わくわく沼回収船
ガドルフたちが帰ってきたから、3通の手紙を見せた。
大迷宮伯の時に3人とも鼻に皺を寄せて、今にも人を噛みちぎれそうな表情になった。
気持ちはわかる。
ガドルフは深々とため息を吐いた後、返事は必要だろうけど経験がないため、対応は組合に丸投げする判断を下した。
エリザとナーシャについてはウチに任せてくれると、こちらも放任。
何かあれば協力はするとは言ってくれたが、今がその何かの時ではないのだろうか。
迷宮の氾濫に比べると手紙に返事を書くだけなので、比べる必要もないけれど。
「でだ。エルからの話が終わったから、次は俺たちからだ」
「なんかあったん?」
「あったというか、これから起こるというか……。沼地の宝箱を回収するための魔道具『回収船』が完成したらしい。それの試運転の護衛と万が一上手くいかなかった時の宝箱回収に俺たちパーティ全員に指名依頼が来た」
「おー!完成したんやな!」
回収船は何度もわくわく沼に呼ばれることにウチが切れた結果、組合職員と魔道具工房の人、さらに何人かの請負人によって立ち上がった計画だ。
迷宮で採れる木材や石材を使って、どうにかして沼の中にある宝箱を回収し、どうにかしてそれを沼の外へと持ってくるというものだ。
船になったのは沼に沈まないように足場とするためで、回収に使える素材は石や木に魔物素材と魔石。
そうなると魔道具でどうにかして回収するという方法に落ち着き、技術者たちが頭を悩ませながら何度も挑戦して完成させたようだ。
仕組みについては知らない。
どうにかしてウチを使わずに、沼地の中に沈む宝箱を回収してくれれば良い。
頭脳労働は専門家に任せて帰ったし、そのウチを力ずくで止めることができる人はいないので。
・・・魔道具工房の人やのに、迷宮の中でずっと試作繰り返してたのはちょっと可哀想かもしれへんけど、ここで妥協したらずっとウチが呼ばれるから、これでええんや。そういや工房のおっちゃんを最後に見た時、最初よりちょっと痩せてたな。
呼ばれるたびに工房を覗いてたから変化が思い出せた。
ちょっとふっくらしたおじさんだったけれど、1月もしたら無駄な肉が落ちて筋肉が付いていた。
迷宮で生活する上で多少なりとも戦えるようになったのだろう。
魔石を現地調達する前提の魔道具を武器にして戦っていて、解体や伐採も行っているはずだ。
「じゃあ明日準備に使って、明後日潜る感じ?」
「そうだな。食料があれば問題ないだろう」
「宿泊施設も充実してきたから、ある程度はどうにかなるわね」
「宿屋に食事処、鍛冶屋と雑貨屋やもんな。迷宮やのに」
職人が泊まり込みで作業できるように色々整えているうちに、必要なものを建ててしまえとなった。
迷宮の素材で建物を作れば吸収されないことを利用して、板を敷き詰めるだけでも物置きができるのだから、ある意味楽なものだろう。
広くなった分警戒要員が多くなっているけれど。
「それじゃあ明後日に」
「ほいほい」
「エル、毛繕いして」
「うぃー」
翌日は保存食などの買い出しに、手紙の相談で組合に。
他にも細々としたものを買い込んで、さらに翌日草原迷宮へと入った。
そして迷宮商会が運営する馬車で沼地エリアへと送り届けてもらう。
・・・前見た時より馬ゴツくなってない?走りながら吹っ飛ばしてるし、それ用の防具みたいなもんも付けとるし、鎧に棘まで付いとるやん。馬車引くのが仕事やのに殺意高ない?
