ウチの魔力入り魔石
素材の分割運搬、休憩所の撤収も終わったことで、ウチらは全員帰還の魔法陣で迷宮から出た。
帰還の魔法陣の周囲は空けられているけれど、広場の各地は戦闘の跡でボロボロだった。
迷宮を囲む石壁も一部が崩れていて、少しだけ街並みが見える。
地面には素材の山がいくつもあり、その一角に今回の探索で途中離脱した人たちが運んだ物が、区別されておかれていた。
アンデッドドラゴンの素材もウチら用の場所に持って来られていて、周囲には人だかりができている。
中でも頭部の骨に見応えがあるようで、ハリセンのせいで腐肉が弾け飛んで綺麗な頭骨が顕になっている。
残念ながら魔力が抜けているため、上半分は素材に使えない。
それでも、この街の迷宮伯であれば飾るために買い取るはずと騎士団長が言っていたけれど。
「すごい人気やな」
「ようやく倒された階層主。誰もが見たいと思うはず」
「せやな。ジャイアントスライムの時もみんな気にしとったし。それにしても、これで氾濫は終わったんやろか?」
「そのはず。わたしも氾濫は初めてだから詳しくない」
迷宮入り口付近を見ると、まだ警戒の人員を立てていた。
しかし、その人数は数人と少なく、むしろ周囲で倒された魔物の処理をしている人の方が多いぐらいだ。
どうやら迷宮から魔物が出てくるのは止まっているようで、念のための警戒らしい。
そんな警戒担当もウチらを見るとにこやかに手を振ってくれるのだから、振り回された甲斐があったというものだ。
めちゃくちゃ楽しかったけど。
「これからどうやってアンデッドドラゴン倒していくんやろな。ウチずっとこの街おらんし、しばらくしたらまた溢れるんちゃうん?」
「それはこの街の人が考えるべきこと。エルがいなくても時間をかけたら倒せることはわかっている。腕の切れた」
「せやな。あの要領でどんどん切っていけば倒せはするやろな。まぁ、腕切ったんもこの街の人ちゃうけど」
「確かに……」
アンリも気づいたようだ。
アンデッドドラゴンをボコボコにしたのはウチのハリセンで、腕を切り落としたのはエリザの炎を吹く大剣。
騎士団長は指揮に注力していたし、この街の請負人はトドメ組にすら参加していない。
この街所属の熟練の請負人と思わしき請負人たちも、アンデッドドラゴンの骨を見て無言で佇んでいる。
自分たちで倒せると言ってくれたら良いけれど、表情からしてその可能性は低そうだ。
「ほんまにこのまま帰ってもええんかな?」
「少し待ってほしいね」
「ん?お、ナーシャさんやん。素材の分配は終わったん?」
「揉めてるね。まずは強度や特性を確認してからということになったから、後数日はここで待機になるよ」
「なるほどなー。使える物やったら自分らで持って帰りたいもんな」
「そういうことさ。特に骨は打撃系の武器に合いそうだから、削り出してハンマーや棍棒にすると良いかもしれないよ」
「ふーん。キュークスの棒にするのありかもなー」
キュークスの武器は身長よりも長い木の棒の両端に、金属で補強した棍だ。
アンデッドドラゴンの骨が優秀なら贈っても良いかもしれない。
「と、その話しも楽しいけれど、エルに話しかけたのは別件なんだ」
「ほうほう」
「エルの固有魔法って無意識で垂れ流しているんだよね?」
「せやな。ハリセンは自由に出し入れできるけど、守ってくれる方は一回だけ暴走?したことあるぐらいや」
「それは恐らく無意識で魔力の発露をしたんだろうね。力を込めていつもより生成される魔力を増やす方法さ。反動でしばらく生成される魔力が減るんだけど、ここぞという時に魔法使いが使う手だね」
「ほー。しばらく固有魔法使えんくなったからそれやろな。名前あったんや」
「初耳」
「魔導国由来の呼び方だね。こっちだと魔力の暴走かな」
「それは聞いたことがある」
「へー。場所によって呼び方ちゃうとか面倒やな。どっかで統一してほしいわ」
「本当にね。って、また話が逸れたよ。えーっと、魔力が垂れ流されているか確認したから……。そうそう、エルの魔力が籠った魔石はないかい?水生みの魔道具を使い続けて、水属性の魔力の代わりにエルの魔力が入ったやつとかだね」
「あー、そういうのは全部アンリさんが回収してるで」
アンリを見ると頷いた。
ウチの研究をすると言ってパーティに入ったアンリは、魔道具にウチの魔力が入った魔石を入れて効果を確かめたりしていた。
ウチの魔力なだけあって、簡易の守りみたいな効果が得られるのはわかっているけれど、それに頼りすぎるのも良くないということで誰にも渡していない。
