エルの魔法剣(小)
トドメ組との精算話は簡単に終わった。
道中の素材は当初決めていた通り頭割り、アンデッドドラゴンの素材はウチらだけが貰い、全員に素材の運び賃として酒場で奢ることになった。
アンデッドドラゴンの骨だけでも運ぶのに苦労したから、その対価としては当然だろう。
一仕事終えて騒ぎたいという気持ちもあるだろうけど。
「エル!無事だったっすね!」
「良かったんだよ!」
「シルビアさん!ミミ!2人もお疲れさん!」
ウチらが戻ってきたことが知れ渡っていたからか、迷宮前広場を出たところでシルヴィアとミミが駆け寄ってきた。
お互いに労い合い、組合近くにある大きな酒場へと向かう。
請負人がよく利用することもあって、酒の貯蓄に食事の量も半端ないお店で、味も悪くない分少し高い有名店らしい。
帰還したトドメ組から数人先に出て、席を押さえてくれているはずだ。
「おーい!こっちだこっち!」
「料理は先に注文しといたぜ!」
「主役はこの席だよ!」
店に入ったらトドメ組の請負人から声をかけられた。
用意されたテーブルは壁際一帯で、ウチらはその真ん中のテーブルとなり、周りをトドメ組が囲む形になった。
さっきも囲まれたばかりだけれど、最近多い気がする。
迷宮では魔物に囲まれたし。
「シルヴィアも道中お疲れさん!それに、屋台街の革命児もいるじゃねぇか!お前さんの料理は他の店でも話題になっていたぞ!」
「そうそう!先に戻ったやつから聞いたけど、最初は端っこの小さな屋台だったそうじゃないか!それが日に日に中央に近づきながら大きくなり、果てには孤児院の子ども達を雇って2つ3つと屋台を増やす!半獣だからと馬鹿にしていた奴らが手のひら返して食おうとしても周りが止めたなんて聞いた時には、この目で見たかったと悔しくなっちまったよ!よくやった!」
「ありがとうだよ!」
請負人のお姉さんにミミが頭を撫でられた。
この人はウルダーでもミミの屋台に足繁く通っていて、細かい味変まで聞く仲になっている人だ。
たまにある子どもを恫喝する人たちを遠ざけてくれる一団の1人でもある。
ウチらが中心となって派遣されることになったから、できるだけ仲がいいパーティが良いとウルダー組合長に伝えた結果だ。
中には全く知らない人もいたけれど、そういった人は組合長推薦の、半獣に忌避感のない人だった。
そんな人のパーティで亡くなった人が出たのは悲しいけれど、その人達への追悼の気持ちも込めて馬鹿騒ぎする。
もちろんウチとミミは果実水でだ。
「へぇ。戻ってきた後にそんなことしてたんだな」
「せやねん。魔道具って使わんと効果わからんやん?だから研究してる人は大変やと思うわ」
「違いない。こっちは完成した魔道具を使うだけで十分だ。うちにも大剣使いはいるが、わざわざ武器を魔道具にするよりも、素材として頑丈なものや切れ味のいいものの方がいい。魔道具系の武器は魔石の交換と、いざという時の魔力切れが面倒なんだよ」
「あー、そういう問題もあるんか……。確かに戦ってる時に交換なんてできへんわな」
「そうだろう。だから、俺たちのような中堅に手が届く程度の奴よりも、大迷宮で活躍しているような奴らに売るといい」
「おっちゃんは大迷宮行かへんの?」
「行ったことはあるぞ。ただ、あそこは迷宮は広くて色々な環境があるわ、魔物の種類は多いわ、請負人も多くて揉め事も多いわ、迷宮から出ても人が多いわで疲れるんだよ。俺は中迷宮でのんびり戦う方が合っていたんだよ」
「そういうもんかー」
「あぁ。そういうもんだ。エルの嬢ちゃんもあと30年ぐらいしたらわかるさ」
「おー。めっちゃ先やな」
「いや、気づいたら経ってるのが年ってやつさ」
おじさんが苦笑いで答えた。
飲み物が配られ、それぞれ満足するまで食べた後は、最初の席なんて関係なく請負人が入り乱れた。
ウチの前にはトドメ組の中でも攻撃重視だったパーティのリーダーが移動してきた。
そして話題はアンデッドドラゴンを倒して手に入れた大剣のことになり、年長者らしく落ち着いてアドバイスをくれた。
これが若い請負人の場合、使わないなら安く譲ってくれと言ってくることもあるらしく、そういった面倒なことに気をつけろと助言してさっていった。
