チーズ祭り
草原迷宮商会でチーズが欲しいと伝えたら、ウチではなんとか頑張れば持てるぐらいの大きくて丸い物が用意された。
渡したお金で買えるだけ買ってと伝えていたら、その大きな丸い物が3つも買えたらしく、持ち帰るために屋台終わりのミミを連れて行くことになり、ついでに教わった食べ方の一つを実践していたらガドルフたちが帰ってきた。
温めた白ワインにチーズを溶かして、それに切った野菜やパン、茹でた腸詰めを付けて食べるチーズ付けを楽しんでいたから、手を洗ったガドルフたちも急遽参加。
材料の準備はキュークスとアンリがしてくれて、ベアロは溶かす用の白ワインを水のようにガブガブと飲み始める。
そのせいで予備で買っていた2本目を開けることになってしまった。
「エルとミミは白ワイン飲んだのか?」
「飲んでへんで。料理に使うただけや」
「温めたら酒精が無くなるんだよ。だから、これを食べても酔わないんだよ」
「へー、そうなのか。寒くなるとホットワインの屋台が出るが、周囲に酔っ払いがいないのはそのせいだったのか」
「ベアロみたいに飲みたいやつは屋台より酒場に行くからだろ」
「そうだな!ワインおかわり!」
「白ワインはもうないわ!自分で用意して!」
「へいへい」
料理用のお酒を飲みきられたら別の料理を準備しなければならないため、ベアロに白ワインは渡せない。
ウチとミミだけで楽しむつもりだったから、他に料理はしていない。
帰ってくる日取りはわかっていても時間はわからなかったから、荷物を置いたら外に食べに行くと思っていたからだ。
・・・家に帰ったら変な食べ物を嬉々として食べてるの見たら、食べたくなるのもわかるわ。美味しくない物出せへんし、こんなんあったら気になるやろな。
チーズ付けを食べているとシルヴィアが木箱を運んできて、そのまま食事に加わった。
他にも荷物があるらしく、今日は今の宿に泊まり、明日荷物の移動をしてから宿を引き払うそうだ。
なので、ガドルフたちはシルヴィアが使う家財などを買って休息日とすることになった。
ウチとミミはパーティ加入のお祝いをした後、屋台の仕込みをしてから早々に寝た。
眠気には勝てないからだ。
「おはようさん。アンリさん!作ってほしい魔道具あんねんけど!」
「聞かせて」
朝食前に魔道具のことを話したら、アンリはシルヴィアの買い物から外れることになった。
なったというか一方的に宣言して承諾された形だけど。
作ってくれるというのなら、遠慮せずやりたい事を伝える。
半分に切ったチーズの断面をゆっくりと焼き、ふつふつとなったチーズを削ぎ落としてパンや茹で野菜にかけるための魔道具。
火の魔石を使うだけでなく、角度やチーズへの距離を調整できるようにもしてほしい。
火力も調整してほしいけれど、それはすでに作ったことのある燃えるくんで行っているから何とかなるだろう。
設計から全部アンリにお任せするけれど。
「チーズを色々焼いてみる」
「ほいほい。めっちゃあるから使ってええで」
「買いすぎ」
「耳が痛いわ。ミミは喜んどったけど」
なんやかんやで新しい食材が手に入るとミミは喜ぶ。
屋台で売り出さなければ機嫌が悪くなることはないから、今後も家で楽しめる料理は探すつもりだ。
朝食の準備をするミミの横でチーズを少し切り、串を刺して火で直接炙ったり、熱したフライパンに落としたりなど色々確かめた結果、直火だとすぐにふつふつして焦げ始める。
フライパンに落としたチーズは直火よりもゆっくり熱くなった。
「直火よりも何か熱して温めた方が良さそう」
「でも、直接焼いたらいい焦げ具合になるし、置いてから上から焼くのも良くない?」
「ん?温めてふつふつさせて削り落とすのでは?直接焼くのも作る?」
「あー、せやな。2つ作って。チーズ炙るのと溶かすのと」
「わかった。色々素材を見てくる」
「ほーい。お金はウチのも使ってくれてええで」
「費用が嵩んだらそうする」
パーティを組んでいてもそれぞれが欲しい物は自分で買うし、お互いにお願いするときは自分の裁量でお礼したりお金を払う。
ウチがアンリに魔道具を頼んだ時は、材料費程度のお金を払っている。
タイミングが良ければ、迷宮で出た魔道具で済ませてくれる。
それが例え壊れかけていても。
「とりあえず朝食やな」
「できたんだよー」
食事を済ませた後、ミミは迎えにきたエリカたちと屋台へ行き、ガドルフたちも荷物を持ってきたシルヴィアと協力して買い物へ、アンリも素材を探しに外へ行った。
やることのないウチは請負人組合へ行って依頼を眺めた後、受けられるものがなかったから市場を散策。
魔物化した野菜を仕留めた物が出回っていたからそれを買い、腸詰めのおじさんのところで世間話をしながら昼食を食べてから家に帰った。
