水中装備、続々発見
ガドルフを休憩所の地面に横たえた後、キュークスベアロを連れて森に戻り、予定数の食料と木を手に入れた。
一日休んで回復したガドルフを加えて、のんびりと魔物を討伐しながら帰路につく。
ウチはベアロに背負われて、楽しそうに暴れ回るのを体感した。
固有魔法のおかげで目が回らないけれど、景色を楽しむというよりも、暴れ馬を楽しむという感じだったけれど。
乗馬はしばらく遠慮しよう。
身長が足りないからそもそも乗れないことは置いといて。
「やっと外やー。迷宮内も草原やったからあんま出た感じせぇへんけど」
「そうだな。階段の登り降りぐらいしか迷宮感がない。とりあえず帰りに取った魔物の素材を売却か」
「エル、屋台で使いたい物があったら取っておきなさい。ベアロがバラバラにしたから、皮はあまり使い道がないの。肉をいくつか持っていくといいわ」
「ええん?わかった。お好み焼き用に肉と、いくつか香り付けのハーブとか貰っとくわ。沼地ちゃうからカニもエビもないねんなー」
「僕はありゃいいじゃねぇか!後酒!」
「ベアロはお酒ばっかりやな!体悪なるで!」
「好きな物食い続けて体が悪くなるなら本望だ!食いたくない物食ってしょぼくれて生きるよりはいいだろ!」
「確かに」
「納得しないの」
キュークスに呆れられた。
けど、ベアロの言うことの方がウチには合っている気がする。
食べたい物を食べられず鬱々と過ごすより、ぱーっと食べてストンと死ぬ方がいい。
怪我や病気で動けなくなった人に食事を与えることを否定するつもりはないけれど、ウチはそうなる前に薬などで殺してほしい。
自分で動けなくなるほど楽しくないこともないだろう。
そんな考えが何となく頭をよぎった。
「ん?なんか向こうめっちゃ盛り上がってへん?」
「そうね。請負人が大勢で何かを囲んでいるわ。少し見ていきましょう。情報は大事よ」
「せやな!」
「俺は後で聞く!人混みは面倒だしな!先にいくつか組合に持っていくぞ!」
「ベアロは酒だろう。まぁいい。俺は後で伝える」
「助かる!」
ベアロは持てるだけ素材が入った皮袋を担ぎ上げ、意気揚々と去っていった。
体の大きさや力強さから、大半の素材を運んでくれたので、情報収集の対価としては悪くないだろう。
荷物が減ったことで人混みに入りやすくもなっているし、意外とこの分担はありなのかもしれない。
残ったウチらは人混みに近づき、屋台で働いている時に見かけたことがあるおじさんに声をかけた。
「なぁなぁおっちゃん。何があったん?」
「お。エルの嬢ちゃんじゃねぇか。新作料理は出さないのか?」
「今のところないなー。で、何があったん?」
「おぉ、すまねぇな。いや、迷宮の宝箱から出た物がある程度揃ったらしくてよ。それを着けられるやつを募集してるんだ」
「へー。装備できる人を探すんや」
「貸出品かしら?」
「そうだぜ狐族の嬢ちゃん。組合が一括で買い取って管理するそうだ。んで、希望者に貸し出すんだが、ピッタリつけられたら機能が発揮できるような作りらしくてなぁ。今は希望者……と言うよりとりあえず挑戦する奴が群がっているんだ」
「あわよくばってやつやな」
「それだ!まぁ、嬢ちゃんたちは全員対象外だがな」
「俺も含まれてるのか?」
「ああ、そうだ」
「ガドルフもお嬢ちゃんなんか……」
「いや、それは違う」
即座におじさんからツッコミを貰った。
改めて人混みを見回してみると、団子になって押し合いへし合いしているのは獣の特徴がない普通の人族で、その周囲を獣人が眺めているという構図になっている。
その獣人の近くで見習いや見習い上がりの若い請負人が眺めているから、ウチと獣人2人は対象外という言葉も間違っていないようだ。
そうなると団子に突撃する必要がなくなるため、子どもたちが木箱を設置して眺めているところへと近づき、足場を貸してもらった。
