウチはエル。よろしゅう」
「あぁ、よろしく」
ガディルと名乗ったツヤツヤのおじさんが手を出してきたから、とりあえず握手した。
何をよろしくするのかはわからないけれど、エリカたちの孤児院を運営している商会だ。
雇っている側のウチに下手なことはしないはずだ。
妙ににこやかなのが胡散臭いけれど。
「ほんで、ウチに何の用なん?カニ獲ってきたらええ?」
「カニは優秀な請負人を雇っているので、問題なく調達できる。エビもな。君に頼みたいのはエリカたちに渡された魔道具についてだ」
「あー。お湯の魔道具。あれにわざわざ商会の人が来るほど価値あるん?持ち運べて便利やけど」
「もちろん!」
ガディルはとてもいい笑顔で熱く語ってきた。
沼地エリアの素材採取を頼んでいる請負人から、休憩所に樽風呂が設置されていることを聞かされ、製作者を探していたようだ。
魔道具は組合管理になっているため調べることができず難航していて、魔道具職人を連れて迷宮に行くか、多額の報酬で1から作ってもらうか悩んでいたところに、エリカたちが持って帰ってきたというわけだ。
大変興奮して近づいてしまい、今から説明された通りお風呂に入ろうとしていたエリカたちにめちゃくちゃ怒られたと笑っているけれど、そこで笑うからダメなんだと思う。
ガディル一緒にやってきたエリカたちの目が冷たかった理由がわかった。
追い討ちをかけるように子どもたちが寝た後に使ったのなら尚更だろう。
ウチはエリカたちの労働環境改善に渡したのであって、商会に使ってもらうつもりじゃなかったので、ちょっとどうかと思ってもにょもにょしてしまう。
そんなウチに気づいたのか、ガディルは頭をかきながら苦笑いに変わった。
「使用料として火と水の魔石を渡したし、お詫びとして今日の朝食に甘味を付けたぞ」
「それでエリカたちが納得しとるようには見えへんけど……」
「あー、それは……、まぁ、あれだな」
「どれやねん」
「俺もできるだけ使わせてほしいとか、いっそのこと商会の人にも使わせたらどうかとか、可能なら魔道具を買い取りたいとか、渡してくれた人を紹介してほしいとか色々……」
「めっちゃ厚かましいやん。ウチでももらった翌日?当日?にそんなん言われたら警戒するわ。むしろ連れてきたエリカ大人やな」
「俺もそう思う」
思うならもっと反省した方がいいだろう。
どう見てもやらかしてしまったことは理解しつつも、それは横に置いて自分の話を進めるタイプだ。
むしろちょっとお調子者感を出して会話しやすくしているのかもしれない。
ウチの考えすぎかもしれないけれど、安請け合いしないように注意は必要だ。
「商会の人が使っていいかどうかはエリカに任せるわ。ただし、ウチが屋台で働いてくれてる子に渡した物やから、取り上げたり使わせへんとかはあかんで」
「もちろんだ。使用料として魔石か金を払うようにする。掃除を受け持ってもいいだろう」
「あとは、エリカたちが出て行ったら、一緒に魔道具も持ち出すと思うけど、それはええ?」
「それだ!それなんだよ!その話をするために連れてきてもらったんだ!」
「ん?どういうこと?」
「簡潔に言うと金を払うから売ってほしい。そして可能であれば量産して紹介から売り出したい」
「え?何で?ただのお風呂用のお湯出すだけやで?温度調整できるようにはしとるけど、お金持ちや貴族の人らならもっと良い《ええ》のあるやろ?」
魔道具職人が四苦八苦したとはいえ、ある程度の期間があれば作り出せたのだから、貴族ならもっと良い物を持っているはずだ。
そんな貴族向けの魔道具は北にある魔導国で作られていて、ウチが依頼した職人は請負人や平民向けの魔道具を作るから高級品には縁がない。
普段は請負人や商人向けの魔道具を作っていた職人に、要望とお金と素材となる魔石を渡して作ってもらっただけだ。
つまり、商会であれば要望を伝えることで作れるような物となり、わざわざウチに言わなくてもどこかの工房に依頼して作ることは可能なはず。
「それがだなぁ……。まず、貴族向けの風呂用魔道具は規模が大きい」
「持ち運ばれへんってこと?なんで?」
「いや、むしろ風呂を持ち運ぶ方がおかしいからな?普通は家に浴槽を作り、そこに大量の水を出した後温めてお湯にするんだ。お湯を直接出そうとしたら機構が複雑になるし、そうなれば開発から納品まで時間がかかる。他の魔道具も作らないといけない職人としては、機能を単純化して開発を迅速にしたいんだ」
