ウヒカの現状と今後の話し合い
受付職員の案内で組合長の部屋に入ると、ボサボサの髪に寝不足で隈を拵えたおじさんが片手を上げて迎えてくれた。
体は鍛えられているのかがっしりとしていて筋肉質、背はガドルフ以上ベアロ以下という、よく見る大人の男性の中でも高い方だ。
眠そうな目のまま応接用の椅子にウチらを促し、職員に水を入れてくるよう指示したらおじさんも向かいに座った。
「で?どこからの救援だ?」
「ウルダー中迷宮都市だ」
「ほう。迅速な対応だ。ありがたい」
話しながら手紙を開くウヒカ組合長。
少し読み進めるとウチとシルヴィアをチラチラと見始め、最後には手紙とウチを見比べた。
似顔絵でも描いてあるのかと思ったけれど、普通に考えると固有魔法や、できることなどが書かれているのだろう。
一応笑顔を向けておいたけれど。
「あー、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はドゥーチェ。こう見えても魔法を放って戦うんだ」
「え?!その筋肉で?!」
「おう!ちなみに筋肉魔法とかじゃないぞ。ちゃんと魔石を通して色々な属性を使う」
「はぁ〜。じゃあその筋肉は何なん?」
「これは請負人たちに舐められないためと、いざという時のために鍛えてるんだ!体力もつくからな!」
「へー」
アンリも訓練は欠かしていないし、近接戦闘もできる。
全てを魔法に頼らないという意味もあるのだろう。
ここまでの筋肉が必要かはわからないけれど、少なくともウチは難癖つけようとは思わないから、ドゥーチェの目論見は成功しているはずだ。
「で、そっちの名乗りはないのか?」
「ウチはエル!」
「シルヴィアっす」
「ガドルフだ。応援部隊のリーダーとしてここまでやってきた。一部は援護に、残りは馬車の護衛をしている」
「ふむふむ。エルにシルヴィアとガドルフっと。獣人なのによく来たな」
「こいつらのパーティメンバーだからな。迷宮に入るかどうかはまだ決めてないが、街や外の依頼をこなすつもりだ」
「そいつは助かる。こんな状況だとほとんどが迷宮にかかり切りだからな。周囲の魔物の間引きによる街道の安全確保や、農村からの買い付けに救援物資の補給など色々あるぞ」
ドゥーチェはニカッと暑苦しい笑顔を向けてきた。
それに対してガドルフはニヤリと口角を上げて応えたけれど、何やら変な取引をしたように見えてしまう。
やっぱり獣人の笑顔は獲物を前にして笑っているように見えると再確認できてしまった。
「そんで、この手紙にはエルが迷宮攻略の鍵になるって書かれてるんだ。詳しくは本人に聞けともな。教えてくれるか?」
「ええで。ウチの固有魔法と使い方を説明するわ」
ウチが固有魔法のおかげで傷つかないこと、ハリセンについて、ライテ小迷宮でのジャイアントスライム戦や、ウルダー中迷宮で行ったビッグ沼地ガニやわくわく沼探索のことを話した。
シルヴィアがウチと行動を共にした時の注意点やメリットを補足してくれて、最後に実演することになった。
実演といっても誰かと戦ったり、ウチが殴られそうになるのではなく、簡単なことで済ませるらしい。
その結果、まずはドゥーチェ組合長が銅貨をウチに投げつけて弾かれることを確認。
結構な速度で飛んできたけれど、投げられる前から問題ないとわかったから気にせず受けた。
弾かれた銅貨は勢いをほとんどそのままにドゥーチェ組合長へ戻り、逆に慌てさせるほどだった。
「なるほどな。これが背負ってる人間にも適用されるのはすごいな。周囲を一気に殲滅できないが、少数で活動するのに向いているし、危険な場所への立ち入りもできるのだから、攻撃系の固有魔法よりも便利そうだ」
「せやな。最近は身体強化できへんことを自虐ネタにしつつも、固有魔法を誇れるようになってきたわ」
カバの獣人パーティが10日かかる依頼でも、ウチらにかかれば3日ほどで達成できた。
わくわく沼のおかげで、固有魔法の有用性がはっきり掴めた気がする。