迷宮で誰かに水を出すこともあるけれど、そういった人の魔石はウチの魔力だけになることがないから回収していない、というか説明が難しいからできないし、説明したら欲しいと言われそうなので放置している。
もしかしたらどこかで誰かが気づいているかもしれないけれど、わざわざウチを追いかけてくる程でもないだろう。
追いかけて来られても拒否する。
「ある。今回もいくつかできた」
アンリを見ると腰の魔石ポーチからいくつか取り出し、そこから選別した3つを差し出してきた。
魔石の色は薄いオレンジ色で、アンリいわくウチの背中から溢れている魔力と同じ色だそう。
水が出なくなったら魔石を交換し、帰宅したら魔石の整理を行う。
それが残りの魔力を見ようと思えば見れるアンリの担当になっているから、あまり気にしたことがなかった。
「1つ貰ってもいいかい?試したいことがあるんだ」
「エル、いい?」
「ウチはええけど、何するかは知りたいな」
「構わないよ。むしろ見てもらった方がいいだろうね」
そう言ったナーシャはアンデッドドラゴンを倒した後に手に入れた腕輪の魔道具を取り出した。
そこにウチの魔力が入った魔石を嵌め込んでから腕に着け、おそらく魔力を流した。
見た目には何も変わらず、風が怒ったり暖かくなったり寒くなったりもしていない。
不思議に思い手を伸ばしても、何の抵抗もなく触ることができた。
ぺちぺち叩いても問題ない。
これはウチの脅威不足なのだろうか。
首を傾げながらぺちぺちしていると、アンリが教えてくれた。
「エルの魔力に包まれているところに、エルの魔力で包まれたエルが攻撃しても弾かれない。エルの魔力が同化している」
「エルいっぱい出てきてわかりづらいな……。とりあえずウチには効果がないってことか」
「そう。わたしが試す。ナーシャ、いい?」
「もちろん。魔力が見えるアンリに任せた方が間違いがないからね」
ナーシャから許可をもらったアンリが手のひらほどの大きさがある石を拾い、結構な勢いで投げた。
会話する距離で投げられた勢いのある石は、ベテランの請負人ですら防御できるかどうかというところだろう。
投げた瞬間にガンッと音が鳴るぐらいだからだ。
しかし、石が当たったはずのナーシャの腕は微動だにせず、逆に石が割れるほどだった。
つまり、ウチに向けて攻撃した時と同じように、弾かれた反動で割れたということだ。
「おー!ええやんええやん!ウチ以外の人もうちと同じことできるっちゅうことやん!」
「それがそうでもないんだよ。問題は魔石に込められる魔力量さ。このぐらいの大きさだと、階層主戦では使えないね。この腕輪の魔道具も全身に纏うから消費も激しいから、盾や小手の部分的な魔道具の方が良いかもしれないよ」
「それだと毒に対応できない」
「そう。その時は腕輪じゃないとダメなんだ。選択が難しい上に、垂れ流しだからエルに魔力を込めてもらうことも難しい。だけどね、本題は腕輪じゃなくて大剣の方なんだ」
「守りじゃなくて攻めに使うってこと?大剣にウチの魔力纏わせてもハリセンみたいにはならへんのちゃう?知らんけど」
あれはウチの魔力の塊で叩いている。
剣の刃に纏わすだけで、相手の魔力を吹っ飛ばせるとは思えない。
せいぜい抵抗をものともせずに切れるかもしれない程度だろう。
なんとなくだけど。
「それを試してみたくてね。アンリがいれば魔力の動きもわかるし、色々試してみたいんだ」
「わかった」
「即答やな。まぁ、そうなるやろうけど」
移動したのは迷宮前広場の端にある開けた場所で、ナーシャはウチらを案内した後色々準備があるからと離れていった。
少しすると宝箱から出た大剣を持ったエリザとビシッとした人、荷物を運ぶために数人のおじさんがスケルトンの剣を持ってやってきた。
他にも迷宮騎士や数人の請負人が見学するようで、ウチらを囲むように少し離れて並ぶ。
そして始まる検証は、ナーシャが構えるスケルトンの剣にエリザが大剣を叩きつけ、その時の魔力をアンリが見て伝えるというものだった。
「まずは魔力なしで。身体強化は程々でね」
「わかっていますわ」
「エリザは言っておかないと全力で強化しちゃうでしょ」
「昔の話ですわ」
過去に何やらあったようだ。
そうして始まったのはとても見応えのあるものだった。
お互い武器に魔力を流していない状態で、エリザが大剣を真上に構え、一息に振り下ろす。
キンと高い音が響いたと思ったら、スケルトンの剣が折れていた。
