エリカの判断
ミミと話した後も屋台に居座り続けて、お客さんを呼び込んで過ごした。
人が増えていると言われてから改めて見てみると、若い人が多く目につく。
ベテランの請負人に引率されている見習いがいれば、昨日とは違う人とパーティを組んで迷宮に向かう人もいる。
仲間選びは大事なので、しっかりと見極めてほしい。
ウチみたいに誰と組んでもあまり変わらないなら別だろうけど、剣士ばかりよりも盾を使う人がいると良かったり、中迷宮のようなひらけた場所だと弓を使える人の需要もある。
矢の代金をパーティで捻出するなど揉める原因にもなるらしいけど。
そんなことを考えつつもしっかり働き、日が沈んだので片付けを始める。
夜に開ける屋台もないわけではないけれど、ほとんどの人が店に流れるため儲けは少なくなる。
視界が悪くなることもあって夜に活動する人は少なく、夜にしか取れない素材や魔物を狙わない限り、活動は日中に集中するからだ。
「お疲れさ〜ん」
「お疲れさまなんだよ!これが今日の余りだよ!」
「いつもありがとう」
「余らせて腐らせるよりええやろ。日によって客の数ちゃうし、屋台やから食材保存面倒やわ」
それぞれの屋台を閉めて、残った食材を持ち寄る。
それをウチらとエリカたちで分けて持ち帰り、一部を夕食や翌日の朝食で使う。
日持ちする食材はミミが持ち帰って家で保存、日持ちしないものや期限が近そうなものはそれぞれで消費する。
そして、足りない材料を翌日の朝に買い足すという流れだ。
これで孤児院の食事の質が良くなり、食費を別のものに回せるようになった。
ウチらも食材を多めに買ってお客さんのお腹を満たせる上に、市場で売っている人も商品が売れて満足だろう。
屋台は出店料を払うだけだから、売れれば売れるほど手元にお金が残り、それで食材を買ったり人を雇って経済を回すそうだ。
商会の人が教えてくれた。
「エリカエリカ」
「ん?エル、他にも何かあった?商会の人への伝言ならできるけど」
「ちゃうちゃう。別件や。あんなぁ、まだいつ行くかは決まってへんねんけど、ウチら大迷宮都市行くねん」
「ついに大迷宮へ挑戦するのね。いいじゃない」
「いや、挑戦するかは別やねんけどな。ちょっと用事があって行くだけやねん」
「そう言って大迷宮にもちょっとだけ入って、また何かやらかすのよ。エルはそういう子だから」
「え?!ウチそんなやらかしてばっかりちゃうで!ちゃうよな?」
「えっと、皆んなから頼りにされてるんだよ!」
期待を込めてミミに話しを振るも、否定されなかった。
色々活躍しているけれど、やらかしては無いはずなので、いまいち納得できない。
しかし、今は気にしても仕方がないのでエリカに向き直る。
「まぁええわ。んで、エリカへの話しは増員についてや。ミミも一緒に行くから人増やした方がええかって確認と……」
「例の妹さんを雇えないかって確認ね?」
「それそれ」
「うーん。孤児院の子たちで働ける子はほとんどが働いているから、雇うのは問題ないわね。ただ、賃金をわたしたちと同じにするかが問題ね
「え?賃金変えるん?家賃込みみたいなやつ?」
「いえ、どちらかというと私たち側の問題よ。孤児院の子どもたちは他の人を雇うより安価なの。むしろ安くしないと雇ってもらえないから。孤児よりも知人や友人、お客さんの子どもの方が雇いやすいでしょ?村から出てきた人の場合、帰りづらいから少し安くても雇えるし、待遇が少しぐらい悪くてもなかなか辞めないとも聞くわ」
「ふーん。ならエリカたちの賃金を上げた方がええんちゃうん?いつか孤児院出て行くんやろ?」
「それはそうだけど……いいの?」
「ウチはええで。幸い儲かっとるしな」
かかる費用は材料と燃料の消耗品に、屋台の出店料。
