農村の騒ぎ
ウヒカを経って4日目。
主に砂漠方面へと輸出する食料生産が盛んな農村に日が暮れる前に到着し、馬車を降りて伸びをしながら広場でぼーっとしていると、馬に乗った人が村の中心へと駆け込んできた。
「誰か戦える人は居ないか?!俺の村が危ないんだ!」
馬からどさりと転げ落ちて、近くの人に掴み掛かったおじさん。
よほど急いだのだろう。
足はガクガクと揺れつつも、掴んだ手は離さない。
掴み掛かられた方はとても迷惑そうだが。
それでも言われたことは聞こえていたようで、周りにいる人へ向けて声をかけた。
「村長を呼んで来てくれ!あと請負人の集団がいただろう!そのリーダーもだ!あんたは一旦休め!おい!水だ!水を持ってきてくれ!」
「馬は任せろ!」
「頼んだ!」
村の外から来た人用の宿屋が密集している広場で、手続き中のガドルフを他所にのんびりと空を眺めていたウチらの前で繰り広げられるやりとり。
あからさまに武器を持っている請負人たちには近づかず、しっかりと村の住人に声をかけているあたり冷静なのかもしれない。
あるいはただ単に距離の問題だったのかもしれないけれど。
そしてざわざわと人が集まり始めたら、娯楽の少ない農村ならば、宿の手続を後回しにした店主とガドルフが出てくる。
店主のおじさんはワクワクした表情を隠しもせず、村人の方へと何事か聞きに行った。
放置されたガドルフは、心なしかいつもはピンと立っている狼の耳が垂れているようにも見えなくもない。
馬車の移動は体が動かせないため、元来動きたがりの獣人にはストレスが溜まる。
ようやく腰を据えて休めるところだったのに、上手くいかなくて気落ちしているのかもしれない。
ガドルフの休憩は訓練で体を動かすことだけど。
「何が起きたんだ?」
「なんか馬に乗った人がやってきて、自分の村が危ななったみたいなこと言ってたで」
「魔物に襲われたのか?」
「さぁ?詳しくはもうちょいしたら話くるんちゃう?戦える人のリーダーうんぬん言うてたし」
「そうか。ありがとう」
ガドルフが人だかりとなったところへ向かった。
後で話を振られるならば、最初から参加した方がいいと判断したのだろう。
ウチはまとまった話を聞ければいいから、今のうちに村で作られた新鮮な野菜を眺めに行くことにした。
この場に居てもやることがないから、食料の確保に動いた方がいいだろう。
場合によっては村まで強行軍になる場合もあるし、休憩前だからみんなお腹が空いているはずだ。
シルヴィアと一緒に向かった市場では、野菜以外にも卵や鶏肉、周辺の草原で取れる花や、近くの川で獲ってきた魚なども売られていた。
他にも薬草に魔物の皮、草を編んだ籠などの日用品から、なぜかよく見かける形の武器がいくつかあった。
道中の戦闘で壊れた時のために、緊急時用の武器として売っているそうだ。
ちなみに販売しているおばさんは並べている武器をある程度扱えるとのこと。
整備した後に素振りやら試し切りやらするためだった。
ちなみに、村の用心棒的なこともしているらしく、シルヴィアが言うには自分より強いかもしれないとのこと。
恐るべし農村のおばさん。
「ここにいたか」
「話は終わったっすか?」
「ああ。キュークスとアンリはどこに行ったんだ?」
「馬車から降りたのは見たっすよ。その先は知らないっす。ベアロもっす」
「ベアロは酒場だ。キュークスたちを見つけたら、宿前に集合と伝えてくれるか?俺は向こうを探してくる」
「わかったっす」
青空市場に現れたガドルフは、シルヴィアにアンリとキュークスを探すように伝えると戻っていった。
ウチらもどこに行くか伝えていないのに見つけられたのは、ひとえに今までの行動のせいだろう。
暇になるたびに食事どころや市場を彷徨くとパーティ内で評判のウチと、それに付き合うシルヴィアのペアだ。
シルヴィアは護衛兼荷物持ちとして来てくれている。
そんなシルヴィアがウチへと屋台で買った料理を渡して、市場よりも奥の方へと駆けて行った。
人探しなどの急ぐことに関してウチは戦力にならないから、買った料理をミミと分け合ってのんびり過ごすことにした。
ミミは村で休憩のたびに馬車の掃除をしているから見つけやすい。
「ミミ、進み具合はどない?」
「もうすぐ終わるんだよ!」
「手伝いいる?」
「いらないんだよ!」
「わかった。じゃあそこの樽のとこおるわ」
樽に料理を置いて、せっせと掃除するミミを見ながらぼーっとする。
気づけば村人のほとんどが居なくなり、一緒に移動していたトドメ組もある程度固まって広場で過ごしていた。
それぞれ武器の手入れや保存食で食事を済ませている中、掃除を終えたミミとウチは市場で買って来たスープと串焼きを食べた。
少しすると市場で注文した保存食をおじさんたちが運んできてくれたから、これでいつ出発しても問題ない。
「待たせたな」
「おかえり。アンリさんとキュークスは何してたん?」
「散歩ね」
「散歩」
「別々で?」
「そうね。わたしは軽く走るタイプで、アンリは歩くタイプだから」
「散歩で軽く走るん?」
「ええ。獣人だとそんなものよ」
ガドルフを見ると頷かれた。
ミミを見ても頷かれたから、体を動かすのが好きということだろう。
遅れて木のジョッキを片手にベアロがやってきたことで、請負人が全員揃った。
ベアロ以外にもジョッキを片手に集まっている人がちらほらいるのはご愛嬌だろう。
休憩だと酒に走ったら召集されてしまったから、頼んだ物が勿体無いのもわかる。
「集まってくれてありがとう。この村から南にある農村で、魔物の被害が出た。可能であれば討伐してくれとの依頼だ」
「規模はどのくらいだ?」
「大型の魔物が1体。それに使役された小型が大量らしい」
「魔物の種類は?」
「使役されているのは野菜。大型はプラント系だ」
「野菜の魔物か……もしかして報酬は……」
「想像通り、現物の野菜払いとなる」
「まじかー」
「面倒だな」
「せめて肉が良かった……」
「うまいとはいえ野菜だからな……」
おじさんたちは野菜の魔物と聞いた瞬間やる気が無くなった。
戦った報酬が倒した野菜になるようで、大量の野菜があっても扱いに困るのだろう。
ウチは以前聞いた魔物化したら普通の野菜より美味しいという情報でやる気が上がっているのだけど、このままでは依頼を受けない人が出てくるかもしれない。
数が多いと戦闘が長引いて怪我の可能性が上がるから、できるだけ参戦してほしい。
「野菜いらんのやったらウチらで買い取る?美味いんやったら屋台で使うで」
「ふむ。ありだな。魔力が多く含まれているから日持ちもするだろう。報酬もあるから払うこともできるな。エルはいいのか?村から人が逃げ出すぐらいだから馬車数台分ぐらいになるかもしれないぞ」
「その時は途中の村で売ったりするわ」
「わかった。その方向で伝えよう」
ガドルフに周知してもらった結果、野菜ではなく金のなるならと全員が参加してくれることになった。
そして、手早く準備を済ませて、村に泊まらず帰りの道とは違う方向へ進みだす。
御者は各自交代で、馬車の中で寝て進む強行軍だ。
助けるのが遅くなって犠牲が増えるのは良くないと全員一致の判断だ。
そんな馬車の中で、ウチとミミはどんな野菜が魔物になったのか話し合っている内に眠りについた。




