階層主部屋前へ
魔石を溶かす袋の名前は戻ってから決めることにして、先に進んだ。
夢中になって色々試していた結果、何人かが漂う毒で体調を崩してしまい、慌てて筒風の魔道具を使っても遅かった。
幸い準備されていた解毒薬で持ち直したけれど、気合を入れ直して進みつつ、できるだけ腐食トカゲを倒しながらも、小部屋の中に宝箱がないか確かめた。
あまり探索されていない階層だから、人が多く活動している階層と比べて見つかりやすいらしい。
溢れた魔力が魔道具になって出てくるのではないかとも考えられていたのもある。
「これで3つめかー」
「通常の探索ならこれで帰りたいぐらい」
「せやなー」
袋を手に入れた宝箱以外に魔力を流すと重くなる大振りの両刃斧を見つけていて、さらに追加で癒しの天幕を見つけたところだ。
癒しの天幕は、中で休めば精神的にも肉体的にも回復が早まる物で、使う前に大量の魔力を流す必要があるけれど、貴族や豪商の移動で重宝する魔道具らしい。
大きさは大人が4人寝転べるほどだけど、貴族の場合これを1人で使うというのだから、どれだけ贅沢かわかる。
話し合った結果、袋を請負人たちが多めに、斧はウチらが、天幕は迷宮騎士が受け取ることで分配は落ち着いた。
移動が多い請負人たちが袋を欲し、ベアロにあげる武器としてウチが斧を欲し、貴族への印象付けのために迷宮騎士が天幕を欲した形だ。
自分たちで使わないのに手に入れようとする姿に、少しだけ涙が出そうになったと請負人のおじさんがこぼしていた。
「もっと探したらいっぱい見つかりそうやな」
「魅力的な提案だが、そうもいかんのだ」
「お?団長さん。なんでなん?なんかあった?」
「準備していた解毒薬が心許ない。あまりゆっくりはしてられんかもしれんのだ。恐らくあと5日といったところか」
「今は地下32階やもんな。すでに2泊してると考えるとあんま余裕ないな。薬作られへんの?」
「機材や他の材料がないから無理だ。多めに持ってきていたんだが、想像以上に群れた腐食トカゲは厄介だった。嬢ちゃんがいなかったら一度撤退していたぐらいだ」
「そうなんか。じゃあ頑張らんとな!」
団長に褒められて気合を入れ直した。
解毒薬についても詳しく聞いてみると、毒液だけでは作れないと答えられた。
他にも体を活性化させる薬草や、薬効を強化するための滋養のある素材、魔力の強い水、それを混ぜ合わせるにも一度火を通したりとやることが多い。
この迷宮では薬草なんて取れないから、街から離れたところで栽培しているものを仕入れている。
付近が砂漠で簡単には取れず、その分効果になっていて、そこに製作者の技術料もかかるから相当なものになる。
そんな技術者を安全じゃない迷宮に連れて行くことなんてできず、結果解毒剤の不足に陥ってしまった。
ちなみにウチら請負人側の薬は、組合から提供されている。
ウチが使わない分若干余裕があるけれど、それでも迷宮騎士たちに分けれるほどではない。
「ほんじゃあさっさと頭叩いていくかー。アンリさん問題ない?魔力とか」
「問題ない」
休憩を終えて背負われ、またうっすらと煙が充満している通路へと進む。
出会う腐食トカゲにはウチらから接近、ハリセンを頭に叩き込んで気絶させる。
そうすると頭部分の魔力が抜けて剣を突き刺しやすくなるし、意識がなければ体に回す魔力をコントロールできなくなるため他の部位も切りやすくなる。
元々の皮の硬さがあるから簡単とはいかないが。
「後ろから追加だ!」
「ウチら間に合わなん!人多い!」
「こっちで抑える!」
「左右から攻めろ!」
「毒吐くぞ!離れろ!」
「風で散らせ!」
正面から来る腐食トカゲはなんとかなっても、ウチは1人しかいない。
後ろに長く伸びた請負人と迷宮騎士の集団は、度々後ろや横から襲われることがあった。
その回復に解毒薬がさらに消費され、なんとか地下35階に辿り着いた頃には、迷宮騎士側が人数分、請負人が全員2回使えるほどしか残っていなかった。
さらに皮膚が焼けただれたり、足に噛みつかれたりと戦闘不能になった人が何人もいる。
防具の性能差で請負人側に被害が多かったが、迷宮騎士にも何人か怪我でリタイアしている。
命を落としたのは迷宮騎士から1人、請負人から2人となった。
遺体を運ぶことはできなかったから、騎士は剣と遺髪、請負人は請負人証を回収している。
人が死んだことでウチは少し動揺したけれど、固有魔法はしっかり発動しているから、ウチの安全だけは確保されている。
申し訳なく思わないといえば嘘になるが、こんな場所に来ているのだから全員折り込み済みだろう。
迷宮騎士も請負人も、少しの間悲しそうな顔をしていたけれど、戦闘が始まる頃には元に戻っていた。
その後の攻撃は苛烈になっていて、攻撃重視になったせいで負傷が増えていた。
気持ちがリセットされたわけではないのだろう。
ウチもアンリやシルヴィア、ガドルフたちが死んだら暴れるのかもしれない。
「じゃあウチとアンリさんで階層主見てくるな」
「頼んだ。最悪は君たちが提案してくれた方法で帰還することもある」
「せやな。命あっての物種や」
団長に見送られて階層主を見に行く。
提案した方法とは、ウチが1人ずつ階層主の奥にある帰還の魔法陣まで連れて行く撤退方法だ。
時間はかかるけれど階層主を倒せなかった場合、安全に帰る方法がこれしかないのだ。
地下30階まで戻るには解毒薬が足りず、何人も犠牲になるのが目に見えている。
それならウチがいろんな人に背負われてでも生きて帰りたい。
これは階層主とウチの相性が悪くてハリセンが届かないと行った場合の話で、本当に実践するかどうかは今からの偵察にかかっている。
そうして階層主前の広場から階層主がいる部屋へと続く通路に近づき、端から頭を覗かせた。
「うわっ、何あれ気持ち悪ぅ……」
「腐食トカゲを大きくしたもの?それにしては羽がある。腐っているけど」
「なんか毒煙以外にもドロドロしたもん流れてるな。毒液?」
「恐らく。エルの判断は?」
「うーん。固有魔法は問題ないと判断しとるけど、あんま近づきたくない見た目やわ」
「同感」
広間と広間を繋ぐ通路から見えるのは巨大なトカゲで、ところどころが腐って泡立っていたり骨が見えたりしている。
大人すら前足で叩き潰せるほど大きく、背中には1対の翼が生えているけれど、翼の先は肉が腐り落ちて骨が剥き出しだ。
口の周りには毒煙が漏れ出たのかもわもわしているし、体に空いた穴からドロドロとした液体も流れている。
それを見たら問題ないと固有魔法が反応することから、何かしらの攻撃要素があるのだろう。
とりあえず団長やトドメ組も交えて相談しよう。
そうしよう。




