家具があれば休憩もする
起きてもキメラゾンビは復活していなかった。
食事をとって、階層主部屋の奥にある帰還の魔法陣を素通りして地下16階へ。
降りた先は小さな広間で、今まで通りの通路が一本伸びているだけだった。
地面も白っぽい砂で、壁も変わらず少し白みかかった黄色っぽい石を積んだ洋式。
聞いていたことと違って若干テンションが下がる。
「全員降りたっすね。行くっす」
いつも通り戦闘をシルヴィアが、少し空けてアンリ、さらに空けてトドメ組と続く。
余裕がある時のとどめ組は、ウチと目が合うと変な顔をしたりポーズを取ったりと楽しませてくれて、今は重い鎧を着ているにも関わらず、手を繋いで人を頭上で逆立ちさせている。
しかも、その状態で揺れることなく歩き続けるのだから、思わず拍手してしまった。
その音にシルヴィアとアンリも振り返ることになり、若干変な空気が流れた。
そんな雰囲気を払拭するかのように進んでいくと、正面に木でできた扉が現れた。
左右には道が続いているけれど、この階層を知るために、まずはここに入るべきだろう。
「エル。これが地下16階から現れる部屋っす。この中に家具やら武器やらが置かれていて、ポルターガイストがそれを飛ばしてくるっす。リビングアーマーはそれの援護っすね。さっきまでの階層で見た前にリビングアーマー、後ろにポルターガイストの布陣っす」
「ポルターガイスト倒したいならリビングアーマー倒せっちゅうやつやな。そこは問題ないやろ。すでに経験済みやし」
「甘いっすよエル。ポルターガイストの本領はこの階層から発揮されるはずっす。物が増えるからっすね」
「物増える分にはたぶん問題ないと思うけどなぁ」
「エルならそうっすね。階層主ですら突破できない固有魔法があれば物量で押されて動けなくならない限り大丈夫っす」
「あー、周り全部石積まれたらどうしようもないなウチは。退かされへんし」
「確かにそうっすね。エル1人で外出する時は気をつけるっすよ」
街中でそんなことは起きないだろうと思ったけれど、魔法で岩を作り出されるかもしれない。
ハリセンでどうにかなればいいけれど、物として出来上がったら、魔力を抜いてもその場に残ることは素材とかで試して知っている。
骨や皮の魔力を抜いても壊しやすくなるだけで、ハリセンで叩いてすぐに崩れるわけではない。
水や火であれば魔力と一緒に散らせたから、気をつけるのは土関連だろう。
「じゃあ入るっすよ」
「はーい」
大きな木の扉には特に装飾もないけれど、大人2人が縦に並んでも足りないほど大きく、幅も大人5人分ぐらいある。
なぜこんなに大きな扉にしているのかと考えるも、答えは出ずにシルヴィアが押し開けるのを首を捻って眺める。
扉の先には石製の家具が多く置かれており、ところどころに木の箱や皿にコップなどが置かれている。
広さはウチら30人ほどが入れるぐらいで、家具がなければ休憩に使えるぐらいだろう。
椅子の数も全然足りてないから、休憩には使いづらい。
「ポルターガイスト居ないっすね」
「リビングアーマーもやな。ちゅうか扉閉まってたけど、溢れた魔物はわざわざ開け閉めしてるんやろか?」
「そうなんじゃないっすか?小部屋に入らないように進む道もいくつかあるらしいんで、溢れた魔物は全部そこを通っているかもしれないっすね。小部屋に入らない場合は遠回りっすけど」
「ポルターガイストが待ち構えてるかもしれへん部屋に入るか、迂回して通路を進むかっちゅうことか」
「その先にリビングアーマーがいるかも知れないっすけどね。それは部屋に入っても同じっす」
「ふーん」
いきなりポルターガイストが入ってきた時のためにウチは降ろされないけれど、他の人たちは置かれている石製の机や椅子、棚などを眺めたり触ったりしている。
アンリは石の椅子に座ってお尻が冷たいとボヤいているし、食器を確かめていた人たちは木製かよと興味を失っていた。
金属製の道具は地下18、19階ぐらいに多く出るらしい。
金属のフォークやナイフ、スプーンを飛ばしてくるポルターガイストにすでに会えているウチらは運が良いのかもしれない。
・・・ちゃうか。運が良かったらここに呼ばれることないわな。実力やらを見られて送り込まれとるんやろうけど、アンデッド相手は罰みたいなもんやろ。
しばらく探索して何もなかったから、奥にある扉を引き開けて通路に出る。
ばったりリビングアーマーに遭遇したけれど、全員万全の状態だったからすぐに倒して進む。
そうして何度も小部屋の中を探索しつつ、ポルターガイストやリビングアーマーと戦う。
大きい物が多くてシルヴィアが少し動きづらそうにしていたけれど、ハリセンで叩いて道を空ければ同じだった。
地下14階までと違ってゾンビは出てこなくなり、服や鎧を着たスケルトンが小部屋の椅子に座っていたり、ベッドで横になっていることもあった。
