動物は好きやけども……
起きたら全員準備が整っていた。
シルヴィアとアンリに手を出されながら身だしなみと寝床を片付け、急いで用意された朝食を取る。
寝ている間に階層主は復活していたからもう一度倒す。
野営前に倒した意味があったのか疑問に思って首を傾げていたら、気づいたトドメ組の人が教えてくれた。
「階層主は復活する時の魔力消費が同じ階層の魔物と比べるとでかいんだ。だから、迷宮全体で魔力が共有されているとしたら氾濫に対する魔力消費になるだろ?」
「共有されてなかったら?」
「素材がうまいだろ?」
「鎧と槍でも?食べられへんで?」
「階層主の装備は同じような魔物が持ってい物より上等だからな。見習いには重宝するから売れるんだぞ。それに武具は組合の練習用武器にもなれば貸出にも使える。金属ならいらなくなれば溶かして再利用できる。倒しておいて損はないんだ」
「なるほどなー。素材はみんなが持つし、邪魔にならへんならええか」
「貴重なボーナスだから、売れそうなやつは持って帰ると酒が増えるしな!」
「また酒か!みんな酒好きやな!」
「当たり前だろ!酒と美味いもんと遊ぶために請負人になったんだ!そうじゃなきゃ細々とした仕事を続けりゃいい。豪遊できないけど安定した生活は得られるからな」
「なんとなくはわかる。ウチも美味いもん好きやし、いろんなことするのはお金かかるからな」
屋台の運営に新しい料理挑戦、魔道具開発などだ。
屋台の運営はしっかり利益が出ているけれど、料理挑戦は自分たちで消費するだけだし、魔道具開発はアンリにやって欲しいことを依頼して作ってもらい、それを使いながら改善してもらうから何度も作り直すためお金がかかる。
ウチはミミの主だから、ウチを含めて2人分の服や雑貨を買う必要もあるし、借りている家の家賃だってある。
パーティ資金から出しているけれど、その資金に入れるお金も稼がないといけない。
何より、請負人として迷宮に入るのは楽しいから、物作りなどの他の仕事に就きたいとは思っていない。
「地下6階っすけど、本来の瘤付きゾンビやらが追い立てられて地下3階に出てきていたっす。なので、少し進んだら11階以下の魔物も出てくるはずっす」
「どんなん出てくるん?またゾンビが面倒になったり、スケルトンの装備が豪華になるん?」
「お。エル鋭いっすね。その通りっす。瘤の数が増えたゾンビや瘤に手足が生えたようなゾンビ、武装が一応売れるぐらいの物になったスケルトンに、更に効果が強まったゴーストとレイス、加えて動物のゾンビとスケルトンも出てくるっす」
「はー。なんか種類が多いな。属性持ちにはならへんの?」
「魔石に属性は宿ってるみたいっすけど、それを活かした攻撃をしてこないんすよ。もう少し進んだら魔法攻撃してくるみたいっすけど、詳しくは出てきたらで良いっすか?まずはすぐ出てくる奴に対処したいっす」
「せやな。一度に聞いても覚えられるか不安やし」
お楽しみは後に取っておく、というわけではないけれど、まだ出てこないのならば興味が移らないよう聞かない方がいい。
興味を引いた物にすっ飛んでいくウチを何度も見ているシルヴィアだからこそ、後回しにされても文句はない。
買い物の途中で何度寄り道したことか。
むしろ寄り道しないで済んだことの方が少ないぐらいだ。
「お。地下7階にしてようやくお出ましっすよ」
「え?通路の先には何もないけど?」
「曲がった先から獣の唸り声が聞こえるっす」
「ホンマに?何も聞こえへんわ。さすが身体強化やな」
アンリはミミから一点に集中して強化する方法を学んだ。
その結果、耳に強化を集中して集音性を高めることができるようになっている。
修行中にウチが「一ヶ所に魔力集めるだけやろ?すぐできそうやん」って言ったら、ミミに「そんなに簡単じゃないんだよ!」って怒られたのは記憶に残っている。
ぎゅっと集めるのではなく、隙間をなくすようにぐるぐると大量の魔力を流さないといけなくて、隙間を詰めすぎると一気に流れが変わって制御できず、体に負担がかかるらしい。
そんな耳に魔力を集中して流したシルヴィアが、曲がり角の向こうにいる獣の唸り声を聞いたようで、後ろにも伝えたら一気に集中しだす。
獣がゾンビになっただけなのにと疑問に思ったウチの視界に、壁にぶつかりながら一気に距離を詰めてくるオオカミの集団が向かってきた。
「めっちゃ速いやん!」
「ゾンビになったせいか、力のタガが外れてるんす!普通のゾンビも掴まれたらなかなか抜けられない上に、噛みつかれたら肉を簡単に引きちぎるんすよ!」
「もっと早く教えてほしかったわ!」
「エルの固有魔法からすると急ぎの情報じゃないっす。むしろ今言った方が集中できるはずっす!」
「悔しいけど!その通り!やわ!」
