新階層の宝箱
魔道具を使った休憩は上手くいった。
交代の頻度は多かったけれど、それぞれ食事をとって一休みするぐらいはできたし、武具の手入れも終わった。
ウチと請負人だけであれば魔道具が無かったから、現場を知る迷宮騎士と合流できたのはいいことだ。
もしも合流できていなければ、アンリとトドメ組の魔法使いが風の魔石で頑張っている間に休憩ということになっただろう。
あるいはウチとアンリだけで進むかだ。
「よし。先に進もう。腐食トカゲとの遭遇率が上がっているが、できるだけ倒したい。これから先もエルに頼むことになる。素材は使えそうなところだけで良いぞ」
「了解や!」
「皮を多めに取ります!」
「解毒剤のために毒袋も欲しいところですね」
「あれは取るの難しいだろ。落ち着いて作業できる時でいいじゃないか」
「そうですね」
迷宮騎士たちが持って帰りたい素材について話しているのに聞き耳を立てる。
腐食トカゲ解毒薬は、元となる毒に複数の薬草を入れて、魔力を込めながらすり潰したり乾燥させたりと色々な工程を経て作られる。
弱めた毒と体調を整える薬効による治療法だ。
ちなみに味は苦味が強く、肌に塗れば少し赤くなったりする。
2度と舐めないと誓った。
「ん?今の小部屋なんかなかった?」
「腐食トカゲはいなかった」
「せやなくて、なんか視界の端にちらっと見えたんやけど」
「わかった。戻る」
正面を警戒するアンリは、小部屋をさっと見て腐食トカゲがいなければ次に進む。
その背中にいるウチは余裕があるので、後ろからついてきている迷宮騎士や請負人と話したり、小部屋の中をじっと見たりする。
今回もそうして見ていたら、右の壁際に何かがあったように見えた。
「何か埋まってる」
「あー、こんもりしてたから気になったんか」
戻って小部屋の右側に行くと、砂が小さな山になっている場所があった。
遠目で見たらほんの少しだけ膨らんでいるように見えたけれど、近くで見るとウチが後ろでしゃがめば隠れられそうなくらい盛り上がっている。
魔物が隠れていたりするかと警戒していたけれど、固有魔法はなんの反応もない。
「何か知ってますか?」
「恐らくだが、宝箱や魔道具が埋まっているはずだ。我々迷宮騎士も別の階層で何度か掘り出したことがある」
「宝箱はともかく、魔道具も埋まってるん?」
「そうだ。時間が経って砂を被ったのか、元から砂の下に出現するのかはわからないが、ほとんどの発見物が砂に埋もれている。物が大きい時は露出しているのだがな」
「へー。宝箱も面倒なんやな」
今回はたまたま気づけたけれど、埋もれているのを探すのは大変だ。
この地の請負人の中には、何か気づかないかと小部屋の中を歩き回って探す人もいるらしい。
宝石のような小さなものは掘らなければ見つけられないが、武器や魔道具などは踏めばわかるそうだ。
そんな請負人だけのパーティは夢を見過ぎだの、迷宮を甘く考えているだのと周りから言われているけれど、有用なものを持ち帰れば貴族から報酬だけでなく支援を受けられることもあって意外と人気がある。
「これ掘るんやんな?どれだけでかいかわからんけど、結構手間やない?」
「いや、今回は簡単にできるだろう。筒風の魔道具を」
「はっ!」
騎士団長が迷宮騎士に指示を出して、休憩するときに使った筒形の風を出す魔道具を持って来させた。
それをこんもり山に向けて起動すると、ぶおおおおという音と共に砂の山が削られていき、覆われていた物が露わになる。
それはウチも見たことがあり、家にも置いてあるものだった。
「宝箱やん」
「当たりの方だな」
「ハズレもあるん?」
「使い手が限られる武具は当たり外れがあるな。一回きりの消耗品は使い所を考えるとなかなか踏ん切りがつかんし、使い方がわからないものなどハズレの代表だ」
「なるほどなー」
剣と槍の訓練が主な迷宮騎士たちに斧の魔道具が出ても嬉しくないし、魔法薬は便利だけれど使えば無くなる。
よくわからない魔道具は、魔導国が高値で買い取ってくれるとはいえ、すぐに換金できるわけではないし輸送料もかかる。
宝箱に入っていなければそこまで高価なものではないから、少なくとも価値があると期待できるそうだ。
「ほんじゃあウチが開けるな」
「頼んだ」
固有魔法が反応していないから安全なはずだけど、全員ウチから離れてもらった。
そうしてかっちゃりと開けた中には、片手で掴めるほど布製の袋がいくつも入っていた。
さっと見るだけで40枚は超えている。
