粉は毛皮にくっつく
全員で話し合った結果、突撃カブトムシ以外にも捕まえられそうな魔物を捕まえてみることになった。
生け取りにした場合、組合がどう判断するかも含めて検証するらしい。
魔物を研究している人たちが、迷宮の外の魔物を生け取りにすることもあるから、よっぽど強い魔物を連れ出さない限りは怒られないだろうと予想している。
例えば階層主やエリア主を行動不能にして連れ出したら、種類によっては即刻とどめを刺されるだろうけど。
「エル!スライスクワガタだ!捕まえてくれ!」
「いやいやベアロ!いきなり走ってきて言われても無理やって!飛んでるし狙われてるのベアロやん!」
「俺がエルを持ち上げてやるよ!だから頼んだ!」
「上手いことやってくれるならええけど」
「よしきた!」
遠くから駆け寄って来たベアロに、勢いそのまま左手だけで持ち上げられる。
背中越しに見える木々の間に、突撃カブトムシと同じぐらいの黒い物体が飛んでいた。
突撃カブトムシとは違ってツノは2本あり、内側が刃物のように薄く、先端が鋭い。
突撃カブトムシと比べると近づいてくる速度は少し遅いけれど、ウチらが何かをするのを警戒してなのか、こちらから何かする事を警戒しているのか上下左右に迫ってくる。
「うまく捕まえろよ!」
「いや無理やって!めっちゃ動き早いし!」
「腕を出せば切ろうとしてくるから、横から掴めばいい!」
「わかった!やってみるわ!」
捕まえ方は事前に言ってほしいところだけど、急な展開だったから仕方がない。
肩越しに左手を前に出すとベアロが足を緩め、スライスクワガタとの距離が縮まり、大きく飛び回っていたはずが突き出された左手を中心に小さく飛ぶように変わった。
そして一気に距離を詰めて来ると、2本のツノで指を挟んできた。
当然固有魔法によって怪我はないけれど、スライスクワガタは諦めずに指を挟み続ける。
これが他の請負人だと切り傷で済めばいい方で、指を切り落とされることもあるそうだ。
森の中で休憩する時は木が密集して周囲が見えづらい場所を避け、ある程度広くなっている場所にしろと注意を受けた。
「ここやぁ!獲ったでぇ!」
「よくやった!降ろしたら箱に入れてくれ!」
勢いをつけて右手で掴んだだけである。
指を挟むのに夢中だったから、簡単に捕まえることができた。
掴んだ瞬間から突撃カブトムシと同じように足をわさわささせていて、それを眺めるウチからキュークスが距離を取るのも同じだ。
降ろしてもらったら、差し出された箱に手を突っ込んで放し、素早く蓋を締め紐で縛った。
「ベアロはクワガタ派なん?」
「ん?いや、違うぞ。俺がこいつを捕まえたのは、物好きな貴族に売るためだ。酒場で会った貴族の従者が珍しいものを探してたんだ。こいつを持っていきゃ金になるか、貴族が持ってる酒が飲めるからな。エルのおかげで手間がかからねぇし、今度何か買ってやるよ」
「おー。なんか考えとくわ」
色鮮やかな鳥がほしいと言っていたのに、スライスクワガタでテンションが上がった理由が酒だった。
別に生け取りにできればどんな魔物でもよかったようで、クワガタの後も色々な虫の魔物を捕まえさせようとして来たけれど、喜ばれるかわからないのに虫ばっかり取るなとキュークスに怒られて、大半を逃すことになった。
・・・トンボや蝶はええとしても、芋虫や何かしらの蛹、蜂にムカデは違うやろな。念のため言われて捕まえたけど、どれも大人の手のひらより大きいねんから、嫌いな人はとことん嫌いになるわこれ。
芋虫をむんずと掴み、手近な葉っぱの上に乗せる。
飛べる虫は箱を開ければいいだけで、飛べない虫は芋虫と同じように色々な場所に配置した。
置いた瞬間捕食された別の虫の魔物に捕食された虫もいたけれど、弱肉強食だから仕方がない。
恨むなら捕まえろと言ってきたベアロにしてくれと、心の中でつぶやいておく。
「食べ物の集まり具合はどう?」
「肉は順調よ。キノコや木の実、野草はあんまりね。男連中が虫取りに夢中だったから。いい年して子供みたいだわ」
「楽しそうでええやん」
「ここが迷宮じゃなくて街中か街の近くだったら同意したわね。だけど、食材より虫を探している時点でダメよ。後でお説教」
「あーあ。ウチは知らんで」
「ええ。巻き込まれただけだから、小言で済ませるわ」
「もう小言貰ったから遠慮しとくわ」
「ダメよ」
「そこをなんとか」
「ダメね。遊ぶならちゃんと依頼をこなしてからとわかってもらうわ」
「うー。わかったわ……」
肩を落としたウチを見て、キュークスがくすくすと笑う。
