ウチ鞭、ムチウチ
「うおおおおお!ウチ!飛んどる!」
「ははは!抱えられてるだけなんだけどね!」
ウチはナーシャに抱えられてアンデッドドラゴンに向けて飛んでいる。
放り投げられる飛び方とは違い、周囲を見る余裕があってとても楽しい。
注意を引くためにアンデッドドラゴンの足元で攻撃している請負人や迷宮騎士、遠くから魔道具や魔法を放つ請負人、入り口を振り返るとこっちを見ている人がたくさん。
ウチの考えを話した結果、試してみようということになった。
その際に犠牲になったのはナーシャの団員で、脳天に良い音を響かせたハリセンによって、今は安らかに気絶している。
得体の知れないやつが団長の娘に近づこうとしているから警戒するのはわかるけれど、言い方というものがあるはずだ。
少なくとも俺を倒してから言えではない。
「団員がごめんね」
「いや、まぁ、ええけど」
「さて、そろそろ接敵だよ!気合い入れていこう!」
「よっしゃあ!」
思い出してムスッとしてしまったからか、ナーシャが謝ってきた。
もう少し近づけば残った腕の範囲に入るということで、ウチもハリセンを準備する。
ナーシャの飛行は白いコートの魔道具によるもので、風を生み出して浮かび上がることができるものだ。
それだけだとただ浮くだけで終わるため、改造して至る所に風を噴射する魔道具を付けている。
その魔道具によって空中の移動が行えるようになったそうだ。
その改造はナーシャが自分でしたらしく、アンリと気が合うのではとウチは考えている。
「接敵!動きが早くなるよ!」
「望むところや!」
「なんでかな?まぁいいや」
投げられるよりもゆっくり見れるけれど、ここは景色がいいわけでもない。
それなら勢いのある動きの方が楽しそうだ。
もちろん気を抜いて戦わないなんてことはしない。
しっかりとハリセンを握り、ナーシャがすれ違うタイミングで叩くつもりだ。
「もうすぐ!あれ?」
「なんや?なんで離れたんや?」
「すごく警戒されてるね。腕や体を攻撃されるよりも君のその手の物を睨んでいるように見えるよ。濁っていてわかりづらいけど」
「せやなー。なんや魔力を感知する能力でもあるんやろか」
あと少しで叩けるというタイミングで、アンデッドドラゴンは飛んで後ろに下がった。
ぼろぼろの翼でも勢いよく羽ばたけば相当な風が生まれ、突然のことに攻撃を加えていた請負人たちはゴロゴロと転がった。
浮かんでいたナーシャはモロに影響を受けるかと思いきや、ウチを前面に抱えているおかげで固有魔法の影響を受け、少しよろける程度で済んだ。
これが物理攻撃だったら固有魔法で軽減しても吹っ飛ばされただろうけど。
そして転がった請負人たちが体勢を整え、再度攻撃を加えてもアンデッドドラゴンは気にせず、ウチらのことばかり見てきた。
これは、明らかにハリセンを警戒している動きだろう。
「もう一度近づいてみるね」
「よろしゅう」
ナーシャのコートは風で浮かぶだけ。
そこに風を噴射する魔道具をいくつもつけて空中で移動している。
その噴射の魔道具は単発でパシュッと出すだけだから、避けるのはともかく追いかけるのは向いてなかった。
近づけど近づけどアンデッドドラゴンは飛んで距離を取る。
以前のように壁際へと追い立てても、角にはいかないよう気をつけているようで追い詰められない。
他の請負人の攻撃を受けてでもハリセンは受けないという強い意志がある。
かもしれない。
「あかんかったわ」
「僕の魔道具だと追いつけないね。今から改造するには素材不足さ」
ナーシャの魔道具に回数制限があるため、追いかけるのは早々に諦めて休憩所へと戻ってきた。
いつも間にか人と物資が増えていて、エリザやナーシャを先行させるために魔物を引き付けていた人たちが合流したのだと教えてもらった。
