ウヒカ到着
ウヒカ小迷宮都市は、ライテ小迷宮都市の南南東にあり、ウルダー中迷宮都市からは南西方向になる。
ウルダー中迷宮都市から南に降れば別の中迷宮都市があるらしいけれど、今回はそこを経由せずに南西へと一直線で向かう。
迷宮都市の間には農村が多数あり、上手く移動すれば野営する必要は無くなるけれど、大量の馬車で移動する場合は足並みを揃えなければならず、何度か野営を挟みつつ村で食料を補給しながら進んだ。
そうしてウヒカに近づくにつれ、草原から岩場になり、砂が混じり出したところでウヒカから避難している人たちと遭遇し始めた。
宿に泊まれる人は良い方で、テント暮らしの人もいれば、マントに包まって寝ている人もいる。
いつまで続くかわからないから、できるだけ節約しているのだろう。
そんな人たちに護衛の請負人たちが話を聞きに行ってくれた。
「平民に被害は出てないが、念のため避難しているそうだ」
「ここに野宿している人たちがウヒカの街を出た時は、迷宮前広場に魔物が結構な数出てきていたみたいだな」
「街に居た請負人たちが交代で倒していたけど、昼夜を問わず出てくるから時間が経てば疲労も溜まって厳しくなるだろうな」
「明日の夕方には着くだろうが、即座に戦闘できるよう準備が必要そうだぜ」
「なら、どこかのパーティが先行するのはどうだ?足に自信のあるやつが数人いるはずだろ?」
「護衛を放り出すのはまずいだろ」
「もちろん許可をもらってからだ。これだけ避難する人間がいるんだ。盗賊なんかは出やしないだろ」
「刺激されて魔物が出てくる可能性はあるぞ」
「1パーティ送ったところで改善しないだろ。ここは確実に進むことだけを目指すべきだ」
「それもそうか」
護衛たちが口々に話しているのを、野営の準備をしながら聞く。
宿屋は避難してきた人たちで満室、食事も供給より消費の方が多くなっているため断られた。
近隣の村から野菜や肉が届き、ウチらが護衛してきた馬車からも塩漬け肉や小麦が渡されるけれど、それらは村で消費してもらうための支援物資だから、ウチらがあまり食べるわけにはいかない。
幸い道中でいくらか狩りをしているし、硬く焼かれたパンもまだまだある。
パンだけでは味気ないけれど、溶かしたチーズをかけたら美味しくなるから、なんとかなっている。
主にウチの気分が。
あと、欲しそうにしても他の請負人に分けるつもりはない。
追加で買えるかわからないから、今あるチーズを大事にしなければならないからだ。
「ほんじゃウチは寝るな。行こミミ。おやすみ〜」
「おやすみなさいだよ」
「おう!ゆっくり寝ろよ!」
「明日からが本番だからな」
「片付けはわたしがしておくわ」
「おやすみっすー」
「おやすみ」
全員に見送られて、テントの中に寝転ぶ。
ウチとミミは子どもだから、眠気には勝てない。
大人は念の為の警戒を行い、人によってはまだまだ情報を集める。
街の状況だけでなく、逃げるならどこがいいとか、立てこもりやすい場所などを聞くはずだ。
そうして翌日の夕方には砂漠にあるオアシスを拠点としたウヒカの街が見えるところまでやってきたけれど、街を囲む岩壁の外からでは何も変化がないように見える。
「何も起きてなさそうに見えるな!」
「火の手が上がってないということは、迷宮前広場が落ちているわけではなさそうだ」
「門が閉まっているのが気になるけれど、中の者を外に出さないようにするためかしら?」
「万が一に備えてっすか?」
「ええ。開けていたらいつの間にか抜けた魔物が外に出るかもしれないわ。まぁ、ゴーストなんかだと壁は無意味だけど」
キュークスが気づいたように、街道が伸びた先の門はしっかり閉まっている。
普段ならいるはずの門番もおらず、門番が休憩する出っ張り部分には明かりが点いていることから中で休んでいて、何かあったら門を開くようにしているのだろう。
予想通り門に近づくと門番が4人出てきた。
ウルダー組合長のセイルから受け取った手紙を見せながら説明すると、封蝋と後ろに続く馬車を見て納得してくれた。
念のために組合証も出して、問題がないことも確認したけれど、ウチとミミの組合証を見る時にジロジロ見られた。
こんな状況の迷宮都市に見習い程度の子どもが紛れ込んでいるのだから気持ちはわかる。
しかし、詳しく聞かれる前にシルヴィアが「固有魔法持ちっす」と伝えたら引いてくれた。
ミミは固有魔法持ちじゃないけれど、そこまで説明する必要はないかと頷きながら、小さく開けられた門を通った。
「あんま人歩いてへんな。宿屋も酒場も食事処も静かな方や。食事時やのに」
「戦えない人から非難しているっす。ああいったお店は客が暴れた時のために店主もある程度戦えるから後回しになってるんじゃないっすかね」