あとはエリカたちの賃金ぐらいで、がっつりと食べられるお好み焼きは男性に、ハニービーのハチミツを入れたまんまる焼きは女性に、揚げ物は他の屋台で買ったけれどもう一品欲しい人たちに好評で売り上げは十分。
ウチとしては迷宮で素材を取ってこれるから屋台はトントンでも問題はないけれど、ミミやキューキスがやるなら独り立ちできるぐらいの儲けを維持するべきだと主張したので任せている。
趣味に走りがちなウチやアンリとはえらい違いだ。
「ミミはいいの?給金上げてもらっても」
「費用を考えると問題ないんだよ。ただ、どれだけ上げればいいのかわからないんだよ。大人と相談して決めるんだよ」
「それはいいわね。それじゃあ話を戻すけど、あの男の子の妹を雇うってことでいいのよね?」
「せやな」
「いいんだよ」
話が終わったから片付けを続け、誰かに絡まれないよう集団で帰路に着く。
孤児院組とは途中で別れ、夕食に向けて食材を買い足してから帰り、ミミは夕食作りと合わせて翌日の下拵えを行う。
ウチはミミの指示に従ってスープをかき混ぜたり、水生みの魔道具で美味しい水を出したりして過ごす。
夕食ができたら全員で済ませ、その後お風呂に入った。
キュークスの毛をウチが梳かしながら給金について相談すると、月の儲けから計算するように言われたので、ウチとミミでうまい具合になるよう何度も計算した。
ミミは決められた数字を足したりひいたりするのは問題なくできるけれど、自分で数値を決める計算は苦手なようで、食材や屋台にかかる費用はミミが、残ったお金から貯蓄に回す分や非常時の予備費をある程度分けてから人数で割った賃金をウチが計算する。
それを元に生活する費用と照らし合わせてもう少し調整して、なんとか計算し終わり、キュークスの確認を得てから最終決定。
しばらく引用してみて再度調整することになった。
孤児院住まいだと多く残るけれど、それを元手に部屋を借りたりできるかをエリカたちに確認してもらうことも忘れてはいけない。
伝えるのはミミに任せて、ウチは新しく屋台で出せる料理がないか考えるのが仕事になったけれど。
うんうんと唸りながらベッドに入ったウチは、ものの数秒で見事に意識を手放した。
「お!今日ものこのこやって来たな!」
「のこのこ?よくわかんねぇけど頼みに来たのはその通りだ!」
「偉そうに言うな!もっとお願いする感じ出せ!まぁええけど。ちなみにそんなに雇って貰われへんもんなん?」
「あー……今は人がどんどん増えているみたいで、割りの良い仕事は大人やコネのある人が取っていったんだ。残っているのは職人の見習い以下の仕事や、子どもには向かない重労働ばかりだった。俺は請負人見習いでもいいんだけどな」
「ふーん。大変やな」
それもこれも沼地エリアがある程度安定して稼げるようになったからだろう。
素材が手に入れば工房が動き、食材が増えれば食事どころが賑やかになる。
稼げるならと畑がもらえない農民や、一旗あげたい地方の請負人がやってくる。
その一部でも良いからアンデッド迷宮に行ってほしいけれど、それは叶わない願いだ。
ウチでもこことアンデッド迷宮のどちらかを選ぶなら、迷わずこっちを選ぶ。
いや、もしかしたら競合者が少ないことが理由で、固有魔法がとても効く一発狙いでアンデッド迷宮に行くかもしれないけど。
「で、雇ってくれるのか?」
「ええで」
「本当か!」
「ほんまや。ただし、条件とか詳しいことは本人連れて来てからや。どう見ても働かされへんような状態やなかったら採用したるわ」
「そうか!ありがとう!じゃあ今日の夕方にでも連れてくる!」
「待ってるわ。気抜いて怪我すんなよ」
「おう!まだ見習いだからな!教官の指示に従うぜ!」
「そりゃええことや」
「あ!そろそろ行かないと!じゃあ夕方にな!」
そう言い放って男の子は走り去っていった。
名前や住んでいるところを聞こうと思っていたのに、なんとも慌ただしく、急ぎすぎて下手なことをしないか心配だ。
