その頃、地上では
-ウヒカ小迷宮都市 請負人組合 組合長 ドゥーチェ-
ウルダー中迷宮都市からやってきた応援部隊が迷宮に入って、かれこれ十数日経った。
正確な日数は組合の書類担当の誰かが把握しているはずだが、今の俺は迷宮から出てくるアンデッドの対処に忙しい。
ウルダーから来てくれた応援の請負人たちが入ってしばらくの間は、溢れてくる魔物の数が一気に減った。
そのおかげで警戒担当を持ち回りにして、迎撃組に休息を取らせることができたぐらいだ。
しかし、それも数日したらまた溢れるようになったから、前進した結果別の道を通った魔物が入り口まで到達したのだろう。
少し溢れる数が減ったと感じられたけれど、変わらずゾンビやスケルトンを倒し続ける日々に請負人たちが疲弊し、今は俺が抑えに出ている間休んでもらっている。
人気がなく元々請負人の数が少ないせいで、継戦能力のある請負人もあまり数はいない。
実力者は持ち回りで戦っているし、中堅どころは倒した魔物の処理、駆け出しだと複数の魔物には対処できないから、サポートに回ってもらっている。
「組合長!」
「どうしたー?休憩かー?」
「いえ、それはまだです。組合長にはもっと時間を稼いでもらわなければ。請負人たちはもう少し休ませないと厳しいです」
「そのための組合長だからいいけどよ。だとしたらどうしてそんな慌ててやってきたんだ?」
溢れてくる魔物に対して魔法を放ちながら話していたから、おざなりな対応になってしまった。
このままではダメだと強目に魔法を放って後続への牽制をしてから、連絡に来た組合職員に目を向ける。
副組合長の元で書類作成や各所との折衝、最近では迷宮貴族とのやりとりも行っている期待の若手だった。
そんな職員が苦笑いでやってきたから、何か面倒ごとでも起きたのかと嫌な考えが頭をよぎる。
ただでさえ迷宮が氾濫している時に、これ以上厄介なことは起きてほしくない。
しかし、こういう時にこそ色んなことが重なることも知っている。
「大迷宮都市から応援が来ました」
「朗報じゃねぇか。大迷宮産の素材で強化された武具を付けてるなら、迷宮に入ってもらって魔物を減らしてもらえると助かるな」
「それが、来たのは『赤薔薇』と『白孔雀』です」
「はぁ?なんで大迷宮伯家に連なるやんごとない人たちの団が、わざわざここまでやって来たんだ?大迷宮にはもっとたくさんの団もあるし、小迷宮の氾濫なんざ下々の団に任せりゃいいのによ!」
赤薔薇とは『赤い薔薇の雫』という団で、白孔雀は『白孔雀の輝き』と名付けられた団だ。
大迷宮都市であれば自ずと耳にするほど大きな団で、各地の請負人組合の職員なら必ず知っているほどだ。
以前新しい階層が増えた時にも討伐が間に合わず溢れたが、その時は大迷宮都市所属の中規模団が3つ応援に来てくれた。
今回も同じような団が来ると思っていたが、まさか大規模な団が2つも来るとは。
一般的に人数や活動拠点の大きさで規模を測るけれど、だいたい中規模団5つで大規模団1つぐらいになる。
つまり、中規模団で数えると10以上という、以前の3倍近い人数が来たというわけだ。
「街の宿全部使っても足りないだろ……。仮に大規模の団が来るとしても1つで限界だ」
「そうですね。元から宿の数は少ないですし、組合の宿舎や訓練場を開放してもまだまだ足りません」
「だな。なんでこんなことになったのやら……。お。レイスが出やがった。ほいっと」
「さすがですね。見せて動きを制限する魔法の裏に本命を隠し、途中で軌道を変えて上手く当てるなんて」
「まぁな。修行の成果だ」
どうにかしてポルターガイストの魔法を使えないか考えた結果、魔力を完全に放たず繋いだままにする技を思いついた。
