別迷宮からの救援要請
ウルダーで活動しているうちに季節が巡り、ウチは8歳になった。
しっかり食べてよく寝ているけれど、あまり身長は伸びていない。
ウチの2つ上のミミは徐々に伸びる量が増えて、今では頭ひとつ分以上離れてしまった。
出会った時は少しだけの差だったのに。
身長以外では沼地エリアに行く時はパーティ全員で行くようになり、沼地近くで待機したガドルフたちが、ウチとシルヴィアで引っ張ってきた魔物を倒して素材を売ったり、たまにあるわくわく沼情報を元に宝箱を探したりする日々だった。
屋台も順調で、いつでも新しい屋台を出せるとミミに言われるぐらいには、孤児院の子どもたちが立派な戦力に育っている。
そんな日々を過ごしていたある日、ウチとシルヴィアに対して組合から呼び出しがあった。
「よく来てくれました。どうぞお掛けになってください」
「ウチなんもしてへんで」
「はい。何か苦言を伝えるわけではありませんよ。まぁ、たまにある屋台付近での大人をぶっ飛ばすのはいただけませんが……」
「向こうから吹っかけてくんねんからしゃーないやん。ほっといたら孤児院の子どもやミミが怖い目に遭うんやで」
「えぇ。子どもが被害に遭うよりは大人が懲らしめられるべきでしょう。なので、やるなとは言いませんが、後処理はこちらなので愚痴ぐらい言わせてください」
「こんな子どもに愚痴を言うなんて、大変やな組合長は」
「屋台を経営しつつ、迷宮の深部に潜る子を普通の子ども扱いしませんよ」
「そういうもん?」
「そういうものです」
沼地エリア以外でも素材収集の依頼を指名されたこともあり、そのどれもが状態異常を放ってくる魔物や、とても深い水の中など厄介なものだった。
固有魔法頼りでしっかり達成したけれど、そういった請負人の特性を把握して使いこなせるのが組合長たりえるのだろう。
「それで、呼び出したのは何か問題が起きたからっすか?それとも、急ぎで採取して欲しい物があるとかっすか?」
「前者ですね。ただし、問題が起きたのはこの街ではありまでん。砂漠にあるアンデッドやゴースト系の小迷宮があるウヒカの街です。迷宮から魔物が溢れました」
「え?!」
「本当っすか?!」
「はい。組合同士を結ぶ伝令の魔道具による情報なので、間違いありません」
その魔道具から得た情報によると、元々不人気だったアンデッド迷宮に、ライテのスライム階層やウルダーの沼地エリアのように、新しい階層ができたことで最下層の討伐が間に合わなくなった。
以前の最下層までなら少数でも討伐しに行くパーティがいたけれど、そのパーティが新たな階層に向かうと今までの階層での狩りが滞る。
他の街にある組合に助力願いが出され、各組合からある程度の実力者を報酬付きで送り込んだりしていたが、期限を満了するとみんな逃げるように帰って行く。
果てにはその街の迷宮騎士も動員されたけれど、それでも討伐が追いつかず、ついに下層から魔物が溢れて中層へと移動し始めたそうだ。
そうなると中層まででしか戦えない請負人たちが負傷する可能性が高くなり、ますます討伐が遅くなる。
結果として、今は上層の魔物が中層の魔物に追い立てられて、迷宮から溢れ始めてしまった。
今はまだ迷宮とその周囲を囲む壁の中から出ることはないけれど、それも中層の魔物が出てくるまでだと予想されているらしい。
幸いにも階層主は移動しないため、ある程度の実力者が揃えば耐えることはできるけれど、問題は実態のないゴースト系の魔物で、そいつらは空を飛んで壁を越えてくる。
魔法を放てる人たちが優先して倒しているけれど、魔力も有限だからいつか破綻してしまう。
「なんでウチら呼ばれたん?実力がある団を派遣したらええんちゃうん?」
「それも考えましたが、大人数を移動させるとそれだけで時間がかかります。その点君たちであれば1パーティ6人ですし、何よりエルの固有魔法があります」
「ウチの固有魔法?迷宮入り口を塞ぐ壁にでもするつもりなん?」
「それができればいいのですが、どこも入り口は相当の広さがあるので無理です。そうではなく、ハリセン?で片っ端から叩いてもらい、追従する人たちがトドメを刺す。そうして下層まで進行してほしいのです」
「おー。魔物の動きを封じて倒しやすくするんやな」
「そういうことです。大型の魔物でも頭を叩けば気絶させられると聞いています。何より攻撃を受けずに一方的に叩けるところが素晴らしい。周囲を凍らせる固有魔法持ちを派遣した場合、影響範囲の見極めなどが難しいのですよ」
「ウチは広範囲を一気に押さえるんは無理やけどな」
その後も街の情報などを聞かせてもらい、依頼を受けるかどうか早めに返事がほしいと言われて解散した。
ガドルフたち獣人は鼻が効くためゾンビなどのアンデッドに近づくのが辛く、魔法生物を倒すためには多めの魔力が必要になることから、ウチに加えて足となるシルヴィアに個別依頼となっている。
パーティ全員で参加するのも良し、2人だけで参加して現地の請負人と協力するのも良しということだ。
後は家に帰って全員で話し合い、誰が向かうかを決める。