教官がしっかり見てくれるはずだけど。
そうして朝から屋台に精を出し、夕方になると男の子が小さな女の子を連れてやって来た。
小さいといってもウチより頭一つ分は大きいが。
「よう!連れてきたぞ!」
「こ、こんにちは」
「よう来たなって歓迎したいところやけど、2人とも汚れすぎちゃうか?」
やって来た男の子は迷宮帰りだから土汚れや草がついている。
不思議なのは妹の方で、兄と同じく、一部はそれ以上に土や泥で汚れていて、少なくとも食事を提供するところで働く姿ではない。
今から働くわけではないため問題はないけれど、あまり良い印象にはなっていない。
記憶には残るだろうけど。
「やっぱり着替えてからの方が良かったじゃない!」
「でも、屋台はそろそろ閉まるから急いだ方が良いだろう?」
「それでも働かせてもらう人への挨拶だよ!しっかり準備しないと!」
どうやら兄に急いで連れてこられたようで、着替えや身を清める時間すらなかったらしい。
それは兄が悪いとじっとりとした目を向けてから、改めて妹さんに向き直る。
「今日は何してそんなに汚れたん?」
「えっと、近くに作られた沼地に、迷宮で取れた野菜?花?を埋める手伝いです。わたしは沼地に入ると頭まで沈むので、物を運んだり片付けたりしてました」
「あー、あの穴あき芋な。茹でたらホクホクして美味いから、増やすのはええな」
ウチが沼地の底から引っ張り出して、お婆ちゃんの屋台に持っていった物だ。
そこから請負人に徐々に広まり、次に貴族を中心とした珍しい物や新しい物好きに流れた結果、いつのまにか『穴あき芋』と名付けられて小さな特産品になっていた。
沼地の宝箱探しをしつつ、穴あき芋を持ち帰るのが沼地エリアの探索方法の一つになっている。
ちなみに街を訪れた学者様が芋じゃないとか言い出したけれど、すでに広まっていたため名前は変わらなかった。
そんな穴あき芋を迷宮の外で育てる試みに、妹さんがお手伝いとして参加した結果汚れている。
「うーん……。服は他にあるん?宿で洗える?食べ物作るから綺麗にしてほしいねんけど」
「えっと、服は他にもいくつかありますし、宿でお金を払えばお湯をもらって体を清めれます。井戸水でも拭けます」
「お風呂は?」
「お風呂?貴族や商人の家にあるやつですよね?わたし達の宿にそんな上等なものはありません」
「エルちゃんエルちゃん、毎日お風呂に入るのは贅沢なことなんだよ」
「そういやそうやったな……。うーん、どうせなら毎日お湯で体拭いてほしいねんけど……」
ウチの発言に妹さんが困った顔をした。
高くないといえ毎日お湯のお金を払うほど余裕はないのだろう。
一念発起して農村から飛び出して来たのだから、そこまで余裕があるわけでもなさそうだし。
「しゃーない。ここはウチが使てる魔道具渡すわ。お湯出すやつな。それがあれば風呂入れるで。ウチら子どもで体小さいし、樽あればいけるねん」
「樽なんて宿におけねぇな」
「あー……部屋には置かれへんな」
「いや、宿の庭もだ。そこは宿のものだから私物なんて普通は置けないんだよ」
「請負人の人が大きな荷物を置かせてもらうのにお金を払っていまじた。仮に魔道具をいただいても、置いてもらうお金まで出せませんし、そもそも魔道具なんて高価な物はいただけません」
「うーん……」
魔道具は確かに高い。
しかし、高い分しっかりと使えるし、身綺麗にするのは必須だ。
今日は沼地の作業帰りということで服が汚れているけれど、そもそもの服がそこまで綺麗じゃない。
魔道具はアンリに頼めば同じ物が作れるから、必要なのは金属部品にかかる費用と、アンリへのお礼ぐらい。
お礼は素材や魔石で良いから、溜め込んでいる物の一部を掴み取りでもしてもらえば楽しめるだろう。
それよりも考えるべきは魔道具のことだ。