そんな馬が入り口付近を走ると、草原ウサギが飛び出してきて、そのまま撥ねられた。
ガィンと金属にぶつかった音が響くも、速度は落とさずそのまま進む。
馬車に積まれた野営道具と馬車本体を使って休みながら進み、沼地エリアにある休憩所へとやってきた。
どんどん発展していて、小さな村くらいになっている。
しかし、物見櫓や某柵などで物々しいし、畑がない分小さく密集させて守りやすくしている。
そんな休憩所までは防具をつけた馬とはいえ、爆走できるても2つめのエリアぐらいまで。
そこからは速度を落としてガドルフや他の請負人たちが護衛に出ていた。
護衛に出たからといって料金が安くなるわけではないが、自分たちの安全のために出るのは仕方がないことだ。
「おっちゃん!来たで!」
「おぉ!エルの嬢ちゃん!よく来てくれたな!いやー!良い仕事だったぜ!」
割り当てられた家に荷物を置き、訪ねたのは魔道具工房のおじさん。
他にも木工のおじさんやら家具のおじさんやら、たくさんのおじさんが作業している。
どうやらすでに2隻目に着手しているようだ。
「早速行くか!準備できてるぞ!」
「せやな!早く見たいし行こ行こ!」
おじさんやガドルフたち、他の請負人や工房の人、組合の人も参加している。
ぞろぞろと連れ立って、小船が2艘と板が数枚載った馬車を護衛しながら、まだ宝箱を回収していない沼地へと向かう。
道中の魔物は嬉々として暴れるベアロやその同類に任せて、ウチは荷車に積まれた小船の中で座って過ごしていた。
ウチに合わせて移動すると遅くなるので。
「組み立てるから待ってろよ」
「組み立てなあかんの?」
「当然だろう。沼は繋がってないんだから、持ち運ばなきゃならねぇ。魔道具やらは設置して固定すれば使えるようにしてるから、組合の許可を得て講習を受けたら借りれるようにするらしいぞ」
「あー。確かにわくわく沼はいろんなところにあるもんな」
到着したら職人の指示で請負人が小船を沼地に並べる。
その小船を繋げるように2枚の板を置き、外側には大きな一枚板をそれぞれ置いた。
人2人が立てるほどの大きな板、小船、中央に穴を開けた板、小船、2人立てる大きな板という形に連結されている。
小船には鉤爪の付いた木製の腕のようなものが付いていて、要所要所に取手が付けられていることから、手で上下に動かして鉤爪を宝箱に引っ掛けることがわかる。
そして2つの鉤爪を宝箱に引っ掛けたら、魔道具部分を操作して挟み込むように持ち上げるらしい。
そのために穴の空いた板のように小船同士を繋げている。
「よし!出航だ!小船単体と魔道具の動作確認は済ませたが、実際に宝箱を狙うのは初めてだからな!気合い入れろ!」
「護衛の請負人は船とその横に突き出した板に乗ってくれ。可能な限り魔物の被害は板までにしてほしい」
「ある程度動き回っても船に影響が出ないよう工夫しています。あ、あなたは装備が重すぎるので船でお願いします」
ベアロは船に乗せられた。
ガドルフとキュークスが板、他にも身軽な請負人が小船の横に付けられた板に乗せられる。
魔法を放てる人や弓などの遠距離攻撃ができる人は小船に、ウチはシルヴィアに背負われて真ん中にある穴の空いた板へ。
どこから攻められてもすぐに向かえる場所だ。
結構な人数が乗ったにも関わらず、船は沈むことなく沼地に入る。
船底に風の魔石を付けてある程度の重さにも耐えられるようにしているそうだ。
移動は長い棒を沼地の底に突いて反動で動かす方法で、一応オールも用意しているけれど、沼地では泥がこびりついて重くなるから急いで無い時は使わないそうだ。
そうして10人以上を乗せた回収船は沼地を進み、赤い布が巻き付けられた棒が飛び出ているところまで進んだ。
宝箱の目印として迷宮内の素材で作った棒を刺すことで、後から連絡を受けた回収班でも迷わずに済む。
「それじゃあ動かすぞ。まずは宝箱の位置と向きを確認する。できれば横を挟むようにしてほしいが、縦でも問題はない。ちゃんと出っ張りに引っ掛ければ途中で開くことはないだろう」
魔道具工房のおじさんが棒で突きながら宝箱の位置と向きを確認し、小船の間にある穴の位置を調整する。
場所が決まれば2つの小船から穴に向けて、鉤爪の付いた木製のアームを操作して中へと突っ込む。
何度か上下左右に動かした後、操作していた人たちで頷きあい、手元の魔石に魔力を込める。
するとアームが勝手に持ち上がり、鉤爪で底面を挟んだ状態で宝箱が穴から出てきた。
後はアームを穴からずらせば、宝箱が板の上に収納できるというわけだ。
そんなやりとりをしている間も、ビッグ沼地ガニやビッグ沼地エビなどが襲いかかってきたけれど、近づくまでに弓や魔法でダメージを受け、板に辿り着いたら複数人に攻められていた。
流石に近づかれすぎると船に攻撃されるので、ベアロなどの重量級の請負人は沼地へと入って全力で武器を振り回していた。
魔物も船より沼地の人を優先するようで、上手いこと注意を引き付けてくれたことで、船には被害なく宝箱を回収することができた。
「うまくいったな!」
「だな!魔物に襲われるのが問題だが、宝箱を見つけた奴が目印を打ち込み、急いで休憩所まで戻って船を借りる方式にすれば問題ないだろう。というかこれ以上を求めるなら、船や回収する魔道具の性能や仕組みを変えないといけないしな」
「そうだな。とりあえずしばらくはこれで対処してもらおう。組合の人もいいか?」
「はい。回収は確認できましたし、手順もそれほど複雑ではありません。見えないところにある宝箱に鉤爪を引っ掛けるのには慣れが必要でしょうが……」
「そればっかりはどうしようもねぇな。宝箱に自ら吸い付く素材でもありゃ回してくれ」
「聞いたことがないですね」
「まぁな」
工房のおじさんたちと組合職員が盛り上がっていた。
今回ウチらは護衛だけで、宝箱の所有権は依頼を発した組合にある。
見つけた人も組合職員らしく、小船だけの試運転の際に発見したらしい。
戦闘が終わったら人員を回収して、沼地へ入った場所に戻り、宝箱を開けることになっている。
良いものが出たら参加者が優先的に購入できるので、何か美味しいものが作れる道具でも出てくれないかと考えているうちに陸地へと辿り着いた。




