稼げる階層の魔物
地下11階に降りたけれど、遭遇する魔物は昨日までと変わらない。
瘤付きゾンビや武装したスケルトンがメインで、動物ゾンビや動物スケルトン、半透明な人ことゴーストに、顔と手足のあるモヤの集合体であるレイスだ。
迷宮入り口付近と比べると姿が豪華になっていたり、動きが素早くなっていたりと確実に魔物が強くなっているけれど、今のところハリセンでほぼ1発。
通路が広いせいで大量に迫ってきたら後ろに何体も流れていくけれど、後ろと距離を空けているからなんとなっている。
「そろそろ次の階層の出て来る?本来この階層の動物系はすでに出てるし」
「そうっすね。じゃあ説明するっす。16階からはガラリと変わるっすよ」
「おぉ。ゾンビおらんくなるん?」
「ゾンビとスケルトンはいなくなるっす。動物ゾンビもっす。それで、この迷宮の稼げる階層になるっす」
「えー……稼げる階層地下16階からなん?面倒すぎるやろ」
「だから人気ないんすよ。それで、地下16階からはゴーストやレイスがメインになって、動く鎧のリビングアーマー、周囲にある物を動かして攻撃して来るポルターガイストが出て来るっす。リビングアーマーは鎧の中に魔石がハマっていて、そこから伸びた蔦のような物で鎧を動かしているっす。ポルターガイストはレイス寄りで、モヤの集合体っす」
「ほー。稼げるってことは鎧がそのまま売れるん?ポルターガイストはようわからんけど」
鎧はわかる。
鉄やらの金属でできた物だろう。
迷宮で出て来るということは魔力をしっかり帯びているから、溶かして作り直せば良い物になるはず。
しかし、ポルターガイストは想像がつかない。
周囲の物を飛ばしてくるとは言っても、この迷宮は下が砂で壁と天井は薄い黄色かかった大きな石。
この石が飛んできたら厄介だけど、流石に壁や天井を壊してまで攻撃してこないはずだ。
そうなると砂か小さな石ぐらいしか飛ばす物がない。
もしくは倒された魔物の死体を飛ばしてくるのかもしれない。
「鎧は金属なんで溶かして色々作り直してるそうっす。ポルターガイストは……本来の階層なら色々物があるみたいっすけど、溢れている今はわかんないっすね」
「ん?地下16階からは景色が変わるん?」
「基本の作りは一緒らしいっす。砂と岩っすね。ただ、通路と通路の間に部屋ができていて、その部屋に家具やら食器類やら、武具やらがあるんすよ。それを飛ばしてくる感じっすね。部屋を迂回することもできるっす」
「なるほどなぁ。色々物があるから稼げる階層なんか」
家具に価値があるのかはわからないけれど、食器なら持ち帰りやすいし、武具ならそのまま使える。
さすがに宝箱から出てくるような品質ではないはずだろうが、迷宮産の食器というだけで価値がありそうだ。
少なくともウチは欲しい。
「ただ、せっかく手に入れても、移動中にポルターガイストに出会ったら、持っていた物を操って攻撃してくるそうっすよ」
「えぇ?!せっかく手に入れたのに奪われるん?!」
「そうっす。奪われたくなければ自分の魔力を流すことっすね。ポルターガイストは魔力を放つか伸ばすかして物操ってるらしいっす」
「ふーん。アンリさんが見たらどっちかわかるな」
「そうっすね。放ってたら防ぎづらいっすけど、伸ばしていたら切断することで対処できるようになるかもしれないっす」
今はほとんどのものを皮袋に入れて持ち運び、入り切らない大きな物はできるだけ遠くに投げて距離を空け、その間に倒すという方法が一般的らしい。
そのせいで棚や箱といった大きな物が持ち帰られることは少なく、貴族からは納品があり次第購入すると常設依頼が設けられている。
たまに中堅の請負人パーティが複数組んで、運搬と防衛に分かれて荒稼ぎすることもあるそうだ。
そういうのに参加するのは大抵貴族お抱えの請負人や、私兵が多いらしいけど。
「話していたら来たっすね」
「ん?何か聞こえるん?」
「鎧の音が聞こえるっす」
「果たしてリビングアーマーか、鎧を着たスケルトンか……」
曲がり角の先にいたのは、鎧を着たスケルトンだった。
リビングアーマーはまだここまで来ていないようで、鎧の音だけで判断したシルヴィアのミスだ。
ウチだから問題ないけれど、これが普通のパーティなら誤認が命取りになることもあって、シルヴィアは反省していた。
そうして魔物を倒しつつ、時には休憩しつつ地下13階まで進んだところ、通路の先に光る何かが見えた。
