ウチvsアンデッドドラゴン
煙を魔道具で階段上へと噴き上げ、怪我人の治療を行った。
一命を取り留めた請負人には絶対安静を言い渡して寝かせ、その他の腐食トカゲの皮ごと焼け爛れた人たちには薬を塗って布を巻いた。
幸い階層主ことアンデッドドラゴンがいる部屋を出たら追撃してこなかったから、体制を立て直す時間は十分にある。
盾に大量の腐食トカゲの皮を貼り付けたり、いざという時に煙を散らせるように皮袋の魔道具に無属性と風属性の魔石を大量に入れたりと、それぞれが思いつく限りの対策を練っていく。
しかし、毒煙と呼ぶにはいささか威力もありすぎる煙玉を吐く以外に行動を見れていないから、対策は見た目から考えるしかない。
爪や腕、噛みつきによる攻撃、尻尾による薙ぎ払い、翼はボロボロなので飛べないと予想された。
そうなると腐食トカゲを大きくして毒を強めただけに感じるから不思議だ。
どう考えても強敵だけど。
「ほんじゃあウチとアンリさんでもう一回偵察行くな」
「待って。まずはエル1人で行ってほしい」
「腐食トカゲの皮溶かすもんな。ええけど、ウチ遅いからまた毒こっちに来るかも知れへんで?危なない?」
「エルを投げるから大丈夫」
「それならええな。じゃあウチ1人っちゅうことで!」
座ったまま膝をスパンと叩いて勢いよく立ち上がる。
気合いを入れる仕草だけど、周りからは変な目で見られた。
反論したそうな迷宮騎士勢を無視してアンリに担がれ、階層主部屋へと繋がる通路へと進む。
途中から駆け足になり、部屋の入り口直前で走った勢いも利用して放り投げられる。
入り口からアンデッドドラゴンの左前に向かって放物線を描きながら飛んでいくウチ。
白く濁った目で追いかけてくるアンデッドドラゴン。
地面に落ちる直前に見えたのは、ウチに向かって毒の煙玉を吐いてくる姿だった。
・・・いくら隙だらけや言うても落ちる瞬間に毒当てるのは酷ない!?あかんやろそれ!普通の人なら死んどるで!
固有魔法のおかげで毒は効かないけれど、周囲が濃い紫に染まっていて何も見えない。
ハリセンを出してブンブンと振り回し、煙を散らせた向こう側には、左前足を振り上げたアンデッドドラゴンがいた。
ウチが毒で死んだかもしれないのに追撃をするとは、なかなか殺意が高い。
毒で苦しんでいるところにトドメとして叩き潰すのだから、逆に慈悲があるのかもしれないけれど。
「ウチに避けれるわけがない!けど!うわっ!貫通した!気持ち悪っ!」
固有魔法があるから大丈夫と思い、迫る手のひらを眺めていたら、腐った肉を撒き散らしながらウチが貫通した。
手のひらの真ん中からウチがこんにちはしている状態である。
普通の人たちなら腐肉や液体を被って悲惨なことになるけれど、ウチはいつも通り綺麗なままだ。
しかし、囲むように突き抜けた手が邪魔で抜け出せない。
一度腕を持ち上げてくれたら嬉しいのだが、ウチごと薙ぎ払おうとしているようで、横に動かしてはウチで詰まるということを繰り返している。
あんまり頭は良くないようだ。
「とりあえず叩いてみるか。よっと」
スパンと叩けば肉が爆ぜ、骨が剥き出しになって叩いた方向の指が動かなくなる。
大きいせいで軽く叩いただけでは手のひら全体を動かなくすることはできず、違和感があるのかアンデッドドラゴンはようやく腕を上げてくれた。
そして動かなくなった指を見るように濁った目に近づけているけれど、その目で見えているのだろうか。
とりあえず動きが止まっているうちに距離を詰めて体とか叩いてみようと思ったけれど、ウチが動いたら観察をやめて毒煙を吐いてきた。
「吐く量多すぎやねん!状況わからんなるやろが!」
ブンブンとハリセンを振り回して煙を払うと、今度は横薙ぎに腕を振るわれた。
そして、またもやウチを起点に腐肉が飛び散り、頭上を腕が通過していった。
腐った肉だからこその柔軟性で、普通の手ならウチに引っかかって止まるはずなのにと呑気に眺める。