妹さんにだけ渡すのはエリカ達と比べると公平ではない。
それならいっそのことエリカ達にも魔道具と樽を渡せば良いのではと思いつく。
従業員の働く環境を整えるのも雇い主の仕事だと聞いた気がする。
どこでかは覚えてないけれど。
「どこに置くかは考えるとして、とりあえず魔道具だけでも渡すわ。小さな桶に向けてお湯出せば、体拭けるやろ」
「でも、そんな高価な物を……」
「ええねんええねん。気持ちよく働くためや。働く人とお客さんがいい気持ちになれるよう頑張ってくれたらええねん」
「そういうことなら……。兄さん。しっかりと管理する必要があるよ。奪われたら大事になるし」
「だな。大きさによってはお前が持ち運んだ方がいいかもしれねぇな」
2人は受け取った後の魔道具をどう管理するか話しし出したから、今のうちにミミに頼んエリザを呼んできてもらう。
話している間に屋台の片付けが始まったので、少しぐらい手を離しても問題ない。
片付けが少し遅くなるだけだ。
「そういやまだ名乗ってなかったな。ウチはエル!さっきここにおったのがミミ!」
「わたしはエリカよ。エルとミミがいない時は屋台の運営を任されているわ。責任者は大人にお願いしているけれど、基本はわたし達だけね」
「わたしはルミーです!」
「俺はオルト!ここから村三つ先の農村から来た!」
「へぇ。何を作っていたの?」
「普通だぞ?小麦と野菜、近くの元からきのこってぐらいだ。あとは村全体で豚や鶏を飼ってた」
「そうなのね。料理をしたことはある?」
「わたしはあります。兄は皮剥き程度です」
「雇うのはルミーさんだから問題ないわ。それじゃあ明日の2の鐘でここに集合よ」
「わかりました!」
「妹をよろしくな!」
エリカとの会話を終えたオルト兄妹が去っていった。
途中で屋台の売れ残りを買い込むらしく、店が閉まり切る前にと大急ぎで。
ウチらの屋台から売れ残りを渡しても良いかとエリカを見たら、何も言ってないのに首を振られたから、おとなしく口を開かずに成り行きを見守った。
「エリカ。ウチからあの2人にお湯出せる魔道具渡すつもりやねん。綺麗にしてほしいし。ええかな?」
「ダメよ。魔道具なんて高価な物渡したら迷惑になるわ。その魔道具を狙って良くない人が近づいても、エルには止められないでしょ?」
「せやなぁ……。うーん……じゃあエリカたちの孤児院に送って、そこで風呂入ってもらうんはどう?エリカのとこなら大人もおるし大丈夫やろ?」
「それは……聞いてみないと答えられないわね。それに、物も見ないと商人の人たちは許可してくれないはずよ。見ずに決めたら目利きについてこんこんと説教ね」
「じゃあ帰りに一個渡すから試してみてや。迷宮に行った時用に予備でいくつか作ってもらってるから渡すのは問題ないねん」
「ちゃんと大人の許可は取るのよ?」
「ウチが注文して材料費も出してるのに?」
「何が起きるかわからないからよ。許可を得ずに何かして大事になったら怒られるだけじゃ済まないかもしれないわよ」
「あー……せやな。誰かに言うわ」
話がひと段落したから急いで片付けて、迷宮前広場を後にした。
家に帰ってアンリにお風呂用の魔道具について話したら、もうウチの物だから好きにしていいと言われたので、翌日屋台に持って行って使い方を説明した。
魔石は屋台の売り上げから出して良いことも。
・・・なんやったっけ。ふくなんちゃら言うやつや。従業員が働きやすい環境用意するのも雇い主の仕事やし。
エリカ達は大喜びで、帰りに大きすぎる空樽を買って帰るほどだった。
どうやら時間がもったいないから子ども2、3人が一緒に入れるようなサイズを買うらしい。
そして翌日、いつもより肌や髪が綺麗になったエリカ達と共に、孤児院を運営している商会の人がにこにこ笑顔でやってきた。
なんで。




