ジャイアントスコーピオン
サソリの尻尾を全てウチらに向かわせることで対処しやすくした結果、戦闘時間が大幅に減っているらしい。
牽制し合いながら尻尾を警戒する必要がなく、最初に落とせるため、状態異常を気にせず戦えるからとのこと。
破裂するゾンビには矢を放ったり石を投げつけて、近づかれる前に破裂させているし、スケルトンは動きが良くなっているけれどリビングアーマーより遅いし、攻撃が単調で読みやすいそうだ。
そうして順調に進んだ結果、地下24階がもうすぐ終わるところまでやって来れた。
道中増えた地下26階以降の魔物は属性を帯びて色づいたスケルトンで、中には燃えながら近づいてくるスケルトンもいた。
「地下25階の階層主はジャイアントスコーピオンっす。尻尾が5本生えていて、それぞれ麻痺、眠り、出血、溶解、幻惑と多彩っすね」
「えー、尻尾が5本もあるん?絡まれへんそれ?」
「あー、どうなんすかねぇ。聞いている戦い方だと地道に防ぎながら足を壊して、動きを鈍らせてから尻尾を切る感じっすけど……。尻尾が絡み合えば確かに楽になりそうっす」
「残念ながら尻尾が絡まったとは聞いたことがないですね。速さに自信のある請負人も挑んでいますが、避けるので精一杯のはずです。1本避けても次の1本が放たれますし、基本的には体の上で構えていつでも突き刺せるようにしています」
「おー。確かに今までのサソリの魔物も全部尻尾こっちに向けてたもんな。あれが5本ある感じか……。うーん、想像できへんわ」
助言してくれたのはピクルスの迷宮騎士で、彼はこの階層まで見回りと間引きを行っていて、階層主とも何度か戦ったことがあった。
ジャイアントというだけあって、大きさは大人数人が手を広げても1周できないほど大きく、体に上らなければ尻尾に攻撃できないほど。
突き刺しにきたところを盾で弾き、横から切るのが対処法となる。
尻尾以外にも足で突き刺してきたり、ウチよりも大きなハサミで叩き潰したり挟み込んだりもできる。
体の大きさを活かして地面スレスレの体当たりもあるそうだ。
甲殻も非常に硬く、請負人や迷宮騎士の鎧に使われることが多いらしい。
言われて騎士の鎧を見ても、所々に傷があるものの大部分が銀色だから、魔物素材をそのまま使っていないように見える。
ジャイアントスコーピオンの甲殻が銀色なのかもしれないけれど。
話している間にも迷宮を進み、当然戦闘も発生するせいで詳しく聞けなかった。
後少しで到着するので、ウチの目で見ることにした。
「着いたっすね!あ!スケルトンが溢れてきてるっす!」
「休憩は後やな!まずは殲滅や!」
地下25階に着いたけれど、普段は魔物がいない階層主前の広場には、地下26階から出てくる属性付きのスケルトンが大勢いた。
そのどれもが階段を目指していたせいで、降りてきたシルヴィアとばったり遭遇。
手に持ったボロい剣やボロい槍に属性を纏わせて振るってくる。
炎や雷を纏った武器は近づくだけで危険だし、風は触れていないのに切れたり、土や水は目に入って視界を奪われることもある。
あまり強くない属性とはいえ、油断すると簡単にやられてしまうほど厄介な魔物となっている。
「ウチにかかれば属性を持ったとしてもスケルトンは簡単に倒せるわー!おらー!」
シルヴィアに突っ込んでもらい、弾かれてバランスを崩しているところに、伸ばしたハリセンでスパンスパンと叩いていく。
魔法生物だから効きが良く、何本も骨が飛ぶ。
中には胸骨の中にある魔石ごと吹っ飛んで動かなくなったスケルトンもいるぐらいだ。
そうして突き進みながらハリセンを振り、動きが鈍ったところを迷宮騎士やトドメ組が魔石を抜き取って倒し切る。
倒すよりも後片付けに時間が取られるのもいつものことだった。
「よし!片付けは騎士でやるから、請負人は休憩場所を整えてくれ!」
「わかりました!エル!水をくれ!」
「了解や!」
スケルトンの骨を集めるのは迷宮騎士、休憩場所を整えて食事の準備をするのは請負人、休憩するときに飲む水や料理に使う水はウチが担当する。
これほど人気なら、屋台をする時に水も売れるかもしれない。
水生みの魔道具を持ってきてもらわないといけないけれど。
あるいは大きな樽に水を出して、汲んでもらうのもありだ。
そんなことを考えている間に水を入れ終わり、乾燥野菜とサソリ肉のスープ、捏ねた小麦粉を平べったく焼いた物、サソリ肉を焼いて塩をかけた物ができた。
流石に大量に持ち込んだ硬く焼かれたパンといえど、20日近い行動には足りないため、平パンと呼ばれる平らでぽそぽそとした食感の物になっている。
毎回捏ねて焼かないといけないため、食事の時間が伸びてしまっているけれど、保存が効かないから仕方がない。
そんなパンを食感がイマイチだからどうにかしたいと考えつつ食べ切り、階層主に挑む準備をした。
