森林で伐採
シルヴィアは組合職員に急かされて魔道具を取りに行った。
アンリとシルヴィアは同室だけど、それぞれ魔力錠を付けた箱で貴重品を管理しているため、本人が帰る必要がある。
依頼達成ということで帰る請負人と一緒だから、道中の魔物も心配ない。
ウチはベアロに背負われて森林エリアへと向かう。
途中までは帰る人たちと一緒に馬車に乗っていたけれど、森林がポツポツとある草原エリアに入ったら降りた。
このエリアは前にアンリと一緒に素材収集に来た場所で、どの森林も半日歩き続けたら反対側に抜けられる程度の広さしかない。
それでも迷宮だからか、伐採した木などは数日で元に戻るのだから不思議だ。
素材の宝庫ではあるけれど、採取は命懸けだから量が取れないのが迷宮伯たちの悩みだと、ライテ小迷宮組合長から聞いている。
「まずは木材と食料の集積所になっている小屋に挨拶だ」
「挨拶は大事やな」
「そうだ。今回は木材の伐採とある程度の肉や野菜になる物の採取、果物や木の実にキノコもあればというところだな」
「ほいほい。食料はいつも通りみんなに任せたらええんやろ?」
「そうだな。香りである程度の嗅ぎ分けられる」
自分の鼻を指さすガドルフ。
背負われたウチの正面にいるキュークスも頷いた。
獣人は魔力が人より少ないけれど、身体能力が高い。
獣の耳や鼻は通常でも強力だけど、魔力を集中させて強化すれば探し物にも役立つ。
街中で使ったら情報が多くて気分を悪くするので、使い所には注意が必要だけど。
「あそこが集積所だな」
「思ったより広いな」
「半分以上が丸太置場ね」
「ウチも見たい。降ろして」
「おう」
ベアロの背から降りると、正面には休憩できれば良いとばかりの小さな小屋と、それを囲むように広く掘られた堀に柵。
柵の中に屋根だけの丸太置場があるぐらいで、移動の途中に見かけた農民の家よりも小さいぐらい。
外では丸太の枝打ちに1人、食材の袋詰めなどで1人が動いていた。
小屋の中に人がいるかはわからないけど、3人でギリギリ生活できるかどうかといった広さの小屋を横目に、袋詰めしている人へと近づいていく。
枝打ちしている人は刃物を持っているから不用意に近づくのは良くない。
「ちょっと良いか?」
「なんだぁ?早い戻りだなぁ……って別人か。どうした?傷薬ぐらいなら備え付けのものがあるぞ」
手を止めてこちらに振り返ったおじさんは、良くも悪くも平凡なおじさんだった。
請負人のように自分の戦闘力を誇ったギラギラした目をしておらず、のんびりとした街の人や農村の人ぐらいの雰囲気を纏っている。
迷宮で作業しているということは、少なくとも今いるエリアの魔物には対処できる程度には戦えるはずだけど、見た感じでは強そうに見えない。
そんなおじさんはウチらを別の請負人と勘違いしていたようだけど、姿を見たら怪我の心配をしてくれたので、おそらく良い人だと思う。
「怪我はしていない。沼地の休憩所で木材と食料採取の依頼を受けたんだが、詳細を聞きたいんだ」
「あー、依頼を受けたのか。じゃあ簡単に説明するぞ」
おじさんの説明は本当に簡単だった。
木は森林の入り口ではなく少し奥に行った所で取ること、食材は種類ごとで袋をわけること。
木を取る場所の理由は、手前だと草原に出る魔物に狙われ、さらに森の魔物もやってくるという挟み撃ちされる場所だからと、ガドルフが捕捉してくれた。
同じ言葉を聞いているのに理解度が違う。
これが経験かと慄いているウチをキュークスが掴み、ベアロの背中に装着したら出発となった。
ちなみに、食べ物を入れる袋は貸し出してくれた。
優しい。
「前衛はベアロ、真ん中にキュークス、殿は俺でいく」
「エルの固有魔法があるものね」
「よしきた!ガンガン叩き切っていくぜ!」
森林へと駆け出すベアロ。
邪魔な草が固有魔法によって押し除けられ、その足取りはとても軽い。
だけど、背負われているウチには見える。
先行するなら草を刈ってくれと不機嫌な顔をするキュークスと、やれやれと頭を振っているガドルフが。