それを支えていたナーシャも凄いけれど、エリザも凄い。
エリザの表情が誇らしげに見えるのは気のせいだろうか。
「エリザに頼むのは間違っていたかもしれないね」
「わたくしの腕に不満があって?」
「腕が良すぎるのも問題ってことさ。じゃあ次は魔力を流してみるから、エリザは流さないで振り下ろしてもらえるかな?」
「いいですわよ。ただ、それでこちらの剣が刃こぼれしても知りませんわ」
「いいよ。それは僕の取り分だからね。最悪ボロボロになっても、研究には使えるさ」
「ならいいわ」
会話しながら次の準備を行い、またしてもエリザが大剣を振り下ろした。
今度はスケルトンの剣の半ばまで刃がめり込んでいて、切断には至らないまでも、身体強化だけで魔力で強化した鉄の剣を壊しかけている。
そして次はメインの検証となり、エリザの持つ大剣にウチの魔石を嵌め込む。
大剣に流す魔力は最低限で、刃ウチの魔力を流した状態でどうなるかが重要だと。
「いきますわよ」
「いつでも」
エリザが踏み出しながら息をふっと吐き、剣を振り下ろす。
対するナーシャはスケルトンの剣に流せるだけの魔力を流して耐えようとした。
結果、音もなくスケルトンの剣が真っ二つになり、大剣の先が地面を裂いて半分埋まってしまった。
起きたことが頭に入ってこない周囲の人は何も話さず、ジッと大剣を見ている。
それを成したエリザも大剣から手を離し、呆然としていた。
それを他所にアンリとナーシャがいくつかやりとりして、何やら結論が出たようだ。
「僕の予想した動きの中で、1番いい結果が出たよ。エルの魔力で剣の魔力を押し返して、刃を直接当てる動きだったね。これによって僕が強化のために流していた魔力と素材の魔力を押し分けて、鉄そのものに対して大剣が振り下ろされたんだ」
「つまり?どういうこと?ウチようわからん」
「大剣の魔道具にエルの魔力が入った魔石を嵌め込んで使えば、相手の魔力強化を無視して、さらに素材の魔力も無視して切ることができるのさ。受けたら切られる大剣なんて反則もいいところだよ」
「それは凄いな!」
「そう上手くいけばいいのですが、そうはいかないようですわよ」
「どうしたんだいエリザ。何か問題でも?」
「ええ。これを見てくださいまし。魔石はさっきの一撃で一気に魔力を消耗しましたわ。ほぼ空っぽになっていますわ」
「さっきの一回で?アンリ、魔石の魔力は十分だったよね?」
「防具に試したものとは別の魔石。十分入っていた」
「そうなると消費が激しいタイプかな。火の魔石も着火で使うのと放射で使うのじゃあ消費が違うから、守るのと切るのでは消費が違うのかもね。もう少し検証しよう」
そうして防具も含めて色々な検証を行った。
大剣をゆっくり下ろして、徐々にスケルトンの剣を切ったり、魔法を切ったり。
守りも物理に魔法、誰かに放り投げられたりと試した。
その結果、切るのも守るのも、対象の魔力が強ければ強いほど消耗するのがわかった。
魔石の魔力が足りなければ切っている途中で切れるし、守りの場合は防ぎきれず防具で押さえることになった。
それでも相手の魔力を無視して切れるのだから、大剣と組み合わせたら切り札としてとても良いと、騎士団長から対アンデッドドラゴン用に魔石をいくつか売ってほしいと言われたぐらいだ。
今まで溜めたウチの魔石のほとんどが、ウルダーの借りた家に置きっぱなしということで、後日送付するということで落ち着いた。
「僕もいくつかほしいね」
「数あんまないからなー」
「魔力が空の魔石を背中に押しつけてもダメかい?」
「やってみよか。アンリさんよろしゅう」
「わかった」
実験で魔力が空になった魔石を背中に押しつけてもらった。
しかし、垂れ流しの魔力がスッと入るわけではなかったようで、しばらく待っても全然溜まっていなかった。
アンリいわくほんの少し入っているようだけど、この調子じゃ数日かかるほど遅いらしい。
「残念だ。ある程度貯まったら僕にも送って欲しいな。大迷宮都市の白孔雀の輝き団宛に送ってもらえたら誰かが受け取るよ。もちろん買取でね」
「約束はできへんけど、めっちゃ余ったら売るわ」
「よろしくね」
「わたくしにもお願いしますわ。赤い薔薇の雫団宛で」
「よろしくてよ。めっちゃ余ったらやけどな」
「それで構いませんわ。それでは」
魔石の買取について軽く話した後、ナーシャとエリザが離れていった。
迷宮帰りだから色々することがあるのだろう。
ウチらも片付けや精算があるから、トドメ組のところに向かった。