その1つに手を伸ばしてみたけれど、普通の袋だった。
手触りは良い。
「袋やけど……ちいさいな。パン2つぐらいしか入らへんで」
「問題なさそうか?」
「せやな。中身入ってへんわ」
「ふむ。確かに空だな。皆も確認せよ。魔道具であれば効果がわかると助かる」
「はっ!請負人の方たちも協力をお願いします!」
「わかりました!」
万が一のためにウチが箱から取り出して、迷宮棋士や請負人に渡していく。
もちろん騎士団長の次はアンリで、受け取ったらすぐに離れて色々触っている。
迷宮騎士は手触りを確認したり中を覗いてみたりと袋そのものを扱い、請負人は銅貨や干し肉などを入れたりと試していく。
見た目よりもたくさん入る袋であれば盛り上がったはずだけど、残念ながら見た目通りにしか入らず、入れた物が増えたりすることもない。
古い物が新しくなることもなければ、入れたものが混じり合ってよくわからない物体になることもない普通の袋だった。
「なんなんやろなこれ」
「袋ということは何かを入れるはずですが……」
「水でも入れてみる?」
「入れましたが、濡れずに中で溜まりました」
「ふーん。水袋にする用とか?」
「口を縛れないので難しいですね」
「うーん……」
アンリを含めて色んな人が魔力を流したみたいだけど、それで動き出したりするわけでもなかった。
ウチも手持ちのボーラや糸くず、石ころを入れてみたけど反応なし。
試しにとハリセンを突っ込んでみても何も起きない。
他に何かないかと腰につけているポーチを開けると、道中で倒した魔物から取った魔石が出てきたから入れてみた。
「お?あれ?」
「何かあった?」
「んー?ウチ魔石入れてん。でも、出て来んくなった。詰まってるわけでもないし……」
袋を逆さまにして振っても魔石は出てこない。
さっき入れた糸くずがパラリと落ちただけだ。
「魔石。入れてみる」
アンリも持っていた袋に魔石を入れた。
口を開いた状態でジッと見ていたけれど、その表情が変わることはなく失敗かと思われた。
「消えた。すぐに溶けるように」
「え?消えたん?もうちょっと驚いてくれてもええのに」
「驚いている」
「えー?ウチずっと見てたけど表情変わってなかったで」
「それは性分。それよりも、消えた魔石の魔力が袋に移っていることの方が重要」
そう言ってアンリは袋をいじくり回し始めた。
溶けた魔石の魔力が袋に移っているみたいだが、それでどうなるのか全くわからない。
ウチの袋も魔石の魔力が移っているから、ボーラや石ころを入れてみたけれど、目に見える変化はなかった。
効果を引き出すのに魔力を流す必要があればウチにはできないので、大人しく結果がわかるまで休憩することにした。
水生みの魔道具で水を飲みつつ周りの実験を眺める。
「む?こういう使い方か?」
「恐らく」
「複数混ぜるとまた効果が変わるようですね」
「便利だな」
騎士団長とアンリ、ピクルスの騎士が何やら結果を出したようで、袋をいじくり回していた人たちが集められた。
説明によると、袋に魔石を入れるとその魔力を吸収する。
魔力を吸収した袋の外から魔力を流すことで、溜め込まれた魔力が魔法として現れる。
例えば火の魔石を入れていれば吸収した魔力の分だけ火を吹き、水の魔石なら水を生み出し、風の魔石なら風を噴き出す。
ここまでなら水生みと同じように、魔石に魔力を流して現象を起こすのと同じだけど、それとは違う点がある。
それは袋に複数の魔石を入れることができ、結構な数の魔石が溶け込むからだ。
水の魔石を複数入れれば水を出す時間が増え、それは火や風も同じ。
無属性の魔石を入れると時間減るけど威力が上がるということもわかった。
ウチには使い道が思いつかなかったけれど、請負人や迷宮騎士はそうでもないようだ。
出先で水生みの魔道具が壊れたり、大きなものを焼き払ったり、窪みを土で埋めたりと、一つの魔道具で複数のことができるようになるため喜ばれている。
雷の魔石を入れれば武器にもなり、この階層で言えば風の魔石が大活躍だ。
袋の外側に魔力を流せば使えるということで、魔法を放てない人でも十分使える。
水や火が弱点の魔物に近づいて放つだけで、一気に戦闘が楽になることもある。
・・・みんな喜んでてええな。ウチには使えへんというか、背中につけても口を魔物に向けるの大変やから使いづらいし……。
分配する数で揉めているのを横目に、あくびを噛み殺して過ごした。




