それは遠い昔の覇者
「あれは……教会の話に出てくるドラゴンか?」
「どらごん?」
迷宮騎士から団長と他数人、トドメ組から各パーティのリーダーを連れて階層主を確認すると、団長が何やら知っているようだった。
ウチ含めて請負人は誰もピンときていないことから、一般的な知識ではなさそうだ。
「君たちは教会に行かないのか?」
「行かないですねぇ。教えで腹は膨れませんし、教えがなくても生きていけます」
「治療も高額ですんで、薬と酒で治しますよ」
「孤児院の運営や知識の保持、薬師などの教育には感謝してるんで、折を見て寄付はしてますけど説法は眠くなるんで勘弁です」
「ふむ。迷宮についての教えも知らないのか?」
「あぁ、あれですね。ずっと昔の人がそれほど居なかった頃に、大地や海、果ては空まで飲み込んでできたというやつでしょう。見習い上がりに話題として話す程度ですが、誰も信じちゃいませんよ。仮にそれだけのものを飲み込んだにしては、大迷宮ですら人の足で歩けるほどの広さしかないんです。寝物語でしょう」
「だが、目の前にはその寝物語で語られる生き物、その成れの果てがいる」
「あれが過去に飲み込まれた生き物のアンデッドとでも?だとしたら、元になった生き物はなんなんですか?」
「ドラゴン。その翼を持って空の覇者となり、翼なきドラゴンは地の覇者となる。海にも存在して時には天候を荒らし、時には豊穣をもたらしたと言われている。その爪は大地を引き裂き、牙は大木を噛み砕き、強大な魔力で他者を圧倒する生き物だ」
「それが相手なら我々に勝ち目はないのでは?」
「そうだな……」
黙り込む団長たち。
ウチにはとても強い魔物のアンデッドが出たということしかわからなかったから、ピクルスの騎士に詳しく聞いてみた。
長くなるからとピクルスと木の実のハチミツ漬けをお互いに出し、ウチの水を飲みながら話を聞いた。
その話では、迷宮ができる前の世界は今より広く、いろいろな種族が生きていた。
迷宮で取れる魔道具を作り出すことも容易で、今よりも技術は発展していて便利な生活を送れていたらしい。
そんな平和そうな世界でも争い事はあり、種族内での対立や、種族間による領土や技術の取り合いなどだ。
そういった争いが激化した時にドラゴンが現れ、時には仲介し、時には片方に助力し、時には両者を殲滅する。
巨大な体に強固な鱗、強靭な爪や牙に膨大な魔力を持って調停者として君臨し、普段は自然を整えて過ごしながらも、場合によっては争いに突っ込んでいく。
そんなドラゴンがいたにも関わらず迷宮が生まれたのは、魔道具の暴走説やどこかの種族が暴れた説だったり、ドラゴンが世界を滅ぼそうとして作り出した説まであるけれど、理由はわかっていない。
迷宮が生まれた際に世界の半分以上が飲み込まれ、生き残った僻地にいた人たちがウチらのご先祖様になるそうだ。
僻地故に魔道具製作技術は薄く、突如変わった世界に溢れ出てくる魔物。
頼れる強い種族は軒並み迷宮に飲み込まれていて、戦闘に不慣れながらもどうにか安定させた頃には、魔法の技術もほとんど失われていた。
そこから迷宮の探索と各国の復興が始まり、迷宮担当と各地で別れて活動した結果、今ある4つの国に分かれている。
「つまり、迷宮は昔あった土地ってこと?」
「そう言われていますね。ただ、こういった洞窟型が果たして土地と言えるのかといった議論はありますが」
「せやな。土地言われたら中迷宮ぐらいの草原が広がってくれへんとピンとこんわ」
「ですね。大迷宮は草原もあれば山もあり、砂漠もあれば海もあります。大迷宮こそが本体で、中迷宮や小迷宮は劣化した模倣品かもしれません」
「そういう考えもあるんやな」
「ええ。いろいろな考えがあります」
「教えてくれておおきに。せやけど、向こうはまだ話し合ってるな」
ピクルスの騎士と話し終わっても、団長たちの話し合いは終わっていなかった。
一度戦ってみるかという話は終わり、今は手持ちの解毒薬で対応できるのかという話だった。