「へー。いろいろあるんやな」
「あるな。他にも水が出る部分の装飾に凝ったり、浴槽によって温度を変えたり、浴槽の中央に彫刻を設置して、そこからお湯を出させたりと様々だ。魔道具は関係ないが花を浮かべたりすることもあるみたいだぜ」
「花か〜。それはええな。ウチもやってみよ」
幸い草原迷宮だから少し歩くだけで花が見つかる。
気をつけないとお湯に浸かったら麻痺したりするかもしれないけれど、先にウチが入れば問題ないし、そもそも摘む時にわかるはずだ。
装飾にはあまり興味はないけれど、お湯が出る場所が熊や狼、狐の口になるのは楽しそう。
アンリに頼んでも作ってくれないだろうから、後付けでどこかの工房で作ってもらうのが良いだろう。
そんな風に今の魔道具をどう飾りつけるか考えていたら、咳払いされて仕切り直しとなった。
「それでだな。この魔道具の売りは持ち運べることだ。商人が買い付けに行く際に身綺麗にすることができるし、迷宮ないでも清潔に保てる。国に持ち込めば騎士団や兵士などの遠征があるところにも売れるだろう。装飾が凝ってない分安くすることができれば、ちょっと裕福な家でも買えるかもしれないな」
「でも、魔石代かかるで?属性付きは迷宮の中か、外やと環境に左右されるんやろ?上手くいくかなぁ……」
「確かにな。騎士団なんかの大所帯だと消費は激しくなるだろう。それでも移動した先で風呂に入れるのは助かるはずだ。請負人なら自分で取ってこれるし、需要があれば買取金額も上がる。最初は小さなところからしか売れないだろうが、やがて広まっていくと俺は確信している!だから作り方と販売許可をくれ!もちろんお金は払う!」
ガディルが思いっきり頭を下げた。
ウチらで量産して売るつもりはないから許可を出してもいいけれど、勝手に決めると怒られるのは明白だ。
とりあえず後日返事をすることにして、対応はキュークスとアンリに任せることにした。
そして2日後、花を浮かべたお風呂を堪能したウチにキュークスから話し合いの結果が告げられた。
「え?刻印が必要?」
「魔道具に刻む識別マークのことよ。ほら、この魔道具にも作った工房がわかるように刻まれているの」
「それは知っとるけど、何でウチらのマーク作るん?アンリさんは工房所属ちゃうで?最初のやつ作ったのもウチらちゃうし」
「あら?エルは知らないの?この魔道具はアンリの改良によって消費効率が変わっているのよ。だから、最初の物とは別物ね」
「ほんまに?!知らんかったわ……」
アンリは魔力を見ることができるので魔力の無駄を認識し、他の魔道具を分解することで効率を良くする方法を知った。
改良を重ねて魔力の消費を抑えたり、今まで以上に出力を上げたりしているそうだ。
その結果、既存の魔道具を改良したとしても元とは違うことを刻印で証明する必要があり、壊れたとしても刻印から工房を割り出して再度注文できるようになる。
ウチらが直接売るわけではないけれど、商会経由で魔道具を作る工房に渡す際に、どこから出てきた魔道具かを判断できるように刻まなければならない。
そのため、急いで刻印を考えなければならない状況になっていた。
「アンリさんらしい刻印か……。眼帯?」
「いいわね。それにエルの対魔のハリセンを加えて周囲を飾りつけたらそれっぽくなるわ」
「ウチもんなん?」
「エルの発案から作られた魔道具なんだから当然でしょう。じゃあ後はやっておくわね」
「よろしゅう」
作り方の売却金額や分配はキュークスに任せた。
ウチは装備をあまり更新しないせいでお金が余っているから受け取らなくてもいいけれど、そうすればアンリも受け取り辛くなるからとりあえず受け取る。
いつかどこかでドカンと使えば良いだろう。
刻印も問題なく作られて、無事魔道具に刻み込めた。
盾のような外周の中に振り下ろしている途中のしなったハリセンがあり、ハリセンに被らないよう眼帯が描かれるというウチを表している方が多い刻印だった。
盾もある攻撃を弾くウチをイメージしていると説明されたから、眼帯以外はほとんどウチである。
刻印には工房名を入れる必要があるけれど、ウチらの場合は『請負人 エル、アンリ』と刻んだだけだった。
これを魔道具に刻むか焼き付ける必要があり、大きさが異なるいくつかの焼印がウチらの荷物に加わった。