魔物化した野菜は大根とニンジンで、背負わないといけないぐらい大きい上に手足が生えて顔が付いている。
椅子に座ってじっと眺めてみても、討伐済みで魔石が抜き取られているから、動き出すことはない。
好奇心に駆られて魔石を埋め込んでみたくなったけれど、何か起きたら困るから誰かが家にいる時にしようと踏みとどまれた。
そうこうしているうちにシルヴィアが使うベッドや寝具などが運び込まれ、地下室に普段使いしない採取道具を格納していた。
そして、今日はシルヴィアのパーティ加入祝いということで、街にあるちょっと良いお店で食事をすることになったらしく、ミミの帰りを待って食事に出かけた。
「いやー、美味かったわ!」
「そうだな!酒も上物だった!キュークスはどうだ?」
「沼地ガニの身を茹でてほぐした物を野菜に和えるのはいい発想だったわね。サラダを食べているのにカニの味もするから、一味違って楽しめたわ。ミミ作れる?」
「んー。似たようなものは作れるんだよ。でも、茹でる時か、ほぐす時に何か味付けしてるんだよ。それがわからないから全く同じものはできないんだよ……」
「完璧に一緒じゃなくていいのよ。エルで言う味変よ味変。サラダの味変ね」
「それならできるんだよ!茹で時間の確認とかあるけど、少ししたら作れるようになるんだよ!」
「ふふっ。期待しているわ」
キュークスは味の濃いものよりあっさりしたものが好きで、肉が嫌いではないけれどドレッシングをかけた野菜を好んで食べる。
そんなキュークスはお店で出されたカニの味をほぐしたサラダを気に入ったようだ。
アンリとシルヴィアはチーズをかけて焼かれた物を気に入っていて、それを作るためにはオーブンか魔道具が必要だと伝えたら、シルヴィアがオーブンの発注を、アンリが魔道具を早く作ると決意を漲らせる。
ウチはデザートが気に入ったけれど、ミミは作り方がわからなかった。
・・・なんかつるんとしたやつで果物が包まれてたんやけど、なんなんやろな。スライムっぽかったけど、スライムの皮とか?思いつかへんから今度ハイゼルさんに会った時にでも聞いてみよ。大きな商会に勤めとるし、変わった食べ物とか色々知ってるやろ。お金持ってたら美味しいものたくさん経験しとるやろうし。
食事を終えた後は、ウチとミミを連れたアンリと、獣人3人にシルヴィアを加えた4人組に分かれた。
4人はまだまだ飲むそうで、お酒にあまり興味がないアンリと一緒に帰ってお風呂に入り、ウチとミミはすぐに就寝。
アンリは少し魔道具を作ってから寝た。
そして翌日の朝食はこの3人だけで済ませ、ミミを屋台に送り出してから、魔道具の試行に口出ししながら完成を待った。
その甲斐あってか、夕方には魔道具が2つできた。
1つは火の魔石から発生させる熱を複数の棒状にした銅に伝え、熱く照らす物。
もう1つは手に持った先から細長く火を噴き出す物だ。
後は半円になったチーズを固定する弧を描いた台座も作ってくれた。
「ここにチーズを置く。断面が上になるからこれを断面から少し離したところに設置して、この魔石に魔力を流す。断面側にある銅の棒が赤くなったら少し待つ。熱でチーズの断面がふつふつするから、これを削ぎ落とせばかけられる」
「おぉ!これやこれ!これがしたいねん!毎回ワインと合わせるの大変やし、これなら時間かかるけどチーズと魔力だけでいけるやん!」
「次はこれ。これは持ち手の魔石に魔力を流したら、先端から火が出る。火が筒の中を通るから真っ直ぐな火にできた」
「この火を出すところ苦戦してたもんな。でも、そのおかげで炙りやすくなったし、これなら野営する時に火を付けるのにも使えるんちゃう?」
「使える。ただし、火を噴き出す構造にしているから、魔石の消費が大きくなっている。交換頻度が低い魔道具の方が売れそう」
「ふーん。こっちの方が早く火を付けれるって売ればええんちゃう?」
「その需要はあるかもしれない。今度魔道具屋に持っていってみる」
夕方帰ってきたミミに魔道具の説明をして、夕食に茹で野菜や腸詰めを準備してもらう。
それにチーズをかけて食べると、チーズ付けとは違った風味になった。
これにガドルフがハマったようで、あと2つ丸々チーズがあるにも関わらず、追加でチーズを頼むべきではと言い始めた。
みんなで残り1つになってから頼めばいいと説得することで落ち着いたけれど、普段あまり食事にこだわらないガドルフの新たな一面を見れて少し嬉しかった。
キュークスはチーズが濃すぎるということで、あまり進んで食べることはなかったけれど、ベアロは酒の摘みに良いと何でも喜んで食べるから気にしない。
アンリとシルヴィアにもチーズは好評で、ミミは買った時に聞いた他の料理を作りたくなったようで、この日から数日チーズ料理が続いた。
キュークスへのご機嫌取りとして、カニの身をほぐしたサラダも付けて。