話しながらハリセンを振る。
速さに驚いて少し焦ってしまったけれど、その分オオカミゾンビに集中でき、飛び掛かってきたところを上手く叩けた。
動きは早いし噛みつかれたら厄介そうだけど、ハリセンで叩いたら弾けるところは人型ゾンビと変わらず。
しっかり見ていれば対処できることがわかったから、瘤に手足が生えたようなゾンビの対処をしながらオオカミゾンビも叩いていく。
・・・オオカミゾンビよりも全身瘤の方が厄介やな。なんちゅうかめっちゃ汚いし。普通に倒すなら槍で突いたり、遠くから矢を当てても破裂するらしいからまだ倒しやすいみたいやけど、破裂した時に飛び散る液体が危ないな。スケルトンもしゅーしゅー音立てて煙出しとるし。武器も結構ダメージを受けるから、整備が間に合わなくて壊れることもあるらしいから、面倒さがすごいわこの迷宮。なんやねん。もっと素材や美味いもんしてほしいわ。
「次はボアっすね。ゾンビボア。牙が出てるんで突進に注意ってところっす」
「ボアかー。ゾンビやから肉食べられへんし、なんかしょんぼりするな。ちゃんと戦うけども」
ライテやウルダーでなら、進んでいる請負人全員が食べられるぐらい大きいボアも、腐っているため食べられない。
一瞬、肉は熟成させた方が美味しく、腐りかけた部分を取り除けば、なんてことが頭をよぎったけれど、この迷宮の肉はそういう腐りかけとは別種なので頭から追いやった。
どう考えても食べられるようになるものではないし、全身毒のような物だからだ。
「次は猫っすか」
「猫かー。ウチ犬派やねん」
「じゃあ問題なく叩けるっすね」
「まぁ、魔物やし!あ!街中の猫や犬は叩かへんで!」
言い合いながら迫り来るキャットゾンビをハリセンで叩く。
小さい分素早いため何度かから振ったけれど、ウチに攻撃を仕掛けて弾かれた隙を狙って叩けば、しっかり対処できる。
迫り来るところを叩いた方が格好いいから憧れるが、それは追々だ。
「なんちゅうか……いくら猫でもゾンビになったら可愛くないな」
「一部の皮は剥げているし、肉や内臓が飛び出てるっす。さすがにこれを可愛いと想うのは異常っすよ」
「せやな」
猫の後も動物のゾンビはたくさんの種類が出た。
ボアにオオカミ、猫に犬、シカや猿にイタチ、果てにはトラやカバなどもだ。
種類が多すぎるとこぼしたウチに対してシルヴィアが、動物のゾンビとして一括りで、ライテ小迷宮でいうスライムの属性違いのようなものだと言った。
武装したスケルトンであれば武具の違いが種類になり、人型ゾンビも体型の違いや毒液を吐いたり瘤が付いていたりするが、それを含めて人型ゾンビという種類になる。
分類は面倒だと考えていたら、次に出てきたのは動物の骨だった。
動物スケルトンは動物ゾンビと同じような動きをするけれど、骨だけで身軽なせいか動きが速く、魔力で強化された骨はとても硬いらしい。
しかし、ウチのハリセンによればどちらも同じで、叩けば破裂するかのように砕け散って、魔石を抜き出すだけで終わる。
何度か空振りすることはあったけれど、攻撃を受けないことも合わせてなんとか対処できた。
「なんか人型の時より数が多ない?」
「動物は群れで行動するとかじゃないっすか?まぁ、群れを作らない種類でも数で押し寄せてくるっすけど。どうせ溢れたやつが合流したとかっすよ」
「魔物のことやし考えてもわからんな」
襲いかかってくる魔物をハリセンで叩きながら進み、何度も休憩や野営を挟む。
一度眠りについたらなかなか起きないウチと違って、シルヴィアは戦闘のたびに起きて手伝っているらしい。
溢れた魔物のルートから外れた場所で野営をしていても、流れてくる魔物もいれば、この階の魔物も移動してくる。
投げ槍や弓で瘤を近づかれる前に破裂させ、スケルトンたちとは近接戦闘を繰り広げる。
パッと見ただけだと骨に武具をつけただけのスケルトンよりも、腐っても肉が付いているゾンビの方が強そうだけど、実際に強いのはスケルトンだ。
魔力を流す物が限られているからか、骨は非常に硬くなって武具もしっかり強化される。
さらには肉に阻害されないため、人体では不可能な動きも可能で、腰を軸に一回転したり、背後をとっても半回転して対応してくるのを、食事をしながら眺めている。
移動中はウチが担当するけれど、休憩どきぐらいは戦わせてくれないと鈍ってしまうと言われたからだ。
「ええでええで!そこや!あ!後ろ取ったからって気ぃ抜いたらあかんで!後ろに弓持ち増えたから注意や!あんま前に出たら囲まれるやろ!気ぃつけや!お!足元を猫のスケルトンが移動しとるで!その後ろに犬もおる!」
「観戦気分すぎるだろ!助かるけどよ!」
「ウチはいつでもいけるで!」
「この程度の魔物なら問題ねぇよ!安心して食ってろ!」