ここで断った場合、固有魔法のせいで叩けないウチに対して、正面に回り込んでじっと見てくるのを反省するまで続けられる。
素早さはどう考えてもキューキスが上だから、ウチは取れる対策は目を瞑って耳を塞ぐことだけだ。
それをするとウチが何もできなくなるから、どこがダメだったかと今後どうするかを伝えなければ終わらない。
わからなければ教えてくれるので、理不尽に怒られているわけではない。
ただ圧が強いだけだ。
「エル、そこにキノコがあるわ。確かめてくれるかしら」
「ええで。……触れるから毒はないな。茹でたら毒出るとかじゃなければ」
「そこまで確認するのは専門家に任せる方がいいわね。じゃあいくつか採取して、次に向かうわよ」
「うぃー」
キュークスに連れられてしばらくキノコを取った。
ベアロとガドルフはウチらの周囲を警戒し、時々遭遇する魔物を倒している。
ベアロはついでに木も切り倒し、運ぶせいでたまにいなくなっているけど。
「ん?なんかデカいキノコおるで」
「あれは歩きキノコだな。キノコの魔物で、自分で繁殖地を探すために小さな足が生えたんだ。食べられるキノコの場合美味いが、毒や麻痺キノコの場合薬にしか使えん。当たり外れが激しい魔物だ」
「へー」
「魔物化した野菜の親戚みたいなものね。魔力で動くようになって味や毒が強化されてるのよ」
「おー!じゃあめっちゃ美味いやん!」
視線の先にはウチが両手で抱えないといけないほど大きなキノコが、左右に揺れながら歩いていた。
石突部分から小さな足が2本生えていて、それをえっちらおっちら候補に出してゆっくりと進んでいる。
傘は丸いタイプで薄い茶色。
全体的にコロコロしていて可愛く見える。
飼うなら虫よりこのキノコの方がいいと思いつつ近づいてみると、固有魔法が反応した。
「固有魔法反応したわ。魔物やからか?毒あるからかもしれへんな。細かくはわからんわ」
「便利だが時々使いづらいな。だが、見た目で魔物とわかっているから問題ない。とりあえず俺が近づくから、エルたちは周囲の警戒を頼む」
「ガドルフ1人で大丈夫なん?」
「ああ。歩きキノコは森の中では弱い方だ。問題ない」
ガドルフが剣を構えて歩きキノコに近づいていく。
背後から向かっているから、歩きキノコはこちらに気づいておらず、慎重に距離を詰めたガドルフは横凪に剣を振るった。
傘の下に食い込んだ剣は半ばを過ぎたあたりで止まり、いきなり切られた歩きキノコがジタバタと石突から生えた丸い足を動かす。
そして半分以上切られた体が急に上下に伸び縮みした後、傘部分からぼふんと粉が吹き出した。
「うわっ!」
「直撃ね。ガドルフ!一度引いて!」
「くっ!若干痺れが出ている。恐らく麻痺毒だ」
剣から手を離したガドルフが、粉が舞う中を突っ切って戻ってきた。
代わりにキュークスが近づき、棍を粉の中に突っ込んでかき回す。
棒でぐるぐるしてもあまり意味はないと思いきや、身体強化した体から発する動きはウチの想像を超えていた。
粉が渦を巻き始め、キュークスが大きく棍を振るった方向に散っていき、後には傘の下が半ばまで切断されたことでズレてしまい、バランスが取りづらくなった歩きキノコがいるだけだ。
しかし、近づけばまた胞子を飛ばされるだけなので、棍で距離をとりつつボコボコに殴る。
少し時間がかかったけれど傘が取れたことで胞子が出せなくなり、ナイフで体を裂いて魔石を取ることで決着がついた。
それでもキュークスには若干粉が付着していて、身体強化を緩めると痺れが出るらしい。
まともに受けたがドルフはと視線を向けると。
「大丈夫なん?」
「あぁ……。体を動かしづらいだけだ。吸い込んでいないから問題はない……」
木にもたれかかってぐったりしていた。
キュークスが背負おうにも、胞子が移る可能性もあるし、ウチを背負った上でガドルフに肩を貸すと魔物に対処できない。
ウチが肩を貸せるわけもなく、歩いてもらうことになった。
道中キノコや野草を拾いながら戻り、途中でベアロと合流できたから護衛に専念してもらって、なんとか森を抜けることができた。
よろよろとウチより遅いガドルフを囲んで休憩所へと向かい、事情を話して休ませてもらうことに。
ただ、水で洗っただけでは毛に付着した粉が取れず、ウチがブラッシングすることになった。
「わたしのは使わないでね」
「えー。キュークスのしか持ち歩いてへんねんけど……」
「馬用のを借りてくるわ。休憩所なんだからあるでしょう」
そうして借りてこられた馬用のブラシでガドルフを梳いていく。
細かいブラシだったから、たまにやるブラッシングよりもツヤツヤさらさらに仕上がり、ベアロに笑われていた。
後で殴られるやつだ。