人が多くて手狭になっているけれど、団の人たちは戦意が高い。
逆にトドメ組は雑用をメインにしているぐらいだった。
「やはり長期戦しかないか」
「まだウチを投げるという手もあるけど……」
「それはナーシャ殿に抱えてもらうより速いかい?」
「どうやろ?」
「初速は投げた方が速い。でも、途中で失速する。恐らく逃げられる」
「角に追い込むのもできなくなっているからな……」
「エルを振り回せばいいのなら、わたくしできますわよ」
「素早くアンデッドドラゴンに当てるのだが、できるのか?」
「えぇ。わたくしの鞭であれば可能ですわ」
「ですわですわ」
「……ふっ」
「ナーシャ!」
「僕のことは気にせず続けて……」
ナーシャはぷるぷると震えていて、それに対してエリザがぷりぷりと怒りながら鞭を手に取った。
その鞭はドレスと同じように真っ赤だけど、戦闘中に伸ばした時ほどの長さはない。
せいぜい大人3人分程度だ。
あの時は10人分ぐらい伸びていた気がする。
遠かったからなんとなくだけど。
「これは魔力を流した分だけ伸びる鞭ですわ。これをエルに巻き付ければ、振り回して勢いをつけた状態でアンデッドドラゴンに当てることができるはずですわ」
「いや、それは人に使う方法ではないだろう」
「そうです。振り回して投げるだけで勢いがすごく、体への負担もあるのですよ。大人でも訓練中に意識を失うことがあるのに、エルさんのような子どもにそんなことをさせるわけには……」
「あら?エルの固有魔法はエル自身を放り投げても無事に済むものなんでしょう。でしたら鞭で振り回しても問題ないのではなくて?」
エリザの提案に騎士団長とピクルスの騎士が反論したけれど、言いくるめられてしまった。
2人もウチの固有魔法ならもしかしてと思ったのだろう。
ウチもそう思ったし。
話していても進まないから、投げる時にもやったテストをすることを提案して、休憩所の真ん中で試すことになった。
ウチの胸より下らへんで厳重に縛り、アンリ、ピクルスの騎士、エリザの後ろに控えていたビシッとしたおじさん、騎士団長のチェックを経て試す許可が出た。
「いきますわよ」
「いいですわ」
「そこはよろしくてよの方がいいですわ」
「そうなんや。じゃあ、よろしくてよー!」
ウチの声に合わせてエリザが鞭を思いっきり引く。
身体強化された腕の力で簡単に浮き上がったウチは、引っ張られる勢いそのままに軽くエリザの頭上を越えた。
そのままだとただ後ろに飛ぶだけになるけれど、エリザが駆け出して鞭をピンと張る。
軽く引っ張られるような感覚があって、その次にはエリザ側へと体が流れる。
そのエリザは足を止めて体を回転させ、ウチを振り回し始めた。
そして鞭に魔力を流すことで長さが伸び、広場の中心で回転しているにも関わらず、端っこ近くまで振り回されることになった。
これならアンデッドドラゴンに届くだろうと結論が出たことで鞭を縮め、引っ張る力を弱めて速度が落ちたところでアンリに受け止められた。
「いけそうやな!」
「振り回されていて気持ち悪くないのですか?」
「固有魔法が働いていた。エルにかかる負担を減らしていたように見えた」
「なるほど。さすが固有魔法ですね。よくわかりません」
ピクルスの騎士に心配されたけれど、気持ち悪くなることもなかった。
途中でこの状況が嫌だと考えたら鞭が解けるのだろうかと頭を過ったけれど、幸いにも外れることはなく、無事に受け止めてもらえた。
次は、本番だ。
「いきますわよ。他の方が足止めしているところにエルを投げ込むような形にしますわ」
「よろしくてよ」
「ナーシャ、牽制といざという時の補助をお願いします」
「わかった。気張らずやるよ」
「えぇ。任せましたわ」
ナーシャ、エリザと鞭で繋がれたウチ、アンリに迷宮騎士が多数と、大人数で階層主部屋に入る。
