ウヒカ小迷宮地下1〜5階
ウヒカ小迷宮は砂漠の中にある水源、オアシスの近くにある。
ライテ小迷宮と同じような洞窟タイプで、地下に潜るほど出てくる魔物が強くなっていく。
少し白っぽい黄土色の石でできた入り口を潜ると、現れるのは一歩一段が大きないつもの階段で、普段なら静かできれいなそこには、ぶぶち撒けられた腐肉や汁がこびり付いている。
後続のトドメ組は階段を降り始めたところだけど、全員が嫌そうな顔だった。
「来るっす」
「ゾンビもスケルトンもゴーストも大丈夫やで」
「ビッグ沼地ガニが問題なかったから心配してないっすよ。まずはハリセンなしでどうなるか見てみるっす」
「何を見るん?」
「ゾンビやスケルトンは近くの生き物に集まる習性があるみたいなんで、普通に進むとどうなるか気になるんすよ」
「あー、何もせんでもウチらの周りに集まってくれたらええなってこと?」
「そうっす。そうすれば後ろに回った奴だけエルがハリセンで叩けばぐるぐる回る必要が減るっす」
「確かになぁ」
階段を降りながら説明してもらった地下5階までは、動きの遅いゾンビ、何も持っていないスケルトン、動きを鈍らせてきて徐々に生気を奪うゴースト、精神に負担をかけて不調にしてくるレイス、駆け足程度に動けるゾンビの順で出てくる。
今ウチらの前に出てきているのはそれら全部で、少し進んだら地下10階までの特殊な攻撃をしてくるゾンビや、武装したスケルトンに、しぶとくなったゴーストやレイスが出てくるだろうと予想されている。
すでに地下5階のゾンビが地下1階まで来ているのだから、その予想は正しいと思って行動することになった。
「うわぁ〜……近くで見るとめっちゃ気持ち悪いなぁ……」
「虫の裏側とか嬉々として見るエルでもダメっすか?」
「虫は格好いいし、可愛いものが多いやん。でも、この腐った顔や這ってる虫はあかんわ。気持ち悪いだけや」
「そうっすか。じゃあさっさとハリセンで気絶させてくださいっす。勝手に寄ってくるのはわかったっす。あまり離れていると無視して進むこともっす」
「ほーい」
ウチは手を伸ばしては固有魔法で弾かれているゾンビの頭にハリセンを振り下ろした。
すると、スライムと同じとまでは言えないけれど、なぜか腐肉が弾け飛び、胴体から魔石が飛び出している状態になった。
「こんにちは?」
「何言ってるんすか……。というか、ゾンビでもそうなるんすね。魔力で腐った肉体を動かしているから、魔力が弾けるのに合わせて体も弾けてるっぽいっすね」
「シルヴィアの言う通り。しかも、魔力が弾け飛んだ衝撃で上手く魔力が回らず動けなくなっている」
「アンリさん!直接魔石抜き取るなんてやるやん!」
「出てきているなら掴んだ方が早い」
「それはそうやけども……。いくら手袋しとるからって、そこに手を突っ込むのはどうなん?ナイフで抉り出してもええやん」
「大丈夫。手袋の予備は沢山ある」
「あー、ナイフ買い換えるよりかはええんか」
ウチがハリセンで叩いて魔石が露出したら、アンリが素早く手を突っ込んで抜き取る。
トドメ組はそのやり方に引いているようで、剣先で抉り出す人もいればナイフで抉り出す人もいるけれど、直接手を突っ込むのはアンリだけだった。
群がってきたゾンビの次はスケルトンを相手にしたけれど、ゾンビよりも動きが遅くてこれでよく魔物が務まるなと思いながら叩いた。
結果はゾンビよりも簡単に砕け散り、重い魔石が足元に転がって、骨片は後ろに飛び散って近くにいた請負人にかかるほどだった。
しかも、全く再生する兆しがなく、簡単に魔石を回収することができた。
ほとんどスライムと同じ感じだった。
「俺たちいるか?」
「トドメ要員じゃなくて魔石抜き取り要員だな」
「気を抜くなよ。エルの嬢ちゃんの手が届かない魔物はこっちにくるんだからな」
「そうだな。向こうに魔物が集中するから、溢れているにしては楽な方だし、しっかり稼ぐぞ」
「おう」
ウチらは広い通路の真ん中に陣取っていて、向かってくる魔物のほとんどがウチらを狙ってくる。
当然渋滞するけれど、魔物が押し合ってもウチらには影響がないから詰まってしまう。
押し出されて横に逸れた魔物は、後ろにいるトドメ組を狙うようになるけれど、20人以上もいる請負人に対して少しずつ向かうだけだから、問題なく対処できていた。
やっぱりゾンビに近づかれる時は嫌そうな顔だけど。
「臭いを感じなくする魔道具とかないんかな?」
「どうすればそんなこと実現できるんすか?」
「こう……痺れ薬を鼻に塗るとか?」
「顔の感覚なくなりそうっすね」
「あー、じゃあ風で周囲を覆うとか?」
「周りの空気が濁っているなら、風を纏っても意味ないんじゃないっすか?」
「でも、水生みみたいに風出せばええんちゃうん?周囲の風じゃなくて新しい風出せば」