「エル、どうっすか?」
「問題なし!ばっちりや!」
階層主のいる部屋の入り口から中を覗く。
真ん中に陣取る巨大なサソリことジャイアントスコーピオンは、丸まって顔付近をウチよりも大きなハサミで覆っている。
5本あるはずの尻尾は後ろに伸ばされているのか、正面からは見えない。
それでも固有魔法のおかげで問題ないとわかった。
「そんじゃあ行くで!」
「おう!」
「攻撃は任せてください!」
ウチとシルヴィア囮とハリセンで隙を作り、請負人たちがハサミや足を、迷宮騎士が尻尾や後ろを狙うことになった。
時間をかければハリセンで大部分を叩いて隙だらけにできるだろうけど、せっかくの階層主だから魔力が抜けた素材なんてと、その戦法を否定されたからだ。
巨大なハサミは加工して鎧にしてもいいし、合わせてハンマーのようにしてもいい。
上の部分を蓋に加工して物入れにしている貴族もいるとか。
底が丸まっているから固定具が必要という、なんとも情けない見た目になりそうだけど、変わった物として見せるにはうってつけらしい。
「うわこわっ!ハサミっちゅうより天井落ちてくるみたいやん!」
「でも、いつも通り弾かれてるっすよ」
「せやねんけどな。下から見ると迫力あるやん?ほんで、ジャイアントスコーピオンは弾かれても全然堪えてへんやん。硬いから?」
「どうなんすかね?あんまり痛みを感じないのかもしれないっすよ」
「あー、そういうのもあるんかー」
ジャイアントスコーピオンは囮のウチらが近づくと、両方のハサミを高く上げて、後ろに伸ばしていた尻尾も先端をこちらに向けるように持ち上げた。
そしてカサカサと素早く近づいてきて、いきなりハサミを振り下ろしてきたけれど、しっかりと固有魔法で弾かれる。
しかし、反動で振り下ろす前よりも高く上がったハサミをすぐに振り下ろしたり、横から振ってきたり、ウチらを挟み込もうとしてきたりと、弾かれたことに動揺することなく攻撃を続けてきた。
ウチにとっては叩く物から近づいてくれるありがたい動き方だから、ぐぐぐっと力を込めているハサミに向けてハリセンを叩き込む。
途端に力を失って地面に倒れ込むハサミ、巻き上がる砂埃。
ただでさえ振り回されて舞っていた砂が、モワモワと視界を遮る。
「行くぞ!」
「ハサミの根本を狙え!」
もうもうと舞う砂埃を突き抜けて請負人たちが地に落ちたハサミへ向かう。
いきなり現れた攻撃的な厳つい顔にちょっと驚いたけれど、凶暴な顔はすぐに通り過ぎていった。
その後ガンガンと剣や斧を叩きつける音が響き、抵抗するように動かないハサミを腕で支えて振り回すジャイアントスコーピオン。
徐々に魔力が戻って開閉できるようになった頃、ハサミを支える腕の節を切り落とした。
請負人たちが必死に攻撃している時に、いつの間にか迷宮騎士たちがジャイアントスコーピオンの後ろよりに展開して、尻尾の攻撃を捌き続けていたおかげだろう。
流石に切り落とそうとしている時に尻尾が来たら防ぎづらい。
「片方のハサミを落としたから、こっちから攻めるぞ!」
「もう片方と尻尾、足にも注意しろよ!」
「足も硬いな!」
「何本かはエルの嬢ちゃんに叩いてもらった方がいいんじゃねぇか?」
「少し素材は減るが、安全は確保できるな!」
「嬢ちゃん!頼むわ!」
「任せときぃ!」
全ての素材を得ようとはせず、安全をとることになった。
迷宮騎士はともかく、トドメ組やウチらは初めて戦う階層主だから、万が一を避けるためだ。
シルヴィアがハサミを切り落とされた側の足元を走り抜け、ウチが足を叩いていく。
近づくウチらを狙って突き刺そうとしてくるから、何度か振れば当てることができる。
当たれば魔力が抜けるため、がくりと体制を崩したところにトドメ組が殺到。
足を切ったり腹を攻撃したりとダメージを与えていく。
ハリセンで叩いたことで魔力が抜ければ、請負人たちの剣でも足を叩き切ることができるようになり、結果として片側の足を失ったジャイアントスコーピオンになってしまった。
「後はこっち側を攻めればいいな!嬢ちゃんたちは尻尾の方に向かってくれ!」
「惑わしてやれ!」
「わかったっす!」
攻撃を弾けるシルヴィアがジャイアントスコーピオンの背に登り、迫る尻尾を時には避けて時には弾いた。
尻尾はいい素材になるらしく、ハリセンを禁止されたウチは請負人や迷宮騎士に声援を飛ばして過ごす。
そうしてジャイアントスコーピオンを倒すことはできたけれど、請負人と迷宮騎士の何人かが足や尻尾の攻撃で傷ついて戦線を離脱することになった。
幸い毒にやられた迷宮騎士は解毒剤を用意していたから重症にはならずに済んだけれど、どうみても本調子じゃない。
ウチがハリセンで叩いた部分以外を解体して、離脱する人たちと共に帰還の魔法陣で消えたのを見送ってから、地下26階に進んだ。