手のひらの下部分を出っ張りに引っ掛ける、絶妙に痛いやつだ。
アンリが魔道具を組み立てている時に、机から飛び出ている固定する棒に引っ掛けて悶絶しているところを見て、ニヤニヤしてしまったのを思い出した。
そんな隙だらけなウチにアンデッドドラゴンは、さらに追撃として尻尾を横凪に叩きつけてきた。
しかし、これもウチにぶつかったと同時に腐肉がばら撒かれ、骨が丸見えになった状態で頭上を越えていった。
ウチに背を見せているから走って向かったけれど、ゆっくりとした動作にも関わらずたどり着く前に元の体勢に戻ってしまった。
受ける攻撃に構わず近づき、ようやくハリセンを振るうもすぐに距離を空けられる。
何度かそれを繰り返して、ウチから近づくのを諦めた。
「でかい図体しとるくせにハリセン避けんなや!」
憤慨して地面をダンダンと踏みながらハリセンの先端をアンデッドドラゴンに突きつける。
その行動を圧倒的な高い位置から文字通り見下ろされ、返事代わりとばかりに毒煙を吹きつけられる。
地面に当たって周囲にぶわりと舞い上がる煙は、砂も巻き上げていて視界をさらに悪くする。
しかし、ウチには関係ないのでさっきまで見ていたアンデッドドラゴンに向けて足を進めて煙から出た。
そこに降ってくる腕、突き抜けるウチ、唸るハリセン、避けられて空振りと何度も繰り返す。
ようやく降ってくる腕や尻尾に対してハリセンを当てられるようになると、今度は露骨に距離を空けられてしまうようになった。
・・・迫ってくる巨大なもんに当てるの難しかったのに!ようやくできるようになったのになんで逃げんねん!走っても全然追い付かへんし!むかつくわー!正々堂々勝負せいや!
迫ってくる巨大な腕や尻尾にハリセンを当てようにも、ここだと思っても空振ったり、気づけば過ぎ去っていたりと難しかった。
繰り返すことでようやく当てた時には、尻尾の先が腐肉と共に吹っ飛んでくれた。
それを経験してから距離を取られるようになったから、当てずに近づいて体を叩けば良かったと反省した。
「こうなったら近づけるまで追いかけたるわ!待っとれよ!」
再度ビシッとハリセンの先端を向け、消してからアンデッドドラゴンに向かって走る。
近づかれまいと大きな図体の割に素早く下がられる。
果敢に追いかけても毒煙を吐かれるだけで腕や尻尾で攻撃されることはなく、それでも諦めずに追いかける。
基本的に後ろにしか下がらないから、左右に大きく動きながら追いかけることで広大な部屋の角に追い詰めることができた。
めちゃくちゃ時間がかかったけれど。
「ふっふっふ。ここが年貢の納め時!往生せいやー!!」
全力でハリセンを構えて残りわずかとなった距離を走る。
他の請負人なら身体強化してすぐに詰められるところだけど、使えないから仕方がないと必死に足を動かした。
そして、あと少しで届くというところで、目の前からアンデッドドラゴンが消えた。
後ろに回られたかと思って振り返ってもおらず、どこかで着地する足音も起きていない。
キョロキョロと周囲を見回していると、不意に影に覆われた。
「そのボロボロな翼で飛べるんかい!!!」
アンデッドドラゴンはウチの頭上を飛び越え、旋回した後にまた毒煙を吐いてきた。
これ以上続けられないと判断して、煙が入口に行かないように気をつけながら距離を空け、回収に走ってきたアンリに拾われて階層主部屋前の広間へと戻ることができた。
「あかんかったわ……」
「うむ。あれは仕方がないだろう。飛行系の魔物は魔法か矢が必要だが、あの大きさに矢はあまり効果はないだろうな」
「地上から攻めても毒が厄介ですね。腕や尻尾はなんとか盾で抑え込めるとは思いますが……」
団長とピクルスの騎士に話しかけられたけれど、散々走り回ったウチはぐったりしているから返答せず休憩場所に連れていってもらった。
少しのスープを飲み、横になったらすぐに意識がなくなった。