ポルターガイストどもはこれを物に流した魔力で行っているみたいだが、操作しやすいのは放った魔力だ。
今では片手で3つ、両手で6つまでなら操作できるようになった。
一応この街所属の請負人の中から筋がいい奴に教えてみたが、1人しかものにできないほど難しい上に魔力を消費してしまう。
使えるようになった請負人も、1つの軌道を変えるぐらいにしか使えてないから、ここぞという時のために普段は使っていない。
普段使いしてこそ慣れるものだが、依頼を受けていると魔力に余裕を持たせたい気持ちもわかる。
いっそのこと迷宮騎士に教えた方が上手く広まるかもしれない。
「そんで、2つに団が来たことを俺に伝えてどうするんだ?」
「え?どうするんだって、いやいや、あなた組合長ですよ!知っているべきでしょう!あるいは挨拶に……は無理ですね。すみません」
「気にすんな。落ち着いたら挨拶ぐらいするさ。そんで、本当に用はないのか?」
「はい。副組合長に知らせてこいと言われただけです」
「そうかぁ。じゃあ野営用の道具をできるだけ集めて、街の外で休めるように手筈を整えていけ。警戒はそれぞれの団にやらせればいいだろう。あと、商会にも声かけて有力者は泊めてもらえるようにな。まぁ、これぐらいは副組合長も考えてるだろうが」
「わかりました!手配してきます!」
職員は走って来た道を戻っていく。
途中溢れたゾンビがふらふらと近づいていたけれど、素早く剣を抜いて倒していた。
事務担当といえどこの街の組合で働いているならば、迷宮に入って魔物を間引く仕事もしないといけない。
潜っても地下10階程度だが。
「失礼。組合長のドゥーチェ殿とお見受けする」
「ん?確かに俺はドゥーチェだが、あんたは?」
「わたしは赤い薔薇の雫に所属しているカルバルと申します。副組合長殿から組合長はここで溢れる魔物を払っていると聞きましたので」
「ふーん。副組合長がなぁ……。どうせ魔法を放っている筋肉の塊とでも言われたんだろう?魔物に対処しているのは俺だけじゃねぇ。だが、あんたは俺のところにまっすぐ来れた」
「まぁ、はい。筋肉を目印にとは言われましたが……」
少し申し訳なさそうにカルバルが答える。
上質な革鎧に装飾がありつつも実用的な剣。
使い慣れたブーツや服には、雫を垂らした薔薇のワンポイントが刻まれている。
団に所属した者だとわかるように、シンボルマークと同じものを服や武具に入れていた。
中規模以上の団になると人も増えるから、団で借りたり建てた家の門番が確認に使っている。
「それで、俺に何の用だ?ほとんどここで対処しているから、街の情報に関しちゃ副組合長の方が詳しいぞ。宿やら商会やらに声かけるようにも言ってるし、街の外で野営できるよう道具の手配も指示した」
「それはありがとうございます。ですが、街や野営のことではないのです。迷宮に入った請負人や迷宮騎士の情報を知りたく、声をかけています」
「入った奴の情報?なんでそんなもんを……まさか誰かを追ってるのか?」
請負人が犯罪を犯したら、同業の請負人たちに組合から依頼として捕獲させることがある。
罪によっては殺していい場合もある。
大量殺人や貴族への反逆などがそうだ。
1人、2人を追う場合であればパーティに依頼するが、大規模な犯罪集団を形成した場合、団に頼むこともあった。
不人気迷宮を抱えるこの街は、少しぐらいガラが悪くても魔物を倒してくれるならと容認するところもあるし、氾濫している今なら戦力は多い方がいいので拒むこともない。
それに乗じてどこぞの盗賊崩れが入ってきていてもおかしくはない状況だ。
元はちゃんとした請負人でも、何かの拍子にころっと転げ落ちて盗賊になることは無いと言い切れない。
「追ってはいません。いませんが、早く迷宮に入りたいとは考えています」