それでも身体強化への憧れが消えるわけではないけれど、納得できるている気がする。
憧れは消えていないけど。
「なるほど。防御はさすが固有魔法といったところだな。身体強化を全力で行っても、耐えるならともかく弾き返すのは無理だ。さて、次は攻撃を見せてもらいたい。確か、ハリセン?だったか。それで俺の腕を叩いてほしい。魔力を込めるから、散るところを経験したいんだ」
「ええで」
ドゥーチェが左腕を出してきたから、通常サイズのハリセンでスパンと叩く。
途端にがくりと左腕が机の上に落ち、引っ張られるようにドゥーチェが体制を崩す。
それをわかっていたガドルフが腰を上げて支えようとしたけれど、そこまで崩していなかったから上げた手と共に座り直した。
ドゥーチェは震える左腕をまじまじと見ながら、何かを考えるように眉間に皺を寄せている。
「魔力は散るが、落ち着いて流せばすぐに元通りになるな。ただ、どうしても一時的に0になるから、足元を崩して頭を狙えば対人でもいけるな」
そういったドゥーチェの左腕はすでに震えておらず、開いたり握ったりを繰り返している。
今まで色々叩いていたけれど、1番早い回復だろう。
知られていたらこのように対処できるとわかったことは、ありがたく受け取っておく。
ウチのハリセンで叩けば必ずしも大きな隙ができるわけではないということだ。
腕や足を一時的に動かないようにできても、魔力に通じている人なら魔力を流すだけで体勢を立て直せる。
もしかしたら強い魔物であれば力技で魔力を流してくるかもしれない。
頭の片隅に置いておければいいけれど、いざという時まで忘れそうだ。
「スケルトンやゾンビには有効そうだが、ゴーストやレイス相手はどうだ?相手は飛び回るぞ」
「ウチは飛ばれへんから、誰かに放り投げてもらうしかないかな。ジャイアントスライムの時も投げてもろたしいけるやろ。どない思うガドルフ」
「その間シルヴィアは自分の身を守る必要はあるが、相手が強大じゃない限り問題ないはずだ。少なくとも避ける技術はベアロよりある」
「そうっすね。あんまり強くないなら1人でも大丈夫っす。エルを投げるのもできるはずっすよ。練習はしたいっすけど」
「ふむ。後は階層主をどうするかだが、これは別に倒さなくてもいいから、気絶させて奥に進めばいいな。よし!ある程度の算段がついたから話すぞ!」
魔物が溢れる兆候をベテラン請負人が最下層エリアで発見したのが30日ほど前。
急いで帰還の魔法陣を使って戻り、組合に報告後すでに迷宮内にいる請負人に知らせながら降りつつ、迷宮前広場の屋台を撤去して防御陣地を作成。
その間にウヒカから近い街の組合に魔道具を使って氾濫の兆しありと報告しつつ、各階層の状況を確認。
ベテランは怪我を負った者はいても死者は0だが、声かけが間に合わずに亡くなった中堅パーティがいくつかと、上層でも端っこの方で狩りをしていた見習い上がりの請負人が未帰還となっている。
できるだけ魔物を狩りながら時間稼ぎをしていたけれど、下層の魔物ほど強力なため迷宮内で魔物を倒していた人たちも軒並み撤退。
今は上層の魔物が溢れているだけだが、あと数日もすれば中層の魔物が、さらに数日で下層の魔物が出てくるだろうと予想されている。
思ったより被害が少ないのは、ウヒカ小迷宮の人気がなくて過去に溢れたことが語り継がれているからで、見習いに関しては勉強で氾濫と対策についてしっかりと教わるからだった。
それでもいきなりのことで対処できず、被害に遭ってしまう。
・・・自分で倒せる魔物狙って探索してる時に、対処できへん魔物が出てきたら難しいわな。逃げるにしても逃げた先にもおるかもしれへんし、追われてる最中にその階層の魔物と会って足止めくうこともあるやろ。かといって階段付近で戦ってたら儲けが減るし、そもそも溢れる思って潜るほど慎重なら、奥の方には行かへんやろな。
「街の状況はどうなっているんだ?」
