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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ウルダー中迷宮

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ウチの新たな可能性

 

 切り倒した木はベアロが肩に担いで集積所へと運んで行った。

 一度に何本も運べないため、一回ずつ運搬する必要がある。

 残されたガドルフとキュークスとウチは、ベアロが切り倒した切り株を中心に、食料の確保を進める。

 森林といっても歩きづらいほど木が密集しているわけではなく、その気になればゴロゴロと地面を転がれるほどの余裕がある。

 恐らく出てくる魔物がある程度動けるように木が生えているのだろうと研究結果が出ているらしい。


「エル、好きに動いていいわよ。魔物がきたら教えてね」

「了解や!ウチもっと木の実欲しいねん!」

「いいわね」


 木の実のハチミツ漬けが、遠出する時にとても役に立つからだ。

 特に迷宮の中では現地で食料を取れなかったら、乾燥野菜のスープと黒パンばかりになるため、甘いものや保存が効くものがあるととても助かる。

 家で食べる時もパンにかけられるし、屋台に出ていて疲れた時に食べるとホッとするというか、落ち着くというか、いい感じになる。

 しかも、入れる木の実を変えることで食感や風味だけでなく、迷宮のものを使えば魔力の回復が早まるらしい。

 これは魔力が多く含まれたものを食べれば回復するという普通のことだけど、木の実は魔力が凝縮される傾向にあるとかなんとかアンリが言っていた。

 なんとなくで理解したので、拾える時に拾うようにしている。


「ん?なんやこいつ?ツノの生えた虫?めっちゃ突いてくるやん。なんやねん」


 ガドルフたちから少し離れて木の実やキノコを採取していたウチに対して、ツノの生えた手のひらより大きな虫が攻撃してきた。

 ガンガンと角をぶつけてくるけれど、固有魔法に弾かれて何度も転がっている。

 それをガシッと掴んで動きを止めたけれど、どうすればいいか迷ったのでキュークスのところへ持って行くことにした。


「なんで虫の魔物を持ってきたのよ……」

「どうすりゃええんかわからんくなって」


 キュークスが呆れたようにため息を吐いた。

 ウチの手には手のひらより大きく、先端が2又に分かれた鋭いツノを持った黒い虫の魔物。

 羽が広がらないように掴んでいるから、お腹側に生えている足がわさわさ動いているけれど、魔物だから相応に硬くてウチには倒すことができない。

 ハリセンで魔力を無くしてからなら叩き潰せるかもしれないけれど、掴めそうだったからなんとなく捕まえてみただけだ。


「これを持ってこられてもねぇ……。食べられる魔物なら、生け取りにして新鮮なまま持ち帰って、手慣れた人に解体してもらえるかもしれないわ。でも、虫よね」

「虫やな」

「虫の魔物はほとんどが小さいから武具として役に立たないのよ。せめてエルくらい大きければ兜に使えるのだけど、手のひらサイズだと頑張って細身のナイフにするか、手甲の一部に使えるぐらいだわ」

「そっかー。じゃあこいつどうしたらええ?手を離したら襲ってくるで?」

「離すのに合わせてわたしが棍で潰すのがいいわね」

「よっしゃ!」


 キュークスが棍を振りやすい位置に移動して、ウチの手元を注視する。

 ウチは虫の魔物を掴んでいる手を精一杯伸ばして、いつでも離せるように身構えた。

 後は声をかけながら手を離すというところで、がさがさと茂みを掻き分けてガドルフがやってきた。


「何をしているんだ?」

「ウチに突っ込んできた虫の魔物捕まえてん。でも、使い道ないからキュークスに倒してもらうとこや」

「虫の魔物?そいつは突撃カブトムシか。小型の虫の魔物は見つけづらい上に倒しても形が潰れてしまうことが多い。綺麗に倒せたら好事家が高値で買ってくれるだろう」

「買ってどうするん?使い道ないで?」

「飾るそうだ。蝋で固めることで劣化を遅くして、家に招いた人に綺麗な虫の魔物だろうと自慢する。綺麗であればなお良い。珍しい魔物が綺麗な状態で見れるならと話題になり、他の人も欲しくなるというわけだ」

「珍しい(もん)持ってて羨ましいやろ〜ってやつか」

「そうだ。対象が虫の魔物ということを除けば、気持ちはわかる。珍しい食材、珍しい魔道具、珍しい光景。心踊るものは人それぞれだからな」

「せやな。それはわかる。ウチも美味しい食材なら欲しいし。じゃあこいつは綺麗に倒したらええの?せやったらハリセンで叩いて魔力抜いてからナイフでサクッといったほうが、キュークスに叩いてもらうより綺麗やと思うで」

「その手もあるか……」


 言いながらも結論を出さずに考え出すガドルフ。

 即座に倒すわけではなくなったため、キュークスも構を解いて近づいてきた。

 突撃カブトムシを握った右手からは距離を取れる左手側に来たけれど。

 改めて眺めるとなかなか格好いい魔物だと思うのだが、キュークスはお気に召さないようだ。

 特に裏返した瞬間顔を背けていた。


 ・・・わさわさしとるのがおもろいのに、なんかあかんのやろなぁ。別に触ったら指がちぎれるわけでもないのに不思議やわ。ツノはまっすぐ伸びて針というか小さな槍みたいになってて格好良いし、このツノ使うてまんまる焼き焼くのもええかもな。