今は戦闘を中断したことで、回復に専念されることを防ぐための数人が戦っているだけだから、ウチらの護衛と注意を引くための人員として挑んでもらう。
まずは迷宮騎士が攻撃のため近づき、アンリが魔法を放って援護する。
その間にナーシャが浮かんで魔道具で補助している間に、エリザがウチを振り回す。
今回はエリザを中心にぐるぐると回るのではなく、ある程度勢いが乗ったらエリザの頭上で振り回してもらい、その状態で近づいて叩きつける作戦。
つまり、ウチがハンマーのようになるわけだ。
そして、遠くで振り回されているウチに警戒しつつも、近くで切りつけてくる騎士たちを無視することができず、準備が整った。
エリザが腕を振り回す先で振り回されるウチと、そんなウチを気にして迷宮騎士たちから攻撃を受けているアンデッドドラゴン。
「そこですわ!」
「行きますわ!」
「発音!」
ツッコミを入れながらも鞭に魔力を流して伸ばすエリザ。
まっすぐ飛ばさず、ぐるりと円を描くことで軌道を読ませず、ギリギリまで当たらないところを通過させる。
そしてアンデッドドラゴンの頭付近を通過してから魔力を流すことで、次の回転で当てるというわけだ。
「よっしゃ!直撃コースや!いくでぇえええ!!!」
エリザの調整は完璧で、ウチは勢いよくアンデッドドラゴンの顔に向かっていく。
ハリセンを出して構える。
振り抜くのではなく、勢いを利用して直撃させればいい。
そうしてアンデッドドラゴンの頭にウチごとハリセンが直撃した。
目も含めて弾け飛ぶ頭部。
残った下顎がゆっくり地面に倒れるかと思いきや、そのまま迷宮騎士たちへ腕を振り抜いて攻撃が続けられた。
倒したと思ったウチも驚いたし、気を抜いてしまった騎士たちは防ぎこそすれ、吹っ飛ばされた。
「何でやねん!頭失っとるやろ!」
「魔石だ!魔石が体内にあるはずだ!そこを狙え!」
「エリザさんもう一回や!次は身体狙うで!」
「わかりましたわ!」
叩きつけたことで止まっていたウチを、鞭を縮めることで引き付けて、その勢いを利用して再度振り回す。
目を失ったはずなのに的確に攻撃してくるアンデッドドラゴンは、さっきよりもウチを警戒していて、飛んで距離を取り始めた。
ナーシャが追いかけても意に返さず、上顎がないせいで
毒煙が収束せず撒き散らされる。
非常に戦いにくくなったけれど、何度かウチが振り回された結果、首、翼、体の順でハリセンを当てて何とか倒すことができた。
肉が減るたびに速度が上がり、翼がなくても飛ぶ姿にウチのツッコミが炸裂したけれど、誰も笑ってくれなかったのが少しショックだった。
胸付近を弾き飛ばしたことで魔石が放り出されたのがトドメとなっている。
「でかいなー。分裂する前のジャイアントスライムぐらいあるんちゃう?もしかしたらこっちの方が大きいかもしれへんけど」
「大きい。魔力も一種類で使いやすそう」
「せやな」
ジャイアントスライムの魔石の利用方法が確立されていないせいで値段も決まっていないけれど、アンデッドドラゴンの魔石は使い勝手が良さそうだからすぐに売れるだろう。
他にも剣を弾いた鱗や、苦しめられた毒を作り出した袋、翼の膜に強固な骨など、素材も多く手に入った。
階層主が倒されたことで迷宮の魔力が階層主の復活に使われて、時期に氾濫が収まるらしい。
これで依頼は終わりやけれど、この先アンデッドドラゴンどうやって倒すのだろうか。
素材が手に入ったから何かしらの手段が作られたらいいけれど。
ウチは解体を眺めつつ今後について話す騎士団や請負人を見ながら休憩した。
2024/11/15 追記
仕事が忙しくて思うように書き進めれていないため、次話から毎週水曜21時の週1更新にします。
持ち直したら週2に戻す予定です。