仕方なしにキュークスが草や枝を払いながら進み、魔物と遭遇したら足を止めるベアロに追いつくという図式が完成した。
一応ベアロにゆっくり行ったらと伝えたけれど、状態異常を起こす攻撃を率先して受けるために先行していると言われたら納得できた。
考えますに突っ込んでいたわけじゃないらしい。
「やっぱいいなこれ!振り下ろしもいいんだが、重さを増すことで魔物を受け止めるのが楽になったぞ!」
「そりゃよかった。あんま重そうに見えへんけど、ベアロに負担はないん?」
「練習したらからないな。攻撃や防御の瞬間に魔力を流せばいい。普段は見た目に反して軽い方だからな。そのせいで慣れるまで時間がかかったが」
崩れ落ちる鹿の魔物。
その体から両刃の斧を抜き取るベアロ。
刃には魔物の血が付着していて、夜に見たら悲鳴をあげそうなほど迫力がある。
そんな斧をブンと振って血を払い、油を染み込ませた布で拭うと、具合を確かめるように何度か素振りをする。
響く風切音は軽快で、見た目の凶悪さに反して素早く振られているけれど、一度重さを増せば音もまた重くなる。
ブンがブゥゥンという感じになる。
魔物に当てた音もガスッからグシャッとかドコッという風に変わっていると思われる。
ベアロの背中に括り付けなれながら聞いた音的に。
「血抜きは俺がしておこう。寄ってくる魔物はキュークス。ベアロは木の伐採をしてくれ」
「わかったわ」
「任せとけ」
「ウチは?」
「一旦降りて、目の届く範囲で好きに過ごすといい。エルならこの辺りでも問題ないだろう?」
「せやな。エリア主でも問題ないし、なんか面白いもん探すわ」
シルヴィアではないため背中から降りて問題ないということだ。
いや、シルヴィアも武具に魔力を流すのが苦手なだけで、身体強化は問題なくできるから、極端に硬い魔物が出ない限り時間稼ぎはできるし、なんなら潜伏して素材採取もできる。
今の状況だとガドルフたちを固有魔法で包む意味がないからこその自由時間だ。
「ふんふんふ〜ん。お?キノコあるやん。これは触れる、これも触れる、これは固有魔法が反応するからアンリさんへのお土産にしよ。ナイフで底ギリギリを切り取るか、生えてる部分ごと取ればええんやったな」
ガドルフたちが見える範囲でうろちょろしていると、いくつかの木の根本にキノコを発見した。
固有魔法が反応しなければ触れたらダメな毒はないし、反応すればそれはそれで必要な人に渡せばいいということで、ナイフを取り出して採取する。
コリコリと根本を削るのが、手に伝わる感触が気持ちよくて好き。
たまに石を擦り合わせて時間潰しをしているのだが、ミミに不思議そうに見られたし、他のみんなに話しても共感してくれなかった。
ちなみに、キノコはちゃんと別々の袋に入れている。
「倒れるぞー!気をつけろー!」
「ん?おぉ!」
ベアロの声が聞こえた次には、バキバキメキメキと木が倒れ始める。
しっかりと周囲に気を配っていたようで、誰もいないところに倒れていき、ベアロたちは音に釣られて魔物が来ないか警戒していた。
ウチは気にせずフラフラと散策して、キノコを追加でいくつかと、木の実も数個拾った。
「4、5回叩きつけたら倒せるから、やはりこの斧はいいな!」
「ほーん。前の斧ならどれくらいやったん?」
「倒れる方向を決める切り込みに5、6回、切り倒すのに5、6回ぐらいだったな」
「半分かー。え?すごない?」
「あぁ。すごいんだこれは。できれば予備でもう1本欲しいところだが」
「迷宮に言って」
「だな」
迷宮の木は外の木と比べてはるかに魔力が多い。
そのため切るだけでも武器に魔力を決める必要があるし、身体強化も必須となる。
ベアロ以外にも斧を武器にしている人たちが採取依頼をよく受けるらしい。
そんなところで効率が良くなる斧を、もう少し手に入れたいという気持ちはわかる。
わかるけれどウチにはどうしようもないから、迷宮に向けて斧くれと願っておいた。
色々な人が斧を確認した結果、何かしらの魔物の素材だろうというところまでわかっているけれど、その魔物がわからないくて作ることもできないから。