「なんか浮いてるっす」
「ゴーストとかにしては光すぎやな。なんか遠くから見た松明みたい」
「あー、それっすね。松明じゃなくてランタンかもしれないっすけど」
「あの蝋燭か油燃やすやつか。なんでこんなところに?」
「恐らくポルターガイストが浮かせてるんだと思うっす」
「おぉ!ようやくか!じゃあ飛んでくる物に気をつけへんとな!」
固有魔法は問題ないと判断しているけれど、用心するに越したことはない。
飛んでくる物を避けたら、そのまま後ろにいるアンリやトドメ組に被害が出るかもしれないのもある。
ランタンなら燃えるし、ナイフや剣を飛ばしてきたら切り付けられてしまう。
頭に浮かぶ色々な物を意識しつつ、近づいてくる光を見ていると、ランタンの光の周囲に時折キラキラと光を反射する物があった。
どうやら金属の何かも浮かせているようで、さらに近づいてきたところ解体用ナイフのような分厚い物から、食事用のナイフやフォークといった細いものまで様々な物が浮いていた。
そのどれもが金属製で、ウチらが普段使っている木製のナイフやフォークよりも上等だと一目でわかる。
これが稼げる理由のひとつなのだろう。
いくつか持って帰りたい。
「来るっす!エルは大丈夫っすか?」
「問題あらへん!弾けるで!」
「了解っす!」
シルヴィアは両手を広げて、飛んでくるものをできるだけ体で止めようとした。
しかし、その行動はほとんど意味がなく、飛んでくるナイフやフォークは、全てシルヴィアの体に向かってきた。
それをウチの固有魔法がかかった手足を使って弾き飛ばすものの、地面に転がる側から浮き上がっている。
中には弾かれて、空中でクルクルと回っていたのにピタッと止まり、また向かってくる。
払ったら終わりではないし、砕いても破片が飛んでくるらしく、聞いてたより面倒な相手だ。
「エル!ハリセンで叩き落として欲しいっす!」
「任せときぃ!」
くるりと背中を飛んでくる方に向けてもらい、背中合わせのウチが正面にくる。
シルヴィアの体に向けて飛んできていた色々なものは、小さなウチからすると全身を狙うような軌道で迫り来る。
そのほとんどを固有魔法で受け止め、なんとか狙いを絞ったフォーク数本だけハリセンで叩き落とす。
降り注ぐように何十本も飛んでくる物を、的確に叩けるほどウチは器用ではないし、そもそも数が多すぎて目が滑る。
気づいたら弾かれて地面に転がるナイフを見るほどだ。
「エルが叩いたやつは動かなくなったっすね!このまま全部叩き落としてほしいっす!」
「できるかなぁ?まぁ、頑張るけども」
シルヴィアの示した先には、叩き落としたフォークが動くことなく転がっている。
そのフォークよりも後にウチに当たり、地面に落ちたナイフやらはすでに浮かび上がっているから、ハリセンで叩いたことで魔力が抜けた結果だろう。
全てを叩き落とすのが先か、魔力が復活して攻撃に加わるのが先か、結果は復活する方が先だった。
「あかん!キリないわこれ!先に本体叩かな!」
「ランタンの光のせいで奥が見えないんすよ!エルの固有魔法なら大丈夫なはずっすけど、突っ込むっすか?」
「突っ込むのはウチの十八番や!行くでシルヴィアさん!」
「おはこが何かわからないっすけど、行くっす!」
「得意技みたいなもんや!」
「じゃあ最初からそれでいいっす!」
「なんか口から飛び出たんや!」
前に進んだウチらを追いかけるように飛んでくる色々なものを、叩き落としたり弾いたりしながら浮かぶランタンの下を駆け抜ける。
すると、光がうっすらとしか届かない場所に、何やらモヤの塊が3つ浮かんでいた。
ゴーストやレイスと違って顔や腕はなく、どちらかというとスライムに近い見た目かもしれない。
白く濁ったモヤの塊は、ウチの足から首までぐらいなら覆えるほどの大きさで、目を凝らすと中で魔石がぐるぐると動いているのがわかる。
「とりあえず叩くで!」
「任せたっす」
まっすぐモヤに向かってシルヴィアが走り、直前でくるりと背中を向ける。
するとウチの目の前にモヤの塊、ポルターガイストがくるので、振り上げておいたハリセンを叩きつけるだけだ。
「まいどー!」
スパンと気持ちのいい音が響き、モヤがボフッと霧散して魔石が落ちる。
その光景にポルターガイストたちも慌てたのか、ボコボコと泡だったような動きをして、四方八方から物を飛ばしてきた。
