さらばウヒカ
迷宮から戻って3日経った。
帰った翌日は頭痛に苦しむシルヴィアを、もっと飲んでいたのに平然としているアンリと一緒にからかって過ごし、昼からはミミの手伝いに出た。
翌日は屋台に加えて消耗品の点検や武具の整備を行い、魔物が溢れなくなったウヒカの市場を堪能。
少し値上がりしているものの、活気のある市場でピクルスや珍しい花、変わった食べ物や普段見かけない柄の布を購入した。
そして3日目となる今日は、近隣の村の依頼をこなしていたガドルフたちが帰ってきたから、精算を済ませて出発準備を整えることになった。
とはいってもガドルフがウチらの代表としてやってきて、アンリとシルヴィアはウチの魔石の研究、キュークスはアンデッドドラゴンの骨で作る棍について考えていて、ベアロは重さを増やせる斧の素振りに行っている。
ミミは屋台の片付けと、この街で雇った子たちへのレシピ伝授だ。
通常レシピはお金を取るものだけど、仲良くなったからと大盤振る舞いするところはさすがミミ。
もちろんウチに許可を求めてきたから、即座に承諾した。
美味しいものが増えるのはいいことだから。
「いやー、本当に助かった!ありがとう!報酬は弾めないが、買取の方は迷宮泊にも掛け合って色をつけてもらったからな!」
「報酬弾めへんねや」
「そりゃそうだろう!契約金は決まってる!特にイレギュラーがあった訳でもないし、ただ単に階層主が想像以上だっただけだ。依頼の内容も氾濫の停止で、そこに至るまでにどれだけ戦闘があっても、氾濫を止めなければ依頼は失敗か、遅滞戦闘の報酬止まりだ」
「ふーん。まぁ、難しいことはええわ。要は依頼達成お疲れさん。報酬は満額払うでってことやな」
「そういうことだ。失敗して途中帰還だったら半額ぐらいってことだな」
「ふむふむ」
組合長のドゥーチェから報酬の入った皮袋を受け取る。
他のトドメ組は帰還した翌日には受け取っていて、ウチらが最後となった。
リーダーのガドルフがいない状態で受け取るのは問題になりかねないし、そもそも依頼票はガドルフが持っていた。
迷宮に入る時に余計なものは持ち込まないほうがいいだろうとの判断だ。
そのガドルフも日常品と一緒に宿の部屋に置いていたけれど。
「それで、あー……アンデッドドラゴンの素材買取なんだが……ぶっちゃけるとまだ値段がついてない」
「またそのパターンか」
「前もあったのか?」
「ライテ小迷宮の新しい階層主がめっちゃでかいスライムやねん。ほんで、そのスライムの魔石がデカくて色んな属性持ってるから使い道できへんと値段つけられへんらしいわ」
「おー、あっちはそんなことになってんのか。ここはそこまでかからんと思うが、アンデッドドラゴンでどういった物が作れるかどうかわからないとなぁ。使い道が決まらないと値段がつけられないのはこっちも同じだ」
「まぁ、せやろな」
使えない物にお金は払えない。
それは当然だ。
美味しくないけれど食べられる食材、硬すぎて加工できない甲羅、重いだけの岩の塊、ボロボロの剣や鎧、細長い針状の葉っぱなど色々ある。
どれも発見当時は盛り上がったけれど、職人が匙を投げたら買取金額が下がり、請負人が取らなくなる。
見習い上がりや新しく来た人が時たま取ってきては、買取金額を聞いて肩を落とすのが話題の種になるほど。
アンデッドドラゴンの骨や鱗なども同様で、職人が削ったり加工できなければ使い道がなく、そうなると値段がつかない。
「まぁ、珍しい素材だから献上品として迷宮伯が買い取ってくれるだろう」
「献上するん?骨を?」
「骨と大きめの鱗だな。献上先はもちろん国王様だ」
「あー、アレか。珍しい素材はとりあえず献上するやつ」
「言い方が悪いがそうだ。どんな物が取れたのか報告も兼ねて献上し、周囲の国に宣伝するのが仕事だからな。迷宮伯はもう一度取れたものを家に飾ることになるだろう」
「えー?骨飾るん?気持ち悪ない?」
「訪れた人への話題にもなるし、迷宮を管理する方としても必要なことだろう」
「そういうもんか」
自分の管理する迷宮で取れる物を飾って街の貴族や国内の貴族に宣伝する迷宮伯。