「それはいけそうっすね。制御が難しい上にずっと魔力を出し続けるのに消耗しそうっすけど」
「あー、ずっと使うもんな。難しいかー。あ!じゃあ前に手に入れた風が出る布は?あれは魔石よりもうんと少ない魔力で風出るやろ?」
「いけるかもしれない。ただ、人数分用意するのに費用がかかるし、値段も高くなる」
「もともと高級品やったなあれ」
わくわく沼で手に入った魔道具や素材は他にもあるけれど、今のところガドルフが使うようになった飛刃剣以外は、売ったり保管している。
使う場所が限られているものは売り、便利そうだけど今は使わない物は魔力鍵付きの箱に入れているし、ウルダーの請負人組合に保管料を払って預けている。
ちなみに仮にウチらが全員行方不明になった場合、最後に訪れてから1年経過すると鍵を壊して中身は組合のものとなる契約だ。
そんな箱の中の物を取り出すには、ウルダーへ戻らないといけないため、これも実現できない。
臭いには我慢してもらうしかなさそうだ。
「ゴーストっす!」
「レイスも」
「おぉ!あれがレイスか!怨念がここにおんねん!」
「何言ってるんすか?」
「シルヴィア跳んで近づいて。エルはハリセン」
「へーい」
ゴーストは人型で薄らとだけど服を着ているのもわかるし、苦悶に満ちた表情を浮かべている。
対してレイスはぼんやりとした塊に手が生えた程度で、ずっ「おぉぉぉ」と呻いていてうるさい。
この声を聞き続くだけで少し精神に影響するようで、トドメ組は臭いとは違った嫌な顔をしてレイスを睨んでいる。
そんなゴーストやレイス漂っているところにシルヴィアが飛び上がり、念のため伸ばしたハリセンで叩いていく。
スパンと音が鳴ったかと思ったら、ゴーストやレイスの体は霧散して、魔石が下に落ちていくのを繰り返し、ほとんどを倒すことができた。
うちらに向かって来なかった奴はアンリが魔法で倒している。
「飛ばれるのは面倒やなぁ。こう、吸い寄せられへんかな?」
「話に聞くスライムの溶解液を吸い出したみたいにっすか?できるんすかねぇ?」
「実態がないから空気を吸っても近づけられないはず。魔力を吸う素材があればできるかもしれない」
「ふーん。うまいこといかへんなぁ」
「簡単に便利になると考える方がダメっすよ。もちろん考えることは良いことっすけどね」
「せやな。試行錯誤するんはアンリさんに任せるわ。ウチはなんかいい感じになったらええなって言うだけ」
「それぐらいでいいんすよ。全部やろうとしたらダメっす」
話しながらゾンビやスケルトンを叩く。
しばらくそうして戦っていると、徐々に押し寄せてくる数が減ってきた。
氾濫は魔物の討伐が間に合わず、どこかの階層で魔力が一杯になった時に起こるようで、魔力を消費するために魔物を生み出す余裕を作るため、今いる魔物を弱い階層に移動させていると考えられている。
そのため、追い立てられる側としても波があり、今はちょうど出来上がった魔物の群れと群れの間になっているはず。
先に進むなら今ということで、組合で管理されている地図の写しを見ながら階段へと向かう。
基本的に追い立てられた魔物は階段へ向かうため、階段から階段のいくつかあるルート上が危険となり、ルートから外れた場所には移動から追い出された魔物が遠回りのため移動する。
帰って来なかった見習い上がりのパーティは、この押し出された魔物にやられたんだろうと言われていた。
「あかん!腕疲れてきたわ!」
「片手ずつ振れないんすか?重さはないんすよね?」
「おー。それでやってみよか。いつも両手で全力振りやからな。なんかその方が気分上がるやん?」
「まぁ、気持ちはわかるっす。勢い大事っすよね」
「そうそうそれそれ」
群れを3つ潰し、ようやく地下2階にたどり着いたところで振り回していた腕が疲れてきた。
若干背中も痛いし、一度降りて伸びをしたいぐらいだけど、まだ群れと戦っている途中だから、シルヴィアの助言通り片手で軽く叩くように変えた。
そのせいか、ハリセンの威力が落ちたことでゾンビの魔石はこんにちはしなくなったけれど、頭が弾けるのは変わらないためトドメ組が魔石を抉り出す。
スケルトンやゴースト、レイスは軽く叩いても弾け飛ぶから問題なく対処できた。
「次の階層の魔物はまだなん?結構倒した気がするねんけど」
「そうっすよね。そろそろ来てもいいはずなんすけど」
「氾濫の仕組みは謎。一説によると溢れた階層の魔物生成では間に合わず、他の階層でも一気に魔物を生み出しているのではとも言われている」
「おー。アンリさん物知りやな」
「あくまでそう考えられているだけ。ここも落ち着いたら研究者が訪れて色々話しを聞かれるはず。その対象はエルとシルヴィア。私は逃げる」
「えぇ?!ずるいわそれ!」