距離を詰めるまでに叩き落とした道具も、1体倒したことで制御が切れて転がった道具もだ。
しかし、どれだけ大量の物を飛ばそうとも、ウチの固有魔法を突破することはできず、勢いそのまま弾かれて転がる。
その間にポルターガイストへと近づき、1体ずつ叩くと、再度浮き上がっていた物も全て地面へと落ちた。
「刃物飛んでくるのめっちゃ怖いな……。いくら大丈夫やとわかっててもビビるわ……」
「わたしは大丈夫と言うエルを信じるだけっす。一応自分で払うようにはしてるっすけど……」
「えぇ?!信じてるんなら何もせんと受け止めてや!」
「いやー、それは怖いっす。万が一があるかもしれないっすし、1人の時に判断できなくなったら困るっす」
「あー、ウチおらんのに受けたら怪我するもんな……」
ウチは固有魔法を自分で切れないから、常の安全だ。
魔力を放出し切る方法は、自力ではできないから例外。
そんな固有魔法の恩恵を受けることが多いシルヴィアは、ガドルフたちと依頼を受けることもあって、自衛能力は必要な上に音を消して移動したり、物陰に潜んだりと色々やることがある。
シルヴィアがどれだけ頑張っても、ウチは気配を消すというのがわからないし、音を消して歩くことすら上手くできない。
背負われているから音が出ないかと思いきや、身じろぎ1つで魔物に発見されることもあるから、そもそも隠密には向いていない。
いつだって固有魔法全開で正面突破しかない。
「飛んできた道具の回収はトドメ組に任せて、先に進むっすよ」
「了解や!アンリさん!ウチ金属のナイフとフォーク欲しいねんけど!」
「回収しておく」
「よろしゅう!」
回収を任せて進むと、またゾンビやスケルトンの群れに出会い、それを何度も蹴散らしていく。
厄介なことに、この群れにポルターガイストが混じり始めたせいで、本体を吹っ飛ばされて動かなくなったゾンビやスケルトン破片を飛ばしてくるようになった。
時には壁のように周囲を囲んできたりと、嫌らしい戦い方をしてくるので、ハリセンを振る回数が増えたのに戦闘時間も大きく増えるというイライラする状況だ。
細かい破片はハリセンで叩きづらく、1体のポルターガイストで動かせる数に限りがありそうだけれど、溢れているから同時に複数体出てきてたくさん飛ばしてくる。
近づこうにもゾンビやスケルトンが邪魔で、無理やり突破したらトドメ組に向かう数が増えた。
「んあー!こう!ハリセンを飛ばしたりできへんかな!」
「投げたら消えるんすよね?」
「せやな。ウチの手から離れるとすぐ消えるねん」
「いっそのことゾンビやらは後ろに任せて、ポルターガイストに突っ込んだ方が早くないっすか?」
「うーん……やってみる?」
「じゃあ声かけておくっす」
そう言ってシルヴィアが後ろに向けて指示を飛ばす。
おじさんたちの返事が聞こえたらゾンビとスケルトンを掻き分けるように前へと進んでいく。
ウチがハリセンで叩いたり、細く伸ばして突いて距離を空けたり、シルヴィアが足払いを放ったりと、押し退ける以外にも色々工夫した。
細いハリセンで突いただけでは破裂せず、少し動きが鈍くなる程度だったけれど、足を狙えばがくりと膝を付くから随分進みやすくなった。
そこを復活する前にトドメ組が叩き切り、体内の魔石を抜き出しているのを、背負われた状態で眺めていると、ポルターガイストのところまで来れた。
「任せたっす!」
「よっしゃあ!」
構えていたハリセンを大きく振る。
ポルターガイストはふよふよと動くモヤの塊なので、ゴーストやレイスのように自在に動かない。
その分色々な物を動かして攻撃や防御をするけれど、叩くだけなら簡単な方だ。
スパンと気持ちのいい音と共に霧散して魔石を落とす。
周囲に浮いていた物がガラガラと音を立てて落ち、残ったのは服装や瘤の有無が違うゾンビに装備が違うスケルトン。
ポルターガイストが一番奥にいたため、ウチらとトドメ組で挟んだ状態だった。
後はゾンビをウチが優先して叩き、トドメ組がスケルトンを中心に倒せば殲滅完了となる。
「ふぃ〜。やっぱゾンビ嫌やな。汚いわ」
「破裂するのをこの距離で見たら、エルなしで入ろうとは思わないっす……」
ポルターガイストが動かしていた物や魔石を拾いながら、ゾンビの体液がぶち撒けられた惨状を見て呟く。
シルヴィアだけでなくアンリやトドメ組も頷いていた。