「仮の……そう、あくまで仮の話だが……」

「ん?」

「とても頑丈な箱……。いや、鉄の小さな檻があるとして」

「うん」

「そこにこいつを入れることは可能だろうか?」

「離した瞬間逃げられへんようにしたら、後は素材の強度の問題ちゃう?こいつが狭い檻の中なら力を発揮できずに逃げられへんかったらいけるやろな」

「そうだな」

「ちょっと。まさかこの虫の魔物を生け取りにするつもり?街中で逃げられたら騒ぎになるわよ?」

「それはそうだ。だから逃げられないような何かを用意すればあるいは……といったところだ」

「そんなにお金欲しいん?」

「いや……こいつ格好良くないか?」

「え?!」

「え?もしかして欲しいのはどこぞの好事家やなくてガドルフなん?」

「いや、まぁ、別に絶対欲しいわけではないが……。可能なら試してみたいというところだな」


 ウチは格好良いというところに共感しているからうんうんと頷けるけれど、キュークスはガドルフの言葉が信じられなかったのか、口を大きく開けて呆然とみている。

 その口に干し肉を塊で嵌め込みたいと思ったのは内緒だ。

 そんなことをしたら咀嚼しながらじっと見られる。

 まるで次はお前だと言うような目で。

 叩いても叩いた方の手が痛いだけだから、ジッと見るという対応になっている。

 顔を逸らしてもそっち側に移動するし、逃げても向こうのほうが速いから謝るまで続いてしまう。

 イタズラで寝ているキュークスの頭にリボンを巻いただけなのに、似合わない物を付けるなと追いかけ回されたことがある。


「無理なら諦めるが、何か入れ物はないか?」

「手持ちは皮袋ちゃう?」

「後は武具の手入れ道具を入れている箱かしら」

「それなら俺も持ってるな。試してみるか」


 ガドルフが手入れ道具を入れている箱から、油やボロ布に砥石などいろいろ取り出して別の布袋に入れる。

 空いた箱をウチの手元に寄せて、いつでも入れられるように準備された。


「離した瞬間飛んで行かへん?箱を被せるようにして中で手を離した方が良さそうやで」

「確かに。じゃあエルの手に被せるから、手を離したら抜いてくれ。すぐに蓋を閉める」

「わかった。じゃあやるで」

「いつでも」


 右手で箱の口が下になるよう持ち、左手で持った蓋でウチの手を挟むように構えるガドルフ。

 いつも真面目なガドルフが、変わったポーズをしていることに笑いそうになった。

 なんとか抑えこんで頬をぴくぴくさせつつ、箱の中に入れた手を開いて、ウチ的に素早く抜き取った。

 どう見てもウチが手を抜く前から押さえるように蓋を押し上げていたけれど、固有魔法のおかげで痛くなかったから問題ない。

 結構な力で押さえていたようで、蓋に閉まる音がバチンと響くほどだった。


「よし。後は中から開かないよう鍵に加えて紐で縛っておくか」

「めっちゃ本気やん」

「上手くいけば高値で売れるかもしれないんだ。試す価値はあるだろう。まぁ、売るとしても2匹目からだがな」


 ニヤリと口角を上げるガドルフ。

 狼だからやっぱり迫力があるけれど、ウチに合わせて低いところまで落としてくれていた箱を、胸の前で掲げるように持っていたら台無しだ。

 ウチも甘い果物を自力で取った時は片手で掴んで高々と掲げたから気持ちはわかる。

 その時は無意識に雄叫びも上げていたらしく、シルヴィアに騒ぎすぎだと注意されたところまでがセットだ。


「入れたはええけど、見えへんのに自慢できるん?」

「これは仮の箱だからな。戻ったら鉄で小さな檻を作ってもらい、そこに移し替える。何を食べるかもよくわかっていないから、いろいろ試さないとな」

「めっちゃうきうきやん」

「うきうき?猿ではないぞ?」

「あー、なんちゅうか、心が浮つきまくってるって感じのやつ」

「ふむ。なら今の俺は確かにうきうきだ」

「せやろ」


 ウチらのやりとりを見て、呆れたように息を吐くキュークスを他所に、食材集めを進める。

 途中、戻ってきたベアロにガドルフが突撃カブトムシを自慢すると、色鮮やかな鳥が欲しいと言い出した。

 肩に乗せたいそうだけど、魔物でやらない方が良いんじゃないかと思いつつ落ち着かせる。


「キュークスは欲しい生き物おらんの?」

「そうねぇ……。毛並みが良くなる何かを出してくれる魔物がいたら飼ってもいいわね」

「そんなんおったらめっちゃ高値で売れるやろな」

「その時は秘匿して出される何かを売って生活するのも良いわよ」

「確かに」


 襲われるから魔物を飼育している人はいないはずだけど、普通の牛や豚を育てて食肉として卸している人たちはいる。

 もしかしたら強い酪農家が魔物を飼育していて、貴族にだけ売っているかもしれないが、そんな事をしたらとても高価なはずだ。

 しかし、今回のように動きを止めて箱に入れる事で安全に確保できるなら、魔物の種類によっては分泌物だけを取り続けることが可能になるかもしれない。

 普通なら大怪我覚悟で捕まえないといけないけれど、ウチなら掴んだりするだけで済むから。

 虫の魔物をもっと捕まえて売ろうと話す男連中を見て、もしかしたらいけるのではと考えた。


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