声援を送ることに夢中で止めていた食事を再開する。
シルヴィアはすでに食べ終わり、アンリは魔法で援護しに向かっている。
仮に無言で食べたとしても、2人の食べる早さには敵わないけれど。
「うっし!寝起きの運動は終了だ!」
「軽く食ったら出発でいいぞ」
「エルちゃん水ちょうだい!」
「ええで。ほい」
水を求めてきた女性の請負人に背中を向ける。
移動中はそれぞれで水を出してもらっているけれど、背中が空く野営や休憩する時はウチから取ってもらっている。
いざという時のために魔力は温存していてほしいし、どうせ垂れ流しているのだから有効か利用したい結果だ。
ウチの水は全員に好評で、誰もが味の違いを考えたけれど、魔力の質ということで落ち着いた。
・・・魔力の質なら他の人らでも味違いそうやねんけどな。飲ませてもらったやつはどれも同じ感じやし。どこかに果実水が出る人おらんかなぁ。おったら屋台で人気者になれるで。
「ほな、ぼちぼち行くかー」
「背負うっす」
「よろしゅー」
シルヴィアに背負われて先に進む。
最初の方に降ろしてもらった時は、いきなり襲いくる臭いに吐いていたけれど、今となっては覚悟して降ろせば耐えられるようになっている。
それでもウチを背負った後は、しきりに匂いを嗅いで違いを確認しているけれど。
ちなみに他の人たちはすでに慣れきっていて、食事の匂いに混じっているはずの腐肉の臭いは気にしていない。
ウチは若干臭いかな程度で済んでいるので、食事に支障はない。
「しばらくは獣系のゾンビとスケルトンに注意っすね」
「獣のゴーストやレイスはおらんの?」
「そういえば調べた中にはいなかったすね。直接攻撃しないっすし、空を飛ぶから身軽だとか関係ないんじゃないっすか?」
「あー、飛びながら壁すり抜けてくるもんな。動物っぽい素早い動きはあんま意味ないか」
ゴーストやレイスは魔石を中心にモヤを纏った魔物で、ゴーストははっきりと人型を取り、階層が進むについれて服装がどんどん良くなっている。
レイスも人型だけれど、下半身は一本の帯のような感じで、こちらは階層が進むとモヤが濃くなっていく。
そのどちらもが微かな声を出しながら空を飛び、時には薄い黄色っぽい石でできた迷宮の壁を貫通してくる時もある。
モヤが貫通するのはわかるけれど、実態のある魔石がなぜ壁を越えられるかというと、どちらも透明化なる魔法を使えるからで、それは一時的に物理攻撃を透過するものだった。
当然魔力を込めていたとしても、剣や槍、矢などは当たらなくなり、ゴーストやレイス魔力量を超える威力の魔法で攻撃するか、ウチのハリセンのように魔力を直接攻撃できる何かが必要になる。
使い捨ての魔力爆弾なる魔道具があって、トドメ組が念のため持っているけれど、ウチがいれば使うことはないだろう。
アンリは戻ったら魔道具屋へ直行しそうだけど。
・・・複数の魔石から1つの魔石に大量の魔力を流して暴発させるなんて、なんちゅうもんを作ったんや。危なすぎるけど、鉱山の発破にも使えるらしいし、魔石ばっかり取れるここの貴重な商品っぽいな。魔石いっぱい使うからお高いけど。
色々話しつつ溢れた魔物を討伐しながらも怪我人なく順調に進み、ウチらは地下10階まで進んだ。
この階層の主はビッグゾンビと呼ばれていて、腐っていても発達した筋肉からは強力な攻撃が繰り出されるし、魔力で動いているから無茶な動きもする。
さらには周囲にいる瘤に手足が生えたようなゾンビを投げてきて、爆弾のように扱ってくるため、近距離と遠距離どちらにも対応できるなかなか厄介な階層主だった。
しかし、そんな階層主もウチの固有魔法には効果がなく、ベアロですら見上げないといけないほど大きな魔物でも、ハリセンで叩けば破裂してボロボロになっていく。
頭を叩くために足を先に壊し、身長が低くなったところで首元を勢いよく叩いて爆散させる。
後に残った体から魔石を抜けば討伐完了で、周囲の|《瘤》ゾンビを倒したら階層主前の広場に戻って休憩だ。
「この階層主は3日で復活なんで、明日は戦闘なしで降りれるっすよ」
「溢れた魔物が登って来えへんかったらな」
「そうっすね」
会話もそこそこに、軽く運動してから食事をとった。
ずっと背負われたままハリセンを振っているから、運動不足が心配になっている。
主に足の方で。
「んじゃ、ウチ寝るわ。水は勝手に取ってええで」
「おう!警戒は任せろ!」
「おやすみ!」
「しっかり寝て大きくなれよ!」
「うっさいわ!これからやねん!……お休み〜」
トドメ組軽く話してから、階層主と戦っている間に用意してもらった寝床に寝転がる。
横になったらすぐに眠気に負けた。
いくら固有魔法でも自分の眠気には勝てない。