「ウチは行こうと思っとるよ。アンデッドは魔法生物やからスライムみたいなもんやろ?ウチのハリセンが効くはずやし」
「そうだな。アンデッド系の魔物は死んでから魔石を取り出されなかったり、取り出しても死体を処理せず魔力の多い場所で放置すると発生する魔力で動く魔物だ。迷宮の場合は死体関係なしに湧いてくるが……アンデッドか……」
「リビングアーマーとかの動く鎧ならいいんだが、腐った体を持つタイプだと気乗りしねぇな」
「服に匂いが付くのよねぇ。行くとしたら迷宮のたびに捨てる服を用意する必要があるわ」
「その迷宮用の服を着回すのじゃあかんの?」
「着て帰りたくないのよ。迷宮の外で脱いで、見習いに捨てさせるわ」
「そんなになんか……」
行きたくなくなってきた。
ガドルフたちが嫌がる腐った体を持つ魔物は上層に多くいるけれど、それはほとんど人型で動きは遅い。
中層から動物系の腐った魔物が現れ、下層では魔物が腐った体を纏って現れるらしい。
その他にも物理攻撃が効かないゴーストやレイス、魔力の玉に霧の魔物、骨の魔物に動く鎧や家具などの変わった魔物がいる。
鎧や家具を倒せれば素材になるけれど、それが出てくるのは中層ぐらいから。
上層では腐った体かスケルトンが持つ武具ぐらいしか素材がなく、魔石だけ抜いて残りは捨てている。
「着いていってやりたいんだが、ゾンビ系は獣人と相性が悪いからなぁ」
「せめてリビングアーマーのいる階層まで帰還の魔法陣みたいに転移できればいいんだがな。あるいは薬か何かで鼻を麻痺させるか?」
「アンリそういう魔道具ある?」
「鼻を誤魔化す……見たことはない。作る方法も思いつかない。薬なら薄めた麻痺薬を塗ればいけるかもしれない」
「鼻が使えない状態で戦えるか?違和感を抱えたままということだろう?」
「俺は戦闘になればいける気がするが、移動中はイライラしそうだな」
「わたしも普段通りじゃない状態で戦うのはあまりしたくないわ。迷宮の外で待機して、周辺の村の依頼をこなすぐらいならできそうよ」
「少し前と同じようなものか。俺たちは街の外の依頼、エルとシルヴィアが迷宮の探索、アンリは適宜どちらかのフォロー」
「行くならそれが良さそうね。万が一があれば我慢して突入できるわ」
「外に溢れた魔物ぐらいなら、臭いも拡散されているだろうから俺たちでも倒せるしな!」
話し合いの結果、ひとまず全員で向かうことになった。
ガドルフたちが迷宮に入るかどうかは、現地の状況で決める。
無理に迷宮に入らなくても、街の依頼や周囲にある農村の依頼、森や砂漠の探索など仕事はあるはず。
アンリとミミも一緒に向かい、向こうで魔道具の販売や屋台の運営をする。
その間の家の管理や屋台の運営はエリカたち孤児院の子に頼み、報酬を渡すことになった。
アンデッド系の迷宮のある場所で家を構えることはないから、しばらくは宿暮らしだ。
「お風呂ある宿か、樽置ける庭がある宿がええな」
「家を借りてもいいが、その辺りは着いてからだな」
「うーん。ガドルフに任せるわ」
ベアロとキュークスも頷いて同意してくれた。
依頼を受けることが決まったら、組合長のセイルにそのことを伝え、色々準備をするため出発は3日後となった。
お掃除隊のダンたちに事情を話して、しばらくはウチからの招集がないこと。
ハイゼルにはチーズを2日以内に買いたいと注文し、チャッキーには依頼でしばらく遠出すると伝言を頼んだ。
孤児院の責任者にはキュークスが、エリカたち屋台組にはミミから説明して、しばらくの運営資金も渡しておいた。
帰ってきたら何に使ったかと収入を突き合わせる仕事が発生するようで、面倒だけどそれはウチがやることになっている。
「ほんじゃ行ってくるわ」
「はい。お願いします。くれぐれもお気をつけて。後、着いてすぐ行うことは覚えていますか?」
「組合に紹介状届けるんやろ?事前に連絡したらええのに」
「いつ到着するかわかりませんし、魔道具の魔石もタダではないのです。救援を送ると連絡するだけで精一杯ですよ」
「そっか」
今回、ウヒカの街に向かうのはウチらだけではない。
人族を中心とした複数のパーティに加えて、食料や薬などを満載した馬車が数台、その馬車を準備した商会の人間もいる。
請負人は馬車の護衛も仕事のうちだけど、ウチの分はガドルフたちが変わってくれる。
固有魔法で馬車1台だけ守ることはできても、他のは守れないし、戦うのが得意ではないシルヴィアはウチの護衛となっている。
・・・護衛の護衛ってなんやねん。なんか身分の良い人が護衛任務についたみたいで変な感じやわ。
「出発!」
この集団のリーダーとなったガドルフの号令で馬車が動き始めた。
請負人たちはそれぞれの馬車に分乗し、何かあれば声をあげるか、金属の板を思いっきり叩いて音を出すことになっている。
幌を少し開いて、遠ざかっていくウルダーを眺めていても、事が終われば帰ってくるのだから寂しさはない。
あまりにも何も浮かばなかったから幌を閉じて背中を馬車に着け、ぼーっとしているうちに最初の村に着いた。