その迷宮伯から献上されて他国に宣伝する国王。
そしてその情報を元に買い付けに来る商人たち。
詳しく聞くと色々面倒そうなので、あとはガドルフに任せることにした。
「買取ってもらえたらウルダーの組合に連絡する手筈にしている。あとは騎士団長たちからの要望で、エルの魔力が入った魔石を大量に欲しいとのことだが、いいのか?」
「エルが良いならな」
「ええで。その方がアンデッドドラゴン倒しやすいらしいし、大剣も1本買い取って貰えたからサービスや」
「騎士団側に得すぎるんだが……」
「溢れるたびに呼ばれる方が面倒やわ」
「それはそうだな。わかった。当人が納得しているなら問題ない」
ドゥーチェの話した内容は、この街の迷宮騎士団に対アンデッドドラゴン用として、大剣とウチの魔石を売ったことだ。
相手の魔力を無視して斬りかかれる大剣は効果絶大で、軽く模擬戦をしただけでも並いる騎士を圧倒できた。
対策は避けるか、魔力なしでも圧倒的に硬い何かをぶつけるしかない。
それこそ硬すぎて加工できない甲羅などだ。
ウチらが受け取った2本の大剣のうち1本が騎士団の買取り、組合に売られた腕輪は王国内のオークション、大剣は組合管理でアンデッドドラゴンに挑む請負人に有料で貸し出しということになっている。
組合管理の大剣は大金を払えば買い取れることになっているけれど、制限としてアンデッドドラゴンを3回倒すことが条件になっているから、相当腕に自信がないと変われることはないだろう。
そもそも1度アンデッドドラゴンを倒さないと、購入資格も得られないし。
こういった魔道具の貸し出しは、組合だけでなく大きな団が請負人に対して行っていることでもあるそうだ。
ウチもいつかは魔石の貸し出しをするかもしれない。
まずは騎士団が要求している数を揃えることが先だけど。
「それじゃあ手続きはこれで終わりだ。本当に助かった。少し犠牲が出てしまったが、氾濫としては迅速に収まった上に素材としても期待できるから、少しは迷宮に人が来るだろう。き来てくれるといいな。いや、いっそのこと本部に掛け合ってしばらく派遣してもらうべきか?」
「なんか大変そうやな」
「不人気迷宮はどうしてもな。臭いをどうにかできれば良いんだが……」
「無理やろな」
「無理だろうな。少なくとも獣人は近づかない」
「だよなー。獣人の戦闘力は欲しいんだが」
この街の迷宮が不人気なのは、ひとえにゾンビの放つ臭いのせいだ。
トドメ組は今回使った装備の大半を焼却して、新しく服を買い込んでいるし、アンリやシルヴィアも防具の下は捨てても良い服で挑んでいる。
ナーシャやエリザたちも、ゾンビがいる階層では捨てても良い服に着替えていたそうで、せっかくの報酬が服の購入費に消えると嘆いている女性もちらほら居た。
防具は沸騰したお湯に近隣の村から購入した花や、砂漠に咲く花を入れて煮込むことで臭いは取れる。
でも、服はゾンビの腐った液体が染み込んでダメになっていた。
ウチは固有魔法のおかげで全く問題なく、汚れひとつないいつも通りである。
大層羨ましがられた。
「それで、お前らはすぐに出るのか?」
「そうだな。道具や消耗品、食材を買い足してからになるが、数日のうちに出るつもりだ」
「そうか。こっちでできることで要望はあるか?」
「俺は特にないな。エルは?」
「美味いもんとその食べ方教えてほしいな。日持ちするなら嬉しい」
「食べ物か……。事務員に食事にうるさい奴がいるから、後で引き合わせよう。他には?」
「それぐらいやな」
「そうか。重ねてだが本当に助かった。次に会うときは氾濫じゃないことを祈っておくぜ」
「それはそうやな」
またこの街に来るとしても、今度は普通に来たい。
また氾濫するとしたらアンデッドドラゴンに勝てない時か、あるいは新しく階層が追加されて攻略できない時だろう。
そんなことにはなってほしくないなと苦笑いで返して、ドゥーチェと一緒に受付まで向かって食に厳しい事務員さんを呼んでもらった。
おすすめの食材と食べ方を教えてもらい、組合を後にしたら買い物と出発準備で2日使い、トドメ組と一緒にウヒカを後にした。
行きより少しだけ人数を減らして。