・・・椅子に座ってるのはともかく、スケルトンやのに寝るん?部屋に入ったらガバッと起きて、そばに立てかけていた武器掴んでこっち来たけど……。ようわからんわ。寝るアンデッドってなんやねん。一生寝とけ。
「こうも部屋出入りしてたら、どこ歩いてるかわからんようになるな」
「そうっすねー。扉に傷をつけても少ししたら直って消えるみたいっすよ」
「はぁ〜。目標ぐらい残せるようになればええのに……あ!迷宮の素材やったらええんやろ?看板……は無理やな」
「目印に使える物がないんすよねぇ」
「他の迷宮から木持ってきたらええんちゃう?」
「それは試してもいいかもしれないっすね。組合に提案してみるっす。覚えてたらっすけど」
そんなに重要なことではないから、忘れてしまうのに1票入れておく。
小部屋を通ることで氾濫した魔物とは遭遇しづらくなったことから、小部屋の魔物は外に出ないのではと、請負人たちと話し合ったりもした。
そう考えると色々な小部屋があることが、ある意味罠になっていると納得できた。
何もない砂と岩だけの部屋、家具があるけれど魔物がいない部屋、家具とポルターガイストがいる部屋、ポルターガイストに加えてスケルトンもいる部屋、リビングアーマーがずらりと扉と扉の間に2列で並んでいる部屋、罠がたくさん仕掛けられている部屋など盛りだくさん。
なかには小さな川が流れて少しだけ草の生えた場所もあったけれど、残念ながら看板にできそうな木は見つかっていない。
そうして地下17階へと進み、とある部屋に入った。
「何者だ!」
「うわっ!えっと、請負人っす!」
「え?めっちゃ休憩してるやん。ここ迷宮内やで?なんでやねん」
扉を開けて中に入った瞬間、扉脇に控えていた2人に剣を向けられた。
後ろから覗き込むと、部屋に複数あるテーブルセットでお茶を飲んでいる人が何人もいて、それを囲むように周囲を警戒する人もいる。
なかには石でできたベッドに横になっている人もいた。
その誰もが立派な鎧を着ていて、多少飾りやら塗装やらで違いがあるものの、基本は同じ形だった。
「ん?見ない顔だな。応援の請負人か?」
「はいっす。ウルダー中迷宮都市から来たっす」
「そうか。応援助かる。我々はウヒカ小迷宮都市の迷宮騎士だ。ここまでの話を聞きたいのだが、いいか?あと、子どもを背負っているのは何故だ?」
もっともな疑問だったから、シルヴィアがウチを降ろしながら固有魔法に関することだと濁して答えた。
騎士側もそれで納得したようで、深く追及されることなくこれまでの話に移った。
説明はシルヴィアとトドメ組のリーダーに任せて、ウチはいつも通り水担当として背中を貸す。
トドメ組の全員が並んで水生みの魔道具を使う様子を見て、気になった騎士が声をかけてきたから、同じように水を分けてあげた。
その結果、味に盛り上がって騎士全員に水を提供することになった。
テーブルについていた騎士なんかは、これでお茶を淹れたら美味くなると言い出して、わざわざ沸かして茶葉を使ってお茶にしていた。
ジッと見ていたらウチにもお茶を淹れてくれて、さらには干した果物も出してくれたから、椅子に登って口にする。
お茶も干し果物もこの辺りの物なのか、とても爽やかで鼻からいい香りが抜けていく物だった。
「美味そうに食べるなぁ」
「美味いでこれ!なんか爽やかな感じ!スッキリする!」
「そうか。砂漠に咲くサボテンの花を使った茶に、砂漠でも実るサンドベリーの干した物だ。この付近の名産品だな」
「おー。名産品!他には何かあるん?」
「そうだなぁ……」
お茶と果物をくれたおじさん騎士と話をする。
一緒にテーブルに座っていた人はムスッとしているけれど、怒っているわけではなくいつもこの顔なんだとお茶のおじさん騎士が笑いながらからかっていた。
ムスッとしたおじさんは、名産品の香りの強い花や香辛料、オアシス付近で取れる宝石の話には加わらなかったけれど、お返しとばかりにウチから話した揚げ物やお好み焼き、まんまる焼きに随分と興味を示した。
話の流れで、迷宮を出たら振る舞うことになってしまったけれど、良いのだろうか。
「団長」
「どうした?魔物か?」
「いえ、この先の進み方について請負人と話した結果を報告します」
お茶のおじさん騎士は団長だった。
そしてムスッとしたおじさん騎士は副団長で、他にもいくつかの部隊に分けて迷宮を進んでいたらしい。
魔物の数少しが減った気がしていたけれど、それは迷宮騎士のおかげだったようだ。
・・・それにしても、団長が自分でお茶淹れるんか。迷宮騎士って迷宮伯が任命する貴族ちゃうかったっけ?あ、ウチの話し方不味ないか?怒られてへんから許されたんやろか?次話すときは気をつけなあかんな。