「人は追ってはいないけど、中に入った奴の情報は欲しくて早く入りたい……。あー、あれか。初回討伐報酬狙ってんのか」
「その通りです。溢れた理由も最新の階層が攻略されずに放置気味だったからと聞いています。付随する情報として階層主まで辿り着けていないとも」
「そうだな。腐食の毒が強くてなぁ。武具の摩耗と得られる素材で割りに合わねぇんだ。一応その階層の素材を使えばある程度対処できるようにはなるんだが、まだまだ改良の余地ありというか、職人の手が追いついてないというか……」
新しい素材が入ってきたからといってすぐに活用できるわけもなく、最初は研究しながら既存武具の強化に使う程度だ。
そんな研究をしつつも今まで作っていた武具の作成や売れた武具の調整もしなければならず、自ずと新製品の制作が遅れる。
新入りに任せるわけにもいかず、中堅に仕事を振りつつも研究してようやく形になっても、使えば改善点がいくつも出てくる。
そうして徐々に階層へと順応していかなければいかないのだが、いかんせん挑む人数が少なければ作る人数も少ないという不人気故の問題のせいで溢れたというわけだ。
そのせいで階層主を見たものはおらず、当然初回討伐報酬は誰も手に入れてないはずだ。
知らない間に倒されて報酬も持ち帰られていなければだが。
「それで、教えていただけるのでしょうか。迷宮の情報と共に」
「構わんぞ。とは言ってもどこからの応援なのかぐらいしか話せる内容もないんだが……」
「有力者の情報もあれば。特に固有魔法持ちなど」
「ふむ。魔法の効果は言えんが、それぐらいならいいだろう」
迷宮のこと、どんな魔物が出るのか、気をつける動きに過去の請負人が負った傷の理由、どこから応援が来たか、固有魔法持ちは何人いるか、どんなパーティかを教えた。
有名どころの請負人の名を出すと驚いたり納得されたけれど、エルのパーティやこの街で活動しているパーティ、近隣の中堅どころにはピンときていないようだった。
当然といえば当然なのだが。
「情報ありがとうございます。早速明日から迷宮に入ります」
「あー、それはいいんだが、この街はそもそも食料が豊富とは言えねぇ。あんまり買い込まれると住民が困るんだが……」
「心得ております。団の半数で周辺の迷宮都市で保存食を買い込んでおりますので、2月ほどは持つでしょう」
「それなら大丈夫か」
話しを終えて男が去っていった。
そして入れ替わるように白孔雀の輝きからも人がやってきて、同じようなことを聞かれた。
こっちは男じゃなくて女が聞きにきたけれど、質問内容や保存食の準備などがほとんど同じだった。
何かしらのマニュアルでもあるんじゃないかというほどに。
「ドゥーチェ殿!」
「ん?おぉ!ダンツじゃないか!あれ?お前迷宮騎士見習いになってたよな?騎士と一緒に迷宮に入ってたんじゃないのか?」
「はい!ですが、地下20階の階層主を倒したので、伝令と素材を持って帰還しました!」
「そうかそうか、ご苦労さん。じゃあ何人か人を呼んで素材を運ばせたらいいか?」
「お願いします!」
「任せとけ」
ダンツと別れて近くにいる請負人に声かけを頼み、休んでいてぼちぼち体を動かし始めていた請負人を荷運びに向かわせた。
それにしても迷宮騎士が地下20階まで進んでいるのか。
今から2つの団が入っても間に合うか微妙なところだろう。
最下層の氾濫を抑えない限り、魔物は溢れ続ける。
今から入っても浅い階層は魔物で溢れているから、進行速度が下がってしまう。
「まぁ、俺には関係ないか。とりあえず終息させてくれれば、誰でもいい」
溢れてきたゾンビやスケルトンに魔法を放ちながら、団が突入して一時的にでも魔物が溢れないようになったら、休憩をとって酒でも飲もうと思いを馳せた。