ガドルフとキュークスは軽く跳んで人混みの上から確認するそうだ。
とても良く跳んだ。
「おー。あれやな。水中用装備を誰が着れるかみたいな催しや」
「ヘルムもあったわ」
「聞いてた数より多いんだが……」
「確かに。5セットぐらいあるな。ヘルムだけ余分に4つ置いてるわ」
追加で見つかったのだろう。
それを証明するかのように新しく革袋が届けられると、中からまたヘルムが出てきた。
・・・増えるのはええけど、ヘルムばっかあっても仕方ないやろ。水中で息できるし、見えるようになるから何とかなるんか?防具を別で作れればええかもしれんけど、水の強い素材となると沼地の素材か。カエルの皮にカニの甲殻付けたら、とりあえず何とかなるんちゃうかな。知らんし付けたくないけど。カエルは嫌いちゃうけど、ウチがカエルの皮つける必要ないもん。
「なるほどな。あの水中装備だからエルには大きいし、俺たちは耳や尻尾が邪魔で装備できない。確かに俺たちには関係ない話だったな」
「わたしたちが水中に行くなら、エルに協力してもらえればいいから、尚更いらないわ。そもそも水中なんて魔物のテリトリーなのだから、近づかない方がいいのよ」
「せやな」
固有魔法があるから泥の中や川の中にも入って行けるだけで、本来であれば水中は人が立ち入る場所じゃない。
息もできなければ水の抵抗で動けないし、剣を振っても切るというより叩くことになる。
身体強化することで水中でも動けるようになるし、訓練すれば長い時間潜れるようにもなるらしいけど、わざわざそんなことをするほど水中に魅力がなかったこの街。
そう、今までは。
「やっぱ泳げるようにした方がいいのかな?」
「それよりも魔道具じゃ無い水中装備ほしいよね」
「長く息止めれるようになる薬とかないかな?」
「泥の中に宝箱があるなら、棒で突いて探すのもありだよな?」
至るところで泥の中へのアプローチ方法や、近くの川で水中行動に慣れようなどと声が上がっている。
それは見習い上がりの若い請負人や、組合で管理することになった水中装備を付けれない獣人たちほど盛り上がっている。
獣人はともかく若い請負人は港まで辿り着いてもビッグ沼地ガニに叩き潰されそうだけど、やる気を上げるために先を考えるのはいいことだ。
「なんかまわり盛り上がってるなぁ……」
「嫌そうね」
「うーん。騒がしいのは嫌いちゃうけど、揉め事起こりそうやん?みんな好き勝手するし」
「請負人はそういうものね。自分たちで成果を上げないと生活が送れなくなるもの。まぁ、普通に商売をしていても、何かしらのトラブルに遭って廃業することはあるけれど」
「あー、たまに市場で揉めてる人らみるわ」
商品が高いだの、食材が傷ついていただの、どっちが先に買うだので揉めているし、場合によっては酔っ払い同士が視線が合ったことを理由に殴り合いに発展している。
殴り合いにウチが遭遇した場合、ハリセンで両方動けなくして兵士に感謝されているのは、キュークスたちも知っている。
なにせ、一回兵士に連行されたウチを引き取りに来たことがあるから。
その時はどうせ要らないことに首を突っ込んだのだろうと決め付けられていた。
その通りだけども。
「それに、迷宮の規模が広がると街に来る人が増える。請負人も増えれば商人が増え、住居が増えてといった具合で鍵が拡張されることがあるそうだ。ただ、それも順を追ってゆっくり広がるし、中迷宮都市は元々ある程度余裕を持たせて外壁を作っているからまだマシだ」
「小迷宮や大迷宮はちゃうん?」
「俺も聞いた話だから詳しくは知らないが、小迷宮都市は時間をかけて新しい壁を作るそうだ。大迷宮都市は中迷宮都市と同様に広く土地をとっているから、数回に1回拡張するだけにしている。初めて拡張された時に大きく取ることを義務付けたんだそうだ」
「ほー。じゃあこの街は人増えるだけってこと?」