「そうっす!ずるいっす!」
「話すの面倒」
そう言ってアンリはウチらから距離を取り、トドメ組まで下がった。
せめてウチらとトドメ組の間にいてほしいけれど、次の群れが迫ってきたら同じことだから諦めた。
まだまだ言い足りないけれど。
「お。スケルトンが武器持ってるっす」
「めっちゃボロボロの武器やな!」
「そうっすね。後ろにはボロボロの革鎧つけてるやつもいるっす。ここからは地下6から地下10階の魔物も混ざるみたいっすね」
「まだ地下3階やのにな」
地下3階に降りて半分ほど進んだところで、ボロボロの剣やナイフ、革鎧や盾を装備したスケルトンが群の中に含まれていた。
足が骨だからカツカツ鳴っていたところに、武具のかちゃかちゃが追加されて、気配とか全くわからないウチでも近づいてくるのがわかるほどだった。
武装したスケルトンが出現するということは、腐った液体を吐き出すゾンビや、体にできた瘤を爆散させて体液を撒き散らすゾンビも出てくるし、ゴーストやレイスも少し色が濃くなって能力が強くなる。
ゾンビの体液がかかると毒になるだけでなく、風邪を酷くしたような病気にもなるようで、近づかなくても倒せるように魔法使いや使い捨ての攻撃魔道具が活躍する。
ウチらは突っ込むしかないけれど。
「うげ〜。めっちゃ汚いやん。なんで頭破裂させたら体の瘤も連鎖して破裂すんねん……。こいつら嫌われるのわかるわ〜」
「わたしも近くで見るの嫌っす……。エルの固有魔法がなかったら迷宮に入りたくないっすよ……」
瘤付きゾンビや毒吐きゾンビとも遭遇して倒した。
ゾンビやスケルトン、ゴーストからは相変わらず魔石しか素材は手に入らず、少しだけ大きくなったかなという程度だ。
武装したスケルトンを倒したら、持っていた武具を回収できるけれど、錆や傷だらけでボロボロだから拾うことなく放置している。
もう少し下の階層なら回収できる武具も出てくるけれど、そこまで来るのに瘤付きゾンビなどとも戦わないといけないから、ここの人気がないこともわかる。
・・・見習いのうちから素材の取れへん魔物を相手にする上に、迷宮内はめっちゃ臭い。ほんまハズレやんこの迷宮。少し進んだら厄介な毒や病気を撒き散らしてくるし。別の迷宮に行くためのお金を稼ぐための我慢して戦ってるんやろうけど大変そうやなぁ。食料も他の街から仕入れるしかないからお金もかかる。ここの領主は心労でハゲとるんちゃうか。あるいは食が細くなってガリガリに痩せこけとるとか。
「ようやく地下5階っすけど……後ろは大丈夫っすか?」
「瘤付きゾンビはウチらが対処したから、向こうは問題なさそうやで。多少戦闘はあったけど、さすがに選ばれただけあるわ。みんな無茶せんとしっかり戦ってるから安心して見てられるで」
「それは良かったっす」
3日かけて地下5階まで進み、道中の怪我人は0だ。
ゴーストやレイスによる精神的な負担はあったようだけれど、それは時間をかけてゆっくり休むか、魔力を流して押し返すと対処できる。
足元中心に少しばかり汚れてはいるけれどまだまだ元気そうだ。
その元気は地下5階の階層主前広場で行う野営の見張りに使ってもらうけれど。
普段は階層主しかいないはずだけど、氾濫している今は階層主の後から下の階の魔物がやってくるから見張りが必要となる。
「じゃあわたしたちで階層主倒してくるっす」
「任せた。こっちは野営準備を進めておく」
「よろしくっす」
地下5階の階層主は金属の鎧を着て、金属の槍を持ったスケルトンと、ボロボロの剣を持ったスケルトン4体。
最初の階層主なのに同時に5体出てくるところも不人気になる理由の一つだろう。
素材は鎧と槍と魔石で、骨は相変わらず放置となる。
最初の階層主ということで復活間隔が短く、1日に3回復活するほどだから、ウヒカ迷宮騎士が内部の間引きに向かって進んでいるけれど、日も開いたことで既に復活している。
しかし、ウチにかかればスケルトンは脅威ではなく、迫る武器を固有魔法のかかったシルヴィアが掴んで動きを止め、ウチが叩くだけで終わった。
「いやー、呆気ないっすね」
「相性のおかげやな」
シルヴィアが魔石を回収してから鎧と槍を持って、来た道を戻る。
背負われたウチの正面には降りる階段へと続く道があるから、魔物が上がってきても叩けるようハリセンを準備していたけれど、ちょうど群れの間だったのか、合流するまで魔物が出て来なかった。
しかし、安心したのが悪かったのか、食事中に上がってきてしまい、急いだアンリがウチを放り投げて魔物の先頭を崩し、そのままハリセンを振り回す羽目になった。
散々な食事を終えたら、明日に備えてウチは寝る準備をする。
シルヴィアに手伝ってもらいながら体を解し、簡単に拭いたら眠気に負けた。