「あー、今はまだ避難したい奴だけすれば良いって感じだな。請負人組合は馬車の護衛は出すが、避難の手配なんかは領主様の仕事だ。向こうから何人の護衛が必要って依頼が来たら、街の外で戦える奴らを見繕って付ける。それ以外は通常通りといえる状態だ。まだ迷宮前広場に中層の奴らが出てきてないからな」
「中層の魔物が出てきたらもっと避難するん?」
「そうだ。中層の魔物が大量に出てきたら倒すのが間に合わなくなってきてるってことだからな。割ける人員にも限りがあるから、戦闘できない平民は全員逃す。その後は迷宮前広場の被害を考えず全力で魔法を放って魔物を削りつつ、大迷宮都市や王都からの応援を待つんだ」
「最初から大迷宮都市と王都に救援を要請すれば良いんじゃないっすか?」
「もちろん連絡はしてるさ。だが、どちらもここまで遠いし、ある程度の戦力を用意するのに時間がかかる。実力者数人だけ派遣すれば解決するわけではないんだ。お前たち、倒しても倒しても魔物が出続ける辛さを知らないだろ。あんな状況で戦える時間は鐘1つ分も無理だぞ。毎日鍛えている迷宮騎士でもだ」
戦闘は想像以上に体力を消耗する。
終わりが見えなければ気力もだ。
迷宮の氾濫を収めるためには、ウチが思っている以上の人数で対処しないといけないのだろう。
以前は迷宮が魔物を吐き出し切るまで交代しながら戦い続け、街中にも魔物が溢れて建物が壊れた記録が残っていた。
しかし、今回はウチを戦闘に中に入り、少しでも出てくる魔物の数を減らそうという計画となっており、それはウルダー中迷宮の組合長、セイルの発案だ。
「まぁ、ウチはシルビアさんに背負われて、迷宮に突っ込むだけやけどな」
「それで良い。恐らくだがほとんどの魔物がエルたちを狙うだろう。外に出てくる数が減ればそいつらを倒し、エルが動きを封じた魔物の討伐をしていく」
「わかった。じゃあウチの腕が疲れて上がらんようにならんことを祈っといて」
「ん?あー、腕の疲労か。まぁ、疲れたら終わりでいいだろう。別に最深部まで倒してくれというわけじゃないからな。交代と休息は大事だぞ」
「せやな。無理はせぇへんわ」
話がひと段落したところで解散となった。
ドゥーチェは現在の状況確認と、その報告のため夜遅くまで仕事をして、少し休憩したら朝早くからまた仕事となる。
ウチらは馬車の物資を組合に受け渡し、組合が手配してくれた宿へと向かう。
一緒に来た請負人たちも解散となり、ここからは各自の実力に合った行動を取ることになる。
今日のところは夕食を食べて、宿に付いていたお風呂に入ってから就寝する。
ウチはミミとシルヴィアの2人と同室、アンリとキュークスが2人部屋、ガドルフとベアロも2人部屋だ。
「ミミは何すれば良いんだよ?」
「なんか美味しそうなもの探しといて。材料でもええし、名産の料理でもええで。ほんで、いざという時はウチを背負って逃げたり、人助けしてくれたらええねん」
「屋台は出さなくていいんだよ?」
「迷宮前広場が封鎖されとるからなー。市場も活気がなくなってるらしいし……」
「ミミは広場付近で警戒している請負人たちが食べる料理づくりに入るのはどうっすか?炊き出しみたいな感じで防衛参加者に振る舞われてるって食堂聞いたっす。スープにパン、焼いた肉なんで美味しくする分には良いことっすよ」
「おー。それはええな。色々作ってくれてええで」
「わかったんだよ!ミミは料理人に専念するんだよ!」
ウチらが迷宮に入ったり外の依頼に出かけることで、家に1人となることが多いミミ。
いつ終わるかわからない依頼のため、1人で留守番させたら何が起きるかわからないから、念のため連れてきている。
ウルダーであればアンリがほとんど家にいたから任せられたけれど、ここではウチの奴隷として炊き出しの依頼に参加させることに決まった。
詳しく調べたところ、普段は迷宮前広場で屋台を出している人たちが中心になって行なっているそうで、材料費は組合持ちとなる。
ミミにうってつけな仕事が決まり、安心して眠りにつけた。