同じような毒でも種族が変われば効果も変わる。
腐食トカゲ用の解毒薬で、腐った推定ドラゴンの毒を治せるものなのか。
誰かが毒を浴びるわけにもいかず、どう手を出すか結論が出ていない。
一歩入った瞬間に毒を吐かれたら、恐らく解毒薬を使う間もなく死ぬだろう。
腐食トカゲとは体のサイズが違うから、吐かれる毒の量も違うはずだ。
「ウチが一当てするしかなくない?」
「動きの確認ですか?」
「後は毒を持って戻ってくるとか?」
「そうですねぇ……。エルさんは本当に大丈夫なんですか?」
「固有魔法は問題ないって判断しとるけど……」
「それは見ただけの状態ですよね?仮に奥の手のようなものがあったら、放たれる瞬間にダメだと分かるものですか?」
「たぶんそうやな。攻撃される瞬間にわかると思う……」
「でしたら、誰か素早い者に背負わせた方がいいかと」
「ウチを背負っても怪我する時はあるんやで?」
「もちろんです。しかし、誰かが偵察しなければなりません。それならばこういった時のための迷宮騎士に任せていただきたいです」
「せやけど……ウチを背負って誰かが死んだとか嫌やし……」
「エルさんを背負って帰還の魔法陣に行くにしても同じことですよ。あの階層主の横を通らなければ後ろにはいけません。試して無理なら30階まで撤退です」
「あー、どちらにせよ背負われるしかないんか……。わかった!ウチやるで!」
「ありがとうございます!」
戦うにしても帰還の魔法陣を目指すにしても、ウチを背負って階層主と対峙するしかないなら、早いうちに試すべきだ。
それで誰かが犠牲になるのは耐えられないから、できるだけ逃げられる素早い人にお願いしよう。
「で、アンリさんになったと」
「1番素早い」
「まぁ、鎧ちゃうしそうなるんやろな」
迷宮騎士たちは鎧の上に腐食トカゲの皮を重ねていて、あまり素早い動きはできなかった。
そうなると請負人の中で1番素早い人となり、自信のある人の中で試してもらった結果アンリになった。
念のため腐食トカゲの皮を手や足にさらに巻いてから中へと入る。
階層主のいる広間に一歩入った瞬間、階層主がこちらに顔を向けて口を大きく開いた。
「退避ー!」
「左右に散れー!」
団長の叫びに他の人の指示も飛び、通ってきた通路の入り口から人がいなくなる。
それとほぼ同時に濃い紫色の煙が避けたウチらの横を通り、通路を通って階層主前の広場へと放たれた。
「あかんやろそれ!反則や!」
「まずい。一旦戻る」
「せやな!」
入ってすぐだったけれど、みんなのいる部屋へと戻る。
煙は階段に直撃したようで、その周囲に充満していた。
その結果、階層主とウチらの戦いを見ようとしていた人たちは無事だったけれど、休憩場所の確保に動いていた人の中で数人に被害が出た。
皮膚が焼けただれ、吸い込んだ人は血を吐き苦しんでいる。
腐食トカゲ用の解毒薬を使っても、少しマシになる程度で苦しみから解放されることはなかった。
「あかん。見てられへんからあれ使うわ」
「わかった」
ウチの言葉にアンリが頷き、持ち込んだ皮袋の中にある木箱を取り出す。
その中には魔法薬が入っていて、青い液体の入った瓶を取り出して、毒に苦しむ人へと飲ませた。
魔法薬というだけあって、毒の種類に影響されず一定の効力を発揮する。
そのおかげで何とか一命を取り留めたけれど、怪我もあるから楽観視できない。
腐食トカゲの皮を巻いていても皮膚に影響するほど強い毒だから、いざという時のために怪我用の魔法薬は使いづらい。
申し訳ないけれど、普通の傷薬で我慢してもらった。
「魔法薬か」
「せやで。数はないねんけどな」
「奪うようなことはしないさ。個人の持ち物だからな」
複雑そうな表情を浮かべる仲間を亡くした請負人のおじさん。
使おうにも死ぬまでが早すぎて使えなかったのだ。
流石に倒れたところに首を噛み切られた人には使えない。
・・・この薬がもっとあったら階層主との戦いも楽になるかもしれへんのに。宝箱からこれが出ればよかってん……。