「恐らくな。だが、人が増えればその分トラブルも増えるだろう。気をつけろ」
「うぃー。まぁ、なんかあったらハリセンで叩くわ」
「そうね。エルならその方が早いでしょう。襲われそうになったと言えば問題ないわ。ちゃんと先に手を出させるのよ」
「もちろんや!」
こっちから手を出したら、例えハリセンで魔力が抜けて立てなくなるだけでも怒られる。
相手から手を出させるためには挑発してもいいと言われるほどで、とりあえず相手の未熟なところを指摘しろとガドルフたちに何度も言われている。
顔だったり背の高さだったり不潔なところだったりだ。
とりあえず男にはモテそうにないと言えば、激昂するか落ち込むはずと聞いていて、確かにその通りになる。
他にも色々口汚い言葉なども教えてもらっているが、ウチはレディなのでそんなことは言わないけれど。
「人増えるんやったらウチも絡まれるんやろな……」
「そうだな」
「その通りね」
「否定してくれてもええやん」
「今までの実績よ」
「嫌な実績やわ」
ウチと同じぐらいの見た目で見習いを卒業している子はほぼいない。
そんな中迷宮の一番奥まで進むことができて、さらにはそこで他の人にはできない方法で活動している。
さらには屋台の運営も順調で、装備を更新することも手入することもないからお金を持っていて、迷宮の氾濫を止めたこともある。
そんなあれこれはウチから見てもできすぎで、他の人からすると嫉妬の対象になりやすい。
できた大人なら頑張ってるなとか自分の能力を活かせて偉いと褒めてくれるけれど、あまりうまくいってない人や見習い上がりでやる気が爆発している人は絡んでくる。
人が増えればそういった人の割合も増えるし、ウチのことを知らない人が絡んでくるだろう。
一応街の移動をしたら組合に報告が必要で、その時に注意事項を説明してくれる。
その中にウチのことも含まれている。
別にウチは誰にでも噛み付く暴れん坊ではないのに。
子どもだけで屋台を運営していることや、迷宮の奥で活動しているから必然だろうけど。
ちなみにベアロたち酒飲みの獣人たちも注意対象として紹介されている。
不用意に近づいたらしこたま飲まされたり、力比べを仕掛けられると。
酔っ払いと同列は解せない。
「ちなみに迷宮拡がってだいぶ経つけど、なんで今増えるん?」
「様子見だろう。階層が増えたからといって稼げるかわからないし、誰も討伐できない手強い魔物だったら氾濫を警戒しなければならない。そんな場所にはいくら手が足りないとはいえ俺は行きたくない」
「あー。不人気っちゅうやつか」
「アンデッド迷宮は元から不人気で拡張は関係ないわ。あそこは元々人手が足りていないところに階層追加が重なって溢れただけよ。倒せない魔物や進みづらい地形とは違うわ」
「そういうもんか」
つまり、どうせ迷宮に挑むなら誰かが階層主を倒すことができる安全な場所で活動したいということだ。
請負人になってすぐに奥へと行けるわけでもないし、浅い階層で経験を積みたい。
今まで浅い階層で戦っていた人たちが奥へと進めば手前が空くから、獲物の取り合いも拡張前と比べて起きづらくなっているはず。
実際に奥へ行くかどうかは別だが、混み合っていなければ孤児院の子でもある程度稼げるのだから、一念発起するには丁度いいのだろう。
「なんにせよ気をつけることだ。大きな揉め事になる前に相談してくれ」
「わかった。まぁ、ウチ大人しいから問題なんて起こさなんけどな!」
「ふっ」
ガドルフに鼻で笑われた。
自分で言ってて無理だと思っていたから、恐らく何かが起こるのだろう。
それが街なのか迷宮なのかはわからないけれど。
とりあえず人混みの内容を把握できたので、ウチらは迷宮前広場を後にして屋台を冷やかしながら帰った。
今の所屋台で問題は起きていなかったので一安心だ。