なぜか若干くたびれて見えたけれど。
「エル」
「シルビアさん。なんかご機嫌やな」
「お酒も料理も美味しいっすからねー。それよりアンリから聞いたっすよ。大剣の効果。エルの魔力が大活躍じゃないっすか」
「せやな。ウチもびっくりやわ。せやけど、ウチらでは大剣使わんし、あんま意味ないかな」
「それはそうっすね。でも、それは大剣に限った話っす」
「ん?どういうこと?ライトスティックにウチの魔石でも使うん?」
「惜しいっすね。魔道具に使うのは合ってるっすけど、使う魔道具が間違ってるっす。使うのはこれっすよ」
言いながらシルヴィアが出したのは、入れた魔石によって出現する剣が変わる魔法剣の魔道具だった。
水の魔石を入れたら水の刃が、火の魔石を入れたら炎の刃が生成される持ち手だけの魔道具だ。
そこにウチの魔力が入った魔石を入れたら、ウチの魔力で刃が生成されるかもというわけだ。
大剣の刃の部分だけしか覆われないのと違って、刃全体がウチの魔力になるのだから、なんとなく効果も高そうに感じる。
上手く生成できればだけど。
「早速試してみるっす」
「いやいやいやいや!ここ酒場やで!あかんって!」
「大丈夫っす!ちょっと起動するだけっす!」
「それでもあかん!あ!さてはシルビアさん酔ってるな!誰かおらんか……あ!アンリさん!助けてや!」
ごそごそと魔道具を取り出そうとするシルヴィアを止めつつ周囲を見ると、お酒の入ったコップを片手にぶらぶらしていたアンリがいたので助けを求めた。
「何?」
「シルビアさんがウチの魔力が入った魔石で魔法剣の魔道具使おうとしてんねん!あかんやん!」
「なぜ?危害を加えないなら問題ない。それに、わたしも見たい」
「あかん!アンリさんも酔ってる気がする!シルビアさんと違って顔赤なってないけど!」
「はい。魔石」
「ありがとうっす!」
「協力してるし!」
「まぁまぁ嬢ちゃん、魔道具起動するぐらいなら問題ねぇよ。暴れなければな」
「そうっす!確かめるだけっす!暴れないっす!上手く入らないっす!」
「わたしが入れる。はい」
「どうもっす!」
アンリがそのまま起動すればいいのではという考えが頭をよぎったけれど、酔っ払いに意見するのは得策ではないため諦めた。
キュークスの場合はベタベタとくっつかれて暑苦しい思いをしたから、近づかずに注意するぐらいが正解だ。
固有魔法が発動しないということは、面倒と思いつつも嫌じゃないし危険もないのだろうけど。
「んぁー……魔力が流しづらいっす〜」
「酔ってるからやろな。飲んだことないから想像やけど」
「お!流れたっす!んー?なんか小さいっすね」
「ナイフぐらい」
「短剣を出す魔道具なのか?」
「違うっすよー。いつもならロングソードぐらいの剣が出てくるんすけどー」
おじさんの質問に違うと返したシルヴィアの手には、刃渡が短剣よりもナイフに近いほど短い剣が出現した。
色は淡いオレンジで、特に暑くも冷たくもない。
薄らと光っているから、暗い場所でも明かりにはなりそうだけど、わざわざウチの魔力を使うぐらいならライトスティックでいい。
剣が出たのだから終わりでいいだろうと言いたかったけれど、アンリとおじさんが真剣に剣を眺め始めたから言い出せず、シルヴィアは何が面白いのかケラケラと笑っている。
「これは大剣の魔道具と同じ効果になるんじゃないのか?」
「恐らく。もしかすると刃全てがエルの魔力だから効果も高いかもしれない」
「効果が高くても刃渡が無ければ大物には辛いな」
「確かに。ただ、大抵の獣なら腕や足の腱を切って動けなくさせて、首落としたりできる。魔力や強化を無視して動けなくできるのはいい。腕や足は素材になりにくいから無駄にしても懐は痛まない」
「確かにな。毛皮をとるにしても腕や足は量が取れないし、食える肉も少ない。ありだな」
「そうっすよねー。ありっすねー」
ぐわんぐわんと頭を揺らしながら答えるシルヴィア。
話すよりも魔道具を離してほしい。
同じことを思ったのか、アンリがさっと魔道具を取り上げると、返してほしいっすーと言いながら手を伸ばしたシルヴィアが机に突っ伏して動かなくなった。
どうやら寝てしまったようだ。
・・・ウチはお酒飲めるようになってもこうはならへんからな!