「請負人が残っているからその受け口として残ってるのもあるだろうな。勝手に泊られたり食材食われて荒れるよりもマシだ」
「あー、避難して戻ってきたら家ぼろぼろなんて最悪やな」
迷宮前広場にある屋台が戦闘で壊れるのは、魔物が溢れているから仕方がない。
広場が突破されて街に溢れて壊されても納得できるだろう。
保証は欲しいけれど。
でも、勝手に使われた挙げ句に汚されたり壊されるのは無理だし、保証もされないだろう。
誰が使ったかもわからなければ、請求のしようがない。
そんなことを話している間にも馬車は進み、迷宮前広場を囲む壁の向かい側にある請負人組合に到着した。
リーダーのガドルフが入ろうとした時、後ろで大きな声が響いた。
「ゴーストだ!」
「逃げたぞ!」
「魔法を放て!」
「ダメです!当たりません!」
振り返ると、迷宮周辺を囲う壁の上で何かが飛んでいて、数人の請負人がそれに向かって鏃が光る矢を放ったり、魔法を放っているけれど、空にいる何かには当たらない。
その何かは半透明でうっすら白く、上半身は人、下半身は股がなくひょろひょろと長い何かが垂れ下がっているような感じだ。
人の表情はとても険しく、何かに怒っているようにも見える。
あれが物理攻撃が効かない魔法生物の一つ、ゴーストらしい。
ゴーストとレイスの違いは、ゴーストが何かしらの生き物の霊的なもので、レイスは怨念や怨嗟が集まった悪いものとのこと。
・・・怨念がおんねん。あかん。こんなん言ったら全員から白けた目で見られそうや。しかも、今おるのは怨念ちゃうし。これは遭遇した時まで取っとくべきやな。
「アンリ!」
「わかった」
ガドルフがアンリを呼ぶと、アンリの左目を覆う眼帯に嵌め込まれた魔石が光り、白っぽい塊が飛び出す。
迷宮を囲む壁の上に立っている請負人たちとは違う軌道で攻撃を仕掛けたけれど、ゴーストは寸前で気づいて避ける。
アンリは追撃を放つも、すでに警戒対象となっているせいか当たらない。
徐々に高くなっていくゴーストに攻撃を集中させると、迷宮から出てくる魔物の処理が疎かになり、さらにゴーストが増えた。
壁の上の人たちは、新たに出現したゴーストの対象に追われ、上に逃げたゴーストが別方向に逃げようとする。
このままでは街の外に出てしまうと焦り始めた時、ガドルフが剣を抜いた。
「アンリ、援護してくれ」
「どこに追い込めば?」
「あの高い塔付近だ」
「了解」
ガドルフが剣で示したのは、街中に建っている見張り塔だった。
恐らく今のような状況になった時のために建てているその塔は、周囲が高くても3階建てのところに6、7階ぐらいの煉瓦造りの建物で、屋上や階の途中にある窓枠から周囲を監視できるようになっている。
ガドルフは身体強化して塔まで走り、窓枠を蹴って屋上まで駆け上がった。
その間にアンリが魔法を放ってゴースト塔の方向に誘導したけれど、塔よりも大人5人分ぐらい高い位置にいる。
身体強化した獣人ならば跳んで近づくこともできるけれど、ガドルフはそうしなかった。
「そこだ!」
距離を詰めるためにまっすぐ上へと跳んだガドルフは、ゴーストが剣5本分ぐらい空けて横に来たタイミングで、握っていた剣を横に振るった。
通常なら届かないその動きにゴーストが嘲笑うかのような声をあげたけれど、瞬時に迫る魔力の刃に真っ二つにされて途切れていった。
ガドルフが持っている剣は、以前ウルダー中迷宮で手に入れた飛刃の剣。
一定量の魔力を込めて剣を振れば、魔力の刃が飛び出して攻撃できるというものだ。
渡した直後は重心や刃の長さでしっくりこなかったけれど、しばらく訓練した後は前の剣より使いやすいと嬉しそうに報告してくれた。
普段の依頼でも逃げる魔物を追いかけつつ攻撃できるようになり、戦闘中に放つことで牽制したり不意をついたりと色々できるようになった。
獣人故の魔力の少なさがあるため、乱発すると身体強化すらギリギリになってしまうけれど、1日20発ほどは放てることがわかっているから、短期の戦いであれば問題ない。
「逃げたのは1体だけか?」
「そうみたいっすね。今のところ抑えられてるようっす」
「早いとこ加勢した方がいいかもしれんがな!」
「そうだな。組合に行ってくる。エルとシルヴィアも来てくれ。他は半分防衛に参加、残りは馬車の護衛だ」
「おう!」
「俺たちもいくぞ!」
「遠距離のやつ優先だ!」
移動時のリーダーであるガドルフの指示で、護衛の中で遠距離攻撃できる人が壁に向かい、残りは馬車を守るように周りを固めた。
ウチとシルヴィアはガドルフに促されて組合へと入り、セイルから渡された手紙を受付に渡すと、封筒と宛名を見た職員からウヒカ組合長の部屋へと案内された。
・・・そういえば、ここの組合長がどんな人か聞くん忘れてたわ。面倒な人じゃなければええけどな。




